9-4 多数決


     ◆


 ニールがヌーノの運転でたどり着いたのは、しかしニールが用意したセーフハウスではなかった。

 どうやらアンガスが用意していたらしい。そこでリッチーが待ち構えていて、少しの時間差でマルコムがやってくる。ウォーレンも来た。

「ユキはどうなっている?」

 思わずニールがウォーレンに訊ねる声は、厳しいものになっていた。

「そちらに」

 すっと身振りで示された先、寝室の方を全員が見ると、ドアが開いてユキが出てきた。全員があっけにとられている前で、ユキは堂々とその全ての視線を受け止めた。

「あんたたち、どこで寄り道したわけ?」

「いや、寄り道したのはそっちだろ?」

 思わずニールがやり返すと、それもお仕事、という返事だった。

 全員がリビングに設置されているソファに座るか、壁際に立つかした。マルコムは外を気にしているようで、窓が見える位置に陣取っているのが、ニールにはどこか滑稽で、しかし俺も緊張するべきかもな、と思い直した。

「私がマックス・コードの地下室で手に入れてきたデータがこちら」

 テーブルの上に置かれた彼女の携帯端末の上に、立体映像が浮かび上がる。

「なんだこりゃ?」身を乗り出してその立体映像、複雑なコードを眺める。「とんでもなく長いな。全部が圧縮記号で、これだけの長さとは、人工知能の基礎コードより大きいサイズだ」

 まさしく、とユキが頷く。

「これがエドワードよ。正確には、エドワードの肉体から切り離された、言ってみれば、彼の基礎システム」

 全員がユキを見る。彼女はそれでも動じなかった。様になる姿勢で、一人がけのソファに身を預けている。

「マックス・コードが開発した超人工知能とでも呼ぶべきエース・エンゲルスには、緊急事態に自身の基礎システムを丸ごと記憶装置に移し替える仕組みが組み込まれている。ただし、運用されている範囲はマックス・コードが秘密裏に設置した、全世界規模の全く新しい情報網に限られる。彼らはその情報網を、クリアライン、と言っていたわね」

「つまり」ウォーレンが口元を撫でる。「エドワードはクリアラインに侵入して、そこでエースとやりあい、何かの拍子にマックス・コードに思考の基礎を拉致された?」

「意図的じゃないのよ。マックス・コードのシステムは不完全で、ほとんど誤作動に近い。クリアラインだって、試験運用よ。そもそも、瞬間的に思考を写し取れるほどの大容量かつ超高速の入力は、普通の人には無理だから。あれはエドワードだからこそ可能だったのよ。それも有機演算加速器を並列で稼働させていたから出来たことだけど」

「じゃあ」

 全員を代表する気持ちで、ニールはどうにか言葉にした。

「エドワードは生き返るんだな?」

「死んでもいないけど、生き返るといえば、生き返る。前の彼と同じかは知らないけど、彼の基礎システム、思考構造は、きっちり記録されていて、それを彼の体に流し込めば、いい、かもしれない。ただ、そううまく行くかしらね? どう? ウォーレン」

 この中では最も機材に詳しいウォーレンは険しい表情だった。

「大きな関門があるし、前提も必要だ。まず前提としては、エドワードの脳みそから、物理構造的に奴の思考能力が奪われたわけではないから、思考構造をインストールして、復活するかわからない。あるいは何か、誰も知らないような脳みその機能をオンオフするスイッチがあって、インストールは、今はオフになっているスイッチをオンにする、という可能性もあるがね」

 その通り、とユキが頷く。ウォーレンも頷く。

「関門になるのは残り二つ。一つは大容量の情報をどうやって持ち出すか。もう一つは、エドワードの体、そのマインド・コンテンツ・インターフェイスを再活性化させる必要がある」

