6-3 襲撃
◆
ウォーレンはほとんど理屈を口にせず、とりあえずはこれを首につけろ、と何かを投げてきた。
極薄の基盤に、ほとんど紙のようなパーツが貼り付けられているのだが、見た目は絆創膏だ。
「そいつが欠陥を、応急処置的にフォローする。手作りだから、これから量産してやるよ」
「試したいけど、貴重そうだな」
「一枚作るのに一晩かかるし、値段は聞かない方がいいぜ」
そうするよ、と言いつつ、一枚目を首に貼り付ける。
ピリッと刺激が走り、何かが思考に流れ込んだ。想像よりも膨大な情報の奔流に変わり、思考がアップデートされていく。完了まで、五秒。
アップデートが終わっても、何も違和感はない。
「パッチ自体はシンプルだが、本体には複雑な仕組みがあるし、使用可能なのは一回だけだ。そこだけは覚えておいてくれ」
「一回?」
「使い捨てってことだ」
どういうことか訊ねると、身代わり装置でもある、という返事だった。
それでやっとこの絆創膏の値段がおおよそ見当がついた。
マインド・コンテンツ・インターフェイスの発達により、いくつかの分野が飛躍的に進歩した。情報処理を行う機器や、情報を記録する装置などだ。
その中の一つに、悪質な情報攻撃を防ぐ身代わり装置があり、そもそも情報攻撃の手法は大量の情報を相手に瞬間的に送りつけ、処理をパンクさせる、というところから始まった。
この情報を受け止めるのが、身代わり装置に当たる。
初期から箱型のものが主流だが、最近、極薄のものが登場した。
それをウォーレンは応用したらしい。
「そういうサービスをするから生活に困るんじゃないのか?」
思わずそういうと、ウォーレンは、善意って大事だろ、と笑った。
結局、俺は電子マネーを一枚のカードに放り込めるだけ放り込み、ウォーレンに手渡しておいた。
久しぶりに仲間とやり取りする気になり、付き合うよ、といったウォーレンが仮想空間を用意してくれた。
すぐにそこにリッチーが現れ、マルコム、アンガスもやってくる。ヌーノさえ現れた。ニールがなかなか来ないが、六人で雑談を始める。
リッチーとマルコムはまだニールの護衛をやっていて、しかしだいぶ自由なようだ。まだローマにいるかと思ったら、今はミラノだという。近いうちにシチリア島へ移動するとも話していた。
ヌーノはまだドライバーの仕事をしていて、タクラマカン砂漠を往復しているようだ。今の仕事が終わったら、ちゃんと会いに行くよ、と請け負った。本当かは知らない。
アンガスはどうしているかと思うと、エースを追っていると教えてくれた。
「下手に藪を突かない方がいいんじゃないか?」
マルコムの指摘にアンガスは肩をすくめる。
「藪を突くまでもなく、向こうから俺たちは丸見えさ。リライターにはリライターを当てるしかない。エドワードが頼りだな」
「勝てそうか? エドワード」
リッチーがこちらを見るので、俺もアンガスの真似をして肩をすくめてみせる。
「正面衝突したら、どうなるか楽しみだよ。っていうか、それくらいの勢いがないと、押し負ける」
「エドワードがか?」
そういうこと、と応じると、場に沈黙が降りた。
何か言わなくちゃな、と思った時、空間にノイズが走り、ニールが現れた。
「俺が最後か。ご歓談の邪魔をしたかな」
「ちょうど近況報告が終わったところだ」
俺がそういうと、全員がクスクスと笑った。
それから今後の活動について話し合ったが、ニールを中心に非合法活動するチームにリッチーとマルコムが参加し、ヌーノは仕事を続け、俺とウォーレンは息をひそめる、となった。
しかしアンガスに関しては、意見が分かれた。
エースを無視するべきか、積極的に追うべきか。
アンガス自身は追いたがっているが、ニールが強硬に反対する。
平行線だな、と思っている時に、俺はそれに気づいた。
「お客さんだ、みんな」
俺の一言で、全員が黙る。視線が俺に集中した。
仮想空間に紛れ込んでいる相手の感覚を、毎秒四〇〇アタックで引きずり込む。相手も抵抗するが、逃がさない。脱出路を強力な防壁で遮断し、取り込んでいく。
じわりと空間に一人の男が現れた。
「大歓迎、という感じだな」
そこにいる男の姿を、俺はよく知っている。
エース・エンゲルスだ。
彼がこちらを見ている。
「どうして俺の存在に気づいた?」
「ニールが来た時、やけにノイズが走った。ここはウォーレンが構築した場だからな、警備が厳重だし、クオリティからして空間にノイズが走るわけがない」
ぬかったな、とエースが呟く。
次の一瞬で、俺とエドワードを除く全員が消える。
緊急離脱だった。ウォーレンが設定した仕組みで、強力な情報攻撃を察知すると、自動で機能する。俺も脱出するはずが、一瞬でエースが俺を拘束していた。
あの、システム的欠陥を狙った、思考中枢への直接攻撃。
防壁を立ち上げ、通常の三重から五重へ強化するが、エースの一部が俺の内側に侵入していて、みるみる中和される。
理論迷路を展開し、自分から中へ入っていく。それでもまだエースの思考が追随してくる。
ここで勝負を決めるつもりか?
複雑な経路を走り抜けた瞬間、俺の周囲から全てが消える。
目の前に迷路の外観、巨大な球形が見える。そこからエースが脱出する前に、閉鎖迷宮に切り替える。これでわずかに時間が稼げる。
いや、無理だ。
俺の思考を読んで、強制的に封鎖が解除される。しかもそのまま理論迷路が根底から崩壊。
一対一の、力のぶつけ合いになる。
毎秒四三〇アタックで抵抗。しかし、こちらの防壁情報が解体されていく。
エースは毎秒四八〇アタックだろうか。
こちらもギアを上げるしかない。四九〇で押し返す。
が、さらに押し潰されていくのはこちらだ。毎秒五〇〇アタックを超えている。
俺の付随防壁はほぼ消滅、最後の砦の基礎防壁の最外周が削り取られていく。
逃げ切れない。
その時、かすかな通信が頭に走った。通信じゃない、事前に刷り込まれていたメッセージだ。
それに従うのは、ほとんど賭けだった。
俺はウォーレンに賭けた。
瞬間的に相手を押し返すために、毎秒五五〇アタックを決行する。これは世界のどんな防壁でも力づくで破れる出力だが、長時間維持すれば、自分の脳が焼き切れ、死んでしまう思考速度だ。
その猛攻に押し返されたエースが、同等の力で押し返してくる。いや、俺の方が遅い、エースは毎秒五七〇アタックか。
一気に後退したのは俺の方で、防壁が二つ、貫かれる。もちろん、基礎防壁だった。
思考を破壊される。
その恐怖に我を失う瞬間、その爆発は起きた。
はっと目を覚ますとニューヨークのオフィスにいて、椅子に体重を預けている俺がいた。
すぐそばにウォーレンがいる。不安そうな顔だ。
焦げ臭い匂いと共に、首筋が痛んだ。例の絆創膏を引き剥がすと、ほとんど真っ黒に焦げている。
「助かったよ、ウォーレン」
「いや、俺の見当違いだった。あそこまで強力とは、思わなかった」
「生きているだけマシさ」
激しい頭痛に耐えながら、俺はゴミ箱へ絆創膏を放り込んだ。
マインド・コンテンツ・インターフェイスは、全回線がオフライン。
やれやれ。
もう一度、椅子にもたれかかると、しばらく動きたくないな、と正直、ずっしりとした疲れを感じた。
(つづく)
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