1 奇抜な教室でのガイダンス
そもそもスペシアルとは何のか。
それは全部で七種類の能力に分類される超常の異能力者だ。
ギガギア、タイターン、マギマスター、ファイター、ドラグーン、の五種類が主流になる。
どうして生まれるのかは目下研究中だけど、少しの手がかりでもあるのかどうかも、一般人は知らない。
で、そんな連中を教育しつつ、ひとところにまとめておこう、という発想が、都市学園構想の最初の一歩なわけだ。
日本にある都市学園は二つ。
中学生までのスペシアルが学ぶ京都の山奥の、山間都市学園。
そして高校生が学ぶ、神奈川の臨海地帯にある、臨海都市学園。
臨海都市学園には垂直離着陸機で入った。外部をぐるっと壁に囲まれている、ちょっと狂気じみた外観が、空からだとよく見えた。
よく見えたのは、見晴らしが良かった、という意味で、好意的に観察された、という意味ではない。念のため。
不自然な建物のヘリポートに着陸し、乗っていた学生やら大人たちが、ぞろぞろと降りる。
そのヘリポートのような場所は、見るからに普通の建物ではない。まるで巨大なコンクリ製の植物が葉を広げたようなもので、その葉の一枚一枚が一つのヘリポートである。
軸に当たる部分が超大型エレベータで、四十人は乗れるものがいくつもあるようだ。
このヘリポートが、海の花、などと呼ばれていると、事前の資料で読んだ。
さて、地上に降りて、鞄から取り出した地図を眺めつつ、目的の高校へ向かう。
臨海都市学園には十五の高校があり、それぞれが寮も運営している。
俺が入学するのは、新浜高校、となっていた。地図通りに進んだはずだが、目の前で道がふさがっていた。
工事中で、フェンスが通せんぼしている。そのフェンスの上には防音防塵のシートがかなり高い位置まで張られ、そのさらに上になにやら見たこともない、蟹みたいな工事車両が建物に張り付いてるのが見えた。
仕方ないので元来た道を戻り、遠回りする。
また工事中。今度は道路のアスファルトを直している。かなり広範囲で直しているようだった。どうなっているんだ?
延々と回り道をして、ガイダンスにギリギリの時間に学校に到着した。
校舎は比較的、普通だ。もちろん、工事中ではない。良かった。
案内図と事前に受け取った書類を見比べて、ふむふむ、三号館の一階だな、と小走りに急いだ。廊下を進みつつ、一年六組のプレートを見つけ、中に入る。
すでに三十人の生徒はほとんど揃っているようだ。こちらを見るもの、見ないもの、それぞれだけど、一方の俺は面食らってしまった。
何か、変な世界観に混ざりこんでしまったように感じるのは、まず第一に、連中の髪の毛の色だ。
金髪、銀髪が目立たないほど、真っ赤な髪の毛も奴もいれば、緑の奴もいる。
ここはパンクバンドの集まりか?
恐る恐る教室に入り、机の間を抜け、空いている席の中から俺の名札が置かれている席を見つけた。
腰を落ち着けるけど、とてもじゃないが、気持ちは落ち着かない。
隣の席を見ると、女子で、まともな黒い髪の毛をしている。
ちょっと安心。
そう思った途端、こちらを強烈に睨みつけられた。
ものすごい眼光で、心臓が止まるかもしれない。
でも可愛い、というか美人だな、と思いつつ、もう怖くてそちらを見ることはできなかった。
「兄さん、どこから来たの?」
急に声をかけられると、例の美少女とは反対の隣の席にいた銀髪の少年が、声をかけてくる。
「え、えっと……」
どう答えることもできず、無意識に彼の耳や鼻や唇を見ていた。ピアスはない。首元、手首、指、どこにもシルバーアクセサリーはない。
どうやら普通の人らしい。
「なに? ビビってる? もっと気楽にやろうよ」
「あ、ああ、うん、よろしく」
他になにも言いようがない。
と、教室のドアが開き、大人が一人、入ってくる。女性だった。
クラスの少年少女がガヤガヤと自分の席へ戻った。
「はい、みなさん、こんにちは。私がこのクラスの担任の、小栗です。よろしくー」
手元で昔ながらの出席簿をパタパタと動かしつつ、ぐるっと小栗先生は教室を見回した。
「外野がうるさいかもしれないけど、まぁ、それぞれに誇りを持って、学校生活を送りましょうね。じゃ、引き出しの中に入っているタブレットを取り出してくださいねー」
外野がうるさい? なんのことだろう?
