僕と白い超人と傷ついた金色の人竜 〜臨海都市学園騒動記〜

和泉茉樹

プロローグ 都市学園へ

 スペシアル、というものを初めて見たのは、テレビ番組でだった。

 本物じゃないスペシアル、子供向け番組でのスペシアルがテーマのアニメや特撮は何度も見ていたけど、実際のスペシアルは、NHKの報道番組で見たんだ。

 あの時のことはよく覚えている。

 いつまで経っても火薬庫そのものの中東の某地域において、スペシアル同士の戦闘が起きた。

 俺はまだ小学生で、低学年だったので、国際政治や経済に関して、実際の事情には全く思考が及ばなかった。

 ただすごいな、すごいパワーだな、人間か? と思った。

 後で知ったことだけど、ロンドン国際条約において、国際的にスペシアルを戦力として持つことは禁止されていた。

 でもその非常にクリアで逆に作り物めいている、テレビに映る映像の中で、巨人が、超人が、街を破壊し、人々は逃げまどい、建物が崩壊して車両がおもちゃのように吹っ飛び、燃え上がっていた。

 これも後になって知ったことだけど、この時、その一帯には三つの勢力が存在し、それぞれが傀儡を使って、スペシアルの軍事作戦への参加を決行していた。

 アメリカも、ロシアも、中国も、EUも、アフリカ連合も、みんながみんな、知らないふりをした。

 世界の主だった政治家、統治者が遺憾の意を世界に向かって発信し、テロリストを批難した。

 この事件は「超人紛争」などと呼ばれて、今では小学生の高学年で誰もが人間の愚かさの象徴として、学習する。

 まぁ、そんなわけで、この超人たちを内包した世界において、俺は全くの一般人として、日本のど田舎で生活していた。

 一学年が一クラス二十人いるかいないかの中学校。登校は徒歩では無理なので、スクールバスだ。

 昔ながらの田園地帯。通販を利用しようにも、ドローン配達のフォロー範囲外で、電気自動車で運送業者が届けてくれる。街にある商店は食料品店兼雑貨屋兼薬局しかない。

 どうしてこんなところに住んでいるかは、俺には説明不能で、両親のもとに生まれたから、という理由しかない。

 それでも、高校はちょっとした都会、地方都市の一つの高校に推薦入試で合格していて、のんびりと、クリスマスをどう過ごすべきか、考えていた。

 そんな普段より少し寒い冬の日に、それは起こった。

 付き合うというほどでもない女子と、クリスマスにちょっと遠出してケーキ屋さんへ行こう、と約束したのが昼休み。午後になると、健康診断が行われた。

 保健室にまず女子が入り、男子は教室でめいめいに騒いでいた。女子が済んだら、男子の出番だ。

 健康診断と言っても、視力と聴力を測り、身長、体重を記録する。

 最後に血液検査で、採血は無痛針で行われるし、結果もその日の放課後には出る。

 全員の検査が終わり、教室に戻り、六時限目の授業を受ける。

 授業が終わったら掃除の時間だが、そこへ担任の教師がやってきた。

「堀越ぃー、堀越ぃー、おーい」

 持っていたモップを友達に押し付け、教師のところへ行くと、真面目な顔をしている。

「ちょっとこっちへ来い。ほら、こっちこっち」

 連れて行かれたのは、空き教室で、ひっそりとしている。

「なんですか?」

 訊ねると、一枚の書類がこちらに差し出された。

「これ、健康診断の血液検査の結果だけど、この赤い数字、見えるか?」

 見えるかも何も、全部が青い字なのに、そこだけが赤なのだ。

「見えますけど、どこか病気ですか?」

 全く危機感のない俺を、誰が責められるだろう。何の自覚もないのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 赤字は、アルファベットが五つ並んだ、よくわからない項目だった。

 先生が真面目な顔で、答える。

「この項目で引っかかった奴は、ちょっと特別なんだよ。都市学園、わかるか?」

 都市学園?

