5-3 リライター
◆
飛行場へパトカーで乗り付けたわけだが、どういうわけか、俺の欺瞞が通用しないパトカーが三台ほど、しつこく追跡してきた。
情報の上では、俺は別の場所にいるようにしているのに、まっしぐらに向かってくるのは、不可解というより、不自然だった。
それでもアンガスがヌーノほどではないが、巧みなハンドルさばきで、一台しか抜けられないような路地を多用し、引っぺがした。
空港の駐車場から足早にターミナルビルに入る。
俺は反射的に全ての防犯設備に干渉し、自分たちの姿を隠した。
ニールからの警告は、それが絶対に必要だと伝えている。
リライターに狙われている。つまり、相手も俺と同等の技を使う。
エントランスを抜け、すでにネットワーク上で手続きは終わっているので、そのままゲートへ進む。
接触端子に指を触れさせれば、それで通過できる。
はずだった。
赤い光が灯り、ポーン、と音が鳴る。先を進んでいたアンガスが足を止める。空港職員が駆け寄ってくる。警備員もこちらを見ていた。
どうやら敵は俺たちの航空券を何らかの手段で無効化したらしい。
思考が駆け巡り、ホットリミット第八版が戦闘体制に切り替わる。空港と航空会社に攻撃スタート。
空港職員がアンガスに話しかける一秒の間に、瞬間で毎秒五〇〇アタックが浴びせられ、俺とアンガスの航空券がキャンセルされたことになっていて、乗るべき航空機も満員だとわかる。
即座に空いている航空機をチェック。搭乗手続き中の一機にちょうど二席、空きがある。だがこれは極めて怪しい。罠だろう。
他の航空機の情報をごっそりとひっぱり出し、一瞬で吟味する。
「お客様」空港職員が端末をアンガスに差し出す。「チケットのご確認をさせていただきます」
ついに一つの答えにたどり着き、俺は思考による情報操作をまとめ上げた。
アンガスが自然な様子で、接触端子に指を当てる。
ピッと短い音がして、空港職員が端末を眺める。柔らかい笑みが浮かぶ。
「機械の不調のようです、申し訳ありませんでした、お通り下さい」
アンガスがゲートをくぐり、俺も接触端子に触れ直してから、通り抜ける。
「何があった? 修正者」
飛行機に通じる通路を歩きつつ、アンガスが訊ねてくる。
「俺たちのチケットはなぜかキャンセル扱いになった。他の飛行機に空きがあったが、罠だと判断した。で、元から乗るはずの飛行機の乗客で、まだゲートを通っていない奴のチケットを掠め取った。登録した個人情報を丸ごと書き換えてな」
「相手は誰だ? 強敵じゃないか? そこまでできる奴は珍しい」
「しかしいないわけでもない」
通路が終わり、ジェット機に乗り込む。
「ジェット機を物理的に墜落させられたら、終わりだな」
アンガス流の冗談だろうが、なかなか笑えない。
もし敵が本当に俺を殺したいなら、ジェット機くらい、落とすだろう。
ただ、ロスアラモスの俺の部屋を暴こうとするくらいだから、俺の命が目的ではない。俺の破滅が目的ではあってもだ。
席について、少しすると、アナウンスがあり、ジェット機が動き出す。
俺は眠ることにした。昔ながらのアイマスクをして、シートに体を預ける。
真っ暗闇の中で、マインド・コンテンツ・インターフェイスが情報の流れに乗るときの、かすかな紫電が瞬く。
俺の意識は肉体を離れ、超巨大な情報の渦の中に飲み込まれていく。
周りにあるのは情報化社会を構成する、基礎情報だ。
そこを見据えれば、今、俺が乗っているジェット機の現在位置もわかる。
誰かが監視していることも。
「誰だ?」
声をかける。相手は巧妙に姿を隠している。何気ない情報、お決まりの手法としての、気象情報に化けているようだ。
その隠蔽を剥いでやってもいいが、相手はそこまで小物でもないらしい。
ザザッとノイズが走り、相手が姿を見せた。いや、像はない。気配だけだ。
若い男だ、と雰囲気でわかる。若いと言っても、俺とそれほど変わらないか。
「さすがは、エドワード・ステイシー、だな」
「よく俺の名前を知っているな。それほど有名人だったつもりもないが」
「核ミサイルを掠め取ろうとしたのにか?」
相手がニヤニヤ笑っているのがよくわかる。映像がなくても、気配がそう明瞭に伝えてくる。
「あれは偽の情報だ」
「知っているよ。あんたが干渉しようとしたのは、原子力発電所だったな」
よく知っているじゃないか。
俺が収監される理由になった一件は、核ミサイルの制御権に違法な手法で干渉しようとした、ということになっている。未遂も未遂、計画が露見した程度だったが、それだけで懲役三十年だった。もちろん、アメリカの刑事罰もだいぶ甘くなったようで、五年も経たずに仮出所できた。
しかし核ミサイルに手を出したのは俺の分身で、形だけだ。
本命はアメリカ中の原子力発電所だった。
「アメリカがそんなに嫌いか? エドワード」
まだ名前さえ知らない相手が、嬉しそうにしているのは、俺には不愉快以外の何ものでもない。
「嫌いだね。もっとも、アメリカに存在する百に近い原子力発電所全部が、同時に吹っ飛んでも、アメリカが吹っ飛ぶわけじゃない。それに、俺が原子力発電所に干渉したと知っているなら、真相を知っているはずだ。違うのか?」
「お前が原子力発電所の基礎システムに干渉したのは知っている。電力供給を絶たれる国民のことは考えないのか?」
今度は思わず俺が笑ってしまった。
「あんたならよくわかるだろう。マインド・コンテンツ・インターフェイスさえあれば、実世界は、ただ生活できればいい、それだけの場所になる。誰もが情報の上で生きていく方が、エコロジーだ」
「エドワード、それがお前の理想郷か?」
「夢には見るね。ただ、賛同者は少ない」
そうだろうさ、と相手が笑った。
そろそろやり返すべきだろう。
「あんたがどこにいるか、暴きだしたいんだが、どうだろう?」
「やれるか?」
「やったよ」
バチバチと目の前で情報が火花をあげ、一瞬で滲み出すように相手が目の前に現れた。
目を丸くしている。
構わずに情報をえぐり出す。
「エース・エンゲルス?」
しかし、驚いたのは俺の方だった。
その名前は聞き覚えがある。あのロスアラモスから脱出したセスナに乗っていた老人の名前だ。
なのに、今、目の前にある相手のアバターは、それとは似ても似つかない。
二十代後半ほどの風貌で、長い髪の毛をひとつに結んでいる。斜に構えた様子で、こちらを見ている。
「それくらいは見せてもらわなくちゃな、リライター」エースが嬉しそうに言う。「ところで、俺がアメリカ国内にいれば、ロスアラモスにはあんたより早く着くのが当然だ」
言い返そうとすると、エースが手を振った。
「また会おう」
いきなり通信が全面的に途絶え、俺の実際の体に、思考が引きずり込まれるように復帰する。
真っ暗だ。いや、アイマスクだ。
恐る恐る取り払うと、照明が最低限にされた機内で、乗客は静かに過ごしている。
隣では、アンガスが腕を組んで目を瞑っていた。
俺はこっそり冷や汗を拭うしかなかった。
(つづく)
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