4-3 雷


     ◆


 追っ手もさすがに熱帯雨林をかき分ける無謀なバンの追跡を諦めたようだった。

 バッテリーを適宜、充電しながらカメルーン、ナイジェリア、ガーナ連邦と進んだ。

 走りながらヌーノは俺に刑務所の話をせがんだり、ニールにギャンブルの逸話を聞いたりしている。車の運転はその間も少しも乱れなかった。

 ただ、乱暴な運転もあったせいか、タイヤの一本が破断し、予備に付け替えた。念のために立ち寄った町でタイヤを交換し、予備のタイヤを追加で手に入れておく。

 電気ステーションの店員が手早く車を整備するのを眺めつつ、人間も休憩だ。

「ケツが痛いが、奴の才能は本物だ」

 自販機から電子マネーで飲み物を購入したニールが、それぞれにコーヒーの缶を投げ渡してくる。日本産の高額な奴。よく冷えていて美味そうだ。

「俺にも冷えたコーヒーがあればなぁ」

 携帯端末から声が流れる。ヌーノだ。

「マインド・コンテンツ・インターフェイスに情報を流し込んでやるよ」

 ありがたいね、と返事があるので、俺は即座に情報を送ってやる。

 美味いなぁ、などと呟くヌーノに、思わず俺たちは笑っていた。

 マインド・コンテンツ・インターフェイスは実際の食事よりも絶品の理想的なグルメを生み出すが、それは形だけのことで、体が摂取しているわけでもなければ、実際にその感動を体験しているわけでもない。

 全てが錯覚なのだ。

 ただし、錯覚もまた現実である、とは言えるかもしれない。

 ちょっと用事を済ませてくる、とマルコムが周囲をキョロキョロしてから、一軒の店に入っていく。なんの用事かは知らないが、便所だろうか。

 タイヤの交換が終わり、少し待っているとマルコムが大きな鞄を下げて戻ってきた。

「そりゃなんだ?」

 当然のニールの質問に、マルコムは「仕事の道具」だのと答えていた。

 全員が乗り込み、バッテリーも充電完了しているバンにヌーノの意識が乗り移る。

 ガーナ連邦を抜けると、いよいよマリ、砂漠地帯だ。サハラ砂漠である。

「こっちでも砂漠とは、うんざりするな」

 ヌーノが呟く。今も奴の意識の一部は、タクラマカン砂漠を走っているのだろう。

「あれはなんだ?」

 急にリッチーがそう言ったので、俺たちは全員がリッチーを見て、次にその視線の先を見た。

 何か、飛行機が低空飛行してくる。

「無人爆撃機だぞ、あいつは」

 マルコムがそう言った途端、車がほとんど横転しそうなほど急に曲線を描く。

 砂漠の上で何かが爆ぜる。

 機銃掃射だ。

「大将! 相手の制御権を乗っ取れ! 今すぐだ!」

 切羽詰まったヌーノの声を聞く前から、俺の思考は遥かな距離を走って、後方三キロの地点に達した飛行中の無人爆撃機を支配しようとしている。

 管理者を装い、接触、接続に成功。

 無人爆撃機は完全自律モード、外部からの命令を受け付けない。

 無理やりに命令を伝えようとすると、書き換えられている規則により、外部との通信が切れる。完全に閉鎖モード。防壁はそれほど固くはないが、もろくもない。

 しかも不愉快なことに、アフリカ連合の国防連合軍の所属機だ。

 俺としてはどこかの勢力の航空機でも拝借して、それで撃墜したいところだが、そんなことをすれば、国際問題になる。

 国際問題になろうが、戦争になろうが、知ったことではないが、後味は悪い。

 車が激しく蛇行し、機銃掃射を見事に避けていく。

「マルコム、本命がくるぜ」

 いきなりヌーノがそう言ったので、背後を見ると、マルコムの手には対物狙撃銃があった。どこで手に入れた? それは、さっきの町でだろう。

 よく手に入ったな……。

 いやいや、それは今、考えることじゃない。

 本命というのはマイクロミサイルのことだ。即座にカタログを検索し、閲覧。アフリカ連合が所有する空対地ミサイルがどれだけ超高速で飛翔するか知っても、どうしようもない。

 とにかく、とても撃ち落とせるものじゃない。

「ショットガンはあるか?」

 いきなりマルコムがそう言ったが、ニールが運転席のシートの下から、まさにショットガンを取り出した。今度こそ、どこで手に入れたか、わからない。

「本当の持ち主の護身用だろ」

 ニールの言葉に脱力しかける俺の背後で、ショットガンが火を吹き、バンのリアウインドウが吹っ飛ぶ。風と砂が吹き込んでくる。熱もだ。

 開けた空間から、マルコムが狙撃銃を外へ向ける。

 俺の思考に、無人爆撃機がミサイルを発射した表示が出る。

 命中まで、十秒もない。

「マルコムと俺をつなげ、リライター」

 ヌーノの声と同時に、俺の思考が昔、仲間の間で共有していたポートを活性化させる。

 ヌーノのアドレスとマルコムのアドレスを直結。その二人が溶け合わさないように、破綻しないように、俺はそっと手を差し伸べる。

 二人の感覚が共有される。

 大きすぎる銃声。

 同時に、バンの後方一キロの地点、空中で爆発が起きる。

 対物ライフルで空対地ミサイルを迎撃する、という離れ技は成功したらしい。

 もう一度、マルコムが発砲。無人爆撃機が火花を上げる。

 さらに二度、続け様にマルコムが発砲するが、無人爆撃機はそれに耐えた。おそらく形状のせいで、五十口径ライフル弾の破壊力が、伝わらないんだろう。

「こいつはまずいかもな」

 ヌーノの思考がどこか淡々と口にする。

 ただ、俺の思考の一部は、すでに別の場所へ飛んでいた。

「ヌーノ」呼びかける。「車の運転に集中しろ、マルコムには別のことをやってもらう」

「あの無人機をどうこうできるのか?」

「奥の手がある。マルコム、俺の思考に乗ってこい。すぐにだ」

 走り屋と狙撃手の思考が綺麗に分離し、今度は狙撃手と俺が結びつく。

 俺たちの思考は宙に舞い上がり、そこにアクセスした。

 衛星軌道上の、アフリカ連合が所有する、防空システムの一つを担う攻撃衛星。

 そこに内蔵されている、超小型のレーザー砲を出力全開で待機させる。こちらまではさすがにスタンドアロンではないし、防壁をすり抜けるのに、現実世界ではほんの一秒もかからなかった。

「いいか、マルコム、このレーザー砲は大陸間弾道ミサイルの迎撃用だ。小型の無人機を落とすには、人間が狙いを定める必要がある。できるか?」

「こんなでかい銃は初めてだが、できるさ。信用してくれ」

「コントロールを渡す。幸い、空は晴れている。カメラの感度はやや低いが、俺が補正する」

 周囲の観測衛星の情報を盗み、マルコムに整理して流してやる。これで攻撃衛星の照準はだいぶ精密にできるはずだ。

 俺はもう急かすことはなかった。

 マルコムが引き金を引くときが、命中する時だからだ。

 こいつは、外すことはない。絶対に。

 ニールが何か叫んでいるし、ヌーノも激しく車を運動させている。機銃掃射がすぐそばを撫でていく。

 空対地ミサイルが今、発射されれば、あとは運に任せるだけだ。

 俺は現実の肉体の首をひねって、背後を見た。

 無人機の翼の下で、小さな光が瞬く。

 ミサイルが発射された。

 直後、無色の雷が落ちてきた。



(つづく)

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