2-2 旧友
◆
なんだ? と俺を拘束している男が言おうとしたようだった。
だが、なん、まで言ったところで、体が翻り、頭から床に墜落した。
もう一人の男がぽかんとしていたが、何が起こるか気づく前に首筋を打たれて昏倒している。
「久しぶりに会ったな、エドワード」
男を二人、あっさりと倒した男が、こちらに笑みを向ける。どこか気弱げな笑みだ。
「リッチーじゃないか」
おうよ、と男、リッチー・ブラウナーが笑うが、もちろんここで旧交を温めている場合でもない。
彼も昔の仲間の一人だった。
「悪いが派手にやり過ぎだよ、修正者。逃げようぜ」
修正者、か。昔はよく言われた俺のあだ名だ。
「任せな、鳶職」
こちらからもあだ名で呼び返した時には、二人とも現場を離れている。
ポケットから取り出したワイヤレスの通信加速器の接触端子を片手で握りしめる。
ホットリミットが作動し、カジノの中の全ての無線通信がつまびらかになる。
監視カメラの映像に介入し、瞬間的に映像に細工をする。映像をループさせるなどということはせず、リアルタイムの映像から俺とリッチーの像を切り取り、全く別の映像に二人の像を貼り付ける。
毎秒二〇〇アタックで映像を改変し続け、堂々と玄関から外へ出る。
目の前にタクシーがやってくる。無人の自動運転車だ。後部座席に乗り込み、発車したところで少し落ち着く。右手から接触端末を離した。
「あんなところで何をしていた?」
俺の問いかけにリッチーはポケットから電子マネーのカードを見せる。気まずいことに、カードの上に表示された立体映像のロゴは、俺とニールでめちゃくちゃにした銘柄の一つだ。
「生活費に困ってね、賭け事は嫌いだが、他に生きる道がなかった」
「それは、しんどいな」
「それよりエドワード、いつ出所した? 懲役は三十年だっただろう」
「つい先日、仮釈放された」
ふぅんと言いつつ、リッチーはもちろん、俺がマインド・コンテンツ・インターフェイスを再活性化させていることを、もう知っている。
「下手なことをすると、また監獄送りだぜ、エドワード」
「覚悟の上さ。昔の馴染みには会っているか?」
「ほとんどバラバラだな。みんな、お前には申し訳なく思っているさ。全部をおっ被って刑務所に放り込まれた」
「それも覚悟の上だ。気にするなよ」
タクシーは唯一にして最大のホテルの前で停車した。ギャラクシーフロンティアホテル。
「俺はさっさとどこかへ消えるよ、宿泊費も払えない有様でね」
申し訳なさそうにリッチーがそんなことを言う。
カジノは二十四時間営業で、どこもシャワーや仮眠室が併設されている。あそこでホームレス生活をする奴もいるのだ。
「助けてくれた礼として、部屋に来いよ。一晩なら泊めてやれる」
「いいのか?」
「ニールは今日は帰ってこないだろうしな」
ニール? とリッチーが首を傾げる。
「金庫番と組んでいるのか? あいつは元気かい?」
ニールは仲間から金庫番と呼ばれていたのだ。
「出所した途端に俺を仕事に誘う程度には元気だよ。金も持っている」
「融資してくれないかな」
「俺が融資してやる」
ホテルに入りつつ、俺は端末をかざして見せる。素早くリッチーが自分の端末を近づけてきて、電子チップを俺は振り込んでやった。
「飯にするか? 俺はさっき食べたばかりだが」
「何から何まですまないな、エドワード。正直、二日ほど何も食べていない。それもあって連中に乱暴をしちまった」
俺たちのグループでは、物騒な奴が三人ほどいた。用心棒、狙撃手の二人が肉弾戦と銃撃戦を担当する一方、鳶職と呼ばれたリッチーも、妙な格闘術で、並び立っていたのだ。
技のキレは落ちていないようだな、あの分だと。
ホテルの最上階にある広大なレストランで、俺たちは席を囲んだ。リッチーが次々と料理を注目して、俺はさすがに驚いた。
俺が頼んだのはエスプレッソとタルトタタンだけ。
料理が運ばれてくると、リッチーはテーブルマナーなど無視してガツガツと食べ始めた。おいおい、テーブルクロスが汚れすぎだぞ。
携帯端末が震える。受けると、ニールだった。音声通信。
「どうした?」
「警備員が俺を探している。何かしたな? エドワード」
「俺は何もしちゃいない。リッチーだよ。覚えているか?」
「リッチー? 鳶職のことか?」
俺は映像通信に切り替え、端末でリッチーを映してやる。同時に端末の接触端子に触れ、そこから情報を直接、意識に直結させる。
「どうしてリッチーがここにいる? お前が呼んだのか?」
「まさか。偶然だよ。で、ニール、逃げられそうか?」
「慣れているさ。しかしなぁ、イカサマもしていないのに」
元手は詐欺で手に入れたがな。言わないけど。
ニールがこちらへ来ると言って通信を切った時、リッチーもおおよそ食事を終え、デザートを頼んでいる。
「お前たちは羽振りが良さそうだな、エドワード。どうやって稼いでいるんだ?」
どう答えればいいのかな。しかし隠していても、仕方ない。
「電子マネーを不正操作した」
「……ふぅん。それだけでおおよそわかったよ。この前の騒動の原因はお前たちか」
「悪いな、リッチー」
「俺も次の仕事には混ぜてくれよ。いいだろ? それとも出番もないか?」
答えようとした時、レストランにドカドカと入ってきた男たちがいる。揃って黒い背広を着ているが、体格は明らかに暴力的だ。
「さっさと逃げるとしよう」
立ち上がったリッチーは窓際へ歩いていく。ちょうどデザートのモンブランを運んできた女給から手づかみでケーキを奪うように回収し、そのままリッチーが窓に触れている。俺はついていくしかない。
しかし、窓だぞ。そしてここは最上階だ。
背広の男たちが駆けてくる。
俺が見ている前で、そばにあったテーブルを持ち上げたリッチーが、ガラスに思い切り叩きつければ、強化ガラスにヒビが入る。
硬いな、と言いつつ、リッチーが三度、窓ガラスにテーブルをぶつけて、やっと小さく穴ができた。
「行くぜ、エドワード。テーブルを掴め」
テーブルを引きずって、リッチーが窓から距離をとる。
どうするつもりか知らないが、俺はテーブルを掴んだ。
「全力で走ってぶつかれよ」
「は?」
俺の返事も待たずにリッチーが駈け出す。俺も倣うしかない。
ヒビだらけで白く染まっている強化ガラスに、テーブルがぶつかり、そこに俺とリッチーの体重が加わり、ガラスがごっそり外れるように破砕される。
体が宙に浮いた。
悲鳴をあげる前に空中で器用にリッチーが俺を捕まえた。
その間にも体は急降下していく。
唐突に体に衝撃が走り、なにかと思うと、リッチーが片手で持ったナイフを建物の壁に突き立てている。細身のどこにそんな力があるのか、リッチーの姿勢は乱れず、軍用らしいナイフも折れることなく火花を上げ続ける。
あっさりと空中で俺たちの体は静止する。
「悪いがこのまま地上へ降りるぜ」
「ちょっと……!」
「口を閉じてな、修正者」
リッチーのナイフが壁から引き抜かれ、落下が再開される。
それからナイフで減速しながら、俺とリッチーは地上へ降りた。先にガラスとテーブルが落下していたので、周囲には野次馬が集まっていたが、リッチーも俺も何事もないようにその場を離れた。
(つづく)
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