2-3 策謀
◆
ラスベガスの繁華街にあるホテルに泊まれないもののために、無数のモーテルがすぐそばにある。
自動タクシーは足がつくとはっきりしているので、徒歩で移動した。街頭の防犯カメラの映像はいつもの手口でごまかしている。ほんの毎秒五〇アタックで制圧できる程度の脆弱さだった。
モーテルは機械人形が受付にいて、こいつも良いように操作しておく。通報されることもないし、監視されることもない。
「リライターってのは恐ろしいな」
リッチーが呻くようにそんなことを言っていた。
いや、ナイフ一本でビルから飛び降りる方がどうかしている。
部屋に落ち着いて、他に場所もないので、寝台に腰を下ろして次の動きを考えることにする。
「いくら隠し持っているんだ?」
答えづらいことをリッチーが訊いてくる。それでも俺は正直に話した。
「俺とニールで百三十万ドルだ。ちなみにユキが七十万ドルを持っている」
「ユキだって? あのお前の女がそばにいるのか? なぜ?」
「一つずつ答えると、お前が知っているあのユキだし、俺の女じゃないし、なぜくっついているかもよくわからない。事実、もう金を手に入れて、俺たちと関わらない可能性もある」
バカな、とリッチーが天を仰ぐ。
「とにかく」話を進めよう。「カジノで資金洗浄するのは不可能で、俺とニールは追われていて、リッチー、お前も仲間だと思われている。それでも俺とニールは金を回収する必要がある。電子チップは世界共通じゃないしな」
「何かアイディアがあるのか?」
「仕方ないから、力尽くで現金化する。謝罪の意を込めて、チップは全部返す」
「返す?」
そう、と頷いて、俺は今になって疲れたので、寝台に寝転がった。
「百万ドル以上のチップをさっさと使って、破産しよう」
「本気かよ、エドワード。カジノから現金をかすめ取るのか?」
「国連を相手にやるよりかは楽だ」
「カジノ経営者は、本気になったら非合法な手段も選ばないって知っているか?」
「国連の防壁も、殺人を是とするシステムだったよ」
アホらしい、とリッチーがつぶやき、自分の寝台に寝転がった。もう知らん、という意思表示のようだった。
流石に俺も疲れて、自分の寝台でうとうとしていると、携帯端末に通信が入った。接触端子に触れて、視野に仮想の立体映像を映す。誰かと思ったらニールだった。
「どこにいる? ニール」
返事は俺も知っているカジノの一つだった。
「散々追い立てられたが、どうにかやり過ごした。お前たちはどうしている?」
ニールの立体映像は平然としているが、声には険がある。さすがに腹を立てているらしい。
「こっちはモーテルに部屋を借りて休んでいる。ところで頼みがある」
「俺も休みたいんだが?」
「電子チップを全部カジノに食わせてくれないかな」
へぇ、とニールの立体映像が顔をしかめる。感情フィルタリングが甘いな。
「俺としては金がなくなるのは不安で仕方がない」
「冗談はよせよ、ニール。カジノから金を回収する」
「掠め取るってことか? カジノの連中に目の敵にされる」
「かすめ取られたとわからないようにやる」
付き合いきれん、とニールがぼやく。俺は黙っていた。
しばらくの沈黙の後、ニールが肩を落として、ため息を吐いた。
「俺は何をすればいい?」
「今からお前に俺の持っている電子チップを全て渡す。お前の手元の電子チップは俺の工作により、実際に俺が電子マネーから変えたチップの額の倍になる。半分は偽物の、形だけの電子チップだ。電子チップをカジノに食わせるタイミングはこちらで指示するかな。カジノが電子チップを手に入れると、すぐに人工知能が総額を確認することになる。俺の作った偽のチップの額は、総額が増えることを意味するから、すぐに露見する」
「ああ、なるほど」ニールが呟く。「その増額分を掠め取っていくわけか」
そういうこと、と答えると、ニールは良し悪しを考えたようだったが、いいだろう、と受け入れた。
