第6話 The Radial Murders(放射的な殺人鬼)


 狩りの基本は群れの中の弱者を狙う事だ。病気の個体、怪我をした個体――そして子供だ。


 教育施設における大量虐殺というものは過去に何度も行われている。勿論、この国でもだ。明確な怨恨などによる特定個人を狙った殺人と違い、無差別的殺人は世間の人間にとってはとてつもない恐怖だろう。


 かつて無差別殺人を行った犯罪者たちの心の中には一体どんな闇が広がっていたのだろうか。私や知立、いやそれ以上の闇を抱えていたのかもしれない。彼らをただの凶悪犯罪者としてではなく社会の歪みの犠牲者として対処できなかった結果、我々が再びこの地に居る。


 世間は再び罪の無い子供の血によって教えられることとなる――我々という存在を。




 火曜日、午前10:20分。地面からの照り返しの日差しが目に突き刺さる。昨晩とは打って変わって冷静そうな知立が助手席で包丁の手入れをしている。結局のところ大野木は今回は車内で待機。また白山も大野木に続いて待機となった。つまり知立と私だけでこの小学校を襲撃することとなる。


「結局、作戦らしい作戦は無しね?」


 知立がちらりと後部座席の二人をフロントミラー越しに見ながら問いかけてきた。


「ここばっかりは分が悪い。だが”コレ”がある」


 私は大野木が警官から奪ったリボルバー式拳銃をチラりと見せた。弾は残り2発。十分だ。大方の使い方は分かるし、近距離で外すことは早々無いだろう。だが使うタイミングは吟味しなくてはな……


「そろそろ時間ね」


「あぁ」


 後部座席の大野木と白山に目を配る。


「念のため合流地点は少し離れた場所にしておく」


「分かった……気を付けろよ」


 大野木は気まずそうに言葉を返す。





 小学生の頃は聳え立つ壁のような印象があった学校の校門も今は小さく見える。外界とのつながりを遮断する壁。こんな物に何の意味があるのだろうか。


「どうせ騒ぎになれば同じことだ。正面からいくぞ」


「そうね」


 私達は校門を乗り越えて校舎内へと進んだ。




 いとも簡単に土間を抜けて廊下へと進む。1-1。1年生の教室から女性教師の声と数名の子供の声がする。まだ授業中なのだろう。


 自然と手に汗が滲み出す。緊張と興奮に脳が冴え渡り始める。扉の前まで近づくとハンドサインで知立に合図を送る。


 3.2.1.――勢いよく扉を開けると同時に教室に突入する。


「――な、誰ですか?あなたたちは?!」


 困惑する女教師。ざわつく生徒たち。ただ次の瞬間、既に知立の包丁は女教師の喉に深く突き刺さり、鮮血が刃を伝って柄から滴り落ちていた。


 ワンテンポ遅れて教室内に悲鳴が響き渡る。


「案外に呆気ないわね……」


 包丁を引き抜いた知立は、不気味な笑みを浮かべていた。知立はすぐさま近くに居るおびえた様子の子供の頭を掴み、机に思い切り叩き付けた。泣き喚きながら抵抗する子供の腹部に包丁を2度突き刺し、まだ微かに息のある身体を乱暴に床に投げ捨てる。


