2 常識はずれなスペシアルの少女

 まず髪の毛の色が変わっている。

 それがつまり、目の前の少女がスペシアルであり、白い光ということは、ファイターだと示している。

 スペシアルは能力を解放する時、髪の毛が色を持ち、光を放つ。

 事実、今、起き上がろうとしているタイターンも髪の毛は赤く光を放っている。

「なんでこんなところにいるわけ?」

 ギガギアの超重量を物ともせず、片手でひょいと持ち上げたまま、女子が声をかけてくる。バチッ! バチッ! と白い光が瞬く。

 彼女が落ち着き払っているので、俺も逆に落ち着いた。

「たまたま」

「こんなボロ屋に入って、助かると思ってた?」

「どこの建物も潰れると思ったよ」

 でも実際には違う。

 ギガギアがぶつかっても、タイターンがぶつかっても、都市学園の建物は派手に倒壊したりはしていない。

 頑丈なんだ。それも常識はずれに。

「よっ」

 少女が短い声とともに、肘と膝を曲げて身をかがめると、勢いよく伸ばした。

 ギガギアがバランスを崩し、よろめき転倒しかける。

 周囲が急に明るくなった気がするけど、錯覚だ。

「余計なことに巻き込まれるのはごめんだから、シェルターへ行きましょう」

 そう言って手を差し出されたので、俺はそれを反射的に掴んでいた。

 瞬間、二人の手元で痛みと同時に火花が起き、目の前でゾワゾワっと女子が身を震わせる。

 その髪の毛の光が一瞬強くなり、逆立つ。

 な、なんだ?

「あ、あんた……」よろめいた女子が呻くように言う。「オーバードライバなの?」

「オーバー……なんだって?」

「知らないの?」

 返事をする前に、ぐっと手を引かれたので、俺は驚きの声を上げるしかなかった。

 彼女の肩に担がれて、周囲の景色が霞んだと思った時には、地上からはるか十メートルは離れていた。

 すぐそばにタイターンの頭がある。

 まるでハエを払うように、巨大な手がゆっくりと、こちらへ向かってくる。

 違う、ゆっくりじゃなくて、大きいからそう見えるだけだ!

 その手に俺を担いだまま降り立った女の子が、螺旋を描くように腕を走った。

 タイターンの頭の横を飛んで、そのまま地上へ落下。

 ギガギアとタイターンが戦闘を再開するのをよそに、俺たちは適当な建物の屋上に降りていた。

 やっと解放されて、床に放り出されるけど、まだ腰が抜けていて起き上がれない。

 俺を助けてくれた彼女は、髪の毛が既に黒に戻っている。

「し、シェルターに行くんじゃ……?」

 どうにか質問するが、答えではなく、質問が返ってきた。

「あんた、名前は?」

 ぶっきらぼうに尋ねられる。俺はなぜか呼吸が乱れていた。

「ほ、堀越、ニシキ……」

「ニシキね。よろしく」

 手が差し出される。

 と、屋上に三人の警備員のような男がやってきた。

 いけない、と呟いたかと思うと、女の子は駆け出してて、そのまま屋上から飛び降りて行った。警備員が追いかけようとするが、無理らしい。

 普通の女の子が屋上から飛び降りたら、さすがに俺でも胆を冷やすというか、生きた心地がしないけど、彼女は普通の女の子じゃない。

 都市学園、すごいところだ……。

「大丈夫か? 君」警備員の一人がこちらへやってきた。「怪我は? 意識ははっきりしているか?」

「え、いえ、意識は、はっきりしている、と思いますけど、夢みたいで……」

「さっきの女子生徒は知り合いか?」

 どう答えるべきか迷っていると、どうやら俺が混乱の上に混乱して、何も覚えていない、と勝手に判断されたようだった。

 いつの間にかサイレンがはっきり聞こえると思ったら、ギガギアもタイターンも消えていた。

 大騒動は終わったらしい。

 安心した。こんなことが日常では、ついていける自信が全くない。

「名前は言えるか? 病院に行こう」

 警備員の一人に抱えられて、どうにか立ち上がれた。

 地上まで行くと、セキュリティ、と書かれたパンダカラーの車が止まっていて、乗せられた。

 全く道順もわからないまま、赤い十字が掲げられた建物に向かっているようだ、とぼんやり意識しつつ窓の外を眺めるしかない。

 車は正面玄関に横付けされ、俺は警備員に付き添われて、受付で個人情報を確認してもらうことができた。

「堀越ニシキ、で間違いないね? 君」

 警備員の言葉に、カクカクと頷く。なんというか、さっさと解放して欲しかった。全部から。

 受付にいた職員が「検査予定がありますね」と言った。

 それは俺も把握している。都市学園に送られる理由になった例の異常な数値の詳細を確認するために、病院で検査を受けることになっていた。入学式の後の、次の週末に予約されていた。

「今やっちゃいましょうか。先生に聞いてみますね」

 警備員が「では、あとはお任せします」と去って行って、少し待つと、どこかに内線電話で連絡していた職員の女性が、受話器を置いた。

「第七検査室へ。市井先生という方が待っていますので。彼が案内します」

 のろのろと視線を向けると、アンドロイドだった。

「どうぞ、こちらへ」

 ふらふらと後に従い、迷路のような通路を抜けた先で、第七検査室にたどり着いた。アンドロイドは「お大事に」と変なイントネーションで口にして、戻って行った。

 ドアをノックすると「入れ」と返事がある。

 そっとドアを開けて中に入ると、白いひげで口元が覆われた若い男性が椅子に座っている。

「い、市井先生ですか?」

「そういうきみは、堀越ニシキだな? 待っていたよ。首を長くしてね。座りたまえ。腕を出して」

 何が起こるか想像する余地もなく、言われるがままに空いている椅子に座り、制服の上着を脱ぐ段になって、それがボロボロなのに気づいた。入学式はどうするんだよ、と思いつつ、勢いで袖を片方、引きちぎりつつブレザーを脱いで、ワイシャツの袖をめくる。

 ガシッと腕を掴まれたと思ったら、無造作に針が突き刺されていた。

 痛い! ものすごく!

