28 可能性がゼロじゃ、どうしようもない

 自衛隊駐屯地襲撃から一週間、俺はずっと拘束され、取り調べの連続だった。

 しかし例によって、話せることは少ない。ミコが俺の携帯端末の番号を知っているのは、かなり前に番号を教えあったからだったし、あの時、俺は何も知らなかった。

 駐屯地の監視設備が軒並み、テロリストに奪われていた、というのも取り調べの中で推測できた。でも俺にはやり方はこれっぽっちもわからない。

 取り調べの最後になって、アサヒとミコに組みついた理由を聞かれたが、理由はない。

 坂口さんが姿を見せた時、やっと俺は安堵した。この人がここに来るってことは、話は終わりってことで、俺が死ぬこと、あるいは自白剤の投与や拷問の対象になる未来は、今の感触では起こりそうもなかった。

 襲撃事件の時、あの瞬間の方が、よほど死が身近にいたし。

「何か俺に話すことは?」

 取り調べ室で、俺と坂口さんの間にはガラス板がある。俺の側の小部屋には、自衛隊員が一人、立っていた。そちらをちらっと見ると、「口は堅い」と坂口さんがすかさず言った。

 仕方ない、話すか。

「ミコと会わせてもらえませんか?」

 ふむん、と坂口さんが腕組みをして、背もたれに体重をかける。

「会ってどうする?」

「話をしたいんです。あの、ミコはこれからどうなるんですか?」

 これはほぼ決定事項だが、と坂口さんが声をやや小さくした。口は堅いんじゃないのか?

「鉄堂ミコは今のところ、黙秘していて、何も吐いていない。で、我々としては、一刻も早く情報を手に入れたいという理由で、彼女に自白剤を投与するべき、という意見を、抑えきれない。自白剤と言ってもスペシアルに効果的な、最新の、えげつない奴だ」

 そんなところだろうと、おおよそ見当は付いていた。

「そんなことをすれば、ミコはもう俺たちを絶対に許しませんよ」

「もう一回、駐屯地を破壊する、そういうことか?」

「犯行声明が出ていますよね?」

 難しい顔のまま、坂口さんが携帯端末を取り出し、こちらに向ける。

 長ったらしいが、要は、神罰を下した、という感じだ。

 神に祝福されたスペシアルを切り刻んだ罰、ともある。

 ミコが肩入れするだけはある。使い古された思想だ。

「連中はスペシアルで攻めてくると、よくわかった」坂口さんが携帯端末を下げる。「だが、ここは都市学園だ。スペシアルなんて、弱いのから強いのまで、大勢いる。戦力には困らんよ」

「戦力? 生徒じゃないですか」

「自分たちが襲われているんだぞ。高校生だから知りません、では済まない」

 坂口さんはムッとした顔のまま、こちらを見やる。

「高校生を実戦に使うかは別として、お前、もしくはお前の相棒の東郷アサヒが鉄堂ミコと会えば、何かが変わる、そう言いいたいのか? ここに至って?」

「あいつは俺を助けた。それは話しましたよね?」

「知り合いだったからだろう?」

「奴らがここでやったのは、徹底的な破壊ですよ、とても人を選ぶようなやり方じゃなかった。そんな中で、ミコは俺を助けた。つまりミコにはまだ、こちら側に来る余地がある」

