第4話 アフリカ

4-1 旅


     ◆


 アフリカを出なくちゃいけない、となったのは、全てリッチーが悪い。

 ニールに負けているのに我慢ならなくなった奴が、元手もないままカジノへ出かけ、金を借りた。それも個人にだ。

 その個人は金持ちではなく、言ってみれば、ならず者だ。

 俺の知らないところでリッチーは顔を記録され、身元を暴かれた。そこは俺のフォローがあったので、深くは探られなかったが、それでも手配書が出回った。

 出回ってしまえば、マックス・コードの追跡者も、アメリカのカジノに雇われた追跡者もやってくるのは絶対だ。

 俺たちはほとんど相談する間もなく、四人揃って根城を脱出した。

 その場に仕掛けておいた監視装置が、完全武装の追跡者四人が家になだれ込むのを俺に見せてくれたのは、脱出からほんの十二時間後のことだった。

 これは非常に迅速な対応と言える。なぜなら、その追跡者四人は明らかに現地調達ではない、訓練されたプロだったからだ。

 もちろん、現地の警察にも根回ししているのだ。四人組の武器は俺たち四人を殺すのに十分だった。腰には手榴弾さえぶら下がっていた。あんなものを事前に通告なしに使ったら、連中の方こそ警察のお世話になる。

 というわけで、俺たち四人は、ニールが細工をして自分のものにした、路上に止まっていたバンで旅に出たのだった。誠に不本意ながら。

 運転席ではニールが口笛を吹きつつ、ハンドルを握っている。

 助手席で俺は街を抜けるまで必死に周囲の監視装置に干渉し続け、今は人気のない山間の道を走っているが、今度は観測衛星の記録に干渉する必要がある。

 写真、動画、熱分布、ありとあらゆる観測情報、全ての記録を塗り替えつつ、しかもこれがややこしい。

 バンが走った痕跡を完全には消せないからだ。

 例えば今の山間の道でも、車が通ればタイヤの痕跡が延々と未舗装の道に残っている。

 これは衛星からの観測で誤魔化すのに限界があることを教えてくれる。すでに何十キロと走行しているが、その距離の全部を改変し続けるのは事実上、不可能だ。

 その上、そのほころびから察知され、実働部隊が追跡を始めるとなると、俺たちのバンの痕跡ははっきりと道に残っていて、それを辿られると、俺たちはどこへも逃げられない。

 つまり、俺たちはどうにかして、情報の上での痕跡ではなく、実際的な物理的痕跡をどこかで途絶えさせる必要があった。

 後ろの席ではリッチーがマルコムに手渡された自動小銃を抱えて、身を強張らせている。一方でマルコムは平然と対戦車ロケット砲を抱えていた。

 根城を出るときにあらん限りの武装を回収したが、しかし、これではあまりに心もとない。具体的には対戦車ロケット弾四発と、自動小銃が三梃、といった具合だ。

「おっと」

 急にニールが呟く。

「お客さんが来たぜ。二台だ」

 ぐんと、ハンドルが切られ、車が蛇行する。

 直後、甲高い音。金属同士がぶつかる音だが、背筋が冷える。銃弾が車体に食い込む音だった。

 追跡者がいよいよ俺たちを捕捉したらしい。

 俺は瞬間的に相手の通信波を割り出し、干渉する。自動運転の機能を勝手に起動させ、車を操ろうとしたが、一台を路肩で横転させた時には、もう一台は手動で運転モードが切り替えられ、人間の随意運転になっている。

 後部座席ではマルコムが窓から身を乗り出し、対戦車ロケット砲を構えている。

 ボフッと気の抜けるような音の後、爆音が響き、ビリビリと車が震える。わずかに乱れた挙動を、すぐにニールが正常に復帰させる。

「後続が来るぞ!」

 マルコムが怒鳴りながら車内に戻り、次のロケット弾を装填している。

 その時にはリッチーも身を乗り出し、自動小銃を乱射しているが、俺がサイドミラーで見たところでは、大した効果が出ていない。フロントガラスさえ撃ちぬけないのだ。防弾仕様らしい。

