4 地下の戦場案内とトレーニング

 都市学園の運営事務所に出向いて、本当に俺とアサヒはパートナーとして登録されてしまった。

「あ、アサヒさんは、どこ出身?」

 自然と一緒にいる時間が長くなったので、そんな質問をする機会もできた。

 イライラした様子で、返事がある。

「日本海の方。親は漁師」

「うちは農家だよ」

「あ、そう」

 なんとも、そっけない返事である。

「あのさぁ、あんた、わたしにさんをつけるの、やめな。アサヒ、っと呼びなよ」

「うーん、ちょっと気後れするんだけど」

「私もニシキって呼ぶ、それでイーブンでしょ」

 イーブンといえばイーブンだけど、努力するかぁ。

 都市ランキング戦の運営の主催で、新入生での参加者に向けたガイダンスがあった。時間が指定され、その部屋に行ってみると、想像以上に大勢が集まっている。

 レジュメを受け取り、それを読みつつ説明を聞いてから、現場を見学することになった。

 都市学園の地下、と聞いた時は、どういうものか想像できなかったけど、都市学園のそこここの複合ビルに、地下へ降りるエレベータがある。

 そこに登録者だけが持つカードを操作パネルのリーダーに差し込むと、地下へ降りられる。

 かなり長い時間、一分は乗り続けて、停止した時にちょっとほっとする自分がいる。降りると、無機的な通路があり、途中に「男子更衣室」と「女子更衣室」があり、さらに先へ。「入場口」と青い字のパネルが天井からぶら下がっている。そのパネルの手前、に分岐があり、その先は長そうだ、先が見えない。

 職員がその分岐の先を指差す。

「この先に赤で入場口と書かれたパネルのある出入り口があります」案内している職員が説明する。「反対側も同じ作りです。では、先を見学します」

 ドアもないので、そのまま先へ、ぞろぞろと見学者で進んでいく。

 通路の先には広い空間が現れた。

 とんでもなく広い。円筒状の空間で、説明によれば直径は百メートルもあるそうだ。高さはも百メートルと話があったが、天井があまりに高すぎて、サイズ感がつかめない。

 その床に数字が書かれている。

 全部でここと同じ空間が十二箇所、地下に作られているという。

「名称は大試験場と呼ばれています。ここでスペシアルは全力で戦うことができます。オーバードライバの方はあちらに控えます」

 すっと指差された方を見ると、壁際にシートがあり、透明のガラスのようなものに覆われているけど、もちろん、普通のガラスなわけがない、はずだ。

「あそこは大出力の、力場発生装置が組み込まれていて、例えばギガギアが倒れこんできたり、タイターンに踏み潰されても、オーバードライバの安全は完全に保障されていると思っていただいて結構です」

 思わずもう一度、そこを見てしまった。

 俺がオーバードライバなのだから、あそこに入ることになる。

 本当に、安全なのか?

 そんな具合で、試験場をまっすぐに横切り、今度は赤い文字で「入場口」と書いてある通路に出る。そこの先にも男女それぞれの更衣室があった。

 こうしてメインの見学も終わり、地下に大試験場の他に作られている訓練用の施設を案内される。どうにも俺には縁遠いな。

 縁遠いけど、アサヒは「真剣に聞きなさい、あんたも一緒に来るのよ」とまったく容赦ない。

 その見学の翌日から、アサヒは地下の訓練施設で、トレーニングを開始していた。

 ジムのような場所で、スポーツウェアに着替えて髪の毛をヘアゴムで束ねたアサヒは、トレーナーが持っているデカイ防具みたいなところへ、拳を叩き込んだり、蹴りを叩き込んでいる。

 もちろん、スペシアルの能力は解放していない。

 トレーナーが普通の人間なのか、スペシアルなのかはわからないけど、技術は確かだ。

 手につけている防具で、アサヒのグローブを受け止めつつ、逆に殴り返したりしている。

 よろめいたアサヒに蹴りをくりだし、防具にアサヒが吹っ飛ばされる。

 大声で「そんなもんか! 立て! 敵は待たないぞ!」と怒鳴られながら、彼女が立ち上がり、またトレーナーに向かっていく。

 俺が何をしているかといえば、部屋の隅にある椅子に腰掛けて、そんなアサヒをぬぼぉーっと眺めていた。

 アサヒのキックボクシングなのか、軍隊格闘技みたいなものなのか、よくわからない訓練を眺めていても、俺が別に能力を伸ばすわけではないし、何もできないのが、ただ見てるのも、どこか後ろめたくはある。

 都市ランクング戦に登録する時、義務付けられている個人面談があり、俺とアサヒも管理者と名乗る男性職員と面談した。

 そこでの話を聞いた感じだと、スペシアルは能力をいくらでも伸長させられるが、オーバードライバはほとんど能力が向上する可能性がないという。

 努力や経験が作用しない、純粋な素質らしい。

 アサヒは平然としていたけど、俺はとてもじゃないが、動揺していた。

 何せ、オーバードライバの素質は最弱と判定されている。

 これではアサヒの足を引っ張るし、アサヒの夢らしい、ランキングに名前が載るなど、夢のまた夢だ。

 でもアサヒは俺をパートナーにすると決めているようだった。それも確信を持って。

 なぜだろう?