 日本に二つしかない、特別な場所だった。その名前を知らない人間は、日本に一人もいないだろう。

 そのワードには、非常に不吉なものを感じる。

 だって、都市学園は、スペシアルが送られるところだ。

「お、俺がスペシアル、ってことですか?」

 きょとんとした顔になった先生が、すぐに苦笑いする。

「スペシアルの特徴として異常が出る項目はこっち」

 書類で指差されたところもアルファベットの羅列の項目で、数字は青だ。

 どうやら俺はスペシアルではないらしい。

 変な話だけど、ホッとした。

 でも話は終わらない。これからだ。

「お前の数値で異常が出ている部分は、検査するのに都市学園に行かなくちゃいけない。あそこの測定装置は、日本でもトップだから」

「はあ」

「だから、ちょっと旅行程度で行ってみるのもいいだろう」

 そうか、じゃあ、日付を決めないと。自然とそんな算段を始めていた。でもお金もかかるしなぁ。

 受験から解放されているとはいえ、都市学園まで行くには往復で四日はかかるし、向こうで検査を受ける以上、もっと時間が必要なはずだ。

 頭の中でスケジュールを思い描いていると、「だがな」と先生が言った。

「この数値だと、都市学園の学校に入学できる」

「……はぁ、そうですか」

 どう言えばよかっただろう。俺が都市学園に入る?

 先生がここぞとばかりに続ける。

「都市学園の学校へ行くなら、授業料は全部免除で、生活費も全部、向こうが持ってくれる。何よりこんなど田舎と比べれば大都会で、本やらCDを買うのに何週間も待たずに済む。そして人が多い。可愛い子も美人も、大勢いる」

「はぁ」

「お前がもう高校に合格していることは知っている。それでもこれは千載一遇のチャンスだ。俺がお前の立場だったら、絶対に都市学園へ行く。もう人生薔薇色、栄光への架け橋、そういうことだ」

 ……栄光への架け橋?