 どうだろうな、と坂口さんが顔をしかめる。

「お願いします、坂口さん。ここが、最後のチャンスです」

 頭を下げると、坂口さんは短く唸り、もう知らん、と呟いた。

 翌日には俺は拘束を解かれ、久しぶりにアサヒと再会した。そしてそこに坂口さんがやってきて、こちらだ、と先導し始めた。

「どこへ行くつもり?」アサヒが小声で訊ねてくる。「さっさと帰ってシャワーを浴びて、美味しい食事を腹一杯、食べたいところなんだけど?」

「ミコのところだよ」

 俺が答えると、アサヒが眉間に縦皺を刻む。

「なんで? また厄介ごと?」

「助けるんだ」

 こいつは救いがないな、という顔で、アサヒが俺を見た。黙っているしかない。

 そのまま地下通路に入り、そこを抜けると階段になる。上がっていく。どこかの建物の中だった。

 清潔で明るい通路の左右に、鉄格子がある。何気なく触ろうとすると「高圧電流が流れている。壁もだ」と坂口さんが教えてくれた。あ、危ないじゃないか。

 独房の一つで、ミコが拘束されていた。

 実に奇妙なことに、鎖で宙吊りにされている。拷問みたいに見える。

「スペシアルの拘束方法の一つだ。マテリアル・スイッチングを防ぐために、周囲と距離を置かせ、同時に周囲の構造物に高圧電流を流す。さらに、拘束している鎖からも電流を流し、マテリアル・スイッチングに必要な集中を乱す」

 とんでもないことを考える人がいるな……。

 すでにミコはこちらを見ていた。やや憔悴して見えた。

「どこぞのバカの機転に負けた気分はどう?」

 アサヒがそう言うと、あれは自殺じゃないの、とミコが答える。

「でも、負けは負けよ。ご愁傷様。さて、ではニシキからありがたいお話があるわよ」

 俺はじっとミコを見た。彼女も強気に睨み返してくる。

「テロリストの情報を話していない、と聞いているよ」

「当たり前でしょ。私は仲間を売るようなことはしない」

「自衛隊駐屯地がきみたちに襲撃されて、大損害をこうむった。それでも、自分たちが正しいことをしている、って言える? 大勢亡くなって、大勢が怪我をした。それでも自分たちは間違っていないと?」

 ギラリとミコの目が光った。

「連中は私たちにもっと酷いことをしている! 死んだ方がマシだと思うほどの、残酷なことをね! 今回のことはその報いよ! 当然のことを私たちはして、奴らはツケを支払った!」

 話がどうしても先に進まない。

「でもさ、ミコ」俺は一歩、鉄格子に近づいた。「俺を守ってくれたじゃないか。それは事実だろ?」

 黙り込んだミコに、俺はじっと視線を注いだ。

 ミコはこちらを見て、しかし、どこか絶望したように見えた。

「前に、都市学園は地獄だって言ったよな。俺は、その都市学園の一員だ。科学者じゃないし、学者でも、教師も、職員ですらない。だからあるいは、いつか、俺もミコと同じ立場になるかもしれない。つまり、俺も都市学園を地獄だと意識するかも、ということだよ」

 ミコは無言。

「でもその時が来ても、俺は踏ん張れるような気がする。俺のそばには、アサヒがいて、アツヒコがいて、市井先生がいて、つまり、一人じゃない。同じ感覚を共有できなかったとしても、俺のそばに立っている人がいる。きっと同じ地獄に立っていて、お互いを支えることのできる奴らがちゃんといる」

 俺は真剣にミコを見た。

「お前のそばには、俺が立ってやるよ。アサヒだって、アツヒコだって、立つだろう。そうやって、四人で固まってさ、良いことも悪いことも全部、ぶつけ合って、喧嘩したりして、でも最後には同じ方向を向いて、笑えれば良い、と俺は思うよ。どうかな?」

 シンとした沈黙がやってきた。

 もう一押し、できるか。

 反射的に鉄格子を掴むと、ものすごい衝撃で火花が散って手が痺れた。い、痛い……。

 念のため鉄格子から離れ、ミコを見る。

 彼女はいつの間にか目を瞑っていた。

 まだ痺れている手をふらふらと振りながら、答えを待った。

 でも、答えはなかった。

「行くぞ」坂口さんが俺を促す。「もう話は終わりだ」

 じっとミコを見据えたけど、視線は返ってこない。坂口さんが俺の肩を掴み、強引に向きを変えた。

 三人で地下通路に戻り、途中から知らない通路を抜けた。ずっと、誰も何も喋らなかった。

 ドアを開けて広い空間に出た、と思うと、そこは自衛隊駐屯地の窓口、第一棟のエントランスだった。ここに来るたびに、正体不明のドアがあり、職員だけが入れる部屋があるんだと勝手に想像していたドアは、秘密通路の入口だったらしい。