「とんでもない奴らに追われているな」

 思わず俺が呟いているうちに、サイドミラーが敵からの銃撃で吹っ飛んだ。

 またくぐもった音の後、爆音が響くが「外した!」とマルコムが毒突く。

「狙撃手って呼ばれているんだから、ちゃんと当てろよ」

 右へ左へハンドルを切りつつ、ニールがぼやく。

「お前の下手くそな運転のせいで当たらないんだ」

「まっすぐ走っていたらやられちまうぜ」

「喧嘩するなよ」

 全員が黙り込み、反撃を始めるが、結局、マルコムの三発目のロケット弾も目標をそれた。一方でリッチーが持っていた自動小銃は弾詰まりを起こして使用不能になった。予備に持ち代える。

「リッチー、お前がロケット砲を撃ってくれ」

 そんなことを言いつつ、マルコムがリッチに発射装置を手渡し、自分は自動小銃を取り上げている。色をなくしたリッチーが、動転のままに喚く。

「お、俺にロケット弾なんか撃てるわけがないだろ!」

「こっちが敵を誘導する。お前はピタッと構えていればいい。真後ろにだ。いいな?」

 返事も聞かずにマルコムが身を乗り出すのがバックミラーに映る。

 バックミラーからリッチーが俺に悲壮な視線を向けてくるが、頷き返すよりない。

 決死の覚悟を滲ませつつ、リッチーが身を乗り出す。マルコムが銃撃を始める。

 背後を見ると、先ほどのリッチーよりよほど正確に射撃されている。

 運転席の前だけ、フロントガラスが曇る。集中射撃は見事だった。

 今だ、とマルコムが銃声の中で言った気がした。

 例の音の後、まっすぐに飛んだロケット弾は追跡者の車を直撃し、爆音とともに車体が宙に舞い上がった。

 マルコムが口笛を吹いて、車内の戻ってくる。同じく戻ってきたリッチーはまだ不思議そうだった。どこか恐々と自分の手を見ている。

「これでとりあえずは、問題ないかもな」

 ニールが通常運転に戻りつつ、しかしアクセルは踏み続ける。斜面になり、山を越えていく道筋らしい。

「それでどうするつもりだ? 金庫番」

 背後からのマルコムの声に、まぁ、北へ行こう、などとニールは応じている。

「北に何がある?」

「地中海だ」

 ニール以外の全員が口をつぐんだ。俺は聞き間違えたかと思って、自分の記憶野を電子的に再確認した。しかし、間違いなく、地中海、とこいつは言っている。

「まさか、アフリカを縦断するつもりか?」

 前に身を乗り出しつつ、マルコムが訊ねるのに、他にあるまいよ、とニールが軽い調子で応じる。

「こちらにはリライターがいるからな、情報の面では問題ない。そうだろ? 修正者」

 ニヤニヤとこちらを見られても困るが、困ってもいられない。

「善処すると言っておこう」

「オーケー、これで決まりだ。物資は行き当たりばったりに手に入れる。車は交代で運転して、地中海を目指す。それでこの厄介な未開の地ともおさらばだ」

 マルコムは黙り込み、リッチーは責任を感じてか、何も言わない空気だ。

 全く、なんでこうも無計画に走り出さなくちゃいけないんだろう?

 誰が悪いんだ?

 それから三時間交代で車の運転を交代し、太陽が沈み、上がり、また沈みかけた頃、ちょっとした町にたどり着いた。そこでバッテリーをフル充電するのに二時間がかかり、俺たちはその二時間でめいめいに食事をして、スタンドに集合した。

 全員が休憩の後なのにどこか疲れているのが不吉だが、この旅は途中下車は出来ない決まりだ。

「では諸君、前へ進もう」

 ニールの言葉には三人ともが無言で応じ、のっそりとバンに乗り込んだ。



(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る