6-2 欠陥
◆
ウォーレンは翌日から動き始めたが、これが予想外に大規模になった。
どこにそんなものを扱う店があるのか知らないが、ダンボール箱を毎日、一つは持ち帰ってくる。中には電子部品が満載されている。まるで、まさに部品屋を始めるような事態だった。
思い返せば、仲間たちと仕事をしている時も、ウォーレンは大量の買い物をして、ブーイングを喰らっていた。
それでも今は二人だけだし、オフィスには空間もある、という理由で放っておくことにした。
一週間ほどで大量の部品を集めたウォーレンは、俺が情報をあさっている間に、それを組み立て始めた。
しかも夜通し、作業している。俺は眠っていた。
さらに一週間を経て、その装置は完成した。
フレームはあるが、外装がないので、いくつも積み重なった昔ながらの基盤が露出している。
っていうか、いつの間にか部屋がハンダの匂いに包まれている。
「これがなんなんだ? ウォーレン」
「そうだな」顎を撫でつつ、ウォーレンが答える。「最新の技術を流用した、防壁と身代わり装置だ。こいつに記録装置を外付けしたいが、予算がなかった」
「予算?」
「ああ、忘れていた、これを支払っておいてくれ」
ポケットからくしゃくしゃになった紙の束が俺に手渡させる。
めくってみると、手書きの請求書だった。どうやら部品の代金らしい。全部を合わせると凄い額だ。
「これなら出来合いの端末を買えばいいんじゃないか?」
「反応が違う」
そんなものかなぁ。
結局、俺は電子マネーを入れたカードをウォーレンに手渡した。これからつけるという記録装置の分も入っている。毎度あり、とウォーレンは嬉しそうだ。
儲けが少ない廃品回収をしていたというが、こいつは金銭感覚がおかしいんじゃないか?
こうして装置は完全な形になったわけだが、ウォーレンは疲れ切った様子で、一日ほどを寝て過ごしていた。
俺がピザを食べていると、起き出したウォーレンが、俺にもくれ、と近づいてくる。ピザを分けてやると、嬉しそうにガツガツ食べ、その途中にいきなり、悩んでいるな? と言われた。
実際、俺は悩んでいることがあった。
例の同人誌に書かれていたシステムのほつれのフォローが、うまくできないのだ。
そのことを正直にウォーレンに話してみた。黙ってピザを食べつつ聞いていたウォーレンが、話し終わった俺に頷いてから、指をベロベロと舐める。そして服で指を拭った。
右手を自分の前、何もない空間で滑らせる。するとオフィスに設置されている拡張現実の端末が起動する。
部屋の真ん中に浮かび上がったのは、マインド・コンテンツ・インターフェイスの、基礎理論の概略図だった。
「ここにほつれがあるんだな」
ウォーレンが立体映像を指でなぞると、球形の概略図が分割され、そのうちの一箇所が赤く光り、明滅する。
「ここをソフト的に改良する手法は、たぶん、ないだろうな」
「ない? パッチを当てられるだろ」
「いや、これは、お前にも植えつけられている極微小有機群体の欠陥だよ」
とんでもないことを言い出したな。
マインド・コンテンツ・インターフェイスの根幹は、首筋、そして頭に埋め込む装置、極微小有機群体の働きによる。それが思考と電子情報を接続し、融合させるのだ。
だが、その仕組み自体に欠陥があるとすれば、大事だ。
「まあ、コンセプトからすれば問題ない欠陥さ」
しつこく指をぬぐいつつ、ウォーレンが解説してくれる。
「そもそもマインド・コンテンツ・インターフェイスは、情報のやり取りをより自然に、より具体的に、より高速でできるように設計されている。だから、あんたみたいな連中のことは想定されていない。基礎の基礎では、だが」
「つまり、リライターのやる、思考操作は想定外か?」
「リライターなどと呼ばれる前の、犯罪者どもがその想定外の一番手さ。俺も資料で知っているくらいだがな。マインド・コンテンツ・インターフェイスの開発初期から、その手の連中がいた。インターフェイスを作った奴らは、ソフトを充実させ、その抜け道を一つずつ塞いだ。犯罪者はそれでも穴を見つける。その道筋も塞がれる。また穴を見つける。塞ぐ。また見つける。そんな具合で、リライターが生まれたのさ」
「信じられないな」
俺もだよ、と言いつつ、ウォーレンが赤い光の周囲を指でなぞる。
「もしここを強化したいなら、手術を受けるしかない。それも技術が確立されていない、人体実験じみた手術をな。どうする?」
「ソフトでどうにかするさ」
それがいい、できればな。そう言って、さっとウォーレンが指を空を滑らせる。拡張現実の立体映像が消える。
しかし、そんな欠陥があるのなら、もっと誰かが気づきそうなものだが、もはやマインド・コンテンツ・インターフェイスは生活に密着し、誰も細部を把握していないのかもしれない。
「こいつを読んだ方がいいぜ」
ウォーレンが端末を取り出し、何かを送りつけてきた。自分の端末を手に取り、情報を受け入れる。
そこには「トランジスタ技術」という雑誌が電子版で入っている。しかも百冊近い。
「なんだ、これは?」
「日本で刊行されている雑誌だよ。月刊誌。もう百年近い歴史がある」
ペラペラとめくっていくと、かなり専門的だ。ちゃんと英訳されている。英語版なんだろう。
「面白いし、何より暇つぶしになる」
「暇じゃないんだがな」
「俺がお前の見つけた欠陥をフォローするまで、そいつを読んで待っていろ、ってことさ」
思わず顔を上げていた。ウォーレンが不敵な笑みを見せる。
「俺を信じろよ、修正者」
「あまり期待せずに、待ってるよ」
「期待していな」
そんなやり取りの後、俺とウォーレンは同時に情報世界に沈没し、それぞれに作業を始めた。
こうなると食事の時も、お互いに黙っている。
居心地が悪そうなものだが、俺はこちらの方が落ち着く。学生時代に寮で生活していたが、変な寮でギークの集まりみたいな場所だった。誰もが人間関係など無視して、自分の趣味に走っていた。
今の空気にそっくりだ。
俺はひたすら多層防壁を組み上げていた。エースに対してどれくらい効果的かわからないが、防御は大事だ。これと同時に、複雑な警戒網を展開して、即応体制をとる。
この警戒網はわずかでも何かが触れるとすぐに切れて、サイレンが鳴る紐のようなものだ。
警戒網に引っかかった奴を突き落とす理論迷路も組み上げた。こちらも凄腕のリライターには効果がないが、時間稼ぎにはなる。
三日に一度、やっぱり街中を走っていたが、走っている最中もじっと情報上の防御策と、反撃の手段ばかり考えた。
それくらいエースという存在は、俺には刺激であり、また危機感を伴うものなのだ。
その日も一時間ほど走って、汗だくで部屋に帰ってシャワーを浴びに行く支度をしていると、ウォーレンが椅子の上から身を起こした。奴はずっと椅子で眠っているから、たった今まで眠っていると思ったが、意識があったらしい。
「終わったぜ」
何が? とタオル片手に尋ねると、ウォーレンが疲れた口調で答えた。
「欠陥をカバーするパッチだよ」
なんだって?
(つづく)
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