4-4 脱出


     ◆


 無人機が爆発する、というより、消し飛んだ直後、巨大な砂の壁が押し寄せた。

 最悪なことにそれに押されるように、空対地ミサイルが向かってくる。

 誰かが衝撃に備えろなどと怒鳴ったけど、誰だっただろう。

 まさに地面がひっくり返った。バンが宙に舞い、何が何だかわからくなった。

 意識がはっきりした時、俺は横になったバンの助手席でシートベルトに引っかかっていて、下に位置する運転席ではニールが呻いていた。

 背後を恐る恐る見ると、大量のバッテリーとスペアのタイヤに埋もれるようにリッチーとマルコムがいる。

 反射的に三人の思考を確認すると、全員のマインド・コンテンツ・インターフェイスは生きている。死んではいないようだ。

「へい、元気かい、みんな」

 ヌーノの声に、俺も含めて四人がのろのろと手を挙げる。

 全員が立ち直るまでにまた爆撃機が来たら終わっていたし、横転したバンを元通りにするのが遅れても、やはり終わっていた。

 だが運は俺たちに味方して、バンは再び走り出した。

 四人とも全身のそこここを痛めていたので自動運伝が今ほどありがたかったことはない。

「空対地ミサイルが外れるとはなぁ」

 ニールがしみじみと呟きながら、首筋を揉んでいる。

「あの爆風はすごかったから、当然さ」

 こちらはリッチーで、奴は腰の辺りを撫でている。その横ではマルコムが顎をさすっていた。

 とにかく、危険は脱したらしかった。

 砂漠をひたすら走り続け、マリからアルジェリアの領地に入る。国境などあってないようなものだ。

 そのうちに前方にオアシスが見えてきた。

 やっと文明社会に帰還できると思うと、ホッとする。本当にホッとする。

 オアシスで長旅に耐えてくれた、驚異的な持久力の持ち主だったバンを捨てることにした。かわいそうではあったが、路上に置き去りにする。ベコベコに凹んでいる上に、リアウインドウが吹き飛び、弾痕が無数にあるバンを欲しがる奴もいるまい。

「乗りかかった船だ、最後まで付き合うよ」

 ヌーノが請け負ってくれて、奴の技能で、路上に駐車されていたセダン型の電気自動車が拝借される。

 そのまま走り続けて、やっとアルジェルアの首都、アルジェに到着した時、本当の安堵が俺の心に押し寄せてきた。

「どうやってアフリカを出るんだったかな。飛行機? 船?」

 リッチーが訊ねるとニールが「飛行機だ」とすぐに答える。

「民間の空港を手配してある。だいぶ金を撒いたから、うまくいくだろう。おかげで俺もすっからかんだ」

 そう言いいながらきっちり金を残しておくのがニールだと、全員が知っている。

「ヌーノ、助けてくれてありがとう。お前がいなかったら、とっくにあの世に行っている」

「気にするなよ、大将」

 ヌーノの声がスピーカーから流れる。

「俺も久しぶりに仕事ができて面白かった。あんな運転は、今じゃできるところが限られているしな。ストレス発散になったし、技が錆び付いていないのもわかって、良かったよ」