「泣いてたって何にもならないの」


 教室から逃げようとしている子供たちを次々と知立が切りつけていく。まるで悪鬼羅刹だ。


「こういうときいち早く逃げようとする子は偉いわね。取り残されてる子たちを囮に

 して逃げるつもりだったの?」


 知立は逃げ出そうとした子供の胴体を包丁で大きく切り開く。


「でも、残念」


 血があたりに溢れ出し、室内に血の匂いが充満する。知立は手を開いた腹部に突っ込み内臓を素手で掻き回す。子供が堪らず絶叫を上げる。


「かわいそうね」


 少しでも被害を増やすため、私も逃げようとする子供を捕まえ、首にナイフを突き刺し頸動脈を切ってやる。――せめて苦しまずに楽に死ね。


 一方、知立は教室の隅で泣いている子供たちに寄って行く。


「泣いて何が変わったのよ!?泣いて何かいいことが起こった?!」


 知立が怒鳴り声をあげる。


「泣けば私が許してあげるとでも?あたなたちみたいな子は大人になっても何もでき

 やしない……そう、何も……」


 一瞬知立の横顔に曇りが見えた。その後、うずくまっている子供たちに容赦なく包丁を突き立てていった。


「アハハハ!」


 ――狂気か。私もはじめのうちは子供たちの泣き顔に躊躇が生まれていた。だが2,3人殺したあたりからはもう何も感じない。恐らく知立も……


「こんな世界なら、生まれてこなければよかった!」


 知立の怒号が教室に響く。


「私だって子供のときはいつか楽しくなるって信じてた!いじめが無くなれば、高校

 生になったら、大人になったら、って!でも、いつまでたっても辛いまま。


 こんなことならいっそのこと小さい頃に死にたかった!なんでこんな思いをしてま

 で生きていきゃなきゃいけないの?!なんでこんなに生きることって辛いの?!ね

 ぇ!?」


 自らの思いを叫びあげながら知立が包丁を振りかざしていく。


「今日死ねた子は幸せよね。このクソみたいな人生を送らなくて済むんだから。私に

 感謝してもらいたいくらい。生きていたっていい事なんて何にもない!ただ嫌なこ

 とに耐えて耐えて、耐え続けて……。それで耐えきれなくなったのが、私。あなた

 たちもいつか分かるわ」


 知立は怒りを詠いながら凶行を尽くしていた。


 ――突然警報音が鳴り響く。火災警報器……。やられたか。未だ事態を知らない上階の生徒たちも逃げられるように誰かが押したのだ。


 教室からは数人の子供が逃げてしまったのは確認した。恐らくそのうちの誰かが大人に知らせたか……まぁいい。


「知立!早めに済ますぞ!1階はもう諦めて2階3階から降りてくる奴らを殺しながら

 上に行くぞ!」


 知立が頷く。


 血の海と化した教室を後に廊下を進み階段へと向かう。途中、パニック状態の教師や不用心に廊下に出てきた子供たちを出来る限り殺しながら駆け抜けていく。


 校内はさながら地獄絵図だ。血潮が至る所に飛び散り、死体が至る所に落ちている。出血で瀕死になりながらも力を絞って這いずる子供。死んだ友達の近くで座り込み泣き叫ぶ子供。教室や廊下の隅で恐怖に震えている子供。


 嗚呼、素晴らしい。死を感じることで己の生を実感できるとはな。もっと虚無感と罪悪感に苛まれるかと思ったが、違う。これは、この感情は、一種の開放感。言うなれば抑圧された怒りの解放か……。


