3-2 狙撃銃


     ◆


 マルコムが俺に教えた仕事の内容というのは、非常に難解だった。

 フランスは今、極左政党が最大政党たが、議会で議席が過半数に達しないため、中道の政党と連立政権を作っている。

 で、マルコムの任務というのは、極右政党の幹部を暗殺する、というものだった。

「極右政党の幹部を殺して、どんな意味がある? ただ弱体化するか、むしろ政権に対するバッシングが高まるのでは?」

「あまり深く考えるなよ、エドワード。俺はただ撃つだけだ」

 仕事人なんだよなぁ。

「情報でのバックアップが欲しい。俺もリアルタイムで全情報を取得するが、フォローしてくれ」

「観測手、ってことだな」

「情報をとにかく集めてくれ。すぐに始めよう。ターゲットは、ネルソン・キルケという男だ。居場所も判明している」

 仮想空間の中に無数に地図が表示される。パリの一角で、高層ビルの中の一部屋で生活しているらしい。高層ビルは戦後に建てられたランドマークで、周囲の建物より、二つも三つも背が高い。

「あんなところを狙撃できるのか?」

「やり方がある」

 それもそうか。仕事人だもんな。

 俺も仕事をしなくちゃな。

 すぐそばの海上の輸送船を介して、巨大な通信網に意識を載せる。偽装を施し、痕跡を消し、舞い上がる。

 通信衛星の一つにアクセス、即座に忍び込んで、そのまま通信衛星の連結を掌握。

 物理的距離からくるタイムラグは交信距離が当然、影響する。光通信でも、どうしてもこの遅延は避けられない。現代の最高の通信技術とされる多層式光通信でも、アフリカの南の端から、フランスまでは遠すぎる。

 その遅延を減らすために、最短距離の通信衛星の連続を設定して、ついに俺の監視がフランスのパリに到達。

 ノイズが酷いが、とにかく、目的のランドマークの中の警備システムに侵入。

 館内の防犯カメラを掌握。過去のデータを閲覧。

 目当てのキルケ氏が部屋に入っていくのが見えた。念のために、防犯カメラの諸機能を利用して、熱分布を確認。確かに人間らしい体温をしている。ただ、左腕は冷え切っている。サイボーグ化した義手なんだろう。

 彼が入って行った部屋は、マルコムからの情報にあった部屋と同じだ。

 次は室内のシステムに侵入。端末がある、と思った時には、すでに掌握。

 端末のカメラを起動し、直接に周囲を眺める。

 キルケ氏はいない。カメラは端末の一部なので、向きや角度を自在に変えることはできないので、もどかしい。

 防犯カメラの有無をチェック、室内には存在しない。それくらい建物自体のセキュリティが強いという発想なんだろう。それは正しいし、余計な防犯設備は、逆に犯罪を招きやすい。

 繰り返し端末のカメラで、じっと観察すると、影が視野の端をかすめる。

 誰かがいるらしい。しかし、階層の高さからして、マルコムからどうやって調べることができるだろうか。

「マルコム、どうやって狙う?」

「超高精細の衛星からのリアルタイム映像を使う」

「どういう理屈だ? どんなカメラでも完璧な透視は難しい」

「温度分布だけで十分さ。外すことはない」

 自信家だな。

「高空からの映像では、建物のどこにいるかはわかっても、姿勢や高さはわからないぞ」

「俺が直接、確かめるよ」

「そこの建物から覗くのか?」

 すでにマルコムはパリに入り込み、目当ての建物からだいぶ離れた場所に陣取っている。だが高さが足りない。

「ドローンで覗く」

 思わず目が点になった。

 しかしそれはある意味では合理的ではある。

「お前は離れたところでドローンとそれに搭載された狙撃銃で、標的を殺す、ってことか?」

「その通り」マルコムは平然としている。「お前にはその瞬間の情報解析を頼むよ、エドワード」

 やれやれ、狙撃手というのも、変わるものだな。機械仕掛けとは。

 打ち合わせと準備をしているうちに、時間だけが過ぎる。二度の食事と四時間の睡眠、シャワー、そしてさらに二度の食事とこなしているうちに、仕事は形になった。

 マルコムが組み立てたドローンは、俺が遠隔操作しても非常に細かい動きが可能になった。基礎的なシステムは既存のものに俺が手を加えたので、それくらいは実現しないと困る。

 ドローン兵器は欧露戦争ではだいぶ活躍したが、最終的には両者が妨害電波を飛ばしまくって、終盤では用無しになった経緯がある。

 組みあがったドローンで試験するとマルコムが言うので、奴に制御権を渡す。不安なので眺めることにして、ドローンに搭載されている超高精細カメラの映像を密かに引っ張っておいた。

 ドローンは高く浮かび上がり、とりあえずは高度百メートルで滞空する。

 ライフルの銃口の位置が加減され、どうやら地上を走っている自動車を試射するらしい。距離は千メートルほどだ。

 人間が構えて狙っても命中しないような距離だ。それも一流の人間でも、場合によっては外す。

 ドローンが風に煽られる。

 これは外すだろうな。

 思考の隅で、トリガーが引かれたのがわかる。

 銃声はしない。音声を取得する仕組みがないし、それ以前に、消音器のせいで音は風に紛れただろう。

 カメラの向いている先で、ゆっくりと電気自動車が停車し、運転手が降りてきた。

 ボンネットを確認している。

 その時にはカメラの位置が変わり、車は見えなくなった。

「命中だ、悪くないな」

 平然とマルコムがそんなことを言う。

 とんでもない離れ業をやったとは思えない、堂々としていて、同時にそっけないような口調だった。

「ドローンは」俺は指摘することは指摘することにした。「風の煽りを受けやすい。車のボンネットよりも人間の体の方が小さいぜ。それにビルの中にいるんだ、窓ガラスなり壁なりを貫通して当てる必要がある」

「まぁ、そこは考えているよ。気を揉むな、エドワード。これは俺の仕事で、お前は助っ人だ」

 それはそうだが、と言い募ろうかと思ったが、やめておいた。

 マルコムの口調に何か、動かし難い自信のようなものがあったからだ。

 奴は歴戦の狙撃手で、半ば伝説的な存在でもある。

 奴が出来るといえば出来るし、出来ないといえば出来ない。

 その判断は、過去の実績などには左右されることはなく、純粋に目の前にある状況と自身の技量を、正確に推し量って下される。

 今、マルコムはできると言っている。

 ならできるんだろう。

 俺は意識をドローンから切り離し、マルコムと共同でフランス気象観測所に接触し、パリの風速のデータを引用した。

 膨大なデータを解析して、例のタワーの周囲で起こる風のうねりを統計的に眺めていく。

 ここからのデータで、マルコムはドローンを微調整するようだ。

 ただ奴の腕なら、ちょっとやそっとのブレなど、その場でフォローできるかもしれないが。

 決行する日付は二日後に決まり、俺は一人でドローンの制御システムの最終確認をして過ごした。

 現実の部屋では、リッチーが相も変わらず、筋トレに余念がない。



(つづく)

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