14 勢いだけの男子とやる気のないそぶりの女子の情報収集
ミコを探そう、と言うと、アサヒは露骨に嫌な顔をした。
「それ、藪をつついて蛇を出す、って奴じゃないの?」
「クラスメイトだろ」
「ただの友達じゃない。病気かもしれないし、不登校かもしれない。飛鳥時代の次に奈良時代がくるのに絶望したかもしれない。そうでなければ、平安時代の次に室町時代が来たのに絶望したか。違う?」
飛鳥時代の次に奈良時代がくるのが、どういう意味を持つんだ? そして、平安時代の次は鎌倉時代だろうけど。
「とにかく、ミコを探す。良いな」
「私はトレーニングをしているから、お好きにどうぞ」
「二人でやりたい」
拳が俺の顎を掠める、当たっていたら一発でノックアウトだっただろう。
舌打ちして拳を引き戻すアサヒ。
本気で殴りかかるなよ。殺傷目的で。
「良いだろ、アサヒ。一緒にミコを探してくれよ」
唸っていたアサヒだけど、「仕方ない」と言って、途中だった荷物をカバンに突っ込む作業を再開した。
「まずどこを当たるつもりかしら?」
「寮、じゃないの? 新浜高校の女子生徒は、確か宮古寮と立石寮に分かれている」
「詳しいわね。さては忍び込む算段をしてたな?」
ニヤニヤされていたらまだ救いがあるけど、アサヒの視線には軽蔑の色しかない。
「誰が忍び込むかよ。世間話で知っただけ」
それはそうと、いや、待てよ……。
「そういえば、ミコは寮に部屋がないって、言っていたかもしれない。一人暮らしだって、言ってた気がする」
俺の記憶力も曖昧だ、アサヒのことはとやかく笑えない。
「都市学園で一人暮らし?」アサヒが顔をしかめる。「常識的じゃないわよ。嘘を言ったんでしょ。とりあえず、寮を当たってみるか。管理人さんが教えてくれるはず。ほら、行くわよ」
乗り気じゃないような素振りをしていたのに、すでにアサヒが主導権を握りつつある。
俺より行動力があるし、願ったり叶ったりではあるけど。
二人でカバンを提げたまま、ゆっくりとまず宮古寮へ向かった。「着替えてくる」とさりげなくアサヒは寮に入っていった。
表で待っているけど、かなり目立つ。女子寮の前に男子が立っているって、実はものすごく極端なシチュエーションを連想させるのでは……。
通りを行く人たちの視線に耐えきれなくなった頃、ふらっと私服に着替えたアサヒが出てくる。助かった。
「で、どうだった?」
「鉄堂ミコ、という生徒は宮古寮にはいないわね。立石寮に行こう」
ゆっくりと歩を進めつつ、アサヒは疑問を放置するのが不快だったらしく、はっきりと探りを入れてきた。
「立石寮にもいない、そうあんたは思っているようだけど、それで、いなかったらどこをどう探すつもり?」
「それは、まぁ、どこか公的な場所で個人情報を知るしかないけど」
「公的な場所? 役場ってこと?」
そこが最大の問題ではある。
都市学園では、というか、都市学園であるからこそ、個人情報の管理は厳密だ。寮の管理人さんレベルで、ちょっとした情報は聞き出せても、個人の詳細な情報は、選ばれた人しか知ることができない。
だから、都市学園の大図書館へ行けば、長い時間で溜まりに溜まった、都市学園生徒名簿がずらっと書棚の一角どころか、フロアの一角を占領しているけど、その名簿は形だけだ。
名前と、所属している学校とクラス、その程度の情報しかない。
まぁ、都市学園は広いようで狭い、などと言われていて、どこかを適当に歩き回っていれば、自然と本人にばったり遭遇する、という事態がままあるわけだが。
「考えなしってことね」黙っている俺に、アサヒがため息を吐く。「学校に忍び込むくらいの剛毅さはないの?」
「学校に忍び込む? 例の噂を知らないのか?」
「テスト問題を事前に盗もうとした生徒が警備員に病院送りにされた話?」
