20 諦めた少女との再会

 車でどこか山奥まで走ったようだった。

 走っている最中には山奥とははっきりしないながらも、道路がどんどんボロボロになるのは、車体の揺れでわかった。振動が酷すぎて、場合によっては舌を噛んだかもしれない。

 目隠しのせいで何も見えないけど、車に乗っている他の男たちも黙っている。アサヒは別の車のようだ。

 停車して、降ろされてからも少し歩かされる。

 建物に入ったな、というところで、いきなり目隠しを外され、眩しさに目を閉じていた。

 恐る恐る開けると、綺麗に手入れされたバンガローのような場所だ。一間しかない。

 まずそこに三人の男がいて、三人ともがこちらに猟銃を向けている。

 その三人と一緒に、彼女もいた。

「ミコ……」

 そう言ったはずが、轡のせいで呻くような声が漏れただけだ。

 鉄堂ミコは無表情にこちらを見ている。そのミコに、男のうちの一人が何か耳打ちし、ミコが頷いた。

 それを合図に、男二人が部屋を出て行き、二対一になった。

 残っている男が、俺の轡を外してくれる。

「じっとしていろ」

 男、三十代らしい体格のいいその男が、低い声で言った。

 彼はすぐにミコのそばに戻り、こちらに銃口を向け直した。

「ミコ、その……」

 何を言えばいいのだろう。

「私を捕まえに来た、って感じでもないわね」

 まだぎこちない表情のまま、ミコが言うのに、俺はカクカクと頷いた。

「これは俺とアサヒの独断だ。っていうか、俺の独断で……。あそこに行けば、ミコへの手がかりがあるんじゃないかと」

「そうして私を都市学園に差し出せば、何の憂いもないわね」

 おいおい、どうしたっていうんだ。

「俺がそんなことをすると思うか?」

「あなたは敵に降った」

「それが語弊があるな」

 反射的に体を動かしたら、銃口がこちらを狙い直す。やれやれ。

 姿勢を固定して、言葉を探す。俺も銃口には慣れてきたかもしれない。慣れたくもないけど。

「敵に降った、というより、その……、俺は無関係だった。自衛隊は敵じゃなかった。俺にとっては、だけど」

「私についてこなかった」

 それはそうだが、しかしなぁ……。

「悪かった。謝る。でも俺は、その、武装集団の一員じゃないし、その集団の仲間でも協力者でも、同志でもない。高校生だよ。ただの高校生じゃないが、一応は、高校生だ」

「連中に何をしゃべった?」

 そう問いかけてきたのは男の方だ。

「連中って、自衛隊?」

 頷かれたので、正直に話した。俺の話を聞いているうちに、ミコの表情が少しずつ自然になり、男の緊張感がちょっと異質に見えるほど、空気が軟化した。

「あんたって、本当に、お人好しね。根っからの、お人好し」

 それがミコが言った言葉だった。そしてすっと男の手元に手を伸ばし、銃口を下げさせた。

 視線を返す男に、ミコが言う。

「こいつは何も喋らなかった。そして私を探したのは、個人的な好奇心よ。自衛隊も何も関係ない。むしろ私たちが下手に動いた、と見るしかないわ」

「しかしな、ミコ、こいつは……」

「いいの、コウジ。隣に行って、女の子の方を解放して、こちらへ連れてきて」

 じっとミコを睨みつけてから、コウジと呼ばれた男は外へ出て行った。ミコがナイフを取り出し、俺の両手を結びつけていた縄を切り落とした。

 手首を撫でつつ、「いきなりで驚いたよ」とボヤくしかなかった。

「あんたがデタラメだからよ。こっちの身にもなって。隠れ潜んで生活しているのに。でもどうしてあそこがわかったの?」

「コンビニの店名で検索した」

「店名? 私も知らないわよ」

「建物の外壁に、書いてあったぞ。ヨツバマート、赤砂店、ってね」

 思わずといったように頭上を見上げてから、ミコが「迂闊だった」と呟く。

 背後でドアが開く気配がして、振り返るとコウジが、アサヒを連れて入ってきた。アサヒはもう拘束を解かれている。

「久しぶりね、おチビちゃん」

「こんなところまで、男にホイホイついてくるとは、尻軽ね」

 バチバチとアサヒとミコが睨み合う。それからアサヒが俺を殺気を孕んだ目で睨みつけた。

 誘ったのは確かに俺だけど、別に強制してないだろ。

 俺に何の非が?

