6 危険すぎるキャットファイト
転がり込んできた女子は、スポーツウェアのままだった。
長い髪の毛が真っ白になり、彼女の周囲で白い光が瞬く。
「鉄堂ミコ?」
びっくりして転んでいた俺に近いのは、ミコの方だ。
乱入者、東郷アサヒは準備万端整った、戦闘態勢で歩み寄ってくる。
「まぁ、ちょっと腕試ししてあげましょうか」
平然と嘯くと、ゆっくりと、ミコが片手、生身の方の手を床に置いた。
ものすごい音ともに、床が部分的に崩壊した。
床だった建材の全てが砕け散り、ミコの体に融合されていく。
気づいた時には完全武装、機械の鎧に全身を覆われたミコが、そこにいた。面頬を下げ、身構える。
アサヒがこちらをちらっと見てから、「どうなっても知らないわよ」と呟き、床を蹴った。
部屋の真ん中で、アサヒとミコが交錯し、お互いに打撃を叩き込む。
ミコの鎧の一部が砕け、脱落するが、アサヒの体は派手に吹っ飛び、入ってきたばかりのブチ破った窓を、もう一箇所、ブチ抜いて外に飛び出していった。
「この程度か」
呟いて、ミコが構えを解いた時だった。
窓から飛び込んできたアサヒが、そのままミコを蹴り飛ばす。
残像を残してミコの体が完全に宙を飛び、今度は彼女が壁をぶち抜いて、視界から消えた。
「この程度か」
パンパンと手を叩き、アサヒがこちらへやってくる。
「アサヒ!」
思わず悲鳴をあげたが、アサヒは見切っていた。
壁の穴から飛び出してきたチェーンのようなものを、アサヒは的確に叩き落とす。
しかしそれも五本が限度だった。六本目、七本目が彼女を拘束する。
小さな気迫と同時に、それを身じろぎで吹き飛ばずアサヒだが、そこへミコが突っ込んできていた。
二人が組み合い、両者の足が床にめり込む。
おいおい、デタラメだな!
二人が跳躍し、組み合ったまま天井を突き破って、上の階へ行ってしまう。
ホッとしたのともつかの間、部屋の壁に大穴を開けて二人が再び現れる。
他所でやってくれ!
二人が離れ、高速で格闘を始める。床が砕け、壁が砕け、天井が砕け、二人が行くところ、破壊しかない。
俺はさっさと逃げ出すことにした。
身を屈めて部屋から飛び出し、通路をがむしゃらに走る。人の気配がない。無人だったようだ。エレベータが停止しているので、そのすぐ横の階段へ。
四階の表示を読み取り、階段を駆け降りたけど、やけにフラフラする。
違う、建物が揺れているんだ。
外に飛び出して上を見上げると、建物は四階建ての古いもので、最上階が特に破損が酷い。今も二人のスペシアルが突っ込んだり飛び出したりして、粉砕されていく。
ミコの体を覆う鎧が砕けるのがよく見え、同時に彼女が建物の構造物に触れるたびにその破損が修復されるのもよく見えた。
一方のアサヒはスポーツウェアがボロボロになりつつ、負傷らしい負傷もない。
力量の差、負傷の差ではなく、ファイターというスペシアルは、圧倒的な治癒力を持つと聞いている。能力を全開放すれば、骨折なども数秒で治るそうだ。
気づくとサイレンが鳴り響いていて、いつかのギガギアとタイターンの戦闘に巻き込まれた時と同じアナウンスが鳴り響いている。
と、見ている前で、二人が建物に飛び込み、動きが見えなくなった。
どうなった?
いきなり腹の底に響く音が轟くのとともに目の前の建物が大きく震えた。
そして一階のエントランスから、二人が飛び出してくる。いや、こちらに飛んでくる!
