第5話 リライター

5-1 交錯


     ◆


 アメリカ某所にあった、借りていた部屋を引き払い、俺の居場所はロスアラモスという、色々と因縁深い地に移動した。

 理由は、マックス・コード社の追跡やカジノの追跡、アフリカ連合の追跡もだが、どうにも仮出所の受刑者を管理する監視官が疑いを向けてきている、と気付いたからだ。

 家を頻繁に訪ねられ、買い物などもきっちりと管理されている。

 もちろん、俺は訪ねられるたびに、監視官の五感に干渉し、拡張現実の映像にそれらしい錯覚を持たせたし、買い物にも行っているように監視官に偽記憶を上書きしていた。

 これは大犯罪だが、目を瞑るしかない。

 ドローンを活用して部屋に食料品を届けさせてもいたのが、実はややこしい問題を起こしてもいた。

 つまり、部屋に食料品が消費されずに溜まり、とりあえず生ゴミとして処分したが、それも手間になった。

 監視官を騙し続けても面倒なので、俺は転居を決め、実際に現場に生身で赴いて、全く生活感のない部屋を片付け、近所の人に挨拶をして、監視官にも礼を言って、その場をとりあえず逃げ出した。

 ロスアラモスまで出向くと、砂漠のど真ん中に集落があり、どうやら観光業で生計を立てているらしい。かのマンハッタン計画にまさに現場、因縁そのものの場所だからだ。

 業務を引き継いだ今度の監視官は老婆で、マインド・コンテンツ・インターフェイスを持ちながら基礎システムが旧式で、はっきり言って、うんざりするほど俺が干渉してきた脆弱な構造だった。

 俺は、やや強引かな、と思いつつ、老婆の思考に深く入り込み、俺のことを実際には確認しないでも、確認した、何も問題はなかった、と認識するように操作しておいた。

 これにより俺はまたしばらく、自由になったわけだ。

 自動運転車で砂漠を横断し、形だけの飛行場へたどり着くと、そこで待っていた小型のセスナ機に乗り込む。

「おや、不思議なところから乗られるのですね」

 先にセスナに乗っていた老人が、声をかけてくる。乗れるのは四人だけで、他の二つは空席だ。老人はここへ着陸する前から乗っていたようだ。

「ええ、ちょっと用事がありまして」

 無視するわけにもいかず、適当に応じる。

「こんな砂漠の中にですか?」

「部屋を借りまして。静かでいいかな、と思いましたが、やはり人恋しい」

 適当なことを口走る俺に、老人が嬉しそうに笑う。

「人間はやはり、人間の中の方が落ち着くものですな」

「まったくです」

 プロペラが始動し、セスナ機は短い滑走で器用に宙に舞い上がった。

 窓の外を見ると、まさに砂漠のど真ん中だ。俺が乗ってきて、預けた形の電気自動車が見えた。どんどん小さくなり、消える。

「お仕事は何を?」

 また老人が訊ねてくる。愛想良く対応する気になるのは、相手が老人だからだろう。若造だったらここまで相手にはしない。

「システムエンジニア、というか、そういうものです」

「古い言葉をご存知ですな、お若いのに」

 システムエンジニアというのはほとんど死語で、今はコンテンツライター、などと呼ばれることが多い。マインド・コンテンツ・インターフェイスに関わる、様々な情報、コードを書く、というのが実際だからだ。

 もうシステムの根本を弄るような奴は少数派で、特別な技能者であり、同時に幾重にも設定されている身分保証がないと、その職にはつけない。

 ちなみにそんな連中は、テスター、などと呼ばれる。

 老人が自分の仕事はもう一線級ではないが、やはりコンテンツライターだと言い出して、少し驚いた。正直、コンテンツライターの業界は変化の波が激しく、年をとるほど、ついていけなくなるものだ。

 俺でさえ刑務所に入っていたために、遅れを感じている。

 それがこの老人がまだコード書きをしてるとは、驚き以外の何物でもない。

「ほとんど趣味のようなものですがね」

「気になります。見せていただけますか?」

 話の流れ、気まぐれだった。

 いいでしょう、と老人が頷き、着ている背広の懐から、携帯端末を取り出す。

 その端末の上に、立体映像が浮かび上がった。

 非常に可愛らしい少女だ。老人には不釣り合いだが、若い連中には受けるだろう。

 その立体映像が非常にきめ細やかな、まるで実際の人間の映像のように動き始める。

「よくできていますね、すごく自然だ」

「作り物と思われないように、コマ割りを非常に細かくしました。コードを書くのに苦労しましたよ」

 思わずどれくらいの作業時間かを聞くと、相当な時間がつぎ込まれている。第一線のコンテンツライターはこんな仕事に時間をかけないから、評価が難しい。

 それでも、時間に見合った、もしくはそれ以上の、自然な動きをする立体映像ではある。

「これをどこで使うのですか?」

 まさか少女の映像を見て喜ぶなどという趣味ではないだろう、と思って、そう口にしていた。

 老人は何度か頷き、

「アニメーションに生かせるかと、思いました」

 と、どこか照れくさそうに言った。

 アニメーションか。目の前の立体映像の動きでアニメーションを作れば、さぞかし面白いだろうが、手間もかかる。

 俺たちはそれから人工知能にコードを書かせる技術に関して、ちょっとした意見交換をした。

 この老人が組み立てたコードの骨子を人工知能に学習させれば、半自動的に、様々な性別、年齢、その他容姿を細かく、幅をもたせて変化させ、量産できそうだった。

 ただ、俺がその雰囲気を匂わすと、この老人はあまり人工知能が好きではない、ともわかってきた。

 たまにいる人種だが、情報コードは人間が自力で打ち込むことで、初めて命を持つ、というような主張をする者がいる。

 老人もその手の一人らしく、手作りの良さを演説し始めて、しばらく俺は相槌を打って聞いていた。

 客室に放送が入り、着陸態勢に入るとアナウンスがあった。老人が降りるんだろう。

「短い時間でしたが、話ができて面白かった。若い人と話すのもいいものです」

 シートベルトを締めた老人が笑いかけてくるのに、「そうですね」と応じておく。

 セスナはやはり抜群の技能で、ほとんど揺れることもなく着陸した。滑走路は舗装されているが、見るからに傷んでいる。そのために、やや機体が上下したが、あまり気にもならない。

 完全に止まり、係員がドアを開ける。

「では、失礼します」

 老人が頭を下げ、何かに気づいたようにこちらを見た。

「名前を伺っていませんでしたね、失礼ですが、お名前は?」

 俺は本名を名乗る気になった。この老人は別に調べもしないだろう。それでも、名前を略すとしよう。

「エド・ステイシー」

「ステイシーさん、良い旅を。私はエース・エンゲルスです。また会いましょう」

 また会いましょう?

 不自然な言葉に疑問を持つ俺の前で、老人は外に出て、ドアが閉められる。

 セスナが短い距離で離陸して、俺は窓からじっと下を見た。

 老人が立っている。

 立っているその姿が、一度、滲んだ気がした。

 瞬間的に思考が、肉眼で捉えた映像をコンテンツとして、静止画にする。

 窓から視線を外し、様々なプログラムを使って静止画を解析すると、非常にぼんやりとはしているが、そこに立っているのは老人ではない、とわかった。

 まさか、俺の思考に侵入していたのか?

 信じられない思いで静止画を見たが、あまりに不鮮明で、相手の顔は見えなかった。



(つづく)

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