 まあ、非があると言えばあるけど……。

「で、こんなところで何しているわけ? キャンプ体験じゃないよね」

 アサヒが話題を変えた。自分が尻軽ではない、と証明するのは諦めたか。

「キャンプはキャンプでも、別のキャンプだけど、とにかく、ここは拠点の一つでね」

 答えたのはミコではなく、コウジだった。

 彼を睨めつけるアサヒ。

「あんたがここのリーダーってこと? どういう組織?」

「一応は俺がこの場のリーダーだ。それでも全体から見れば、俺もそれほどの地位ではない。組織については、反体制組織、としか言えない。あまり知るとお前たちを送り返すのが不可能になると思ってくれ」

「それはまた、お優しいことで」

 そこで会話が途切れた。四人ともが黙って、じっとお互いをうかがっている。

「明日の朝にはここを出て行って」

 ミコがそう言って、できる? という視線をコウジに向けた。彼は小さく頷いた。

「ちょっと待ってくれ。ミコ、その……、ミコはこれから、どうするんだ?」

「私?」

 その時、ミコの顔に浮かんだ表情は、冷笑、だった。

「私には帰る場所はない。戦い続けるだけよ」

「その通りでしょ、ニシキ」

 アサヒが素早く口を挟んだ。

「この娘はとっくに全てを諦めている。あんたがどうしようと、もう太陽の下は歩けないよ。何をしたのかは知らない。人を傷つけたか、それとも殺したか、それは私も知らないけどさ、もう無理でしょ」

