8-3 激闘
◆
全てが動き出して数週間が過ぎた。
シドニーの件は全くの空振りに終わってしまった。火事の現場であるビルの一室は完全に燃え崩れ、発掘されたのは金属部品だけ。
ウォーレンと協力して、現地の警察と消防が押収したものを調べ上げたが、わかるのはケースくらいのもので、ケースに入っていただろう有機部品は、火と熱で消し炭になっていて、何もわからない。
無機物の設備もあったようが、補助的に置いていたらしく、広く流通している市販のものだ。
こうなるとアンガス、そしてユキが頼りになる。
ニューヨークのオフィスでじっと待っているところへ、通信が入ったのはもう冬になろうかという頃で、エアコンの温度を上げるかどうか、ヌーノとくだらない話題で議論している時だった。
端末で受けると、ユキの声が流れてくる。
「元気かしら? エドワード」
「お陰様でね。何か分かったか?」
「私の苦労をあっさりと流さないでよ」
そういうのと同時に、俺の端末にデータが送られてくる。立体映像でそれを確認する。
「有機演算加速器の基礎設計図がそれ。といっても、機械を組み立てるのとは違う。培養槽に満たされた溶液の中で、小さな胚から促成栽培するのよ。作るのに一台が三ヶ月ってものね。性能表は見えている?」
俺は立体映像を指でなぞり、ページをめくる。
性能の一覧が見えた。有機演算加速器には今の所、六つのモデルがあるようだ。それぞれに何かに特化しているらしい。
「エースが使っているのは攻撃に特化したタイプで、記録によれば全世界で四十五台が稼働している。ああ、あなたたちがシドニーを攻撃して、二台はこの世から消えているから、正確には四十三台だわ。あいつはそのどれともリンクできるし、同調できるように調律されている」
「オーケー。その調律についての情報は?」
「トップシークレットで迫れない。代わりにこれをあげるわ」
新しいデータが飛んでくる。
それはマックス・コード社が設定した加速器との連結コードだった。
「部外者が扱えるのか?」
「訓練は必要でしょうけど、あなたの力量ならできるんじゃない?」
いきなりぶっつけ本番でやる気にはなれないが、試しに動かす、ということができるとも思えない。
「ありがとう、助かった。無事に抜け出せそうか?」
「すぐに逃げると怪しいから、もうちょっと若社長の相手をしてあげるわ。それよりもアンガスを見かけたけど、彼も動いているの?」
「ああ、前に話した時はペルーにいる、とは言っていた。だけど俺たちは誰も連絡を取っていないはずだ。用心棒にして鉄砲玉、に戻ったのさ」
あまり派手にやらないようにね、と言って、通話は切れた。
俺はシドニーに留まっているウォーレンに連絡を取る前に、もう一度、ユキが送ってくれたデータを再確認した。
有機演算加速器へ割り込む道筋は、実は逆襲に使えるかもしれない。俺の思考を加速させてもいいし、逆にエースのリンクを切断する手法がありそうだ。
椅子に寝そべって、マインド・コンテンツ・インターフェイスを閉鎖モードで起動して、滅多に使わなくなった機能で、一からコードを書いていく。
エースの化けの皮は剥がれたと言っていい。あとはスマートに調理するだけだ。
三日ほどかけて、コードは形になってきた。ウォーレンとマーティの意見が聞きたくなり、俺は久しぶりに思考を外部に解放し、一瞬でシドニーへ移動した。
仮想空間にウォーレン、マーティが現れる。
俺は二人に書いたばかりのコードを渡す。二人ともが仮想空間でそれを閲覧し、意見を言ってくれた。
異常が起こったのは、まさにその瞬間だった。
おい、とウォーレンが口にした瞬間、その思考が凍りつく。
マーティがすぐに動いた。腕を一振りし、仮想空間からウォーレン、そしてマーティが消える。
俺の意識も仮想空間から弾き飛ばされる。緊急時の処置だ。
攻撃されたのだ、ウォーレンが。あれは明らかに、思考を凍結された症状だった。
俺がニューヨークに戻る前に、激しい攻撃が始まる。
毎秒四九〇アタック。常人の速度ではない。
エースだ!
防御策を展開。時間が十分にあったので、多面防御防壁を構築し、集中攻撃を逸らしつつ受ける。だが、防壁は削れ、砕け、最後には消えた。
ここで辛抱している理由はない。
ユキの情報からくみ上げた、マックス・コード社の有機演算加速器と、俺の思考をリンクさせるコードが起動。
一瞬、自分が六人に分割されたような錯覚。だがその六人が同じことを考え始めるので、一人と同じことになる。
加速器六台が俺の思考を爆発的に走らせる。
毎秒五三〇アタックで、エースに逆襲。エースも同様の処置。ほぼ等速。
完全なる拮抗状態を維持して、俺の思考が逃れていく。
エース、さらに思考を加速し、毎秒五五〇アタック。
六台のリンクでは手が回らない、三台を追加し、九台の体制で押し返す。
俺の思考は毎秒五八〇アタック。本当なら脳が焼け焦げ、思考が暴走する速度なのに、変な安定感があり、それが逆に不安だ。
このまま速度争いをしている場合でもない。
次の段階として、俺はエースの有機演算加速器のリンクを切断する行動に出る。
直後、俺の頭の一部が切り取られる。九台のうちの一台が、リンクから離れる。エースも俺と同じ行動に出ているのだ。
正面での力のぶつけ合いと同時に、相手の後方を攻撃する、多面作戦が繰り広げられる。
正面から、エースの怒涛の攻撃。毎秒六一〇アタック。
逆に俺の一撃が、エースから四台の加速器を切り離すことに成功している。
わずかの差だった。
攻撃速度が急減速する寸前に、エースの一撃は俺の防壁を貫通し、思考本体に到達している。
自分というものが何かから何かへと引きずりこまれる錯覚。知覚不可能な、しかし激しい嘔吐感と、それに続く息苦しさ。
目の前で強烈な閃光が連続して走り、ついに何も見えなくなる。
闇ではなく光の中で、俺はフラフラと宙に浮かんでいる気がした。
このままここにいてはいけない。何かを思考しなくては。
どこかに自分が複数、いるような錯覚。だがこの白い空間には俺一人しかいない。
エースはどこへ行った?
そもそもここはどこだ? 思考の気配、通信の気配、それが何もない。
全くの空白。
重力もない。距離感もつかめない。目の前にある白に触れられそうで、触れられない。白い空間は果てしなく続き、そして、ひっそりとして、無音だった。自分の鼓動が聞こえそうなほどに。
どこかで誰かが呼びかけてきている。
誰の声だろう。
ニール?
ユキ?
わからない。もう仲間の顔も声も、思い出せない。
自分が白い世界に溶け込んでいくような気がした。
そしてそれは、決して恐怖ではなく、むしろ安寧、平穏だと直感的に理解できた。
マインド・コンテンツ・インターフェイスは生きているか?
そのことに気づいたのは、自分でもよくわからない、瞬間的な発想だった。
首筋を意識する。首筋があるだろうところを、というのが正確だ。
首筋にかすかに熱がある。
何かと繋がっている。
しかしそこ以外は今も、じわじわと溶けるように消えていっていた。
白い世界が俺を押し包んできた。
(つづく)
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