 ガイダンスの日の、あの一件が、そんなに重要なのかな……。

 ぼんやりしているうちに、またトレーナーがアサヒを転倒させる。素早く起き上がり、また打ちあうが、さらにアサヒが転倒する。

「休憩だ。十分休め」

 ゆっくりと立ち上がり頭を下げて、ヘッドギアを外したアサヒがこちらへやってくる。

「お疲れ様」スポーツ飲料のボトルを手渡す。「どこかで何か習っていたの?」

「まさか」

 ボトルのキャップを外し、ごくごくと喉を鳴らし、垂れてきた前髪をかき分ける。

 結構、様になっているな。

「何よ?」

 見とれていると、きつい視線が返ってくる。

「いや、何でもないよ」誤魔化さなくては。「素人であれだけできれば、凄いんじゃない?」

「トレーナーも手加減しているでしょ」

「それにしても、格闘技とは驚いた。スペシアルって、もっとパワーだけで戦うと思っていた」

「結局は体を使うわけだし、格闘技にも意味があるんじゃない? まだ実戦に参加していないから、知らないけど」

 俺の横の席に腰掛け、ところで、とアサヒが小声で言う。

「今日の昼間の連中の様子、どう思った?」

 昼間、ね。

 俺はどう答えることもできず、唸るしかない。

 今日の午後、この地下へ来る前に学校では当然、普通に授業を受けていた。

 いろいろとおかしな点はあったのだ。

 現代国語の授業では、漢字を読めない連中が大勢いた。

 数学の授業では簡単なかけ算ができない奴が大勢いた。

 そして日本史の授業では、中大兄皇子、を、ナカノアニキオウジ、と読んだ奴がいた。

 何が起こっているか、あまりのことに理解できなかった。

「ちょっとした噂で聞いたんだけど」

 アサヒが小声で、どこか深刻そうに言った。

「新浜高校の六組は、バカが集められているらしい」

「バカ……?」

「都市学園に入れる必要があるけど、学力が水準以下の生徒を、まとめて放り込むわけ。私がなんでそこにいるのか、わからないけど」

「俺だってわからないけど、噂じゃないの?」

「八かける十二は?」

「九十六」

「でもクラスメイトの答えは、二十、だった」

 それは実話だった。しかもその珍回答でクラス中が大爆笑、ともならなかった。

 数人の生徒は真剣な顔で教科書とノートと黒板を確認したし、さらに少数の数人は、真っ青な顔をして汗を流していた。

 アサヒが言いたいことはわかる。

 わかるけど、じゃあ、俺は何で六組なんだ?

「あまり深く考えても仕方ないけど、何か不条理なものを感じるわ」

 一口、飲み物を飲んでから、アサヒががっくりと肩を落とす。俺も同じようにしたかった。

「再開するぞー」

 少し離れたところで水分補給していたトレーナーがやってくる。

「あのさ」立ちあがったアサヒに反射的に訊ねていた。「俺がここにいる意味って?」

「意味がない、とわかったらここから出て行くの?」

 冷酷な視線に、思わず顔が引きつるが、もちろん、出て行くつもりはない。

「応援しているよ、ここで」

「帰りたければいつでもどうぞ」

 アサヒって、こういう残酷なことを平然と口にするよなぁ。

 トレーニングが再開され、「もっと強く!」とか「遅い!」とか「休むな!」とかトレーナーに声をかけられつつ、アサヒが拳と蹴りを必死に繰り出す。

 荒い呼吸がはっきり聞こえて、汗が飛び散るのも見えた。

 バシンと防具の一撃を受け、よろめき、もう一撃を受けて倒れる。

 転がり、すぐに起き上がり、構えを取る。

 頑張るなぁ。まだ高校生活も始まったばかりなのに、こんなに張り切って大丈夫なのかな?

「こんにちは」

 唐突に澄んだ声がかかって、びっくりした。

 横を見ると、うちの高校の制服を着た女子が立っている。

 目立つことに、金色の髪の毛をしていた。染めているのか。

 いやいや、そうじゃなくて、この女子には見覚えがある。

 同じクラスの生徒だ。名前は、えーっと、思い出せない。

「こんにちは。えっと、そちらの席へどうぞ」

 さりげなく、空席を示す。

「店員か」

 少女が答える。ストレートな、ある意味、すごいツッコミだった。

 彼女は俺の横に立ったままでアサヒのトレーニングを眺めている。

 何をしたいのか、よく分からない。

 というか、ここにいるってことは、彼女も都市ランキング戦に参加しているのか?

 そしてスペシアルってこと?

「あなた、堀越ニシキであっているわよね?」

 女子は背が低いので、椅子に座っている俺をわずかに見下ろすような形になったけど、それほど高低差がない。威圧感は少しも感じない。

 思わず笑ってしまう。

「どうやらあっているらしい。そういうきみの名前を、一応、知りたいんだけど。覚えているはずが、ちょっと出てこない」

「正直でよろしい」

 すっと女子が冷ややかにこちらを見る。

「ここじゃ落ち着かないから、廊下に出ましょう」

「ん? ああ」

 確かにトレーナーの掛け声がかなり響く。

 アサヒに視線を送ったけど、彼女はトレーナーしか見ていなかった。

 女子に従って廊下に出て、どうやら飲み物の自販機の方へ向かうようだ。

 と思ったら、ピタリと彼女が足を止めた。

「ま、よろしく、堀越くん」

 手を差し出されて、握り返すしかない。

「で、名前は思い出せた?」

 うーん、無理っぽい。

 正直にそう返そうとした瞬間、手のひらに強烈な痛みを感じた、と思った時には、意識が朦朧とし、自分がよろめいているのがわかった。

 なんだ? 何が起きた?

 踏ん張ろうにも踏ん張れない、壁に肩がぶつかり、跳ね返される。

 足がなくなったような錯覚の後、床が近づいてくるのが見えて、衝撃がどこか遠くで感じられた。

 目の前にローファーが見える。

 それを最後に、俺は意識を失った。



(続く)

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