 階段には火災か何かだと思って避難中の高学年たちとその引率の男の教師が居た。


「上に逃げろッ!」


 生徒の悲鳴と同時に教師が指示を出す。事態を察して囮になるつもりだろう。


「知立!上に行け!」


 生徒の方は知立に任せよう。私は、


「――待てッ!」


 知立が駆け上がろうとしたとき、知立を捕まえようと教師が手を伸ばす。実に予想通りだ。こちらへの注意が薄れた教師に向けてすぐさまナイフを突き刺しに行く。


 ――が、一瞬で振り向かれナイフを持っている右手首を取られる。


 読まれていた?マズイな。咄嗟に蹴りを入れようとするが、互いの体勢が崩れ、2人とも階段の踊り場に倒れてしまう。


 相手との距離を取り、ナイフを構え直す。相手の教師も刃物に怯まず前傾姿勢の臨戦態勢の様だ。


「これだから教師は嫌いだ」


 思わず愚痴が口を衝いて出る。


「諦めてください。ここで止めます」


 勇ましい教師の言葉と共に後方から足音が2人程。少し振り向くと刺叉を持った男が2人。成程。すでに知立は上の階に行った。最低限私がここで倒れなければ十分だが……



 十分に引き付けてから、一気に後方の二人に向かって走り込む。意表を突かれたのか2人が慌てて刺叉を構える。


「――奥の手だ」


 隠していた拳銃を左手で引き抜き、片方の男へ1発。乾いた轟音と共に激しい衝撃が腕に伝わる。


 呆気にとられたもう一人の男と距離を詰めナイフを腹部に1突き。リボルバーの撃鉄を起こし、振り向きざまに最後の一人へと発砲。


「随分と呆気無いな」


 まだ息のある床に倒れている教師共に止めを指しながら思わず独り言を漏らした。用済みになった拳銃をその場に投げ捨て、すぐさま階段を駆け上がる。


 4-1、5-1、6-1――居た。知立だ。


 辺り一面血の海と化した教室の真ん中に知立は立ち尽くしていた。


「遅かったわね」


「少し手間取ってな」


 知立はどこかぼんやりとした様子で空を眺める。


「もう疲れたわ……」


「あぁ、なかなかハードだったな」


「これで私も晴れて殺人鬼の仲間入りね」


 力なく知立がはにかむ。


「お母さんはきっとめちゃくちゃ怒るわね」


 私に掛ける言葉は無い。


「本当にダメな人生だったわ、私……」


 知立の瞳に涙が滲み始めている。


「なんでこんなことになっちゃったのかしら。私もみんなと同じように、普通に生き

 ていきたかった。普通に働いて、恋をして、家族を作って。一体、どこで間違えた

 のかしら」


 知立が空に問う。



「もういいわ、終わらせましょ」


 私がペントバルビタールと注射器、そして彼女が昨晩書いた遺書の用意をする。


「名塚君、それをお願――」


 ――風を切る音。


 知立が力なく膝から崩れ落ちる。彼女の首元には矢のような物が突き刺さっていた。傷口からは血が大量に沁みだしている。


 振り向くと、――あの女だ。あの公園で会った。


「弥富、凛」


 ――暫し私は理解が追い付かなった。彼女が持っていたのは――コンパウンドクロスボウ。華奢な体に似つかない非日常的な武器を構えた弥富凛がそこには居た。


「自殺なんてさせません」


 彼女は慣れた手つきでコッキングを行い、次の矢を装填していた。


「もう一人の狂気か」


「狂気?」


 弥富が聞き返す。


「その返り血、1人や2人の物ではないだろう」


 弥富の服はべったりと血潮に濡れていた。明らかに1人2人の物ではない。それにクロスボウでは……――よく見ると腰にナイフも携帯していた。成程な。


「えぇ、あなた達があっさり逮捕されてはわたしが困ります。騒ぎが大きくなる前に

 職員室の人たちはみんな、殺しました」


 さも当然のことのように言ってのける。女1人で大人数名を殺めたというのだろうか。


 確かに、1発で知立の急所を貫き、再装填の動作もそれなりに手慣れた様子だった。少し不味い相手かもしれない。


「それで警察がやけに遅い訳か」


「ですが……銃声」


「――あぁ、そう時間は無いだろうな」


 適当に会話をしつつ間合いを少し広めに取る。向こうは確実に殺意を持ってこの場に居る。


「――貴方は既にこの場を切り抜けることを考えている。貴方にとって、もうこの女

 の人の死なんてどうでもいいことなんですね」


 何が言いたい?


「安らかな死を求めていたこの人が、無惨にも射殺された。それなのに、貴方は全く

 の動揺を見せない!」


 それが何だというのだ。


「恐ろしい人ですね……」


 ――恐らく知立はもう5分も持たないだろう。既に意識も無くなりつつあり、痛覚は麻痺しているのだろう。


「知立恵。不出来な私を恨んでくれ」


 この場で注射器の準備をしている余裕はない。せめてもの言葉を掛けることくらいしか今の私にはできん。


「謝れば済むと思ってます?」


 弥富が冷たい口調で言い放つ。


「わたしの兄はあなたに殺されました。兄は優しく、わたしが困っとき、悲しいと

 き、どんなときでも助けてくれた。本当に大切な人でした。勉強もできていい会社

 に就職して。なのに……」


 ――成程。やはり彼女は私が集めた1回目のメンバーの家族だった。その妹がなぜこれ程までして私の邪魔立てをする。私は怒りを感じずにはいられなかった。


「私は無理やり殺した訳では無い。彼が望んだことだ」


「うるさい!」


 弥富の声が教室に響き渡る。


「誰でも気分は落ち込むことがあると思います。しかし!貴方が殺した!これは事実

 です!」


 弥富凛。彼女もまた激情に突き動かされているだけの愚か者か。


「彼の判断だ。彼が死を選んだ」


「――でも!」


 ――でも?何だというのだ。兄を救えなかった後悔を私にぶつけようとしているだけではなかろうか。彼女もまた弱い人間の一人なのだろう。


「追い詰められた人間にとって死はある種の救いだ。それは君も薄々気付いてるんじ

 ゃないか?」


「――黙れっ!!」


 突如、弥富は叫び声と共に引き金を引いた。


 ――風切り音と共に頬に若干の痛みが走る。どうやら寸でのところで矢を避けられたようだ。


 再装填までの時間はそれなりにあるはずだ。私は一目散に教室の出口に走った。


 だが、横目に見えた弥富はナイフを構えて突進して来ていた。私はとっさに迎え撃つ準備をする。ナイフを握った右手に渾身の力を籠める。


 ――瞬間、刃同士が擦れ合い火花が空に舞う。


 お互いに体のバランスを崩し、床に倒れ込んでしまう。体勢を立て直しすぐさま追撃を行おうとする。いくら狂気に突き動かされてるとはいえ、身体能力の差が覆るわけではない。


 生憎だが私の勝ちだ。左手で彼女の刃物を握る右手を掴みとり、手前に引き寄せると同時に首元目掛けてナイフを、


 ――瞬間の迷い、そして


 ――私のナイフは彼女の左肩を深々と抉った。


 切り口からは血が溢れ出しボタボタと床に滴り落ちる。


「くっ!」


 弥富が激痛に呻きながら鋭い眼差しでこちらを睨む。


 ――すかさず彼女を蹴り飛ばし距離を取る。


 弥富は教室の床に倒れ込み距離が十分に開いた。


 その隙を逃さずに一気に教室を飛び出し階段へと向かった。背後に弥富の気配を感じつつ血濡れの廊下を駆け抜ける。


 遠くにパトカーのサイレンの音がする。時間が無い。


 校門を出たところで大野木が車を待機させていた。


「乗れ!」


 大野木が叫ぶ。私は白山が開けてくれた後部座席に飛び乗った。


「OKだ、出せっ!」


 車の加速度を感じつつ窓から学校を見た。学校の1階、そこには弥富がたたずんでいた。その表情は激しい憎悪に満ち溢れていた。


 私はなぜ彼女を殺せなかったのだろうか。肩を突き刺したとき、間合いは確実に首などを狙えた。だが私が狙ったのは肩。


 私は、彼女の中に私を見たのだろうか。怒りに満ち溢れた、憎しみに突き動かされた彼女の瞳に、私は何かを感じたのだろうか。




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