そう、それ、と答える俺に、アサヒは軽蔑するように鼻を鳴らす。
「私だったら警備員をぶっ潰して試験問題をゆっくり掠め取るね」
犯罪を犯罪で誤魔化すなよ。犯罪をまずやめろ。
「少し真剣に考えるよ。どこかに伝手がありそうなんだけど……」
結局そのまま、立石寮に到着し、また俺は外で待機だ。針の筵に座っている気持ちである。
一階の守衛室みたいなところでアサヒが話をしているのが見える。かなり激しくやり合っているが、守衛はうんざりした様子で、寮の奥を指差す。
アサヒの姿が寮の中に消えた。管理人と話せるように、守衛を脅迫したのか、恫喝したのかは知らないけど、うまく進んだようだ。
じっと寮の方を見ていると、守衛が外へ出てきて、背伸びしてから、ストレッチを始めた。一日の疲れをほぐす、みたいな、どこか労わりたくなる光景だな。
その向こうからアサヒが戻ってきて、守衛の横を通り過ぎてこちらへ来る。礼を言うか、挨拶くらいしろ。ピクリとも唇が動いていないぞ。
「どうだった?」
目の前で、アサヒが不機嫌そうな顔になっている。
「立石寮に鉄堂ミコはいない。部屋はない。やっぱり一人暮らしじゃないかな? 不自然だけどさ」
「そうかぁ」
つまり、これでほとんど何の手がかりもなくなったってことだ。
アサヒが俺を言いくるめるように、「またそのうち学校にも来るでしょ。待っていればいいじゃない。待つのも大事よ」などと言っている。
どうするべきか考えつつ、俺は寮の守衛がタバコを吸い始めたのを見て、ピンときた。
「ちょっとした協力者に気づいた」
「え? 誰?」
「市井先生」
瞳の色をどんよりさせて、「私、ここで帰っていい?」と哀れみを誘う声でアサヒが呟く。
「別に何もないって。行くぞ、ほら」
こうして俺たちは夕日が差し込む都市学園で、通りを足早に進み、中央病院に辿り着いたのだった。
受付で市井先生の所在を訊くと、オフィスにいるという返事だった。
「私、本気であの医者が嫌いなんだけど」
「喫煙者だから?」
「しかも場所を選ばずに吸う。最悪よ。空気が物理的に悪い」
彼女をなだめつつ目的地に着き、オフィスのドアを叩くと、小さく返事の声が聞こえた。声をかけてドアを開けると、濃い煙の匂いが漂った。
「これよ」アサヒが顔をしかめる。「外で待っていていい?」
「それは俺が不安になる」
「ガキじゃあるまいし」
結局、しぶしぶながら、アサヒも付いてきた。市井先生はデスクに向かって何かしていたけど、こちらをちらりと振り返る。しかしまた前に向き直って、背中から声が飛んでくる。
「アポイントメントはなかったはずだけど?」
「ヤブ医者が忙しいなんてことがあるもんですか」
まるで立場や年齢を無視して、アサヒが言い返し、乱暴にソファに腰掛けると、ふんぞり返った。市井先生は、そうかい、と応じながら、作業を続行。忙しいかな。
「ちょっと調べて欲しいことがあるの」
そんな先生の様子をよそに、何か気を使うようでもなく、やっぱりアサヒは主導権を取りたがる。まぁ、任せておこう。
「何? お前の体とか? やっとその気になったのか?」
無造作な市井先生の一言で、アサヒから絶対零度の殺意が放射される事態になった。
この二人は油と水だ。やっと気づいた。
冷え冷えとした声で、アサヒが唸るように言う。
「この前の変態行為、忘れてないですから。あなたの立場が立場なら、今頃、地面の下ですよ。でなければ私があなたを火葬場に送り込んでいる」
……恐ろしいことを言うな。反社会的だぞ。
「別に変態行為じゃない」煙を吐きつつ、やっと振り返って、やり返す市井先生。「あれは医療行為だったし、適切だった。何よりお前は死にかけていたんだぞ」
「死にかけていても人格はありますし、あなたがやった行為は、法律に反しています」
医療行為が違法行為って、あるか?