 絶句する俺の前で、狂気的な速さで血液が抜き取られ、さっと針が抜かれた。痛い。

 だらだらっと血が流れるのを雑に拭って、市井先生が絆創膏の大きいのを貼り付けた。これで大丈夫なのか……。

 涙目の俺をよそに、市井先生は机の上の機械に、やはり適当な分量で血液を垂らしていく。機械には穴が六つほどあり、全部に血液の雫が入れられた。

 機械のボタンをいくつか押して、何かのフィルターのようなものが差し込まれるが、俺にはどういう機械なのか、全くわからない。

「スペシアルがちょっと遊んでいたと聞いたが、その様子だと、巻き込まれたか?」

 測定を待つんだろう、市井先生がこちらに向き直る。

 その手にはタバコがあり、自然な動作で火がつけられる。あまりに自然で、何の違和感もなかった。すぐには、だけど。

 ここ、病院だよな……?

「今の患者の様子だと、あまり被害もないな。よくあることだから、あまり考えるなよ」

「は、ぁ……」

「ところで、見たところ、きみはオーバードライバのようだが、違うのかね?」

 オーバー、なんだって? それはさっき、クラスメイトの女子にも言われた。あのファイターの女子だ。名前は、知らないけど。

「知らんのか?」

「ええ、それが、素人なんです」

 そう言うしかなかった。ふーん、とタバコをふかしつつ、市井先生が世間話のように喋り始めた。

「オーバードライバは、スペシアルを強化する能力の持ち主だ。スペシアルはそれ単体でも非常に強力な力を持つが、オーバードライバは、いわば筋肉増強剤、興奮剤のようなものだ。力のあるオーバードライバは、スペシアルたちから引っ張りだこだな。本当にオーバードライバについて知らないのか? 出身は京都じゃないのか?」

「それ、オーバードライバって、世間に公表されていますか? ちなみに出身は中部地方のど田舎ですが」

「オーバードライバは、世間ではなんて言われているかな、そう、共鳴者、だったな。聞き覚えは?」

 共鳴者。それならある。

「スペシアルを制御する、そういう立場ですよね」

「まぁ、世間的にはそうだな。実際には強化する、となるんだよ。まさか世の中の認識ではただでさえ物騒なスペシアルが、オーバードライバを使って能力を桁違いに高めるなんて、言えないからな。しかし、ど田舎かね」

「検査を予約した時、個人情報を見なかったんですか?」

 思わず、我ながらまともなことを口走っていた。市井先生は苦り切った顔で、「私は先入観を持たないようにしている」と言いつつ、煙を吐いた。

 いや、今の今までしていた話は、先入観から来ていたのでは?

 ピーっと機械が音を立て、レシートのようなものが出てきた。素早く引きちぎり、市井先生がタバコをくわえたまま、眺める。

「ふぅん、不思議な奴だな、ニシキくん」

 ふ、不思議?

「まぁ、いずれ、厳密に検査するが、おめでとう、君はオーバードライバだ」

「お、おめでとう?」

「だが、あまりよろしくない事情も分かった」

 ごくり、と唾を飲み込む。よろしくない?

「きみのオーバードライバとしての素質は、最低レベルだ。まぁ、スペシアルの中でも物好きはきみを相手にするだろうが、ほとんどのスペシアルはきみと組むくらいなら犬と散歩したほうが有意義だ、と思うだろうね」

 ……なんか、酷いことを言われたような気がする。

「とりあえず、定期的に検診に来い。このレシートを持っていくかね、記念に」

「じ、じゃあ、記念に」

 レシートが手渡される。立ち上がった俺はボロボロのブレザーを片手に、検査室を出ようとする。

「もしパートナーに困ったら、手配してあげてもいいぞ」

 去り際にそんな声を投げかけられたけど、苦笑いするしかなかった。

 ゆっくりと病院を出て、なんとなく頭上を見上げた。

 都市学園は広大なので、例の巨大ヘリポートも遠くに見えて、やけに小さく感じた。

 俺がオーバードライバで、しかも最低レベル?

 街は工事中ばかりで、巨大な異能力者がプロレスをしていて、クラスは奇抜な奴ばかりで、それで俺にどうしろと?

 いや、今、それを考えても仕方がない。とりあえずは寮に向かおう。

 一歩、二歩と踏み出して、自分がタブレットもなくここにいるのに気づいた。

 通りかかった同じ年代の住民たちに道を聞いて、どうにかこうにか目当ての寮、市松寮にたどり着いた。

 個人認証用のカードだけは無くさなかったので、どうにか寮に入れたし、自室にも入ることができた。

 すでに外は夕暮れで、部屋にも西日が差し込んでいる。

 荷物のダンボールが二箱、積まれていた。家具は一式、揃っている。

 荷ほどきをするのも億劫で、ばたりとベッドに倒れこんだ。

 思わず無意味なことを呻きつつ、体から力を抜いて、仰向けにごろりと体を回転させた。

 これから先、いったいどんな生活が待っているんだ?

 はじめにやることは、タブレットをどこかで手に入れることと、制服を新調することだな。

 生活費がかからないとはいえ、これでは、先が思いやられる。

 ドッと疲労が押し寄せてきて、気づくと眠っていた。



(続く)

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