「後者はどうとでもなるよ」

 すぐにリッチーが言ったので、視線が集中する。

「自宅で最後の生活をさせたい、とか、適当なことを言って病院から連れ出す。そして闇医者に再活性化させる」

「意識はないが、マインド・コンテンツ・インターフェイスとクリアラインを繋いで、状況を把握させ、無理やりエドワードに流し込んだりすれば、まぁ、それでもいいのかもな。希望的観測だが、それ以外にない」

 ウォーレンの言葉に、リッチーが嬉しそうに笑みを見せる。

「情報を持ち出す道筋があるんだろ? ユキ」

 じっとニールが視線を注ぐと、物理的に持ち出すには人手がいるけどね、とまずユキは前置きした。

「アンガスが、マックス・コードの研究所に警備員として紛れ込んでいるから、監視や警備はある程度は把握できる。問題は、端末が巨大なのよ。人間大の円筒で金属製。床の巨大な端子に接続されていて、そこで溶液の交換と電力供給が行なわれている。私もついさっき知ったわ」

「溶液だって?」

「巨大な試験管だと思えばいい。標本の入ったね。巨大な有機体が、筒の中に詰まっている」

 ゾッとしないな、とマルコムが呟く。まさしく、とニールも思って、首を振っていた。

「とにかく、電力供給は緊急時のバッテリーを接続すれば、六時間は大丈夫。溶液の交換も同程度よ。それよりも手間のかからない方法がある」

「ああ、そういうことか」

 思わずニールはソファに背中を預けて、天を仰ぐ。

「要はデータとエドワードの体が繋がればいい。しかもデータの入っている端末は、クリアラインと接続されている。つまり、エドワードの体のマインド・コンテンツ・インターフェイスを活性化させ、その上で端末からデータだけを吸い出したら、クリアラインに乗せて流し込む。クリアラインは大容量を前提にしているし、通信速度も高いレベルが求められているから、線としては問題ないだろうな」

 おいおい、と呟いたのは誰だったか。誰から見ても強引なやり方だ、とニールは心中で呟く。

 全員が口を閉じた沈黙の後、「どちらでもいいわよ、私は」とユキが言うと、余計に沈黙が重くなった。

 クリアラインにエドワードを接続すれば、間違いなくエースに察知される。クリアラインはエースの庭のようなものだ。

 それをどれだけ遅らせられるだろう。

 その危険を避けるためには、端末を盗み出すべきだ。端末が手に入れば、オフラインでデータを移せる。

 ただ、マックス・コード社がそんな情報の漏洩、技術の漏洩を許すわけがない、という側面も確かにある。

 盗まれるくらいなら破壊する、となるはずだ。

 破壊されれば、エドワードの復活は不可能だ。

「多数決で決めるか」

 ニールの言葉に誰からともなく、返事があり、多数決と決まった。

 挙手と宣言で、ニール、ユキ、リッチー、マルコム、ウォーレン、マーティ、ヌーノがどちらかを選んだ。

 結果はすぐに出た。

「お前たち、本当にエドワードのこと、考えているか?」

 思わずニールが笑うと、他の面々も小さく笑う。

 多数決の結果は、七対〇だった。

 全員がエドワードをクリアラインに接続する方を選んだ。

 しくじればエドワードは焼き払われるが、それはもうエドワードの運だと、ニールは考えていた。他の連中は知らん、聞きたくもない、とニールは自分を納得させた。

 それに、その程度の運は、あの男なら引き込める。

「アンガスの手引きによって、データを引っ張る。細かいことは奴に任せよう。ヌーノ、お前はニューヨークだよな?」

「そうだ」

「エドワードを病院から回収し、マインド・コンテンツ・インターフェイスをもう一度、活性化させろ。時間はないぞ」

 返事があり、ヌーノの気配が遠ざかった。

「では諸君、我々も動くとしよう。なんとしても、エースというリライターの足止めの方法を考えなくちゃな」

 全員が同時に頷いた。ユキさえも。




(第9話 了)

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