身を投げ出して回避できたのは、ほとんど奇跡だ。
地面をえぐって停止する二人のスペシアルの向こうで、四階建ての建物はついに損傷が限界を超え、内側に沈むように崩れ始めた。
「あー、アサヒ、その辺にしようよ……」
どうにか声をかけたが、アサヒは無言で、少し離れてミコと向かい合っている。
ミコの鎧はボロボロだけど、半分砕けた面頬の奥に見える瞳は、闘志を失ってない。
「ミコも、いいじゃないか、落ち着こうよ……」
俺の言葉は、通じるわけがなかった。
二人が地を蹴りつけ、衝突する。
パトカーのサイレンが聞こえる。野次馬もそこら中にいた。建物の外にも、中にも。
ビルの一つにミコが叩きつけられ、壁が剥落する。
そこに飛びかかり、アサヒの連続攻撃が始まる。ミコは防御に徹する構えだ。
と、ミコの体が食い込んでいたビルの壁がマテリアル・スイッチングで分解され、即座に四本の腕に構造を書き換えられる。
その腕が一瞬、アサヒを拘束。
振りほどいた時にはミコの直蹴りで、今度はアサヒが地面に叩きつけられた。
「もうやめろよ! アサヒ! ミコ!」
動きが止まっているアサヒにミコが飛びかかる。
俺はその二人の間に、飛び込んだ。
ミコの動きは止まらない。だけど、明らかに動揺している。
アサヒが俺を軽く押しのけ、そのミコと正対する。
ダメだ、ミコは動揺で動きが不完全、これでは防御が間に合わない。
「アサヒ!」
何も筋道だったことは考えなかった。
アサヒが、このままではミコを潰してしまう。
これからのアサヒの一撃がどれほど重いのか、それに対してミコの防御がどれほど機能するのか、何もわからない。
だから、俺の一瞬の思考は、アサヒに攻撃をやめさせようとした。
ミコを傷つけないように。
それだけが頭にあった。
視界の隅で、真っ白に輝くアサヒの髪の毛の色が、少し色を失ったように見えたのは、気のせいか。
アサヒは、攻撃をやめた。即座に判断して身を捻ろうとする。
対してミコは、本気だった。動揺は、もうない。
ミコの右手、その鉤爪が、アサヒの腹部をかすめた。
勢いに弾き飛ばされたアサヒが、地面を転がり、動かなくなる。
「アサヒ……?」
俺はぼんやりとそれを見て、すぐに理解が及んだ。
「アサヒ!」
駆け寄った時、すでにアサヒの腹部の傷からは大量の血が流れていた。掠めたどころではない、抉れている。
「くそ」
呻きつつ、傷を押さえるアサヒの髪の毛は、ほとんど光を放っていない。普通の黒髪になっていた。
「クソッタレのオーバードライバめ!」
拳が俺の頬を打つけど、びっくりするほど弱々しかった。
「この、間抜けが……」
起こしていた上体がヘナヘナと倒れ込み、俺はそれを力なく支えるしかできなかった。
すぐ近くでサイレンが響いた時、俺とアサヒは数台の救急車に囲まれていた。
ミコを見る。いない。探すが、姿を消している。
「こちらへ」救急隊員が俺をアサヒから引き剥がした。「スペシアルはこの程度じゃ死なない。きみの怪我を見せてくれ」
俺が見ている前で地面に寝かされたアサヒに、救急隊員が群がり、担架も運ばれてくる。
彼らの足元に広がっている血だまりは、とても人間の命が維持できるとは思えないほど、広く広がっている。
救急隊員の服が血で汚れているのを見たとき、俺は自分が何をしたのか、やっと考えた。
体の端々の擦り傷を治療されながら、アサヒの言葉を繰り返し、意識した。
クソッタレのオーバードライバ。
彼女はそう言った。
俺が何かをしたんだ。でも、何をした?
アサヒが、ミコを傷つけないように、願った。
それがいけなかったのか?
