3-4 イカサマ
◆
小型ジェットから、俺が懇意にしている個人経営の航空会社の、その支社が所有するプロペラ機に乗り換えたマルコムは、今、赤道をまたいだところだった。
「あんな手段が通じる相手だったのか?」
フランスの電子新聞を読み込んだので、俺にも事情はわかりつつある。
マルコムは硬いシートに文句を言いながら、答えてくれた。
「標的を一度、攻撃する。殺すつもりのない攻撃だ。相手はビビって逃げ出す算段をする。高層ビルの上層は確かに安全だが、しかし逃げ場がない。逃げ場は決まっていて、玄関か裏口だ。もちろん、下層まで降りて窓から飛び降りる、とか、そういう荒技もあるがね」
「警察に通報していたな?」
「実際には標的のキルケ氏の通報に手を加えたし、警察の返答も手を加えた」
「よくわかったよ。警察には狙撃されたことを伝え、表玄関は狙われていると見せかけて、裏口に警察を誘導する。警察から標的には、裏口の方が安全だから裏口に来るように告げさせて、やはり誘導する。こうして設定は整った」
標的はまんまとマルコムの前に現れたわけだ。
「しかし、相手は二人いたよな。顔の見えない二人だ。どうやって判別した?」
「体格が似ていたし、双方が片腕が義手でびっくりしたが、別の要素で見分けた。心拍数だよ」
「そんなもの、どうやって取得した?」
「個人の携帯端末に送られる、健康管理用のデータをリアルタイムで閲覧した」
この狙撃手も相当な情報戦ができるのだ。もっとも、個人端末の健康管理ソフトなんて、たいした防壁ではないが。
「こうしてめでたく、標的は俺の前に現れ、容赦なく頭を吹っ飛ばした」
「新聞ではテロリストによる攻撃になっているが、実際は誰が依頼したんだ?」
これは興味本位だったが、マルコムはあっさりと答えを口にした。
「極右政党だよ。身内を殺させたんだ」
「秘密を握った、とか?」
「裏ではいろいろあるようだな。秘密資金を横領した、とかな。だが実際には、政権与党の極左政党に対するイメージ攻撃だろう。本当だったら、極左政党による暗殺、となるはずだったが、そこはさすがに甘くなかったらしい。情報統制が成功したんだ」
まったく、何から何まで入り組んでいる。
それからしばらく雑談をして、俺は通信を切った。
三日ぶりに部屋にはニールが戻ってきている。リッチーと卓を囲んで、カードで遊んでいる。傍らには紙幣が無造作に散らばっていた。
「リッチー、あまり散財するなよ」
「わかっているよ」リッチーが苦々しげに答える。「そろそろツキが来そうなんだ」
そういうギャンブラーほど、あっさりと破産するのだが、リッチーはかなり熱くなっているらしい。
一方のニールは飄々とカードをさばいている。
「マルコムの奴も合流するのか?」
ニールの問いかけに、「まあな」としか答えられない。
「懐かしい顔に会うのは俺も楽しみだよ。ただあいつは目がいいから、イカサマが通じない」
俺はニヤニヤしながら、一ゲームだけ混ぜてもらうよ、と空いている椅子に腰掛けた。
カードが一度、全部回収されて、ニールの手元でシャッフルされる。
「昔ながらのポーカーだ。張る金額の最低は百ドル」
「オーケー」
百ドル紙幣を一枚、放っておく。カードが配られた。俺は手元の札をチェックして、ワンペアしかないのを眺めた。
俺は三枚を捨てて、三枚を受け取る。リッチーは大きく四枚を変えてきた。
そしてニールが自分の手札から二枚を捨て、二枚を手元に置いた時、俺は素早く奴の手をつかんだ。
「イカサマはやめてくれよ、ニール」
目を白黒させているリッチーをよそに、俺はニールの手札をひっくり返す。
フォーカードが出来上がっていた。
「油断も隙もないな」
「お前がかけた百ドルで我慢してやるよ」
自分の紙幣と一緒に、素早くニールの前の百ドル紙幣をつかんで、俺は席を立った。コーヒーメーカーに向かう俺の背中に、ニールが声をかけてくる。
「このまま仲間を集めて同窓会、なんてことにはならないよな?」
「知らないな。ただ、マルコムもくれば、四人が集まることになる。でかい仕事でもするか?」
「俺もそろそろ懐が寂しいが、修正者、金庫番、鳶職、狙撃手の四人でどんな仕事ができる?」
「また現金輸送車でも襲うかな」
二人がくつくつと笑い、またゲームを始める。
「例のラスベガスのカジノが俺たちに賞金をかけている噂は知っているか?」
「もちろん。しかし大した奴らは集まっちゃいないし、こちらの情報操作を見抜ける奴もいない」
事実、俺たちを探している連中は、今頃、大勢でアラスカの雪原を彷徨っているだろう。何もない豪雪地帯から、俺の発する信号が流れているように偽装してある。
問題は俺がマインド・コンテンツ・インターフェイスを再活性化したことが、当局に露見することだ。まだ、裏社会の連中は俺のことをそこまで調べちゃいないだろう。
この一点が俺にとって最大の弱点だった。
とにかく身元を消すしかない。無数の偽の身分は用意してあるが、本体である俺の肉体は一つしかない。
その日はリッチーがゲームを切り上げ、ニールは巻き上げた金を手にカジノへ行ったようだった。
数日後、部屋にマルコムがやってきた。
「お前たちは相変わらずだな、金庫番、鳶職」
そりゃどうも、と札でのゲームを継続しつつ、ニールが笑う。
「そちらこそ、いつも通りに人を撃ち殺しているって聞いたぜ」
「それが仕事なんでね。空いている部屋はあるかい、修正者」
「ニールと相部屋になるが、寝台はひとつ、空いているよ」
金庫番はいびきがうるさいんだ、と言いつつ、俺が案内した部屋にマルコムは荷物を置いて、リビングに戻ってきた。ニールとリッチーの勝負は白熱しているが、実際にはリッチーの大負けだ。
「俺の分身を展開してくれてありがとう、エドワード」
「それが依頼だったからな」
フランス政府、その警察からの追跡を逃れるのには、マルコム一人でも十分な対策が施されていた。
ただ、極右政党の中の過激な連中は、マルコムとの接点の全てを利用し、追跡を開始していた。
その攻撃から逃れる手助けは、ほんの少しの力で済んだのだが、礼を言うあたり、マルコムも律儀な男だ。
「例の女はどうしている?」
急に話題が変わった。俺たち仲間の間で女といえば、一人しかいない。
「ユキはラスベガスで別れたっきりだよ。何か聞いているのか?」
「マックス・コード社の調査員が彼女を探しているっていう噂を聞いた」
「それは俺も聞いているよ。良いように手を打ってはいる。ただ彼女自身がどこにいるかは知らないな」
女には気をつけろよ、と言葉を残して、マルコムは適当なカップにコーヒーを注ぐと、ギャンブラー二人の戦いを観察し始めた。
ユキの奴、どこで何をしているのやら。
俺は別に彼女と接触を持ちたくなかったから、こうして無関係になっているのはありがたいが、ただ、彼女を巻き込んだのも俺だ。正確には、半分はニールだが、そんな言い訳も通じないだろう。
まぁ、いずれ、どこかですれ違うだろう。
コーヒーを飲みつつ、俺もカードをやりとりする二人のそばへ歩み寄った。
(第3話 了)
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