「あの娘が寝返るとは思えないな」坂口さんがやっと口を開く。「自白剤を使っての取り調べは、三日後だ。このスケジュールは決して変わらないだろう」

 その一言を受けて、俺はそれとなく周囲を確認した。

 それから坂口さんを見ると、どこか不服げながら、こちらに笑みを見せている。

「取調室の場所も知りたいか?」

「え? 見学できるんですか?」

「見学という感じでもないな。上には掛け合ってみる。とりあえず、場所は近いうちに、連絡する。気をつけて帰れよ。連日で悪いが、明日にはそちらに署名が必要な書類の束がいくと思う。近いうちに提出してくれ」

 わかりました、と俺は頷き、坂口さんは「もう行け。またな」と建物の奥へ去っていった。

 アサヒと二人で外に出て、やっと堪えきれずに、というふうにアサヒがこちらを見る。

「自衛官とのさっきの変な問答は何? 不自然じゃない? 急に親しくなっちゃって」

「まぁ、いずれ分かるさ。それより、さっさと飯にしようぜ、独房じゃ大したものは出なかったし」

 誤魔化すなよ、とアサヒは俺の肩を小突いたが、結局、関心を失ったようで、話題は食事に切り替わった。

 しっかりしたものを食べよう、と、とんかつ屋が選択された。時刻は午後の授業が始まったくらいで、つまり急げば出席できるけど、俺たちにはそんな気はなかった。

 だって、何日も拘束された後に、じゃあ学校へ行くか、とはならないでしょ、普通。

 とんかつ屋のランチタイムぎりぎりに滑り込み、とんかつの食べ放題を選んだ。でも遅すぎたので店員がすぐに「あるだけしか、出せませんので」と申し訳なさそうに教えてくれた。

 とんかつを次々と胃に納める俺たちだが、アサヒの食べっぷりは目を瞠るものがある。次々と肉が消えていく。

「それで、ミコはどれくらいの確率でこちら側につくと思っている?」

 自然な様子でアサヒが訊ねてくる。俺は皿の端にマスタードをチューブから出しつつ、考えて答えた。

「まぁ、ほとんど望み薄だろうね」

「じゃあなんであんな演説をした?」

「可能性がゼロじゃ本当にどうしようもないだろ?」

 呆れた、という表情で、アサヒはさらにとんかつを食べていく。

 店員がヒヤヒヤした目で見ている中で、俺はすぐに満腹になり、ただアサヒは止まらない。結局、ランチタイムの最後まで残っていたとんかつの全てを食べ尽くし、アサヒは「食った食った」などと腹を撫でていた。

 食いしん坊か。

 二人で外へ出て、「なんか眠いから帰る」と言って、いつも通りの様子で去っていくアサヒを俺は見送った。

 俺も帰っても良かったけど、ふと思い立って、そこへ行くことにした。

 都市学園の中央に近い位置にある、巨大な金属の植物。

 巨大ヘリポートの、半ばにある展望台に上ってみた。

 自衛隊駐屯地は、と視線を巡らせると、今も大工事の真っ最中だった。真新しい建物の数を数えようとしたけど、無理だった。それくらいの数の建物が、もう修復されているのだ。道路も見るからに綺麗になっている。

 都市学園の建設能力、建築能力は、相当なものだ。

 展望台をぐるっと回って、都市学園の全てを見た。

 ここは楽園か、地獄か。

 それは俺にはわからなかった。

 ただ、今、俺はここで生きている。

 何度も何度も、俺はぐるぐると展望台を歩き回った。




(続く)

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