 思わずすがるように、ミコを見ていた。

 彼女は黙っている。

 見据えてると、ミコがわずかに視線を外し、何か言おうとした。

 直後、衝撃が走り、俺はよろめていた。低い音が鳴り響いた。外だ。

 コウジとミコが素早く横をすり抜け、建物から駆け出して行く。俺とアサヒは反射的にそれに続く。

「言わんこっちゃない」

 アサヒがぼやく。

 昼日中の明かりの中、複数の小型ヘリコプターが周囲を飛び回ってる。

 バンガローが五棟ほど並び、それが視界が開けているのでよく見えた。

 バンガローの一つが火を吹いている。男たちが四十人ほど、それぞれのバンガローから出てきたり、周囲の木立から飛び出してくる。

 連中の武装は、ライフル銃を持っているなどというレベルではない。近くに止められている車の荷台には機関銃があるし、男のうちの数人は対戦車ロケット砲を肩に担いでいた。

「ミコ、そいつらを連れて逃げろ!」

 すぐそばでヘリコプターに銃弾を撃ち込みつつ、コウジが怒鳴る。

「ここはもうダメだ! 拠点を放棄して、一度、全員を地下に潜らせる!」

 ミコが何か言い返そうとした時、ヘリコプターが装備している機関銃がバンガローの一つをズタズタに引き裂く。ものすごい音だ。

「あのー」アサヒが小さな声で言う。「勝手に逃げるんで、私たちの知らないところで、思う存分、銃撃戦をやってもらえます?」

 ミコにもコウジにも聞こえていないようだった。そりゃそうだ。声が小さすぎるし、なんというか、ここら一帯は騒音が酷い。

 ミコとコウジが何か怒鳴りあい、どういう合意があったのか、いきなりミコが俺の手を引いて走り出した。

「また会いましょう!」

 そのミコの言葉に、コウジが軽く手を挙げた。クールだなぁ。さながら、ハリウッドの戦争映画だ。

 アサヒが横を並んで、走っていく。三人で木立に入り、ひたすら走り続けた。銃撃戦の音やヘリコプターの気配が遠ざかる。

 がむしゃらで走っているようで、しかし時折、ミコは方向を変える。

「どこか当てがあるわけ?」アサヒが問いかける。「こんな山の中に?」

「もしもの脱出経路は用意されている! 無計画じゃないのよ!」

 そりゃ反体制組織ですものね、とアサヒが呟く。

 どれくらい走ったか分からなくなるまで、三人で走っていると、そのうちに周囲が薄暗くなってくる。時間の流れが速い。

 木立の木々がまばらになり、足元も岩が増えてくる。

 気づくと視界から木立が消えて、どうやら山のかなり標高の高い地点へ抜けたらしい。

 身を隠せないぞ、と思っていると、最近、設置されたらしい鎖が斜面、というか崖に流れている。

「これを伝って降りろってこと?」

 そうよ、とミコは平然としているが、俺はもう足が竦みそうだ。アサヒはといえば、「ちょっとしたアスレチックね」と言っていた。

 こんなアスレチック、あるか。

 日が沈んで薄暗い中、どうにかこうにか鎖を頼りに斜面を降りて、一本目の先にある鎖を二本、さらに三本と伝っていき、また崖下の木立の中に入った。その時にはとっぷりと日が暮れて真っ暗で、俺には何も見えない。

「スペシアルって、どういう視力をしているんだ?」

「特異体質だからね」

 平然とアサヒが答える。特異体質、便利な言葉だ。

 結局、アサヒとミコに導かれて、林の中にある小屋にたどり着いた時には、携帯端末を見ると二十三時を過ぎている。十時間ほども動き続けていたのだ。

 小屋に入ると、急に足腰が立たなくなり、座り込む、というかへたり込んでいた。俺だけ。何か、不条理な気もするが、二人のスペシアルはまだピンピンしている。本当に、不条理だ。

 小屋の隅にあった箱から、ミコが小さな懐中電灯を取り出し、それでやっと周囲が見えた。

 蜘蛛の巣がひどい。

「ここがセーフハウスとは、素晴らしい組織だわ」

 アサヒの皮肉にミコは無言だ。そのミコにアサヒが追い打ちをかける。

「こんなところに私たちを連れてきて、どうするつもり?」

「この林を下っていくと在来線の路線にたどり着くのよ。半日もあれば、無人駅にたどり着ける。ちゃんと私も考えているわ」

「ありがたいわね。こんなことになるなら、わざわざ私たちを拘束する必要もなかったはずだけど」

「手違いなのよ。悪いと思っている。ごめん」

 謝罪されて、アサヒも口を閉じた。

「あのさ、水とか、ある? 俺は喉が渇いて、倒れそうだけど」

 大袈裟に言ってみたけど、誰も笑いもしない。

 箱を漁って、ミコが小さな缶を取り出す。何かと思ったらコーヒーの缶だった。しかも激甘の奴だ。

 受け取って、さっさと飲み干した。うーん、少し癒されたな。

 小屋が沈黙に支配されて、なんとも居心地が悪い。ミコは仲間が気になるようで耳を澄ませているらしい。アサヒはムッとした雰囲気を隠そうともせず、瞼を下ろして座り込んでいる。

 俺はといえば、空き缶を手元でくるくる動かして手遊びだ。

 なんとも不自然な空間だった。

「ミコ、あのさ」

 言葉を発したのは、意外なことに、アサヒだった。ミコと俺が彼女に視線を向ける。

「都市学園に帰るつもり、あるのか、ないのか、はっきりさせて。それと、あんたがどんなことをしてきたかもね」

 シンとした空気の中で、ミコが小さく息を吸った。



(続く)

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