7-4 開戦


     ◆


 マーティがニューヨークにやってきたのは夏になった頃で、俺もさすがに驚いた。

「どうやってあの水中の牢獄を脱出した?」

 玄関でそういう俺に、まずは休ませてくれ、と、疲れ切った顔でマーティが言った。

 その後、奴は丸一日、俺のベッドを占領していた。部屋ではヌーノは自分で寝台を用意したが、ウォーレンは椅子で眠っているのだ。俺も仕方なく、椅子でその日は休んだ。

 元気を取り戻したマーティは俺たちと一緒に食卓を囲みつつ、説明してくれた。

「あんたをデータアースに招き入れて、そこへどこぞのリライターが食いつくのは予測していた。あの一瞬、データアースは非常事態で、防壁の全てが立ち上がっていたわけだ。だが、内部にいれば、自在に動けた。全防御力が対外仕様に切り替わったのさ」

「中にいたのは俺だ」

「俺があんたに枝をつけたのさ、エドワード」

 サンドイッチをガツガツと食べて、コーラでそれを流し込むマーティを、俺は思わず凝視していた。

「まさか、データアースに干渉して、借金を返したのか?」

「あんたとニールほど派手にはやらなかったし、別の分野だ。国連が把握しているイタリアのマフィアの情報を拝借して、それを連中に提供した。お蔭で連中は俺の価値に気づき、取引を持ちかけてきたもんだから、俺は即座に自由を要求し、こうして自由の身になった」

 肝の太い奴だよ、と言うウォーレンの、その手元からフライドチキンをひったくるマーティには悪びれたところは少しもない。こういう奴だったよな、昔から、そういえば。

「で、どこかのリライターはどこにいた?」

「オーストラリア、シドニーだ。とりあえずはあそこへ撤退した。もう移動しているかもしれないが、当たってみる必要はある」

「実際に動くのは俺が行くよ、エドワード。自由を満喫したい」

 そのマーティの申し出はありがたいが、マーティは技術こそあるが、装備を整える技能はない。

「俺もついていくしかないな」

 素早くウォーレンが名乗り出る。肩をすくめて、フライドチキンの骨で、マーティを示す。

「こいつの装備は俺が用意するのが、昔からのやり方だ。エドワードは離れていても、自由にアクセスできるから、ここにいろ」

 頼む、以外に何も言えなかった。

 ヌーノもオーストラリアへ行きたそうだったが、耐えたようだ。アボリジニーの土地を自動車で思うがままに走るのは、俺の想像の中でも、相当に楽しそうではある。

 食事をしながら話は進み、マーティはまだ疲れていると言って、ベッドに横になった。ウォーレンは身支度をしつつ、俺に残していく設備の説明をしてくれた。

 夜になり、俺とウォーレンはこっそりと酒を飲んだ。

 ニールが送ってくれたワインだ。フランス産で、非常に高価な一本だった。

 二人で飲みきった時には、どちらも軽い酩酊状態だった。

「気をつけろよ、エドワード。相手は生ぬるい相手じゃない」

「何かトリックがあるんだ。それさえ暴けば、対抗できる」

「暴けなければ、脳を焼かれるぞ」

「それならそれでいいさ」

 こちらを見るウォーレンの瞳には、いつになく険がある。

「俺みたいな非合法のリライターには、お似合いの最後さ」

「原発のことは、非合法ではあっても、悪ではなかった」

「社会は正義も悪も考えない。強いか弱いか、というか、社会という力をうまく使えなければ、正義でも弱さにまみれて、認められないんだな」

「恨み節をいうような奴じゃなかったよ、俺が知っているエドワード・ステイシーという男は」

 やはり不機嫌そうに、ウォーレンが言った時、確かに俺は弱気になっている、と気づいた。

「しかしな、考えてもみろよ、部品屋。相手は正体不明の毎秒五〇〇アタックだぞ。そんな人間とも思えない相手を前にして、ビビらないでいられるか」

「だから、俺が知っているエドワードは、ビビらなかった、と言っている」

「そいつは刑務所に置き去りにされたかもな」

「取り戻せ」

 服のポケットを漁ったウォーレンがタバコの箱を取り出す。奴自身は滅多に吸わないが、以前の仕事でのゲンを担いで、持ち歩いているのは知っていた。吸う場面は久しぶりに見る。

 俺が見ている前でタバコに火がつき、口から細く煙が吐き出される。

「とにかく、気合いを入れろよ、エドワード。ぬるい相手じゃない」

「ああ、肝に銘じておく」

 その日の会話はそれきりだった。

 翌日にはウォーレンがグダグダしているマーティを引き連れて部屋を出て行き、途端に静かになった。ヌーノは頻繁に外出して、まだ車に乗ることを諦めていないようだった。

 監視官が来て、雑談をして帰っていく。ニューヨークは監督する犯罪者が多いらしく、面談は短い時間だ。

 まさにその日の夜、シドニーから通信が入った。

 ウォーレンだ。

「こちらは設備が整ったぜ。マーティも仕事を片付けた。あとはあんたがこっちにやってくるだけだ」

 俺の思考がネットワークを走り抜ける。

 超広大な空間につけられた道筋を、稲光となり、一瞬で遥かな距離が消える。

 シドニーという都市を形作る情報の群れの中を、痕跡に乗って進んでいく。

 仮想空間にログインすると、仲間が揃っていた。

 ウォーレン、マーティ。

 そしてニールもいた。

「珍しいな、こんなところに顔を出すとは」

 そう声をかけると、ニールが不敵に笑う。

「面白い仕事をするようだからな、眺める気になった」

「面白いかはこれからわかることだ。今わかっていることは、こいつが狩りだってことだな」

 面白いじゃないか、とニールが応じる。

「キツネ狩りか?」

「まさか。相手は伝説の生き物のようなもんだからな」

「ドラゴンの討伐、とでも思っておくよ」

 変にファンタジックなことをいう奴だ。十代前半の子供みたいで、変に可笑しい。

「さて、では諸君、仕事を始めよう」

 俺の言葉にウォーレン、マーティが頷く。

 情報が高密度でやり取りされ、端末が並列演算を開始。

 シドニー全域の情報通信を解析し始める。俺がリアルタイムで全情報を精査するが、とても楽な仕事ではない。現実時間でも緩慢ながら、一秒ずつが刻まれ、すぐに一分になり、五分になる。

 どこにいる? エース・エンゲルス。

 俺はお前を探している。ここまで来てやったぞ。

 まさか逃げる気か?

 そんな腰抜けか?

 俺はここだ。来い。さあ、今、来い。

 ビリビリと防壁に衝撃が走った。思考に伝わる情報で、身代わり装置が一つイカれている。ただ弱い影響と言える。防壁も再起動している。

 しかしそれはほんの予兆だった。

 怒涛の勢いで攻撃が連続し、防壁も身代わり装置も削られていく。

 ただ、最後の最後で、俺が耐え抜いた。

 逆探知で接続元を探り出し、そこへマーティの解析の手が伸びる。

 エースもそれに気づいている。マーティを焼き払おうとするが、するりとすり抜け、離脱。情報だけが俺に送られる。

 激闘はまだ始まったばかりだ。




(第7話 了)

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