10-3 仲間
◆
ニューヨークのオフィスに戻って、ほんの三日で、仲間が全員集まっていた。
ヌーノ、リッチー、ユキ、ウォーレン、マーティ、マルコム、アンガス、そして、ニール。
さらにも一人、見知らぬ男がいたが、すぐに誰だか気づいた。
「ようこそ、エース・エンゲルス」
新しい端末に入っているようだが、その端末はウォーレンがマインド・コンテンツ・インターフェイスを取り払っているため、今は奴の思考をわずかも読むことはできない。純粋なスタンドアロン状態だ。
「私をどうするつもりだ? エドワード・ステイシー」
「え? 俺に聞くのか? ニールが決めたんだぞ」
全員が一斉にニールを見る。
ちなみに座る席もないので、寝台に座っている俺とリッチー、椅子に座っているヌーノ以外は立っている。
「俺が決めたが、それはエドワード、お前のためだ」
「原子力発電所の件だろ? あれはもう過ぎたことだ」
ちょっと空気がピリッとするが、全員が黙った。ニールは俺に話させたいらしく、視線を向けてくる。
やれやれ。
それから俺は全員の前で、原子力発電所を攻撃するふりをして、そのシステムに組み込まれた害意しかないプログラムを消し去り、シャットダウンさせ、その犯罪行為の露見を防ぐために、別の犯罪行為である、核ミサイルへの干渉をでっち上げた話を、詳細にした。
「それで」
マルコムがエースに顎をしゃくる。
「そこにいる人形野郎が協力すれば、その原子力発電所にトロイの木馬を仕掛けたのが、マックス・コードだと、宣言できるんだな?」
「俺がトロイの木馬は痕跡も残さずに消しておいた。しかしマックス・コードはまだ生きていると思っているはずだ。どうだろう? エース。何か聞いているか?」
また視線が人型端末に集中する。
沈黙と静止。
「その通りだ」
絞り出すように、エースが呟いた。
ニールが肩をすくめ、「まだマックス・コードを強請れるわけだ」と笑う。
誰も何も反応しなかった。
「エドワードがやったことは正しいさ、みんなだってそう思うだろ?」
リッチーが口火を切った。
「だって、マックス・コードがやったのは、一つの国のインフラを揺るがす大事だ。それを解消したんだ、認められてしかるべきだ」
「だがそいつはリライターだ」
すっとアンガスがこちらを太い指で示す。
「しかも非合法の、犯罪者だ。今更、認められることなんて望んでないだろ? 認められたいなら、普通のコンテンツライターをやっている」
その通り、と俺が頷くとリッチーはやるせないという表情で、うつむいた。
「ただ、犯罪は告発するのが筋だろ」
粘るようにヌーノが発言するが、どうやって? とアンガスにやり返されて、黙るしかない。
「匿名で告発するという手もあるが、証拠がないんじゃなぁ」
マーティが呟くと、今度はウォーレンが俺を見て、「ログを取ってないのか?」と尋ねてくる。
俺は思わず困った顔をしてしまう。
「下手に記録を残すと後で探られると思って、全部処分した。つまり、マックス・コードの内部にはトロイの木馬を設置した記録が、超極秘として残っているだろうし、任意のタイミングで今はないトロイの木馬を起動する仕組みがあるんだろう。だが、そう簡単にマックス・コードの機密にはアクセスできまい。そうだろ? ユキ」
ずっと黙っていた美女が、無言で頷いた。
「私もさすがに、マックス・コードにこれ以上、関わりたくないわね」
少し場に穏やかな気配が広がった。
「こういう手もある」
急にニールが人差し指を立てた。
「ハニートラップだ」
今度こそ、場に笑いが起こった。私しか女はいないじゃないの、とムッとした顔でユキが応じる。
「何にせよ」俺が仕切り直す。「俺の犯罪は今のままにしておこう。監視官は騙し続ける自信があるし、そのうちに本当の釈放になる。あと何年かな。そう、二十数年くらいか」
爺さんになっちまうな、と思わず付け加えると、また笑いが起こる。
それから雑談になり、俺とニール、そして人型端末を残して、他の連中は夜のニューヨークへ繰り出して行った。
「少しは俺たちの様子がわかったか? エース」
こちらから訊ねても、人型端末は黙っている。まさかネットワークに逃げたわけもないだろうと、反射的に奴の接続状態を探るが、もちろん、オフラインだ。
「エース、黙っているのは人間の間じゃ通用しない」
そうニールが促すと、わずかに端末が顔を俯かせた。
「私には仲間がいない。それをよく理解できた」
「仲間の定義を訊ねるのは、やめておこう」ニールがポンとエースの肩を叩いた。「俺たちと組まないか? どうだ?」
この一言に、俺は苦笑していたが、エースは心底から驚いたようだった。
「私を仲間にして、何の意味がある?」
「意味? 何か意味があると思うか?」
心外だ、という顔で自分を見るニールが理解できないからか、エースは助けを求めるように俺を見てくる。俺は頷き返してやる。
「意味なんてないさ。ただ、お前の能力を認めたし、面白そうだ、と俺は思うね。ニール、お前は?」
「同じ気持ちだよ。エース、お前は面白い奴だ」
わからない、と呟いて、エースが目をつむった。その肩を抱くようにして、連中と話してみろよ、と部屋を出て行こうとするニール。俺も立ち上がったが、足を止めたのは、部屋にニールとエースと入れ違いに入ってきた人物がいるからだ。
それはユキだった。
向かい合って、お互いに少し困り顔になり、次にはしかめっ面になる。
「あんた、死にそうになったと思ったら、平然と生き返って、気楽なものね」
「お前が俺を助けるために奔走したことはちゃんと記憶したよ。何かの手段で、恩返ししようとは思っている。今、何か欲しいものはあるか?」
「そうね」
顎に手を当ててから、
「バラの花束、とかかな」
などという返事があり、思わず笑ってしまった。ユキもくすくす笑っている。
「とりあえず、私の身を守っては欲しいわね。マックス・コードの彼が私を探し出すのに躍起になるのは目に見えているし」
「エースも抱き込んだとなれば、黙っちゃいないだろう」
「でも跳ね返すなんて、朝飯前でしょ? リライターさん?」
そうだな、と俺は彼女に歩み寄るが、彼女はすぐに身を翻して、逃げるように先に部屋を出て行く。
「みんなもう十分に盛り上がって、場は出来上がっているわよ。あなたも行かなくちゃ」
目の前で振り返って笑う彼女に、思わず俺も笑顔になる。
自分が死にかかった、というのは実感がない。ただ肉体を離れていたときのことはぼんやりと記憶にある。記憶というのもおかしいが、人間の思考には、記憶とはまた違う記憶、痕跡のようなものが残るのかもしれなかった。
都市伝説じみているが、いつか、文章にまとめてもいい。
ニューヨークの街に出ると、だいぶ冷え込んでいる。室内にいる時間が長いので、季節感を失ってしまう。
吐く息が白いのが、記憶のどこかを刺激した。
「ほら、行くわよ」
さっとユキが俺の手を掴んで、小走りに走り出す。
どこかで車がクラクションを鳴らした気がした。
街の明かりの向こう、はるか高い位置の夜空を見上げると、まばらに星が光っていた。
(つづく)
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