5-4 見ているぞ


     ◆


 砂漠の中の飛行場で、俺が預けた車は砂まみれになりながらも、ちゃんとそこにあった。

 乗り込んで、アンガスがエンジンを始動し、すぐに走り出す。

「エース・エンゲルス?」

 俺はジェット機内での出来事を話す気になった。というのも、ロスアラモスに到着した時、電子新聞の中でも極めて特殊な専門的なものを入手することができたからだ。

 そこにはアメリカ宇宙軍管轄の通信衛星が二つ、ほぼ同時に機能停止して、原因を調査中という記事があった。

 あのジェット機内で、エースは俺の通信を物理的に切ったのだ。

 それだけこちらを把握されているのに、こちらは何も把握していない。

「知らないな。俺はどうにも、リライターの知り合いは少ない」

 実直な感じで、アンガスが答える。そうだよな、としか言えない。リライターは基本的に姿を見せないし、名乗りあったりもしないものだ。あの一瞬は例外中の例外である。

 むしろエース・エンゲルスは、俺が驚くこと、恐怖することを、待っている雰囲気さえある。

 自動車は走り続け、前方に集落が見え隠れする。

 夕方近くになって、借りている小さな家にたどり着いた。こっそりと中に入る。

 やはり不自然な生活感がある。食べ物の腐っていく匂いが微かにする一方で、例えば洗剤の匂いとか、人間が発するような匂いはない。

 こちらから例の老婆を訪ねるべきだろうか。

 すでに手続きは終わっているので、あの監視官は自然と明日の昼間、ここへ訪ねてくるはずだ。

 待っていても、問題ないだろう。

 アンガスと二人で部屋を片付け、ドローンによる配達で食事を手に入れる算段をした。

 その時、インターホンが鳴った。ビクッと思わず肩を震わせつつ、カメラの映像を思考で読み取る。

 そこにいるのは、例の老婆だった。まだ明かりをつける時間でもないので、何が彼女の興味を引いたんだろう?

 玄関まで行ってドアを開けると、そこには監視官が立っていた。

「こんにちは、オコナーさん」

 彼女の名前を記憶野から引っ張り出す。帰ってきたのは穏やかな笑みだった。

「お友達が一緒のようで、お話をしようと思って」

「ええ、実は引っ越すことにしまして、そのために呼んだんです」

 これは事実だ。引っ越す? とオコナー女史は不思議そうだ。

「ここも居心地がいいのですが、あまりに不便すぎた」

「仮釈放という身分では限度がありますよ、ステイシーさん」

「どうにかこうにか、居場所を探しますよ」

 その時、急にオコナー女史が懐に手を突っ込んだ。

 不穏、と感じても、突然のことに体が動かない。

 発砲音。しかし消音器でかすかな音しかしない。

 背後からだ。

 目の前でオコナー女史がよろめく。彼女の手にも拳銃、消音器が付いている。

 反射的に横っとびに飛んだ時、俺の前にいたオコナー女史と、俺のすぐ背後にいつの間にか移動していたアンガスが、銃撃戦を始める。ただ、あっという間に決着がついた。

 倒れこんだオコナー女史が痙攣する。

 どうするんだよ、こんなことをしちゃって。

 思わずアンガスの方を見ると、奴は顎で出来たての死体を示す。

 視線を向けると、女史の体の下から流れるのは赤い血、ではなく、白い液体だ。

 ノイズが走り、そこに現れたのは小型のアンドロイドだった。

「思考を盗まれているんだ、エドワード。集中しろ」

 くそ!

 俺としたことが、思考に干渉されてアンドロイドの被っている皮を見抜けないどころか、声までも差し込まれていたのか。

 そっと足元に転がる銃を取り上げる。

「お前には正体が見えたのか?」

 アンガスに尋ねると、奴はこめかみを指で叩く。

「マインド・コンテンツ・インターフェイスを閉鎖モードにした。スタンドアロンなら、何も干渉できない」

「それはシステム的に不可能だぜ。マインド・コンテンツ・インターフェイスは恒常的に情報をやり取りするはずだ」

「サイボーグ化する時、休眠モードにする仕組みを組み込んだのさ」

 そいつはまた、便利なことで。

 アンドロイドを玄関先に転がしておくわけにもいかないので、室内に引きずり込み、適当な毛布を引っ張ってきて、それで包んだ。どこかで廃品回収業者に渡さなくちゃいけないが、弾痕のあるアンドロイドをどう言って渡せばいいんだ? 当然、闇業者だが、ややこしい。

「とっととここを引き払おうぜ、アンガス。次はもっとうまくやるしかない」

 部屋の中に戻ろうとすると、今度は電子音がする。配達ドローンの接近を告げる音だ。

 ベランダの向こうを振り仰ぐと、ゆっくりとこちらへドローンが向かってくる。まさか体当たりしてきたりしないよな。

 ドローンは所定の位置に荷物を置いて、去って行った。よかった。

 ピザの入った箱を手に家に戻る。備え付けだったテーブルを、俺とアンガスで囲む。

「さっさと食べて、おさらばだ」

 箱を開けて、手を伸ばそうとして思わずその手が止まった。

「どこまでもふざけた奴だな」

 アンガスが笑いまじりに言うが、俺は笑ってもいられない。

 ピザの上にウインナーで文字が書いてある。

「いつでもお前を見ているぞ」

 そう、書いてあった。

「可愛い女の子に追い掛けられるなら、まだ救いがあるんだがな」

 俺はぼやきつつ、ピザのピースを手に取る。アンガスも一つ取ったので、文字はもう形を成さなくなった。

 一晩で荷造りをして、本物のオコナー女史と話をして、握手までして俺は家を引き払った。

「次はニューヨークか。そこでどうするつもりだ? リライター」

 自動車を運転しつつ、アンガスが訊ねてくるのに、俺は肩をすくめるしかない。

「しばらく、本物の都市生活者になるよ。ニールたちと会うのはしばらく先だな」

「安全第一だぜ、エドワード」

「まったくだ」

 それから長い時間をかけて、俺たちはニューヨークまで旅をした。

 特にこれといって特徴のない、どこかの小説にありそうな、ダラダラした旅だ。

 タイヤが二回、パンクした。車中泊ばかりして、すぐに車内が汗臭くなった。

 ニューヨークにたどり着くと、アンガスが車を処分すると申し出てくれて、二人で事前に手に入れたマンションの一室に荷物を運び込み、久方ぶりにのんびりと、交代で風呂に入った。

 これも事前に手配していた服に着替え、リビングでちょっとだけ酒を飲んだ。

「ニールたちに何か伝言でもあるか?」

 翌日の昼間、去り際にアンガスがそう言ったので、俺は即座に返した。

「リライターに気をつけろ」

 顔をしかめてから、伝えるよ、と言って、アンガスは去って行った。

 俺は一人きりの部屋で、コンテンツライターの仕事の求人情報を眺め始めた。




(第5話 了)

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