しかし今は、それどころじゃない。
引き出しの中には「新浜高校」というシールの貼られたタブレットが入っている。かなり年季が入っている。使い回しらしい。
小栗先生の指示で、各自のパスワードとロックコードを設定して、タブレットがやっと起動する。
カリキュラムの説明やら何やらがあり、校則なども説明された。
「まぁ、うちの学校は全てにおいて自由だし、あなたたちは輪をかけて自由だから、お気楽極楽な学校生活をエンジョイしましょう。じゃ、学校を案内するわよー」
そんな具合で、小栗先生と一緒に学校の中を巡り歩いた。学食、体育館、講堂、図書室、自習室、などなど。
元の教室に戻って、「じゃ、入学式のスケジュールをちゃんと頭に入れて、遅刻などしないように。解散でーす」と小栗先生は優雅に手を振って、去って行った。
生徒たちが自由に動き始め、すでにグループができている。
「兄さん、名前は?」
例の銀髪の生徒が声をかけてきた。
「堀越ニシキ。あなたは?」
あなた? と奇妙な顔になりつつ、彼が答える。
「新庄アツヒコ。よろしく、ニシキ」
「こちらこそ」
それから俺はアツヒコと連絡先を交換し、彼は彼で別のクラスメイトの方へ行ってしまった。
俺もついていけばよかったけど、まだあまりの周りの奇抜さについていけず、気後れしていた。もしかしたら俺は人見知りする人間だったのかもしれない。
荷物を抱えて、教室を出る。
ふと気づいたけど、誰も制服を着崩したりはしていない。むしろカチッと着ていた。
つまり、どんな髪の毛の色をしていても、彼らは不良とか、やんちゃとか、そういうわけじゃないのかも。
ゆっくりと校舎を出て、寮へ向かうことにした。すでに荷物は届いているはずだ。
寮は市松寮という名前で、学校とも比較的近い。
しかし街を歩いていると、高校生が大勢いる。それもそうか、臨海都市学園は高校の集合なんだし。
二年生と三年生はまだ春休みで、自由なんだろう。その中にはクラスメイト同様、髪の毛の色が異質なものが多い。
工事現場に邪魔されているうちに、道に迷ってしまった。ガイダンスで小栗先生が、タブレットに都市学園の地図が入っていることを教えてくれていたので、それを起動する。
タブレットの中でコンパスが方角を認識し、地図の向きが変わる。かなり旧式の地図ソフトだな。
体の向きを変えて、地図を見て、おおよその位置がわかった。
よし、寮へ向かおう。
一歩、踏み出した途端、体が震えるほどの大きさで、何かがねじ切れるような、でたらめに大きい音が響き渡った。音だと気付く前に、俺は倒れ込んでいたけど。音に物理力があるとは、初めて知った。
し、しかし、な、なんだ?
唐突にサイレンが鳴り響き、機械音声のアナウンスが始まる。街灯のスピーカー全部から音声が発せられる。
『ただいま、特殊決闘禁止法の適用外項目に当たる事案が発生中です。各自で身の安全を確保してください。繰り返します……』
ただ、その音声はほとんど聞き取れなかった。
理由はものすごい音がこちらに近づいてくるからだ。
ドンドンドンというリズムは、足音を意識させる。
っていうか、足音だった。
視線の先、十メートルを超えるだろう人型の機械が、こちらに走ってくる。
ロボットアニメが現実になったようだったが、そのロボットに何かが衝突する。
その何かも十メートル大で、こちらは生身のように見える。つまり巨人だ。
ロボットが転倒し、そのロボットに両足で飛び蹴りをかました巨人も倒れ込んだので、物凄い振動で地面が揺れ、俺はまた地面に倒れこむしかない。
どこかで誰かが「ジャイアント馬場か!」とか叫んでいた、気がする。
ロボットが建物に手をついて立ち上がるのと同時に、巨人も立ち上がって、向かい合っている。まだアナウンスは続いている。身の安全を確保してください、身の安全を確保してください。
目の前にいる巨大な存在が、スペシアルだと、やっと俺も理解した。
ロボットの方がギガギア、巨人はタイターンだ!
両者が組み合い、タイターンがその柔軟性を利用し、器用に足を払って投げを打つ。
が、ギガギアは突如、腰から圧縮した空気を吐き出し、ほとんど飛行するように姿勢を維持する。
もちろん、吐き出された空気は地表を吹き抜ける。
大量のゴミやら鉢植えやらプランターやら看板やらが吹っ飛び、その中には人間も混ざっていた。
俺も例外じゃない。
二回転、三回転して、どうにか止まって、近くの建物の中に転がり込むように逃げ込んだ。
逃げ込んだけど……。
建物は建物でも、自動販売機のコーナーだった。
嫌なことに、簡単に潰れそうだし、無人だった。
こういう時、シェルターに入るべきだ。タブレットで場所を調べなくちゃ、って、手の中のタブレットがなくなった! 吹っ飛ばされたんだ!
混乱する俺の頭上で轟音が響き、その自動販売機をまとめて設置している建物、というか、プレハブの屋根が吹っ飛ぶ。壁も三方が消し飛んだ。自動販売機が倒れていたら、俺も潰れていたはずだ。
物凄い振動の方を見ると、タイターンがすぐそこの建物に寄りかかって、起き上がろうとしている。あの巨体が弾き飛ばされた過程で、俺がいるプレハブが巻き込まれたらしい。
ではギガギアは?
頭上から影が差す。差すというか、周囲が真っ暗になった。
ギガギアが、普通に足を送る流れで、たった今、俺を踏み潰そうとしている。
やばいやばい、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
逃げ出そうとしたけど、腰が抜けていた。
こんなところで、あっさりと俺は退場か。
諦め半分で、頭上を見上げていた。
ああ、無情……。
「何やってんの?」
すぐ横で声がした。
視線を転じると、キラキラと光が瞬き、真っ白い光が周囲を照らした。
「死にたいわけ?」
俺を踏み潰す寸前で、ギガギアの足が止まっている。
俺の真横で、女の子が、片手でギガギアの足を止めていた。
真っ白い髪の毛をした女の子で、彼女は、ついさっきまで新浜高校一年六組の、隣の席にいた女子だった。
俺たちの視線が短く、交錯した。
(続く)
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