「また俺たちと組まないか?」

 そう言ったのはニールだった。ヌーノは少し黙ってから、

「考えておくよ。今の仕事が終わったら、また連絡する」

「待ってるぜ、走り屋。お前は最高にクールだよ」

「金庫番は何の仕事もしなかったな」

 全員がニヤニヤ笑いつつ、ついに自動車は空港にたどり着いた。

 まるで車に礼を言うように、ヌーノに礼を言い、ヌーノは最後に俺の思考に対して旅の無事を祈って、肉体のあるタクラマカン砂漠に戻って行った。

 空港には人気もなく、飛行機もない。

「ここに来るのかよ、飛行機が?」

 形だけのような管制塔にニールが向かってから、俺たち三人は開けた土地の片隅で、ぼんやりと待っていた。

 少しして、ニールが戻ってくる。親指を上げた拳を突き出してくる。

「あと数分でやってくるってよ。これでアフリカともおさらばだ」

「で、どこに向かうつもりだ?」

 俺が訊ねると、ニールはニヤリと笑い、

「西ロシアだ。あまり寒くないところを選んだ」

 地名を口にされたが、聞き馴染みがないので、よくわからない。

 そうこうしていると、小型のジェット機が見え、空港へ降りてくる。轟音の中で飛行機が停止し、乗客が降りてきた。

 二人の黒人と、一人の白人。

 その白人がこちらに手を振っている。よく見ると、知った顔だが、あまり見たい顔でもない。

「おい、ニール、どうなっている?」

「俺が知りたいよ」ニールも流石に目を丸くしている。「しかしあれに乗らないわけにはいかない」

 黒人が去って行った後、俺たち四人は待ち構える白人女の方へ歩み寄る形になった。

「こんなど田舎で何しているわけ?」

 女、ユキが声をかけてくる。ニールだけが打って変わってニコニコと笑って、彼女に手を差し出している。

「ラスベガス以来だね、ユキ。元気だったか?」

「この通り」

 そういう彼女の服装は、高級そうだ。しかしそれに惑わされてはいけない。

「早く乗りなさいよ。時間もないわ」

 ニールは軽い歩調で乗り込み、続いて渋々という態度を隠しもせず俺とリッチー、マルコムが乗り込む。

 シートに座ると、すぐに飛行機が動き出した。

「どうして俺たちの居場所が分かった?」

 俺が質問すると、探したのよ、とユキが答える。

「ちょっと色々な人の手も借りてね。私一人じゃ、手が回らなくて」

 なるほど、そういうことか。

「カジノと、アフリカ連合を動かしたな?」

「それが一番手っ取り早いと思って。いけなかった?」

 空気が急にギスギスし始めるが、ユキは平然としている。こういう奴なのだ。

 飛行機が離陸し、雲の中を突き抜け、高度を取る。

「こうしてまた会えて嬉しいわ、マルコムもね」

「あばずれめ」

 ぼそりとマルコムが呟くと、ユキはニコニコして、

「私のこと?」

 などと訊き返している。ものすごい迫力、狂気を感じる態度だった。さすがのマルコムも黙り込むし、俺も口には気をつけよう。

「目的地は西ロシアなんだってね」ユキが話を続ける。「今度は何をするつもり?」

「穏やかに過ごす、というのが俺の理想だ」

 俺が代表するように答えると、ユキがニールを見る。

「あなたも? ニール」

「俺は面白おかしく過ごしたいね」

「少しはマシになったわね、金庫番さん」

 おいおい、変な方向へ話を持って行かないでくれ。

 俺が黙っているうちに、ユキとニールが情報を交換し始め、非合法組織から金を巻き上げる算段を始めたので、俺は知らない、と言い訳するために目を閉じて、眠っているふりをした。

 これが意外に使える、と思いたい。

 そのうちに本当にうとうとしてしまい、目が覚めると、他の四人も眠っていた。

 いや、ユキは起きていて、窓の外を見ている。

「眠れよ」

 思わず声をかけると、ユキがこちらに微笑みを向ける。

「あなたの力を頼りにしているわよ、エドワード」

「俺に力なんてないさ。ただの詐欺師だ」

「透明人間にして、修正者が、詐欺師なのかしら?」

「過去の話さ」

 くすくすとユキは笑って、また窓の外に視線を向けた。

 しばらく彼女の横顔を眺めて、俺はもう一度、目を閉じた。

 なんで俺はリライターになったのか、ちょっとわからなくなった。

 面白かった、充実していた、満足感があった。どうとでも言える。

 それはきっと今も、ごちゃ混ぜになって、俺の中にあるのだろう。

 ヌーノの言葉が蘇った。

 俺も自分の力を、試したいのかもしれない。

 自由に、束縛されずに、際限なく。

 俺はまたいつの間にか、眠っていた。




(第4話 了)

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