苦笑いしている市井先生が、
「では六法全書の一部でも、すらすらと暗唱できるかな? バカ学級の生徒さん」
ぐっと言葉につまり、「ご自分でどうぞ。後悔しているなら」などとアサヒは誤魔化した。
「そんな話をしに来たのか? こいつの被害妄想を煽り立てるために?」
こちらを見て訊ねられたので、違います、と俺は即座に答えた。本当の目的からかけ離れていた、今の会話は。俺が主導権を握るべきだった。
「俺たちのクラスに、鉄堂ミコ、っていう生徒がいたんです」
少し、市井先生が黙り、それからわずかに目を細めた。
「それがどうした? 病院の厄介になる事情があるのか?」
「ちょっと顔を見たくて、でも住所がわからない」
「そんなの本人にメールをして聞けよ、お友達じゃないのか?」
不通なんです、と答えるしかない。
事実、いつの間にかミコの携帯端末には電話もメールもできないようになっていた。
「不通? そりゃ、端末がぶっ壊れた、ってことだな。そんな生徒が年に一人か二人、出る。頑丈にできているが、バカな生徒も多いしな」
「それならそれで良いんですが、一応、どこに住んでいるか、調べて、会いに行こうと思うんです。でも肝心の住所がわからずに、五里霧中なんですよ。寮では生活していないみたいで」
急に市井先生が真面目な顔になった。タバコの煙を黙って吸い込み、吐き出す。
「取引は好きじゃないが、調べる代わりにいずれ、お前たちの精密検査を俺にやらせてくれ」
「え? ミコのこと、調べてくれるんですか?」
期待していたとはいえ、こんなにあっさりと答えがあるとは思わなかった。
私は精密検査は嫌だけどね、と即座にアサヒがボソッと呟くが、反射的に、俺は彼女を睨みつけていた。
バチバチと火花が散るような視線のやりとりの末、珍しくアサヒが折れた。
「話は決まったようだな。えっと、新浜高校一年六組、だよな。鉄堂、ミコ」
デスクの上で端末を起動して、素早く何かを入力する市井先生の背中に、思わず期待を込めた視線を向けてしまう。
しばらくの沈黙の後、「おかしいな」と市井先生が呟く。
「新浜高校一年六組で、鉄堂ミコ、だな?」
「ええ、はい。どうかしましたか?」
「生徒の名簿から名前が消えている。消えているというか、存在した痕跡が綺麗に消えている」
……なんだって?
「先生、四月に、アサヒとミコがスペシアルの能力を使って、市街戦をしました。その時に俺が書類を役場に提出したんです。ミコも書類を出したのでは?」
あの時の俺は、ミコへの負担を消すためにちょっと事実を脚色し、ミコの名前を出さないように書類を書いていた。こんなことなら、名前を挙げておくべきだったけど、後の祭りだ。
先生はあれこれと調べたけど、結論は変わらない。
「鉄堂ミコという生徒の記録は、データベースからは消えているな。おい、ニシキ、その女子生徒の写真はあるか? 画像検索できるが」
俺がアサヒと視線を交わしたのは、写真を持っているか、という意思疎通と同時に、写真を撮るなんてミコは少しもしようとしなかった、という事実を確認するためだ。
写真はないのだ。
「俺もこんなことは初めてだよ。どうなっているんだ?」
バリバリと頭の毛をかき回してから、市井先生が唸る。
「本気で調べてみるから、何か分かったら伝えるよ。こいつはデカイ獲物になりそうだ」
デカイ獲物……?
そんな具合で、市井先生が端末の操作に没頭したので、俺たちはそっとオフィスを出て、中央病院を後にした。
二人で日が暮れて街灯が灯る通りを並んで歩いても、しかし俺たちは無言だった。
よく事態が飲み込めない。
ミコは何をしたんだろう? どこへ消えた? どうやって?
「あのおチビちゃんのどこがそんなに気になるの?」
病院からは市松寮の方が近い。自然、二人でその手前で足を止め、会話になった。
「気になるっていうか、ただ、あいつは何かを求めている」
「求めている?」
冷ややかな視線が向けられるだけで、攻撃はなかった。別にいやらしい意味じゃないんだけどなぁ。
「オーバードライバを探している、ってわけじゃないようだけど、ただ、何かを求めている……、求めているとしか、言えないんだけど……」
「変態少年だってことはよくわかったわ」
やっぱりそう取るのかよ。
こちらに背を向けて、ひらひらと手を振ってアサヒが離れていく。
「見つかるといいわね。じゃ、バイバイ」
どこか釈然としないけど、頭がパンク寸前で複雑な思考は切って捨てて放り出すことにした。
寮に入って、どこか疲れたのを感じつつ、三階へ上がる。
自分の部屋の個人認証をパスして、室内へ。明かりが自動で灯る。
リビングに入って、思わず足を止めた。
備え付けのソファに、少女が座っていた。金髪を揺らして跳ねるように立ち上がると、こちらへ近づいてくる。
「み、ミコ……」
金髪の少女が、にこりと笑う。
「ちょっと顔貸して」
そう言われると同時に、容赦なく鳩尾を強打されていて、俺は意識を失っていた。
(続く)
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