 先生はまだ色々と言っていたけど、最後に、明日にもお前の家に行く、と言い出したのには、さすがに驚いた。

 でも断るわけにもいかず、この時は 先生が熱弁を止めなかったので他の生徒がほとんど下校した頃合いに、やっと解放された。

 それでも昇降口で、幼馴染の女子が待っていて、不安そうにこちらを見ている。

「何かあったのぉ?」

「うーん、あったと言えばあったけど、なんて言えばいいか……」

「検査で何かあったぁ?」

 どう答えるべきか、迷った末に「よくわからん」としか言えなかった。

 それから二人でケーキを食べに行く計画を打ち合わせたけど、俺は心ここに在らずだった。

 翌日の放課後、先生の車で俺の家まで行き、両親が既に帰宅していて、四人でテーブルを囲むことになった。

 先生は都市学園のパンフレットを持参していて、複数の学校のパンフレットも揃っている。

 両親はそれをペラペラとめくりつつ、先生だけがひたすら、延々と口説き落としにかかっていた。でも、俺から見れば、暖簾に腕押し、という状況そのものだった。

 明らかに両親は、寝耳に水で、理解が追いついていない。

 両親はこのど田舎の出身だし、俺が合格していた高校も農業高校だ。つまり俺は二人の後継ぎとして、完璧に計画通りに進路を選んでいる。

 俺は一人息子だし、二人が俺を放り出すわけもない。

 安心して先生の徒労を俺は見守っていたけど、授業料の話になった時、両親の手がピタッと停止した。

 ……嫌な気配が、漂った。

 ぷぅーん、と。

 キナ臭い。

 先生が生活費もかからないし、俺がほとんど独立して生活できる、というと、両親が顔を見合わせ、何やら、先生と相談を始めた。

 その話し合いは、明らかに、俺を都市学園に送る事を前提にしている。

 口を挟める雰囲気ではない、というか、俺はあまりに混乱して慌てていて、逆に黙っていた。 

 頭の中ではめまぐるしく思考が回転したが、答えは出ない。

 先生がパンフレットをどっさりと置いて、とっぷりと日が暮れた後に帰って行って、家族会議になった。

「なぁ、ニシキ」父親が言う。「都市学園へ行ってみないか?」

「は? なんで?」

 そうね、と母親も口にする。

「こんな田舎とか地方じゃなくて、本当の都会を経験するのもいいと思うわ」

「授業料がかからないしな」

「生活費も」

 うんうん、と両親が頷きあっている。

「は、は、畑はどうするの? 田んぼは? 都市学園で農業が学べるの?」

「まぁ、それは俺たちでやっておくから」

 父親がなぜか汗をダラダラとかき、手の甲でその雫を拭いながら、答える。母親も強張った笑みを見せていた。

「何かあったの? 二人とも、何か隠しているでしょ」

 二人が顔を見合わせてから、深く頭を下げた。

「トラクターを、壊しちまった! すまん! ガレージでぶつけちまったんだ!」

 ……トラクターは、一台が四百万円はするはずだ。

「実は、コンバインも!」

 コンバインは、稲を刈る車で、やはり超高額である。

 つまり、七、八百万円、いずれは要りようになるということか。

 そんな展開、想像していない。ありえないような不運じゃないか。

 でも、いつ?

「それで」

 疑問は脇に置いて、思わず二人を冷ややかに見つめてしまう俺である。

「俺の高校での授業料や寮の家賃を浮かせたいわけ?」

「そ、そうなるかな……? うん、そうなる」

 父親はもう開き直っている。母親が涙を滲ませて、俺の手を掴んだ。

「こんなことになって、申し訳ないと思っているの。本当よ。でも、生活しなくちゃね。あなたも独り立ちするいい機会だし、何よりも経験になるわ」

 じっと見据えると母親は手を離して、泣き崩れるふりをした。声が明らかに作った声で、肩が震えているわけでもない。小学生の泣き真似レベルだった。

「少しは仕送りもできる、頑張ってやってみろ、ニシキ!」

 父親はなぜか力強い声でそんなことを言うが、じっと見据えると「そんな怖い顔するな」とそっぽを向いた。

 それから三日ほどの話し合いの結果、俺は都市学園に行くことになった。

 他にどうしようもない。

「おうちはどうするのぉ?」

 ちょっとした街のケーキ屋、その喫茶コーナーで幼馴染の女子にそう訊かれて、俺はフォークでケーキを半ば押しつぶすように二つに切った。

「俺は勝手にやるから、両親が畑も田んぼも好きにやるよ」

「なんか、ニシキくんが遠くに行っちゃうの、悲しいなぁ」

 彼女は穏やかにケーキを口に運んでいる。

 実にいい雰囲気じゃないか、とふと気づいた。都市学園の件で、すっかり日常を忘れていた。

 目の前の女の子とこうしてテーブルを挟んでケーキを食べるなんて、もう当分、できるわけもない。

 そうだ、ここらで二人の関係をちょっとははっきりさせよう。

 友達なのか、それ以上なのか。

 俺が都市学園に行って関係がどうなるのかは、はっきり言って不明だけど、でも、大事なことだろう。

「あのさ……、俺のこと、どう思っている?」

 うわ、なんてこと言うんだ、俺は。

 でももうこうなっては、後へ引けない。

 女子は目を丸くして、かすかに首を傾げて、「友達?」と答えたのだった。

 それっきり、その話題には戻れなかった。

 なんともほろ苦いクリスマスになったけど、諦めもついた。

 年が変わって準備を進め、都市学園にも書類を提出し、三月の頭に卒業式があった。

 ちなみに検査の数値の異常は、入学後に検査となった。それでも入学できるということは、簡易検査でも数値が悪すぎたのか? そんな疑問を感じたけど、向こうがそれでいいと言っているのだから、良しとするしかない。

 クラスメイトのほとんどは俺の進路を知らないので、卒業式の後はまるでまた会えるような別れ方になってしまった。

 クラスでのお別れ会も解散になった後、例の女子がやってきて、お菓子と手紙をくれた。

 手紙は、頑張ってね、また会いましょう、で締めくくられていた。

 こうして俺、堀越ニシキは、十五歳の三月、はるばると都市学園に向かったのだった。



(続く)

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