27 自衛隊駐屯地襲撃
本当の気持ち?
問いかけると、すぐに返事があった。
『私はもう何もかもを壊したいの。都市学園も、そこにいる大人たちもね。それが、私の本当の気持ち』
「お前、それ、本気か?」
返事がない。
「誰も殺していない、殺さないようにした、って言ったよな? もし本当に全部を破壊したいなら、お前はそんな躊躇をしないはずだ。違うか?」
やっぱり返事がなかった。
周囲を見る。低い位置の太陽がまぶしい。壁の向こうへ沈もうとしている。
どこかにカメラがあるはずだ。探すが、見つからない。
自衛隊の防犯設備の情報が盗まれているのは間違いない。今の俺の立っている場所も、ミコは知っているんだろう。駐屯地の監視カメラが全て制圧されているのか。
それだけではない気がした。ドローンがどこかにいるのではないか。静粛性の高い、それこそ軍隊が使うような偵察装備。
本来なら、曲がりなりにも自衛隊の駐屯地だから、偵察のためのドローンを捕捉できるはずだ。どれだけ静粛性を高めても、光学迷彩で姿を消しても、物体がそこにある、という一点で探知できる設備があるはず。
それが機能していない。偽情報を流されている?
「どこにいる? ミコ。すぐそばなんだろ? 違うか?」
『あんたまでぶっ潰したくないのよ』
ぶっ潰す?
ぞわりと背筋が震え、俺は反射的に身を投げ出していた。
背後で真っ青な光が膨れ上がり、俺が出てきたばかりの建物の半分が消滅し、そしてそこに機械でできた巨人がいた。
ギガギアだった。そのロボットが跳躍し、自衛隊駐屯地の建物の一つを体当たりするようにして破壊する。即座にマテリアル・スイッチングで建物の構造物が分解、吸収、改変される。
都市学園の中にあるため相応に頑丈にできている建物でも、その衝撃で半ば崩れた。
サイレンが鳴り響くのと同時に、ギガギアの両腕にある巨大な機関砲が銃弾をばら撒き、紙屑のように周囲の構造物を破壊し始める。
「ミコ! これはなんだ!」
携帯端末に怒鳴るが、返事はない。通信は切れていた。
背後を見ると、自衛隊員が駆け回り、装甲車や戦車が建物の間にすでにちらほらと見えた。
頭上を何かが横切った。
振り仰ぐと、かなり高い地点に大型の輸送ヘリコプターが浮かんでいる。どこかの人形劇に出てきそうな構造で、内蔵されているコンテナが投下される。
そのコンテナが崩れるように輪郭を失ったかと思うと、赤い光に包まれ、その光の後には、生身の巨人がそこにいた。タイターンだ。
十メートルの巨体が着地した瞬間、激しく地面が揺れて俺はもう一度、俺は地面に倒れ込んでいた。機械と生身、二体の巨人が自衛隊駐屯地を破壊していく。
俺は倒れたまま、第一棟を見る。
面会室は一階にあった。ギガギアがマテリアル・スイッチングで破壊したのは四階と五階のようだ。アサヒは無事なはずだ。
立ち上がり、建物の中に入ろうとするが、瓦礫が玄関を潰している。入れない。
「下がれ! ここは危険だぞ! 逃げるんだ!」
ついさっきまで建物の外を警戒していた自衛隊員が俺に叫ぶ。その声さえも大暴れする巨大な存在の破砕音、破滅そのものの音にかき消されていた。
アサヒ、無事なのか?
頭上を人の背丈ほどもある建物の一部がすっ飛んで行き、地面を転がり、自衛隊駐屯地と外部を隔てるフェンスを薙ぎ払った。
低い音が連続した。出動した自衛隊の戦車による砲撃だった。
ギガギアがタイターンを守る位置に移動し、その鎧で砲弾を防ぐ。
自衛隊も対応策を実行しているため、砲弾は高貫通酸性弾などと呼ばれるものを使っているらしい。ギガギアから煙が上がり、その鎧が剥がれ落ちるように脱落する。
すぐそばの建物を、ギガギアがマテリアル・スイッチングを実行して取り込み、鎧を再構築。
その間に、影から飛び出したタイターンが地上をなぎ払い、空中におもちゃのように装甲車や戦車が舞い上がる。
小さく見えるのは、自衛隊員か。
ここはいきなり、戦場になっていた。
ギガギアが地上を機関砲でなぎ払い、俺が見ている前で、装甲車の一つが爆発し、隣に停車していた車体が、跳ね上がる。
そしてまるで計ったかのように、俺の上に落ちてきた。
しまった。
死んだな、これは。
一瞬で悟っていた。緩慢に影が俺の上に差し、いつか、アサヒが俺を守ったときのことがフラシュバックした。
だから、その光が周囲を照らした時、またか、と思った。
思ったけど光は白ではなく、黄色だった。
鈍い音、甲高い音を立てて、金属の槍が無数に地面から生え、装甲車を刺し貫き、空中で停止させていた。
「さっさと逃げなよ、ニシキ」
そこにいるのは、アサヒではない。
ミコだった。
地面が抉れていて、そこをマテリアル・スイッチングしたのは間違いない。
俺を、助けてくれたのだ。
「お、お前、その……」
どう答えるべきか、戸惑い、言葉にならない。
「これっきりよ。さっさと逃げなさい」
引きとめようとした。しかしミコの背中に大きく、機械の翼が広がる。
彼女が停止させたばかりの装甲車をマテリアル・スイッチングで分解し、取り込むのも、一瞬だった。全身が金属で覆われ、面貌が下される。
ここで止めないと、ダメだ。
体が勝手に動いていた。
飛びついていた。
ミコに。生身で。
ちょ……! とミコが声を漏らした時には、彼女はすでに背中から大量のガスを放出して、飛翔している。
わわわ、た、高い!
