7-3 追跡
◆
どうしてマーティがここにいるのかと思ったら、俺が知らないうちにマフィアと揉め事があったらしい。
「女絡みか?」
ニールがそう口にした瞬間、部屋の温度が十度は下がった。完全な空調なのに、この手の錯覚はどこにでもつきまとう。
どうやら金だったらしい。借金を返すために、ここにいるということだ。
「借金を吹き飛ばすのも夢じゃないから、マフィアには俺の自由を交渉するよ」
そんな具合で、マーティは請け負ったが、その後、どうなったのかは翌朝になってはっきりした。
「あんたにこれを預けるより他にないよ、エドワード」
そう言って差し出されたのは、小さなメモリーカードだった。プリントされている数字はかなり大きい。大容量のカードなのだ。
つまりマーティはここに残るらしい。
「そいつをネットワークに接続すれば、自然と道筋が出来上がる。エースとかいうリライターもやってくるさ。あとは打ち合わせ通りにやればいい」
打ち合わせってなんだ? と、ニールは不思議そうだが、俺は黙っていた。
固く握手をして、ついでにダグとも握手してから、カプセルで俺とニールは地上へ戻った。
「結局、枝について教えてもらえなかったな」
帰り道、水中を移動している間に、ニールがそう言った。そう、ダグがそんなことを言っていたな。
「たぶん、自律式の盗聴器だろう。水中で完全に電波を遮断する措置を取っていると、逆にその手の自律機器は露見しやすい。機械自体が内包する電磁信号をサーチするんだ」
「じゃあ、海の中での話は俺たちを監視している奴らには露見しない?」
「それだとすぐに事態を悟られる。たぶんダグは、偽の情報を噛ませただろう」
肩をすくめるニールに、俺も笑みを見せる。
海上に戻り、カプセルの天井が解放される。せり出した梯子で登ると、ボートが横付けされている。
「もう帰るのか?」
走り出したボートの上で、ニールが訊ねてくる。もちろん、二人にしか聞こえない。
「あまり余裕もなくてな。お前はローマに腰を落ち着けるのか?」
「すぐにお前に合流するよ。ここはただの金脈さ。スリルはそれほどないな」
マフィアもあるいは、牙を抜かれているのかもしれない。
ニールとは金に関する打ち合わせをしてから、別れた。奴は空港までは来なかった。
来た時と同じ経路でニューヨークに戻ったのは、出発からほんの一週間後で、自分でも驚いた。オフィスに戻るとヌーノが嬉しそうに出迎えてくれた。
「こいつを使うように言われた」
工作中のウォーレンに、マーティから受け取ったカードを渡す。
「あいつに会えたのか? 俺の推測は正しかったわけだ」
「借金のせいで、いいように使われているらしい。みんな、それぞれに生活があったってわけだ」
「あんたみたいに刑務所の世話になる奴もいたしな」
カードをスロットルに差し込み、ウォーレンが解読を始める間に、俺は服装をラフなものに着替えた。
作業室をよく見ると、いくつもの新しい端末が構築されている。例の初めに作った防壁と身代わり装置の複合体と、同じくらいの大きさだ。
「あいつのテクニックも錆ついちゃいない」
カードをこちらに戻しつつ、ウォーレンがニヤニヤしている。
「奴は、統一衛星連結帯を丸ごと活用するらしい」
「そいつはまた、遠回りだな」
統一衛星連結帯か。
通信衛星の中でもアメリカが打ち上げた十八基の衛星が連動して通信を処理する、という仕組みだ。
これが非常に高い機密性を保ったまま、地球全域に自在に通信を送れる、という技術の基礎になる。
しかし、この十八基の防壁は相当に強固だ。
それでもマーティはどこかで抜け道を見つけたんだろう。奴の特技は情報通信で、ありとあらゆる通信を傍受し、同時に介入できる、と以前は豪語していた。
その技が今も一流なのは、改めてウォーレンも気づいたようだ。
二人で細部を詰めてから、いよいよメモリーカードの中身を解放した。
俺の思考はマインド・コンテンツ・インターフェイスに乗り、事態が走り出す。
世界中の無数の情報に割り込み、エースの痕跡を炙り出していく。
さすがはマーティの組んだプログラムだけあって、次々と候補を潰していく。
反応があったのは現実では一秒も経過していないタイミングだった。
自動らしい防御反応。こちらの接触が拒絶され、すぐに情報が逆流してくる。
そこを切り捨て、俺は即座にウォーレンが組み上げた防壁装置を間に挟むが、エースの追撃は厳しい。さらに後退する過程で、防壁が六枚、同時に貫通される。身代わり装置が二つ、ダウン。
俺はさらに後退。
いよいよ統一衛星連結帯に飛び込む。もうこちらに逃げ場はないが、通信は加速する。脇道がないのだ。
一直線に落下するように、思考が滑る。
追いすがって来るエースの思考。
刹那、巨大な何かが俺を飲み込む気配。それは、統一衛星連結帯にマーティが直結させた、データアースの一部だった。防壁である亡霊が俺がすり抜けるのと同時に、通常の機能を取り戻す。
起こった事象は、イメージで言えば激しい放電現象だった。
エースの思考という最強の矛と、亡霊という防壁、つまり最硬の盾が正面からぶつかったのだ。
「こいつはすげぇ」
リアルでウォーレンが呟いている。
俺にはそんな余裕はない。エースが即座に方針を変え、強引にデータアースの防壁をダウンさせようとしている。この隙に動く以外にない。
思考の一部を切り離し、エースに接触させる。今度はエースの防壁が弾き返してくる。構わず連続攻撃。
思考速度を加速、毎秒四八〇アタックを実行。弾かれる。やはりエースの演算の方が早い。強引に十秒継続攻撃、くそ、逆にこちらが焼かれていく。
しかしさすがのエースも亡霊を完全にダウンさせられず、わずかな隙間から思考を引き上げていく。
俺もいつまでもデータアースの中にはいられない。今頃、国連の人工知能群が自分の状態を微に入り細を穿ってチェックし始めている。
マーティのプログラムに従って、安全な経路で、俺はデータアースを離れ、ニューヨークに復帰した。
現実の肉体に思考が戻り、シートから跳ね起きて、ウォーレンの端末に向かう。
「エースはどこへ逃げた?」
無駄な攻撃を繰り返したのは、マーティの通信痕跡追跡プログラムを露見させないための欺瞞だった。どうやらエースはまんまと騙されたらしい。
「こいつは、どこかな……、シドニーか?」
シドニーね。また南半球か。
まだウォーレンが解析している横で、俺はさすがに疲労が限界で、寝台に横になった。
「飯を買ってきたよ、食べるかい」
そう言いながら、ヌーノが入ってくる。手には大きな袋を下げている。
「ウォール街を見学してきた土産だよ」
「置いといてくれ、後で食べる」
そういう俺をしげしげと眺め、ヌーノが不安そうな顔になる。
「エドワード、顔が真っ青だけど、大丈夫か?」
「際どい仕事もしんどい歳になったかもな」
お大事に、と言いながらヌーノが惣菜をテーブルに広げる。雑に工作器具をどけられたウォーレンが悲鳴をあげる。
二人の口論を見つつ、さっきまでの俺の緊迫がなんだったか、不思議な気持ちになっていた。
その日のうちにデータは解析され、エースはシドニーを拠点にしているとわかった。
(つづく)
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