8-2 踊り子


     ◆


 あらあら、などと言いつつ、女は俺に席を勧めた。

「熱心に仕事をしているみたいね、エドワード」

「お陰様でね」

 卓上の端末でコーヒーを注文する。

 ユキ・ドライブは高級そうな服を着ていて、化粧も完璧なら、アクセサリの主張の度合いさえも完璧だった。

「私と急に会いたいなんて、どうしたことかしら、ねえ、エドワード」

「お前と繋がりのある奴が、俺の前に現れてね」

「誰だか当ててもいいわよ」

 スッと身を乗り出し、ユキが囁く。

「エース・エンゲルス」

 まぁ、この程度の暴露で驚く俺でもない。

 平然としていると、つまらないわね、と呟いて、席に戻るユキ。

「奴と知り合いか?」

「マックス・コード社の非合法部門の責任者、とされていたわね。何度か、お世話になっているわ、私も、社長も。彼は生粋のリライターで、つまり、あなたのご同類」

「これでもできるだけまともでいたいと思っているよ」

 口ではどうとでも言える、とあっさり切り捨てられ、ちょっと悲しい。

「マックス・コードがどういうわけか、巧妙に行動を隠していた俺を狙っている。それを撃退したい。手を貸してくれ」

「手を貸す? ダンサー上がりの私が?」

 ユキと初めて会ったのは、ニールと一緒に遊び呆けていた時期で、場所はラスベガスだった。

 いかがわしい店で、俺たちはその日の勝利分の金を全部使うつもりで、飲み食いしていた。

 その時、きわどい衣装で踊っていたのがユキで、ニールの奴が、「あの娘を身請けしようぜ」と言い出したのだ。

 俺はユキの美貌だけでそう決めるのに反対だったが、しかし、目の前で踊るユキの魅力には抗えなかった。

 カジノでインチキを繰り返し、そうとわからないように大金を手に入れると、俺たちは本当にユキを身請けしていた。元は親の借金のせいで店に売られたらしかった。

 最初こそ警戒心しかなかったユキだが、俺とニールはあれこれと世話を焼き、服を与え、食事を与え、金を与えた。

 俺たちの仕事のことも、秘密にしろと念を押して、少しだけ教えた。

 そのうちにユキはその美しさを利用して、俺たちが狙う場所の下調べをするようになった。つまり、実際に現場に行くスパイのようなものだ。

 これをユキは非常に器用にこなした。どういう手段を使っているかは教えてくれなかったが、想像はつく。男の劣情という奴を利用するんだろう。

 俺たち仲間内で彼女は、踊り子、と呼ばれるようになっていた。

 仲間たちからのユキを見る目が二つに分かれたのも必然だろう。仕事ができる女、という評価がある一方、あばずれ、という評価もあった。

 俺が刑務所に放り込まれた後、彼女はマックス・コード社の若社長と関係を持った、というところまでは俺も知っている。

 つまり、俺とエースの繋がりには、複雑なものがある。エースの向こうにマックス・コードがある一方で、俺とマックス・コードのは間にはユキを挟んだ繋がりもあるのだ。

 ついでにユキが掠め取った八十万ドルもある。

「ダンサー上がりでも」コーヒーがロボットによって運ばれてきた。「仕事をする奴だと俺は知っている」

「それはどうも、お褒めにあずかり、光栄だわ」

 すでに口をつけているサイダーらしい液体の入ったグラス、そのストローをいじりつつ、ユキがこちらを伺う。

「エース・エンゲルスと彼が使う技術は、誰にも対抗不可能よ。不意打ち以外ではね」

「どういう仕組みだ?」

「私も専門的なことはわからないけど、マックス・コードが試作した、有機部品からなる演算加速器を並列接続する、ってことらしい」

「有機演算加速器?」

 聞いたことがあるのは、仮釈放になった後、ニューヨークに腰を落ち着けた時に、ウォーレンと勉強したからだ。どこかの雑誌にその仕組みが描かれていた。

 たしか、有機演算加速器は思考を持たないのだ。ただし、人間の思考を受けると稼働を始め、その人間の思考をトレースする。つまり利用する人間は頭が二つある、という事態になる。

「分裂思考のようなものか? それとも多層並行思考?」

 わからないわよ、とユキが応じる。

 マインド・コンテンツ・インターフェイスは、思考という唯一無二のものを拡張しているので、基本的には同時に複数のタスクを展開しても、認識できるのは一つの要素に限定される。

 だからリライターになると、この複数項目の同時進行と同時に、その複数の内のいくつかを同時に見る必要が生じる。それこそが速さの秘密でもある。

 その手法の一つが、分裂思考で、非常に危険ながら、同時に複数の情報を閲覧できる。ただし、思考が肉体に戻ると同時に、思考が一つになるので、分裂状態での大容量の情報の記憶と記録をうまくやらないと、飲み込めずに思考能力がパンクする。

 もう一つは俺も使う手法で、多層並行思考だ。

 これは唯一の思考のまま、透かし見るように大量の情報を閲覧する。気になったところをフォーカスして、それを閲覧し、また全体をぼんやりと見る、ということを繰り返す。それにプラスして、プログラムを設定すれば、探している情報が出現した時に、そこへ自然とフォーカスさせることもできる。

 こちらの欠点は、優先順位をつけるせいで、情報の見逃しがどうしても発生する点だ。

「何にせよ」カラン、とユキの目の前のグラスで氷が揺れる。「エース・エンゲルスは超人的な思考速度を持っている。それも地球全域をカバーするようなね」

「お前の方から、俺をどうして狙っているか、マッスク・コードに探りを入れてくれないか?」

「あなたのお得意の情報泥棒で探ればいいでしょ?」

「俺でもエース・エンゲルスは手に余る。安全策を取りたいんだ」

 ふぅん、などと言いつつ、サイダーを飲んでから、ユキの瞳がじっと俺の目を見る。

「私の危険は顧みないわけ?」

「マックス・コードの若社長はお前を歓迎するさ」

「どうかしら。まぁ、もう一度、会いに行ってもいいけど」

 そういうのと同時に、ユキがこちらに手を示す。金か。

 背広の懐からマネーカードを取り出し、手渡す。ユキがカードの接触端子に触れて、にっこり微笑む。

「十分な報酬ね。私、お金持ちは好きよ」

「最近は何をして稼いでいるんだ? 見たところ、それほど窮屈でもなさそうだが」

「私を欲しがる男がいっぱいいるのよ、あなたには分からないかもしれないけど」

 それはそうだろうな。

 実際、俺はユキほど外見の整った女を、あまり知らない。それにユキは整形手術を一度も受けていないはずだ。そういう天然とでも呼ぶべき美貌は、貴重だし、ある種のステータスだ。

「じゃあ、私はマックス・コードの様子を見て、エースの情報と、有機演算加速器のデータを奪ってくるから、それでよろしいかしら? 修正者さん」

「頼む」

 頭を下げるとユキがポンと肩に触れ、立ち上がった。

「お会計はよろしくね。また会いましょう」

 颯爽と去って行く後ろ姿を見送り、俺はコーヒーを時間をかけて飲んだ。

 どう転ぶかはわからないが、ユキに期待するしかない。一番、高い可能性がそこなのだ。

 踊り子の技能に期待するのが、一つの手段。

 もう一つは、シドニーの件の再確認だ。

 俺は携帯端末を手に取り、ウォーレンを音声通信で呼び出す。



(つづく)

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