3 タッグ、を、組むのか?

 入学式は、すんなりと終わった。

 制服のブレザーはどうにか新品が届き、サイズもバッチリで、とりあえずは助かった。

 教室に戻り、小栗先生が「とりあえずは自己紹介でもしましょうか」と言い出し、まぁ、よくあるパターンの自己紹介が始まり、結局、名前を覚えたのは二人だけだ。

 新庄アツヒコと、俺の隣の席の女子である、東郷アサヒだ。

 自己紹介として、アツヒコは結構、饒舌に面白おかしく話をしたが、アサヒは壊滅的で、そっけないものだった。それはそれで印象的かもしれないけど。

 俺はといえば、アサヒと大差ない壊滅っぷりだった。

 人のことをどうこう言えないな。

 その日は午前中だけだったので、クラスメイトはめいめいに集まって、どこかへ繰り出すようだった。俺は独りきりなので、帰るだけになる。

 はずだった。

「ニシキ、ちょっと飯でも食って帰ろうぜ」

 アツヒコが自然な様子でこちらへやってきた。

「え? え?」

「そっちの姉さんもどう。名前は……」

 帰ろうとしていたアサヒが足を止める。じとっとこちらを見て、

「ナンパ?」

 とか、呟いている。

「ただ飯でも食おうってこと」素早くアツヒコが口にする。「みんな、この都市学園は初めてだろ? 好みの食堂の一つでも見つけるべきだと思うけど」

「ふぅーん」

 乗り気ではない様子で、カバンを持ち上げたアサヒは、しかし、そこを動かなかった。

「じゃ、案内、よろしく」

 あまつさえ、そんなことを堂々と言った。

 アツヒコが「じゃ、行こか」とカバンを持ち上げたので、俺も慌ててカバンを手にする。

 謎の三人組で、ゆっくりと校舎を出た。主にアツヒコとアサヒが話をしている。

「その銀の髪の毛は染めているわけ?」

「まさか。ちょっとした実験の副作用。他の奴らもそうだよ。アサヒは素人なのか?」

「素人? どういう意味?」

「京都出身じゃないってこと。この学校は京都からくる奴がほとんどさ」

「そういう意味なら素人ね」

「どういう能力者?」

「スペシアル、ファイター」

 俺は何気なく聞いていたけど、ピタッとアツヒコが足を止める。危うく彼を置き去りにしそうになり、振り返ると、ぽかんとした顔で、アツヒコはアサヒを見ている。

「スペシアルが珍しい?」

 強気な、勝気な口調でアサヒが言うと、ははは、とアツヒコが笑う。

「スペシアルはちょっとした病気みたいに見られるもんだから、姉さんみたいな人が珍しいよ。治療を受けないんだろ? その様子だと」

「当たり前じゃない。せっかくの力を弱めたり、封印したり、除去するのは、はっきり言って馬鹿げている」

「わお、根っからの戦闘狂って感じ」

 アツヒコが歩みを再開し、三人でウロウロと学校の近辺を練り歩く。喫茶店があり、パン屋があり、中華料理屋があった。俺でも知っている全国チェーンのファミレスもある。

 二人は歩きながら、また話していた。

「で、姉さんはその力を示すべく、地下に行くわけだ」

「ランキングに名前が載るのが目標かな」

「ランキングに? それは素人にはちょっと厳しいぜ。いつ、能力に目覚めた?」

「中学校の卒業間近だね」

「それはまた、遅咲きなことで。京都の連中は三年や四年、場合によってはそれ以上、能力と付き合っているんだから、経験値が違いすぎる」

「努力して、それでも負けるなら、諦める」

「潔いなぁ。で、兄さんはどういう人?」

 俺は古びた古本屋の、店頭にあるワゴンに気を取られていて、咄嗟に返事ができなかった。

「俺? どういう人って?」

「だから、スペシアルなのか、ってこと? 何かの特異体質者?」

「うーん……」

 ものすごく答えづらかった。

 しかし市井先生が言っていたことを口にするよりない。

「オーバードライバらしいけど、最弱って言われている」

「オーバードライバ? それはまた、不憫だな」

 ちょっと顔をしかめて、アツヒコが同情するように言う。

 不憫なのか?

