4-2 運転手
◆
南アフリカ共和国から北上し続け、ナミビアの砂漠地帯を抜け、アンゴラを抜けた。
電気自動車なので、どこかの電気ステーションで充電する必要があるが、この急激に勢力圏を増した砂漠地帯では、そんな洒落たものはない。
仕方なく、昼間は日当たりのいいところで昔ながらのソーラーパネルで充電しつつ走るしかない。高効率型なので、なんとかなったが、夜の走行分までは電気が足りない。
どうにかこうにか小さな町にたどり着いた時、手持ちの金で大型バッテリーを大量に買い、後部座席に並べた。リッチーとマルコムは相当に窮屈になるが、これからを考えると仕方がない。
アンゴラから、コンゴ統一共和国へ。砂漠地帯から道筋は熱帯雨林を掠めるように進む。
雨季というわけではなく、管理された気象により、雨が降ることが増えた。
その雨のせいで、ぬかるみにタイヤが落ち込んだ。
ニールが口汚く罵り、他三名は無言のまま、どうにか脱出しようとしたが、無理だった。
「こんなところでヒッチハイクかよ」
リッチーが情けない声で言う。
もちろん、車など来るわけもない。
「助っ人を呼ぶか」
何気ない調子でニールがそう言うと、どこかと連絡を取り始めた。俺は携帯端末の接触端子に指を当てて、ニールの通信が周囲にそうと露見しないように、偽装していく。
ただ、相手は中国、それもタクラマカン砂漠の端の方にいるようだ。
いったい誰だ?
俺の疑問に気づいたわけでもないだろうが、ニールが端末をこちらに差し出す。
「ボスと話したいそうだ」
俺はボスじゃない、と言いたかったが、それは飲み込んで端末を受け取る。
「誰だ?」
『わお、本当にエドワードか? 本当に仮出所できたのか?』
聞いたことのある訛りで、すぐわかった。
「ヌーノ・マックローンか? 驚いたな。何をしている?」
『こっちのカメラを盗めばすぐわかるぜ、大将。できるだろ?』
通信の機密度をヌーノが緩めるのがわかる。仕方なく、通信を遡り、奴の端末にたどり着く。
一面の黄金色。強い日差し。砂漠だった。
「砂漠で車の運転か?」
カメラの方向を操作すると、ヌーノは運転席をリクライニングさせて寝そべり、目元をゴーグルで覆っている。首筋にはマインド・コンテンツ・インタフェースの端末があった。
口を動かさずに返事が来る。
『砂漠地帯の運送屋さ。儲けはほぼないが、ずっと車を運転できる』
今もヌーノは思考で直接、車を操っているらしい。
『金庫番が言うには、車が泥にはまったんだってな。出してやるよ』
「いや、もっと重要な仕事を頼みたい」
俺の意識がカメラをズーム、ヌーノはいい加減、肉体を放置している。
「俺たちを地中海まで連れて行ってくれ」
『なんだって……? そっちの位置は、アフリカのほぼ真ん中か。かなりの長旅だぜ』
「俺たちは運転に疲れているし、道も悪い。お前も技能を生かせるぜ」
そいつは魅力的だな、とヌーノが呟き、映像の中で奴が起き上がりゴーグロを外す。
鋭い瞳がこちらを見る。もちろん、カメラのレンズをだ。
『報酬は後で決めよう。できるかどうかもわからないしな。昔のよしみ、って奴だ。そちらのバンに乗り移るよ。リライターの腕を見せて、ラインをキッチリ整備してくれ』
「それはもうやったよ、いつでもどうぞ」
事実、話している間に俺はヌーノとバンの操縦システムの間にホットラインとでも呼ぶべき、直通回線を用意していた。
テクニックはいろいろあるが、今は、砂漠地帯の緑化のために活動している、ドローンの群体の通信を勝手に借りて、ドローンからドローン、ドローンから管理システム、管理システムの回線から通信衛星、通信衛星からヌーノ、と道筋ができている。
そのラインを確認した素振りの後、返事がある。
『オーケー、大将。そっちのバンを、感覚直結運転で操縦するよ。全員に離れるように言ってくれ。っていうか、誰がいるんだ?』
「ニール、リッチー、マルコムだ。おい、みんな、離れろ」
四人ともがバンから離れると、誰も運転席にいないのに、タイヤが動き出し、激しく泥のしぶきを上げる。
途端、車が不自然な動きをする。
車体を捻るように四つのタイヤが別々に動き、泥濘を脱出する。
「さすが」
ニールが拍手をして、バンに乗り込む。俺とリッチー、マルコムも続く。
「ああ、やっと顔が見えた」
いきなり車の中のスピーカーから男の声が流れた。ヌーノだ。
「久しぶりだな。と言っても、俺は顔を見せられないが。大将、物理運動無遅延解析システムの反応が鈍い。ほんの僅かにラグがある」
「どれくらいだ?」
「千分の一秒かな。まぁ、通常走行では問題ない。では、行くとしようか」
運転席のニールがハンドルも取らず、ペダルも踏まないのに、ひとりでに車が走り始めた。
「なんだ、このボロいバンは? よく走れるな」
スピーカーのぼやき声に、「借り物だぜ」とニールが答える。
車の運転はびっくりするほど丁寧だった。揺れが少ないので、それがはっきりわかる。
ヌーノは仲間内では走り屋と呼ばれていて、とにかく、車の運転に関しては天才的だ。
自身の体で運転するのもうまいが、一番の特技は、マインド・コンテンツ・インターフェイスを使っての遠隔操縦で、いくつかの画期的な仕組みを使いこなし、まさに車を自分の体にできる。
「大将、背後から何か近づいてくるぜ」
さっきまで口笛を吹いていたスピーカーから深刻な声が漏れる。
もちろん、俺だって把握している。
「これでも熱心に追いかけられている最中でね。まぁ、逃げてくれ」
「ちょっと荒れるぜ、乗客の皆さん」
ぐんと車が加速する。普通の人間の運転では怖くで出せないスピードで不整地の地面を駆け抜けていく。
ぬかるみも、くぼみも、出っ張りも、滑らかにクリアしていく。
俺はその様子に肝を冷やしつつ、情報ネットワーク上では、追跡者の様子を見ていた。
観測衛星の情報から、後方一キロの地点に二台の自動車が食いついてきている。ヌーノが車を加速させたので、おおよその距離は変わらない。
「どこかにステーションがあるか? 走り屋」シートベルトをぎゅっと握りつつ、ニールが訊ねる。「あまり長くは走れないぜ」
「バッテリーは十分さ、安心しな、金庫番。使い切る前に街に出れる計算だ。任せとけ」
「これでも常にリスクマネジメントしたいタイプでね」
初めて聞いたぜ、と異口同音に全員が答えると、ニールは顔をしかめて、黙り込んだ。
「ちょっとこの先は揺れるから、ご注意を」
いきなり車が茂みの中に飛び込んで、さすがの俺も意識を現実に戻した。
「ヌーノ、どこへ向かっている?」
「追っ手を撒きながら、近道をする。それで金庫番の不安も消し飛ぶ」
それから俺たち四人はどこの遊園地でも味わえない、バン、という絶叫マシンを堪能したのだった。
(つづく)
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