5 強引にして押し付けがましいコンタクト

 どこか遠くで甲高い音が鳴っている。

 何かを打ち付けるような音。これは、工事の音か?

 意識が急に覚醒した。

 会議室のような場所で、広さは八畳ほど。薄暗いが、事務机と椅子が壁際に追いやられているのが見えた。

 俺は椅子の一脚に縛り付けられていて、うーん、理解が及ばないけど、誰かに捕まったようだった。

 本当に、理由は全くわからないけど。

 ただ、誰が俺をさらったかは、おおよそわかる。

 窓には黒いカーテンが引かれ、室内には明かりが辛うじて灯っているものの、点灯していない明かりが多い。灯っていても、明滅している。

 さっきから聞こえる音は、建物を補修する音だと思う。つまりここは地上だ。

 あの金髪の小柄な女子は、いったい、何を考えているんだ?

 姿を探すけど、ここにはいない。

 いてくれた方が、だいぶ安心できるんだけど。

 ドアをじっと見ていると、まるでこちらが見えているようにドアノブが回った。悲鳴を飲み込む俺の視線の先で、例の女子が入ってきたので、さすがに息を吐いてしまった。

「何にびびっているの?」

 彼女はコンビニのビニール袋を提げている。

 椅子を一つ用意して、俺の前に座る。

「ちょっと話をしたくてね、ここに連れてきちゃった」

 可愛らしい言葉遣いだが、要は誘拐だ。

「話はいくらでもするから、この縄を解いてくれる?」

 俺は身じろきで、体をぐるぐると縛っている縄を示す。彼女は嬉しそうに笑って、

「そうしたら逃げちゃうでしょ?」

 と言った。嘔吐したいほど、最悪な可愛さだった。

「名前が思い出せないんだけど、教えてくれる?」

「鉄堂ミコよ、ミコって呼んでくれればいいから」

 そうか、そんな名前だったな。思い出した。

「鉄堂さん、こんな行動に出た理由は? とてもお友達になりたい、って感じの行動ではないけど」

「お友達にはなりたいけど、もっと重要な理由がある」

「俺には嫌な予感しかしないけど」

 鋭いね、と言いながら、彼女は袋から惣菜パンを取り出すと、パクパクと食べ始めた。そういえば、だいぶ俺も腹が減っている。分けてくれたらいいのに。

「重要な理由はね、あなたがオーバードライバらしい、ということからきているの」

 結局はそれか。

「どこまで知っているか知らないけど、俺は最弱のオーバードライバで、アサヒが俺と組んでいるのは、彼女が一方的に俺を選んだからだよ」

「つまりあなたが選んだわけじゃない? 無理やりってこと?」

「無理やりじゃないけどさ」

 アサヒには命を救われた恩義があるし、俺を選んでくれたことも嬉しかった。

 そして彼女はもう努力を始めている。

 俺だけが放り出すわけにはいかない。

 俺もつまりは、アサヒを選んだわけだ。

「前言撤回。俺はアサヒと組むと決めた、ってことだね」

「ほかの誰かと組む気はある?」

「例えば?」

「私よ、私」

 思わず黙ってしまった。しーんとした空気を、工事現場の騒音がやけに大きく震わせていた。

「私?」

 聞き返すよりない。

 ぐっと胸を張ったミコが、こちらを見据える。

「これでも相応に、力がある」

「うーん、でも俺はアサヒと組んだし」

「頭でっかちだなぁ。二人を相手にやればいいじゃない。三人は嫌? 一対一がいいの?」

 からかわれているようだが、やや下品だな。たぶん。俺の想像力が豊か、という可能性もあるが。

「これでも純情なんで」

「それはまた」ムッとした顔でミコが言う。「青臭いわね」

 青臭くて結構、という表情をしていると、ミコが席を立って、こちらにやってくる。

「ねえねえ、ちょっと私にオーバードライバとして、能力拡張をやってみてよ」

「まだアサヒともやってないよ。やり方を知らない」

「やり方なんて簡単だよ、触れればいいだけなんだから」