「オーバードライバっていうのは、スペシアルから離れられないし、守られるだけになるからなぁ。まぁ、姉さんみたいな精神の持ち主がオーバードライバだったら、悲惨だろうね。その点、兄さんは穏やかだし、オーバードライバ向きではある」

 ちらっとアサヒを見ると、ムッとしているようだが、こちらをじっと見ている。

 何か言いたそうだが、彼女が言葉を発する前に「ここにしよう」とアツヒコが立ち止まった。

 小さな食堂で、外の看板には「牛丼、ひつまぶし」などと書かれている。どういう店だ?

 さっさとアツヒコが中に入ってしまったので、俺とアサヒも続くしかない。

 狭い店に客はいなかった。店員がやってきて「注文は?」と投げやりな調子ですぐに聞かれる。メニューを見せてくれよ、と思ったが、メニュー表がない。

 壁に「牛丼」の張り紙と「ひつまぶし」の張り紙があるだけだ。そこには値段が書いてあるが、非常に安価だ。

「俺、牛丼」

 アツヒコが少しも狼狽えずにそういうと、店員が手元の伝票にペンを走らせ、「量は?」と訊いている。「並盛りで」と堂々とアツヒコが答える。

 彼を見習って、俺とアサヒも注文した。アサヒはなぜか、牛丼を大盛りにしていた。

「あんたが最弱のオーバードライバとも思えないんだけど」

 牛丼を待つ間に、アサヒが俺の瞳を覗き込むようにこちらを見てくる。

「いや、病院でそう言われたんだよ」

「検査結果、持っている?」

「う、うん」

 財布に挟んでいた例のレシートを取り出し、アサヒに手渡す。アツヒコも身を乗り出し、それを見ている。

「へぇ、確かにオーバードライバの傾向はあるな」

 そう言ってから、アツヒコがいくつかの数値の相関関係を解説してくれたけど、俺の知識ではさっぱりだった。

 難しい顔のままレシートを眺めていたアサヒが、険しい表情でレシートを返してくれる。

「これは私の感覚を正直に言うんだけど」

 手元で濡れタオルを揉みながら、アサヒが言う。

「ガイダンスの日のこと、覚えている?」

「え? うん」

 あのギガギアに踏み潰されかけたときのことだ。

「あの時、私はあなたの手を取った途端、何かが開けたような気がした。あれがきっと、オーバードライバの力なのよ。間違いない」

「そう言われても……俺はただ手を握っただけだよ」

「手を握った?」

 アツヒコが素っ頓狂な声をあげ、俺たちを見比べる。不機嫌そうに、アサヒが睨み返す。

「手を握っちゃ悪い?」

「大胆だな、と思っただけだよ」

「抱え上げたりもしたけどね」

 アサヒの冗談に、ニヤニヤとアツヒコが笑う。

「くんずほぐれつって感じかな?」

 突然、バチバチッとアサヒの髪の毛が白い火花を発し、彼女の手元で濡れタオルが二つに引き裂かれた。

「あまりくだらないことは言わないように」

「は、はい……」

 明らかにアツヒコは怯えている、というか、すごい恫喝だな。

 スペシアルって、怖いなぁ。

 二つになった濡れタオルを重ねたり折りたたんだりしつつ、アサヒが俺を見る。

「あの時、何も感じなかった?」

 優雅に水の入ったグラスを傾けつつ、斜めにこちらを見られても、あの時は混乱がひど過ぎて、何も覚えていない。

 何か、感じたかなぁ。

「何かが流れた気がするけど」辛うじて思い出せることを口にする。「でも、忘れた」

 感じたかぁ、しかし忘れられちゃったか、切ないなぁ、などとアツヒコが呟くと、アサヒの手元でグラスにヒビが入った。

 彼女の力なら、グラスを握り潰すなど、造作もないらしい。

 アツヒコはいよいよ黙り、アサヒがこちらに身を乗り出す。

「さっきも歩きながら話したけど、ランキングに載るレベルになるのが、私の夢なのよ」

「ランキング?」

「都市学園のランキング制度、知らないの?」

「し、素人だから」

