第2話 ラスベガス
2-1 ギャンブラー
◆
ラスベガスの客引きのための電飾は、ほとんどクラシックと言ってもいい仕組みだが、それでも拡張現実に僅かながら抵抗を試みているようだ。
「で、二百万ドルをどうやって洗浄する?」
ニールがカクテルのグラスを傾けつつ、隣に座る俺に訊ねてくる。バーカウンターの隅だった。
「マックス・コードに雇われた回収人は優秀だろうな。すぐにここを嗅ぎつける」
「だから、それまでに金を綺麗にしなくちゃならない。方法は? エドワード」
俺もカクテルのグラスを持っているが、まだ口をつけていない。
視線の先では、ユキがブラックジャックの卓で、賭けに興じている。ここはカジノに併設のバーで、常に誰かがここで相談事をするわけだ。
「どうしたら良いかな、二百万ドルは額が大きすぎる」
「おい、エドワード、リライターとして、何かないのか?」
「いっそ、全部賭け事で溶かしちまうか」
そう言った時、不意に気づいた。
「なるほど、それはやる価値があるかもしれない」
カクテルグラスを卓において、俺はじっと考えた。
だいぶ危険だが、できなくはない。
「どうした? エドワード、何を考えている」
「ニール、二百万ドルをラスベガスにある主要なカジノで、同時にチップに変えるのはどうだろう」
「ハァ? そんなことして、どうなる」
「チップを実際に使う。豪勢に遊べるぞ」
「俺の二百万を全部、スるつもりか」
ぽん、と俺はニールの肩を叩いてやる。
「ギャンブラーだろ、少しは燃えるところを見せてくれ」
そんな具合で、俺とニールはユキから回収したデータカードに入っている電子マネーを、複数のカジノでチップに変えた。
俺たちが派手にやりすぎたせいで、電子マネーは世界規模で一時的に流通が停止され、まさに世界規模で混乱が起きたが、いくつかはすでに立ち直っている。俺たちの手元の電子マネーもその一つだ。それは逆に足がつきやすいということでもある。
大量の電子チップを手に、俺とニールは二手に分かれるとそれぞれに遊び始めた。
カジノはどういうわけか、ロボットはあまり活躍していない。ディーラー、給仕、警備員、清掃人まで人間だ。何か、理由があるのかもしれない。ちなみに警備員は一人残らずサイボーグである。
俺はブラックジャックの卓の一つで、椅子に腰掛けた。二つ隣ではユキが遊んでいる。
俺は適当に遊びつつ、同時にブラックジャックの必勝法を駆使して、器用に損得を調整して、ほんのわずかな増額を維持する。
ブラックジャックは、トランプのカードが五十二枚で、そのうちの十六枚が十として扱われる関係で、確率を正確に分析すれば、ある程度の勝率を維持できる。
もちろん、これはマインド・コンテンツ・インターフェイスが出る前からあった必勝法なのだが、カジノも放置したりしない。
トランプの束を頻繁に変えるという、原始的な手法で対抗するのがその例だ。
昔ながらのディーラーの大半は新品の束を手でシャッフルする時、自在にカードの位置を把握するし、客にそうとわからないように束の任意の位置から、一番上の札を引くように見せかけてカードを引き抜いたりもできる。
そこはカジノが客を離さないために、機械がカードをシャッフルし、小さな装置が一枚ずつ客の前にカードを発射したりと、手を打っているけど、それでも俺からすれば不完全だ。
機械だって、細工してやればいくらでもイカサマをやる。
っていうか、そこまで行ってしまえば、ディーラーの役目はただの監視員だ。
俺はマインド・コンテンツ・インターフェイスで、卓の上にあるカードから山札の中身を推測し、賭けるタイミングを見計らう。カードがシャッフルされるところをじっと見据え、おおよそのカードの順番さえ計算した。
少し負けが込んできたところで、自棄になったように見せかけて、大きく張っていく。
結果、俺の手札は二十、ディーラーは二十三。俺の勝ちだった。
チップが戻ってくる。
席を立つと、さりげなく観戦していたユキがやってくる。
「あなた、インチキして勝って嬉しい?」
「インチキじゃないな、純粋な理論と計算、そして勇気だ」
「勇気? 臆病だから理論と計算に頼っているんじゃないの」
「それでも理論と計算が間違っているかもしれないから、勇気がいるのさ」
二人でカジノに併設のレストランに入る。ここでは、チップで支払いができる。
彼女はオムライスを頼み、俺はハンバーグにした。どこか子供っぽいメニューで、カジノであることを忘れそうだ。
「例のお金を全部チップにして、それでまた元通りに電子マネーか、あるいは現金化するのね?」
「アメリカドルの紙幣の最高額は、千ドルだ。珍しい紙幣だが、二千枚なら、ギリギリ移動が楽に済むだろ?」
「それでも、そんな大勝ちする客はカジノにはいないわよ。目立つじゃないの」
「ラスベガスで営業中のカジノで、盛っているのは全部で八軒。二百万だから、一軒で二十五万ってもんだな。俺の考えでは、二十五万を、二十五万二千くらいにする。そこから宿泊費、飲食代などを差し引くから、結果的には二十五万を割り込むはずだ」
それで? とユキがこちらを見る。
「俺たちは少し損をする代わりに、正真正銘の本物の現金を手に入れる。その次はまた考えればいい」
「損して得とれ、ってことね。これは提案だけど、私の分け前を先にもらえない?」
「分け前だって? お前が何をした?」
「マックスくんのところからお金を回収したじゃない」
思わずため息をつき、俺は電子チップを彼女の端末に送信した。七十万ドル分だ。にっこりとユキが笑みを見せる。
「ありがとう」
ちょうどオムライスとハンバーグがテーブルに運ばれてきた。二人で昔話をしつつ、食事は進んだ。昔の仲間の情報もあった。目から鱗が出るような話ばかりだ。
食事が終わり、俺たちはすぐに別れた。ニールの奴が大負けしていないといいのだが。
しばらく探したが見つからない。端末を呼び出すと、立体映像が映った。背景音としてスロットのような音がする。
「どこにいる?」
ニールがカジノの名前をほとんど叫ぶ。隣の店だ。ラスベガスのいくつかのカジノは電子チップが共有されており、これは同じ大富豪がオーナーだからだ。ちなみに経営者は同じでも、店によって毛色が少し違う。
「儲かっているか?」
「とりあえずはな。そっちは?」
「計画通りだ」
そこまで言った時、目の前に二人の男がのっそりと現れた。
「ちょっといいかな、お兄さん」
お兄さんと呼ばれる歳でもないが、おっさん、などと呼ばれるよりは気分は悪くない。
「何の用でしょうか?」
さりげなく観察する。身長は二メートル近い。腕も足も丸太のように太い。胸板も厚すぎるほどに厚い。
何より、暴力を振るうことを全くためらわない雰囲気が、非常にきな臭い。
「話さなくてもわかると思うが、あんたと話したいと言っている方がいる」
とりあえず、いきなり監獄に逆戻りはなさそうだが、あるいは最終的には逆戻りにはなるが、その前に用事とやらを済まされるかもしれないな。
どう答えようか迷っているうちに、俺は腕を掴まれた。まだニールと通信をつないでいたので、素早く切断する。
乱暴に巨漢が俺を引きずろうとする。
フラッと、俺たちの前に、細身の男が現れたのはその時だった。
(つづく)
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