 さりげなく歩み寄ってくるミコが、やけに怖く見える。

 彼女は片手に食べかけのパンを持ったまま、俺の前に立ち、すっと手を持ち上げると俺の頬に触れた。

 無性に恥ずかしくて頬が熱くなる。

 それだけだ。

 じっとミコはそのまま動きを止めて、まじまじとこちらを見ている。

 何も起こらない。

「ま、満足した?」

 訊ねると、難しそうな顔でミコが俺の頬から手を離し、パンを勢いよくガツガツと食べ尽くした。

「能力を隠しているの?」

「か、隠すかよ!」

「それとも接触が足りないのかしらね」

「俺は最弱なんだって」

 すっとミコがポケットから取り出したのは、俺の財布だ。そこから彼女がレシートを取り出す。例の検査の結果だ。

「この数値異常は、確かにオーバードライバとして弱いと判断するしかないけど、他の数値との相関を最新の研究で関連付けると、別の可能性がある」

 なにやら不穏なことを言い出したが、最新の研究? 都市学園こそが最新のはずだが?

「特定のスペシアルとは共鳴現象が起きる。私にも適正があるはずだけど?」

「どこで調べたの? そんなこと」

「仲間から聞いたのよ。悪いけど、ちょっと追い込ませてもらうわ」

 な、仲間……? どういう意味だ?

 それ以前に、追い込む……とは……。

 ミコが自分が座っていた椅子の元に戻り、その背もたれに手を置いた。

 彼女の金髪が、強く輝いた気がした。

 椅子が一瞬でひび割れ、捻れるようにミコの右腕にそれが絡みつき、形状が見る見る変わる。

 機械的な構造の腕。ミコの右腕は異形のそれに変わっていた。

 ドラグーンのスペシアル。右腕だけ、改変したのだ。

 スペシアルの、他の物体を改変、吸収する能力は、マテリアル・スイッチングと呼ばれている。ギガギアやタイターンなどの巨体も、この能力で自身に無関係の物体を取り込んで、巨体そのものを生み出す。

 機械の腕の先から短剣が伸び、俺の鼻先に突きつけられる。

「オーバードライバとしての本気を出さないと、ちょっと鼻を削ぎ落とすわよ」

 ちょっと削ぎ落とすって、どれくらいだ? っていうか、削ぎ落とさないでくれ。

 切っ先が動いて、鼻を削がれるかと真剣に不安になったが、切っ先は耳元に移動しただけだった。

「耳を落とされる方がお好みかしら?」

 そんな好みなんてあるか!

「まぁ、耳は二つあるし、片方無くなっても問題ないない」

 あるだろ! 大ありだよ!

「わ、悪いが、本当に何も隠しちゃいないんだよ。俺はいつでも本気だよ、信じてくれ」

「耳を落とされたいらしいわね」

「ば、ばばば、バカ言うなよ……」

 二人の視線がぶつかり合う。

 どちらも黙っている。チキンレースじみてきたが、どうしようもない。

 気力以外じゃ、勝負にならない。

 すっと短剣が動き、耳に触れた。き、切られるか?

 また動きが停止して、視線が激しく衝突し、スゥッとミコは短剣を引いた。

「あなたの検査結果は放置できないことだけは覚えておいて。あなたには可能性があるの」

「いや、あまり大事にはしたくないんだが」

「そういう謙虚さも、時には残酷ね」

 そんなことを言われてもなぁ……。

「じゃ、ちょっとお話ししましょうか」

 スパッと彼女の右腕が振られ、その短剣の切っ先が俺を縛り付けていた縄を切り落とした。

 うへぇ、冷や汗をかく間もないほどの早業だ。

 こんなのを相手にしていたら、一般人である俺は刈られるだけの葦のようなものだ。

 しかしとにかく、自由になった。よしよし。

 体のこわばりをほぐすために立ち上がろうとした。

 瞬間、それが窓ガラスを割ってカーテンを引き裂き、飛び込んできた。

 真っ白い光が、目を焼いた。



(続く)

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