救急車に自力で歩いて、そのまま乗り込み、俺は現場を離れた。ぼんやりしているのは、アサヒの流した血と、彼女の様子、そして頬を打った弱々しい拳が、頭を離れないからだった。
病院に連れて行かれて、気づくと市井先生がベッドに腰掛ける俺の前に立っていた。
「あの娘はいい娘だな。もし彼女の立場だったら、君をくびり殺している」
やっぱりタバコを吸いつつ、市井先生が言う。
「きみはオーバードライバにも責任があるのを、意識していなかったか?」
「……ええ」
俺が呟くと、ならよし、と市井先生が俺の頭を掴み、ギリギリと締め付けた。イタタタタ。でも、アサヒよりは痛くはないだろう。
「オーバードライバはスペシアルの力を増幅させるが、それが及ばずにスペシアルが傷ついたり、死んだりすれば、そこにはオーバードライバの責任と呼べる要素が、必ず存在するってことだ」
「俺のせいで、アサヒは……」
「気にするな、死んじゃいない」
のろのろと顔を上げる俺に「そんな顔をするな」と市井先生が笑みを見せる。
「死んじゃいないんだ。怪我も都市学園じゃよくあるレベルだ。俺たち医療関係者は慣れきっている。死体さえ治す、と言われるほどにな」
冗談で笑わせてくれるつもりかもしれないけど、笑えなかった。
「先生、聞いても良いですか……?」
「答えられることなら、答えるよ」
「オーバードライバは、スペシアルの能力を制限できますか?」
そのことか、と苦り切った顔で、市井先生はしばらくタバコを吸っていた。
「スペシアルはまだ社会的に有力な地位を持っていない」
静かな口調で、答えてくれる。
「ロンドン国際条約で、スペシアルは軍事力として使えなくなった。同時に、先進国は特異体質であるスペシアルを、科学的に通常人へ戻す研究を必死に行った。結果、今のところ、三つの手法がある。抑制処置、封印措置、能力除去、だ。それぞれに手法が確立されつつあるが、どれを選ぶにせよ、スペシアルはその特質、才能とでも呼ぶべきものを大半は切って捨てて、健常者になることを選択する」
「それが、今の話とどう関係が?」
「オーバードライバの中でも極めて特殊な存在が、スペシアルの能力を高める一方で、能力を消滅させる、という論文が数年前に世に出た。しかしそれを発表した学者は不審死を遂げ、他の学者が裏付けをしている最中だ」
だから、と市井先生が顔をしかめる。
「お前が言っていることは、だいぶ重要ではある。でも、今は内緒にしておけ。あまり公言すると、研究材料にされるぞ」
タバコを携帯灰皿に突っ込み、「さて、行くか」と市井先生が俺の腕を掴んだ。
持ち上げられて立ち上がり、よろよろと診察室を出た。
手術室、というパネルが赤く灯っている扉の前で少し待つと、パネルが消灯し、ドアが開いてキャスター付きのベッドが出てくる。
俺は恐る恐る覗き込んだ。
少しだけ青白い顔をしたアサヒが横になっている。
生きているんだ。
「さて、堀越ニシキくんにはやるべきことがある」
ベッドを見送った俺の背中を、バシッと市井先生が叩いた。
「都市学園に正式に書類を提出しろ。特殊決闘禁止法の適用外だが、書類は必要だ。都市学園役場の場所はわかるか?」
「はあ……、地図を見れば……」
「寝ている小娘の分も書いてやれ。報告書はややこしい書式だし、期限もあるからな、お前も忙しくなるぞ」
そうか。忙しいなら、少しは自分を責めることから、逃れられそうだ。
市井先生に礼を言って、俺はその場を離れた。
しかし、そういえば、ミコはどこへ行ったんだろう?
彼女の意図を知らなくては、どうしようもない。学校で会えるだろうけど。
通路を進んでいると、ふらっと誰かが通りかかった部屋から出てきた。
「あ」
「あ」
まさにミコだった。こっそり病院にいたらしい。ちょっとした負傷、俺と同程度の傷のようだ。
しばし、固まった俺たちだったが、脱兎の如くミコが逃げ出し、そのまま、走り去った。
逃げるなよ……、別に取って食おうってわけじゃないのに……。
俺はとりあえずは、役場に向かうべく、個人用の携帯端末を取り出した。
(続く)
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