二人の距離

@tanabe_ak

12月某日。S県U市の喫茶店『COLOMBIA』にて。

「なんでわざわざお土産くれたの?」

 男は訪ねた。


「前にお土産をくれたので」

 テーブルを挟んで、少女は答える。


 男は、少女の小学校時代の担任だった。少女は、旅行で行った沖縄のお土産を渡すために、かつての先生であったこの男に会う約束をしていた。同窓会でクラスメイトみんなでというのはかつてあったが、一対一で会うのは初めてだった。

 

 男は紙ナプキンを手でいじりながら言う。

「……そうか、もう高三だもんな」

 口をつけたホットミルクティーのカップを置くと、少女はポツリと。

「私、けっこう変わりました?」

「そんなに変わっていない。よくいる女子高生っぽいイメージとはちがう。あのころのまま大きくなったみたい」


 完全な沈黙ではないが、弾むような会話でもない。

 少女のほうからは、あまり話題を出さない。先生の側からなんとか話題を出そうと四苦八苦しているのが見て取れる。

 端から見ると単なる中年男性とハイティーン少女との会話。ふわふわとした言葉のやりとり。


「中学校とか高校とかだと、卒業後に遊びに来てくれたりというのはまあまああるけれど、小学校だとほとんどないから。だから、こうやって高校生になってお土産もってきてくれたのなんて、俺もほとんどないよ」

 他にも、小学校時代の別の女子の名前を挙げて話を続けさせてみたりして、男は会話の糸口を探ろうとしていた。


「LINEのホームのコメントよく変えるよね。メッセージは送らないけれど、それは見てるよ。あんまりアレ更新する人いないよね」

 会ってはいないけれど、LINEやTwitterのお互いのアカウントは知っていた。

「ほとんど気分で変えてます。あんまり意味ないです」

「Twitterとか、ときどきこれは……って思うしてるよね。ちょっと心配するわ」

「歌詞のなかからそのまま持ってきてるんです。深い意味とかはなくて」

「どういう歌手とか好きなの? 職業的にさ、最近の曲とか校内放送で生徒が流したりして、案外わかるよ。それをiTunesでダウンロードしたり」

「最新のよく聴くってほどでもなくて。あ、ミスチルとかも聴きますよ」

「ミスチルかぁ、シブいねー」

 Mr.Childrenをシブいというのは、完全に少女の側にあわせにいっている同調行為だ。


「高校三年生だから、修学旅行は二年のときか。最近とかだと……文化祭とかやった?」

「やりました」

「最近の高校生は、どんなことやったりするんだろう」

「お化け屋敷やりました」

「俺らのころと変わらないなぁ」

 最近の高校生という言い方が、完全に中年のそれである。


「大学は大阪に行くんだっけ」

「そうです。あれ、なんで知ってるんですか?」

「前にそう言ってたよ」


 男は、何でお土産を持って、わざわざ会いにきてくれたんだろうと、その意味を探りだそうと思った。

「カレシはできたか? 早くつくれよ」

 かつての師への恩返しか、それを超えた特別な感情か。

「そこは、ほおっておいてくださいよ」

 会話の中から手がかりを得ようとするが、深く踏み込むこともできず、時間が過ぎていく。

「会うというのが、あらたまった感じがする。何か悩み事とかあるのかと思った」

「特にはないです」



 少女は、小学校時代にこの先生を、好きとまではいかないけれど、憧れの念を少なからず持っていたのかもしれない。

 大学が大阪だということで、初めて生来の土地を離れることや、冬の寂寥感から、若干感傷的な気分になったことも手伝い、自分の中にある気持ちに、決着とまでは言わずとも、何かしらの区切りをつけたかったのではないか。


 それで久々に会ってみた。

 あの頃みたいに戻って話ができるかと思ったけれど、どこか見えないぬるっとした薄膜が、自分と先生との間に掛けられているような手応えがある。

 先生はあのころと同じふうに「先生」なのだけれど、知らない「オジサン」が混じって感じるのはなぜ?


 数年もほぼ別々の生活をしていたことになる二人。

 先生のほうは、それほど変わらないのかもしれない。けれど、少女のほうは修学過程でもあり、生活はどんどん変わっていく。

 時間を共有することもない、それぞれ別々の人生を歩んできた数年において、互いに感情を交わしあえるような話題など既になかった。


 私も、あなたも、彼も、彼女も、世界中の全ての人は、留まることのないこの時の中で歩き続け、ときには翻弄され、一秒として留まり続けることを許されない存在だ。

 脳裡に浮かぶ、あのときのままの変わらない、あの人。でも、そんなものはこの世界のどこにも存在しない。存在するのは、あなたの頭の中だけだ。



「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 男は椅子の背にかけていた上着をとった。

「はい。今日はありがとうございました」

 少女は鞄から財布を取り出そうとするが、男はさっさとレジに行こうとしていた。「あの、お代なんですけど」

「いいって。ここはもちろん俺がもつよ」

 男が彼女にしてあげられることは、もう、そんなことしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二人の距離 @tanabe_ak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る