俺は寝台の上で体を起こし、作戦に必要なものを整理した。物理的な端末がどうしても欲しいが、さて、手に入るだろうか。
リッチーもゆっくりと起き上がり、こちらを見ている。
思わず訊ねていた。
「いくら持っている?」
「は? 俺は文無しだって言っただろう」
リッチーが苦笑いする。そうか、そうだった。
俺も電子チップくらいしかない。
もう一度、ニールに接続する。
「なんだ? リライター」
「装備が欲しい。ここに用意できるかな」
素早く今いるモーテルのアドレスを伝える。
部品屋がいればなぁ、などとニールがぼやくが、俺も同じことを考えていた。部品屋と呼ばれる仲間がいたのだ。なんでも手に入れてくるし、装置の知識も豊富な男だった。
ニールが俺の要望を叶えると約束してくれた。
「体の具合は悪くないか?」
携帯端末の接触端末に触れながら、リッチーに訊ねる。
「あの程度じゃどうってことないさ」
軽い調子で返事が来る。
「あんなアクロバットをやって、大丈夫なのか?」
「あんたが刑務所に入ってから、いろいろあってね、最新型の有機サイボーグ技術を導入したのさ」
「軍隊向けのパッケージか?」
「そう。知り合いのツテでね。でもそれでやったことといえば、本当の鳶職だ。ロッキードタワーって知っているか?」
聞いたことがない。
「あんたが刑務所にいる間にできたんだ。超巨大な電波塔さ。高さの想像がつくか?」
「今はないが、フランスに三百メートルの塔があったし、日本には七百メートル近い電波塔があったな。それと同程度?」
「いや、桁が違う。千メートルを超えている」
それはまた、想像できないな。
「足場があっても命綱があっても、あの恐怖だけは克服できない奴が多かった。とにかく足が竦んで、動けなくなる。そうなるとすぐ解雇だ」
「リッチーは大丈夫だったわけだ」
「まぁ、あんた達と組んでいる時のデタラメさと比べれば、千メートルの足場をウロウロするのは、余裕綽々ってもんさ」
みんな、ちゃんと生活しているんだな、としみじみ感じた。
明け方、ドアがノックされ、防犯カメラを勝手に操作して眺めると、運送屋だった。身分証をスキャン、正規の配達員だ。
ドアを開けると、昔ながらの段ボールが三つ運び込まれる。何も知らない若い男の配達員は、俺の指紋認証をサイン代わりに、礼を言って去って行った。
太陽が上がり、カーテン越しに強い日差しが差す中、俺はどうにかこうにか装備を組み立て、接続した。
夜までに試しに始動させると、予定通りの働きをしそうだった。リッチーはいびきをかいて眠っている。朝食も昼食も食べていないが、サイボーグだからかもしれない。
ニールに連絡を取ると、奴はぶっ通しでギャンブルに打ち込んでいるようだ。
「こっちは順調に、画像としてじわじわと資産を減らしている。準備できたか?」
「おかげさまで、設備は整った。今夜にはやろう。リアルタイムで通信は可能か?」
「いや、怪しまれるし、通信の存在を察知されたくない。時間で始めよう」
「チップの総額を人工知能が察知するまでのラグは、タイトだけどな」
任せな、とニールは通信の向こうで笑ったようだった。
通信を切り、俺は設備を使ってカジノのチップのコントロールを行う人工知能を眺めた。
非常に律儀そうな人工知能だが、隠蔽処置を自身に施した俺の監視システムには気づいていない。
ただ、この人工知能を監視する警備用の人工知能がいる。それも全部で四体が視認でき、どうも隠れた監視システムが密かに三つほどありそうだ。
電子チップはそれくらい重要ということである。
意識が現実に戻ると、すでに夕日がカーテンを赤く染めている。
作戦決行まで、数時間をどう過ごせばいいだろう。手持ち無沙汰だ。
リッチーはまだ眠っていた。
(つづく)
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