7-2 水中生活者
◆
どうやって宇宙ステーションとやらに入るかと思っていたら、小型船で海上に出て、そこで小さなカプセルに乗せられた。水中からせり上がってきたのだ。
人が三人でいっぱいになりそうだが、しかし俺とニールしか乗らなかった。
「最近はどうしている? こちらは、遊び呆けているが」
ニールはそう言いながら、カバンの中から小さなボトルを取り出した。何かと思ったら、ワインが入っているらしい。
「こちらはエース・エンゲルス対策に余念がない」
「あのリライターか。お前でも手こずるのか? 修正者」
「正直、一対一じゃ、分が悪い。そこで交換手が必要になる」
交換手か、とワインを飲みつつ、ニールが呟く。
「あいつが水中にいるかな。そもそも、マーティはお前を信用していたからな、裏切られたと思っているだろうさ」
マーティ・フックス、というのが交換手と呼ばれる昔馴染みの名前だ。
確かにあいつは俺のことを信用していた。あまりしたくない想像だが、俺に愛想を尽かして、連絡を返さないのかもしれない。それだったら、水中の宇宙ステーション行きは、まさしく観光で終わってしまう。
「あいつはそんなに度量が狭くないさ」
何気なくそういうと、違いない、とニールが返事をした。
カプセルに乗っていたのはほんの五分ほどだった。衝撃が走り、カプセル内のモニターにハッチが接合された、という表示が出る。続いて排水が完了した、とも。
端末を操作すると、床が降下していく。危うく声を漏らしそうになった。
ゆっくりと壁が上にせり上がる錯覚があるが、実際には俺が下がっていて、小さな部屋に降りていることになる。小部屋は赤い照明で照らされている。
カプセルから降りると、カプセルの床は天井に格納された。
小部屋の明かりが白に変わる。自動でドアが開いた。
「行こうぜ、管理人に話をしなくちゃな」
部屋を出ると、通路がまっすぐに伸びている。ただ、床は後から貼ったらしい。通路は完全な円筒なのだ。無重力を前提にしているからだと思う。
通路がゆるやかな弧を描くが、別の通路、円の内側の方向へと進むと、ドアにぶつかった。
自動でドアが開く。
「あんたたちが観光客?」
壁が全て端末の操作卓かパネルで埋められた部屋の中で、宙にあるハンモックに寝転がっている男がこちらを見た。もちろん俺は初対面だった。
「俺がニール、こっちはエドだ。あんたは?」
男が勢いをつけて、床に転がり落ちるように降り立った。
「ダグ・マルクーゼだ」
それぞれに握手をすると、ダグが俺たちをジロジロと見て、
「虫が付いているな」
と、いきなり言ったかと思うと、手首にはめているクラシックな腕時計型端末に囁く。
「閉鎖状態は完璧か? 客に枝が付いている」
返事は直接、ダグの頭の中に入ったらしく、俺たちには聞こえない。
しばらくダグは何かを聞いている素振りの後、急に笑顔になった。
「俺の相棒があんたたちに会いたいらしい。ついてきな」
肩を叩かれる。すごい力だった。サイボーグかもしれない。
俺たちがやってきた通路を戻り、再び弧を描く通路を進む。
今度も円の内側に部屋があり、そこへ入ると、どこか金属を連想させる匂いが漂った。
「俺の相棒を怒らせるなよ」
もう一度、ダグは俺の肩を叩き潰すように叩き、元来た道を戻って行った。
「あんたか、エドワード」
部屋は薄暗いが、端末が数なくとも十台は稼働していて、実際のモニターパネルも、空中に投射されている立体画像も、鮮やかだ。
その光の真ん中に、その男がいた。
目当ての男が、そこにいた。
「久しぶりだな、マーティ」
片手で何かの瓶を煽る男が小さく鼻を鳴らす。
「いつ出所したんだ? 判決のままだとだいぶ先のはずだが」
「仮出所さ。これでも模範囚でね」
「しかしマインド・コンテンツ・インターフェイスは活性化している」
その通り、と返事をすると、やっとマーティが立ち上がった。俺の前に立つ奴の姿は、懐かしいものがある。
「実際に会っているとは思えないよ、エドワード」
どこかマーティの声が震えている。俺の腕を掴んで、ゆする。
「なんで一人で行動した? 俺たちは頼りにならなかったか?」
「頼りにしているさ。お前たちを巻き込みたくなかった」
カッコつけやがって、とマーティが俺の腕を何度も叩く。
「あれから俺はだいぶ調べたよ。それでおおよそ真実を知っている。あれは仕方がなかったと、思っているよ。ただ、やっぱり頼って欲しかった」
「今、お前の力が必要なんだ」
よしきた、とマーティが自分の席に戻り、壁際にあった見るからに古びた椅子を俺たちに示す。二人とも、恐々とそれに腰を下ろした。
「何が起こっている? どうして俺を頼るのか、教えてくれ」
「エース・エンゲルスというリライターがまとわりついてきている。こいつが異常なんだ」
「どう異常なんだ?」
「毎秒五〇〇アタックを平然と超えてくる」
ピタリと、マーティの手が止まる。疑うようにこちらを見てくる。
「本当か? まともな人間なら、思考を操作されるどころか、神経を焼き切られて死んじまうぞ。もちろん、実行する方も自滅するレベルだが」
「俺自身、奴の攻撃で危うく死にかけた。ウォーレンに助けられたんだ」
「なんだ、昔の仲間が揃っているのか?」
まさしくね、とニールが応じて、カバンの中からまたワインの小さいボトルを取り出す。
「俺にもくれよ」
はいよ、とボトルをニールが投げ渡すと、身軽にマーティは掴み止め、手の中でボトルを転がす。ニールはもう一本取り出して、封を切ると煽り始める。
マーティがこちらを伺う素振りをする。
「本当に毎秒五〇〇アタック、それよりも高速なのか?」
「仕組みを知りたい。俺の感覚だと、個人でそれだけの高速は実現できない。何かと並列で演算している。奴の通信のコードを解釈できれば、その辺りの謎が解けそうではある。そこでお前の出番だ」
難提だな、と言いながら、マーティがワインを開封する。
「まず第一に、リアルタイムでそのリライターの行動に遭遇する必要がある。次に、そうなると、頑丈な防壁が必要だが、毎秒五〇〇アタックに耐えられる防壁は少ない。そして防壁が脆弱だと、あっさり突破されて、俺たちの脳みそが焼かれる」
俺は関わらないからな、とすぐにニールが口走る。まぁ、こいつは情報戦が本業じゃないしな。
打ち合わせを進めながら、自然と酒も進んだ。
ニールが眠りこけた頃、お前たちの仕事だろ? とマーティが嬉しそうな顔で言った。
「国連のデータアースを攻撃して、電子マネーの評価指数を破壊した奴。あれのおかげで俺はだいぶ損をしたもんさ」
「恥ずかしながら、失敗だったがな」
「データアースの防壁、亡霊を突破できる奴は、そういな、い、ぜ……」
何かに気づいた顔でマーティがこちらを見た。
「間にデータアースを挟もう」
「なんだって?」
身振りを交えて、マーティが話した内容には、さすがに俺も驚いた。
データアースを経由して、データアースの防壁を利用しよう、というのだ。
そんなことがあるのか?
しかしそれは非常に魅力的な発想だった。
さすがに俺も、軟弱な防壁に脳みそを預けたくはない。
そしてデータアースは、一応は世界で一番、頑丈な防壁だった。
(つづく)
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