 アサヒが席に座り直し、天を仰いだ。それから、説明よろしく、とアサヒがアツヒコの肩を叩く。脅した後は命令かよ、とブツブツ言いつつ、アツヒコが説明してくれた。

「都市学園にはいくつかのランキングがある。スペシアル・ランキング、ドライバ・ランキング、スタディ・ランキングの三つだ。その名称の通り、スペシアルの力、オーバードライバの力、学力を示すもので、都市学園全体で上位に入ると、街頭モニターに掲載されるし、そのランキングはいつでもタブレットで見れる。ほら、出してみな」

 俺は新しくなったばかりのタブレットを取り出し、アツヒコがそれを操作して、そのランキングとやらの一覧を見せてくれた。

 まだ新年度が始まったばかりなので、全部が二年生か三年生で占められている。

「姉さんが言っているのは、スペシアル・ランキングのことで、ここに名前が載る大前提として、都市ランキング戦、っていう奴に加わらないといけない」

 何が何だかわからないが、アツヒコは根気強く、説明してくれる。アサヒはそっぽを向いていた。

「都市ランキング戦は、スペシアル同士の戦いで勝敗を決めるんだけど、全部で十二のランクに分けられている。新入生は一番下のランク、白リーグからスタートになるね。ランクにはそれぞれ色が割り振られていて、その色でレベルがわかる。これを見てみな」

 さっきのランキングのうちの一つ、スペシアル・ランキングには、十人の名前が掲載されている。その横に紫の丸があった。

「紫リーグに在籍していることを示す印だ。紫は最上位のランクなんだよ」

 全員が三年生だということも分かった。

「それで、アサヒはここを目指すと言っている」

 ……えーっと。

「そしてお前をオーバードライバとして、パートナーにするつもりだ」

 反射的にアサヒを見たけど、雑な様子で、小指で耳をほじっていた。

 幻滅ぅ……。

 アツヒコが話を再開する。

「都市学園には大勢のスペシアルがいて、大勢のオーバードライバがいる。ただ、半数以上のスペシアルはその能力を消すためにここに来るし、オーバードライバは仕方なくここにいることが多い。姉さんほど好戦的で、積極的な奴は珍しい」

「あ、アツヒコはオーバードライバなの?」

「いや、違う。俺はまた別の事情でここにいる」

 そうなのか……。

「しかし、だよ、姉さん」

 アツヒコの言葉に、アサヒが視線を向ける。

「ニシキはちょっと、ハズレくじすぎるよ。ランキングに名前が載りたいなら、もうちょっと強いオーバードライバを選ばなきゃ」

「私がこいつでいい、って言っているんだから、それでいいでしょ」

「オーバードライバはただの道具じゃないぜ? 人間なんだ。放り出されれば傷つくし、落ち込むもんだ」

 おっと、アツヒコが真面目なことを言ったな。

 それに対して、しかしアサヒは全く動じなかった。

「私の判断に誤りはない」

 自信家だな、おい……。

 ここで牛丼が運ばれてきて、食事の時間になった。

 なったが、並盛りの牛丼でもかなりの量で、アサヒの前に置かれた大盛りの牛丼は、ラーメンを入れるような丼に入っている。

「それ、食べれるの?」

 恐る恐る質問する俺に、「余裕、余裕」と平然と答えて、割り箸を割るアサヒは、やはり自信家だった。

 俺とアツヒコが苦労して牛丼を食べる横で、ガツガツと口に牛肉やらネギやらを放り込みつつ、アサヒが器用に宣言した。

「とにかく、私は、あんたと、組む」

 ビシッと俺に割り箸の先が向けられる。

「よろしく」

 俺はただ、「よ、よろしく」と言うしかなかった。

 アサヒは牛丼の全部を食べきり、「じゃ、次はお茶でもしようか」と平然と席を立った。

 どういう胃袋しているんだ?



(続く)

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