都市学園がよく見えた。真っ赤な夕日が全てを染め上げている。
ギガギアが見えた。タイターンもいる。
グラリ、何かが揺れたと思ったら、俺はミコから放り出されている。
悲鳴を発するどころじゃない。息を飲んで、全身が冷え切っていた。
落ちる、落ちる落ちる落ちる!
ミコが慌てて手を伸ばすが、届かない。そのミコ自身も、動揺したんだろう、姿勢を作り直すための時間が必要だった。
そしてその時間の間に、俺は一気に地上に向かって落ちていた。
何メートル? 百メートル、はないな、五十メートル? もっと低い?
いや、高さなんて関係ない。生身で転落すれば死ぬのは絶対だ。
ミコがこちらに向かってくる。だけど遅い。鎖を放出しても間に合わない。
絶景はあっという間に消えた。すぐそばに建物の壁が見える。それくらい落ちているということ。
今度こそ、死んだ。
視界が真っ白に包まれた。
やっぱり、死んだな。
「このバカ!」
怒声と同時に、俺の体が横に移動してるのが遅れて理解され、その時には、強烈な衝撃と共に、全ての動きが停止した。
方向感覚、水平感覚が全滅している中で、甘い匂いがした。
誰かが俺を抱き留めている。新浜高校の女子の制服。
そして、まっ白く輝く髪の毛。
グラリと傾いだと思うと、すぐそばの地上に俺を助けてくれた女子が着地する。
今度こそ、アサヒだった。
彼女が最後の最後に、助けてくれた。
地面に四つん這いになって、思い出したように呼吸を再開した俺をそっちのけに、アサヒが地面を蹴った。
頭上を見ると、急降下していた勢いを消せなかったんだろう、不自然な姿勢のミコに、アサヒが組みついたところだった。
二人がぐるぐると回転しつつ落ちてくる。
っていうか、俺に向かって落ちてくる!
よろよろと二歩、三歩と転がるように進んだ時、背後で衝突音がして、地面から土埃が大量に舞い上がった。
咳き込みつつ、盛大な煙から逃れ、透かして見る。
そこでは、アサヒがミコを抑えこみ、自由を奪っていた。
ミコが何か叫んでいる。アサヒも怒鳴り返していたけど、どちらも俺には聞こえない。
ここしかチャンスはない。
駆け寄って、飛びついた。何も考えなかった。
ついさっき、それで失敗したのに、俺も学習しない奴だった。
能力を発動させているスペシアルに生身の人間で飛びつくのは、自殺行為、というか、自殺だった。
だからだろう、俺が飛びついた途端、アサヒもミコもハッとして、能力を停止させた。
黄色に輝く髪も、白に輝く髪も、その色を失った。
頭上をヘリコプターが横切る。
何かの噴射音、ジェットエンジンのような音がすると、ギガギアが宙に飛んだのが見えた。その背中や腰、脚からガスが噴射され、みるみる高度を上げている。片手に何かを持っている。あれは、人か?
飛び上がったギガギアがまさにヘリコプターに接触すると見えた時、その巨体がほぐれるように崩れ、小さな人影のようなものがヘリコプターに取り付いた。
ヘリコプターが視野から消えた。光学迷彩。
サイレンは鳴り響いているけど、ついさっきまでのギガギアとタイターンが全てをめちゃくちゃにする音、歩く時の地響き、全てが消え去っていた。
「悪いけど、離れて」
アサヒがいきなり俺を蹴り飛ばした。不意打ちに転がった俺が跳ね上がると、アサヒはミコの腕をひねり上げ、地面に押し付けていた。
「もう暴れていい時間はおしまいよ。どうやら仲間にも見捨てられたようだしね」
口答えしようとするミコの素振りを見て、アサヒが腕を強く捻ったので、彼女は呻くしかできない。っていうか、ほとんど折れそうなほど捩じり上げている。
「ニシキ、大人を呼んできて。こいつをしっかり拘束する」
「あ、あぁ……」
俺はアサヒの気迫に飲まれつつ、周囲を見回し、それから、
「やりすぎるなよ。くれぐれもな」
と、念を押しておいた。
ものすごい形相で睨まれたので、俺はもうその場にいられず、自衛隊員を呼びに行った。
五人の自衛隊員と共に現場に戻ると、アサヒはさっきと同じ姿勢でミコを押さえている。
良かった、アサヒはミコを破壊しなかったようだ。
それからは怒涛で、自衛隊員がミコを引き受け、どこかへ去って行ったけど、ほとんど間を置かずに都市学園の二つの病院から救護班が大量にやってきて、その後にさらに多くの人が押し寄せた。
都市学園の建造物や道路などを管理したり、補修したりしている土建屋、建設会社の作業員が主だった。自衛隊の人たちも、今回ばかりは縄張りを主張しなかった。
そうして、いきなり始まった都市学園での大戦闘は、次の瞬間には大々的にして小範囲の建設バブルの発生に変わっていた。
もっとも、俺とアサヒはミコを確保した人間として、自衛隊に拘束されて、その建設業者、建築業者が大喜びする様は、見れなかったけど。
俺はそれから、無事な建物の中で、大勢が怒鳴り合い、重機やら何やらが発する音を聞いていた。
拍子抜けしつつ、俺はぼんやりと自衛隊駐屯地内の留置所で、外の音を聞いていたわけだ。
なんか、疲れた。死にあまりにも近づきすぎて、どっと、疲れた。
何もかもが、遠く感じた。
(続く)
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