8-4 喪失
◆
ニールは仮想空間で思わず怒鳴ってた。
「ヌーノ、本当にエドワードは無事なのか!」
珍しく仮想空間での会議に参加しているヌーノが、困惑気味に答える。
「脈はあるし、呼吸もしている。だが意識が戻らないんだ。医者に見せるには、マインド・コンテンツ・インターフェイスを休眠状態にしないと、刑務所に逆戻りだろ?」
「当たり前だ!」
歯噛みしつつ、ニールは次の策を考えた。
エースとの交戦で意識不明に陥ったエドワードは放っておけない。つまり、病院に入れなくちゃいけない。流石に海千山千の仲間たちでも、医療技術も医療設備もないのだ。
情報をごまかして、それでマインド・コンテンツ・インターフェイスを休眠化せずに、済ませられるか、ニールは考え、即座に否定した。
ありえない。それは不可能だ。
しかし、エドワードはまだ情報空間にいるのかもしれない。
それを無理やりマインド・コンテンツ・インターフェイスをカットして、どうなる?
思考が肉体に戻るのか?
だが、今、ヌーノはありとあらゆる方法を試して、エドワードの意識が回復しない、と言っているのだ。
「すまない、みんな。俺のせいだ」
ウォーレンが情けない声を出すが、誰も返事をしなかった。
「状況を整理しようよ」
珍しくリッチーが切り出した。彼自身はまだマフィアの下働きをしている。
「エドワードとウォーレン、マーティの話し合いの場に、攻撃があった。ウォーレンは昏倒し、マーティが回線を切った。エドワードも回線が切れたが、リライターに追撃されて、情報戦の末に、意識不明になった。それで、どこにどんな落ち度があった?」
少しの沈黙の後、マーティが答える。
「あの会談の場の機密は俺が維持していた。あんなに鮮やかに攻撃されたのは、誰かがマーキングされていたからで、俺とウォーレンではなく、エドワードにそれがあったと思う。奴が持参したデータだろう」
「マックス・コードに関する奴か?」
ニールの問いかけに、そうだ、とウォーレンが応じる。
「エドワードはあれをユキから受け取ったと聞いている。なら、ユキは裏切ったんじゃないか、と俺は思っている」
あばずれめ、と危うく口にしかけて、ぐっとニールは飲み込んだ。
エドワードの奴も、耄碌したものだ。
「エドワードの体が無事なのが不思議だよ」マルコムが発言。「リライターだろうと誰だろうと、膨大な情報を流し込まれると、悲惨な死に方をする。だがヌーノの様子では、そこまでひどくない。ただ眠っているようなもんだ」
「何が言いたい?」
ウォーレンが促すと、これは妄想でもあるが、と前置きしてマルコムが言う。
「エドワードの思考体はどこかを彷徨っている。たぶん、情報ネットワークのどこかだが、そんなことがあるかな」
「思考には主体になるべき存在が不可欠だ」
ウォーレンが専門家らしく応じた。もっとも言ってることは常識で、口調が重いだけだったが。
「情報ネットワークや様々なデータベースにアクセスしていても、帰るべき場所は一つ、自分の肉体だ。未だかつて、自分の肉体を捨て去って、情報の中で生きた存在はいない」
「そうか、俺の願望だったな、余計なことを言ってすまなかった」
マルコムが謝罪すると、自然としんと全員が黙り込んだ。
「ニール、お前が決めてくれ」
ぼそりとヌーノが言った。
「エドワードのマインド・コンテンツ・インターフェイスをそのままにするか、休眠させるか」
「なんで俺が決める?」
「あんたがエドワードを一番よく知っている」
ニールがその場の全員を見ると、全員が同じ顔でこちらを見ている。
くそったれめ。俺に決めろっていうのかよ。
渋面を作って、ニールは素早く考えた。
もしかしたらマインド・コンテンツ・インターフェイスを切れば、ひょっこり目を覚ますかもしれない。ウォーレンも言っていたように、思考は絶対に肉体から発せられ、その軛を逃れることはできないのだから。
ただ何か、嫌な予感がする。
俺の知らないことがあるんじゃないか?
ニールはじっと考えたが、結局、違和感の正体はつかめなかった。
「任せるよ、ニール」
マルコムがそう念を押してきたので、睨みつけてから、ニールは決断した。
「秘密裏にエドワードのマインド・コンテンツ・インターフェイスを休眠状態にする。それで病院へ担ぎこもう。もちろん、休眠させた途端に目を覚ます可能性もある。ウォーレン、シドニーはもういいだろう、ニューヨークへ行ってヌーノと協力して事に当たれ。俺は金を手配する」
「わかったよ、金庫番」
「マーティ、お前にもやって欲しいことがあるから、シドニーを出ろ」
俺もかい? とマーティがニールを見る。
「ペルーに潜入しているアンガスと合流しろ。マルコムもペルーへ行け」
「お前の身は誰が守る?」
「リッチーに任せるしかあるまい。エドワードを優先する。それとマックス・コードもだ」
打ち合わせが終わり、それぞれが仮想空間から離脱して、最後に残ったのはニールとウォーレンだった。
「なんとかなるさ、ニール」
「今回ばかりは、まずいかもしれない、とさすがの俺も楽観できないのが本音さ」
「やってみなくちゃ、わからんよ」
そんな言葉を残して、ウォーレンもログアウトした。
その翌日、ニールはローマの市街に借りているマンションの一室で、その報告を聞いた。
エドワードのマインド・コンテンツ・インターフェイスは闇医者が休眠状態にした。
そしてエドワードの意識は、戻らなかった。
病院に運ばれ、検査の結果は原因不明の植物状態ということだった。
「脳みそに異常はあったか?」
報告してくれたウォーレンにすぐ訊ねると、いいや、と返事がある。
「エドワードの脳は無事だった。何かが奴の頭の代わりをしたらしい。だが、意識は戻らないし、原因の特定は困難だそうだ」
そうか、としか言えずに、ニールは通信を切った。
こうなっては自分もマフィアどもと遊んでいるわけにはいかないな、とニールは椅子にもたれて、外を見ながら考えた。
ペルーだ。ユキの奴が何かを知っているだろう。
これからの展開は、情報空間という見えない場所ではなく、現実世界、三次元の物理空間を舞台にして起こる、ということか。
アンガスはすでに潜入していて、数日中にマルコムとマーティが入る。
俺も行くべきだろうな。
ニールは椅子から跳ねるように立ち上がると、携帯端末の接触端子に触れ、ペルー行きの航空券を手配した。
マフィアどもと悪巧みをして手に入れた資金の一部も、きっちりと了承をとって引き上げる。マフィアの幹部たちは何かしようとしていると嗅ぎつけて、ニールへの援助を申し出たが、それは断った。
貸し借りを残すことは、禍根を残すことと同義だとニールはさすがに理解していた。
もちろん、理解していることと、実際の行動に齟齬が出るのが人間だが。
部屋はそのままにして、慌ただしく荷造りをして外へ出た。
欧露戦争でも破壊されなかった歴史的都市を後にして、ニールは一路、ペルーに飛んだ。
そこに友を救い出す手がかりがあると信じて。
(第8話 了)
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