第10話「煌めく夜」
「レーダとラディ、登録だ」
「はい、かしこまりました」
レーダの見たところ、この王都の冒険者ギルドは繁盛しているように見える、店の中は広く売り物も揃っているのだ。すなわち。
「結構この王都も荒れているのかもな……」
需要があるということなのだ、冒険者の。
「人々が困らないと冒険者や傭兵はメシにありつけない、か……」
その今さらな事実にレーダは一人苦笑をし、冒険者ギルド所属の女係員に不審な表情を向けられる。それにはレーダは気にせず。
「キャラバンとの交信、よろしく頼む」
「はい、解りました」
キャラバン、彼レーダが故郷の村に暮らす妹へ金を送る手段である隊商達へ連絡の手筈を整えるように彼女に依頼した。この用事があるからレーダとラディは余計な経費が掛かる冒険者ギルド、そして傭兵ギルドとの契約を済まさなくてはいけないのだ。
「本来なら、フリーの方が店に手数料を取られなくていいのだが」
無論、それなりの恩恵はあるが冒険者ギルドは商売なのだ、登録している以上、直接的な収入は必ず減る。かとかって。
「まあ、フリーでやるには俺達は名声が足りない」
レーダ達辺りの腕では宣伝も出来ない。いや、腕の良い悪い以前に依頼人とまともな契約を交わす事自体が上手くいかない、相手が信頼してくれないのだ。
「仕方ないか……」
店に吊るされてある盾を眺めながら、レーダはその事実に苦笑いをしてみせる。もっとも。
「ふむ、このバスタードソード……」
ギルドに登録してあるから店の商品が値引きされるのだ。冒険者ギルドや傭兵ギルドの品々は値段こそ専門店と比べて割高になるものの、その品質はより保証されている。
「扱いやすそうだな、うん……」
恐らくは魔法の灯りであろう、太陽を連想させるオレンジ色の光を受け、店の売り物である片手半剣は鈍い光を放つ。
「まあ、今日はいいか」
明後日になれば依頼人がこの宿に来るはずだ、それまでは待機していてよい。
バァン……
「ラディの奴は何をやっているかな?」
ガラス窓という見慣れぬ物に最初レーダは戸惑ったが、窓を閉めた状態でも外の様子が解るというのは面白いものだと、彼は思う。
「厄介ごとに巻き込まれなければいいが、な」
ヒュウ、ア……
夜の風が店の中へと吹き込む、ギルドの店の者に注意され、慌ててその窓を閉めるレーダ。
「傭兵ギルドはまた今度でいいか……」
それはこの王都に長期間滞在する事が決まってからでいい、今は目先の依頼の方が大切なのだ。
――――――
「待て、田舎者め!!」
「俺じゃないって!!」
魔法の灯りを光源に用いた「魔法灯」という物を興味深く見上げていたラディは。
「私から財布を盗もうとするなどとはな!!」
突然追ってきた女、彼女の怒りの声に驚きながらも、反射的に逃げてしまう。
「こそ泥め!!」
「俺は全うな人間だよ!!」
「だまれ!!」
今のラディは例の剣しか身体に身に付けていない、レザージャケットは宿のレーダに預けたのだ。もちろんラディは街中で剣を抜いてはいけないという事ぐらいはわきまえている。翻ってこの女は。
「無礼討ちにする!!」
「だからぁ!!」
その腰の剣、よりにもよって街中でレイピアを抜き放った女にラディは呆れながらも、その足を必死で動かす。幸い足の速さはラディの方が上であるようだ。
「ん?」
その時、ラディの視界の片隅でローブに身を包んだ女が軽くこちらにと手を振っている。
「誰だ?」
街の光が届かない小陰、月明かりも届かないその陰に女はいるようだ。
「まあ、いい……!!」
このままこの、剣を手に持った女に追い回されても良いことは何もない、王都に来て初の夜が牢獄だということは何としても避けたい。
「こんな街中で躊躇なく剣を抜く、酒に酔っている訳でもなさそうだ」
だとしたら身分の高い人間かも知れない、そうなるとお裁きになったらよそ者であるラディが圧倒的に不利だ。
「……ええい!!」
しかし、その思い切った胸の内とは違いラディの心は冷静だ、じっと視線をその手招きする女に向けながら、物陰にと身体を捻らせて入る。
スゥ……
「な、何だ!?」
だが、まさしくそのラディを嘲笑うかのように女はその脚をローブから出し、革ブーツをはいた足をラディの脚にと引っ掛ける。全くラディには想像していなかった事だ。
ガ、ラァ……
「どこだ、小僧!!」
物陰にと散らばっていた品々、生ゴミも混じっていたのかその臭いが転んだラディの鼻をつき、反射的に起き上がろうとしたラディを女はその手で彼の顔を抑える。その手からは微かな香の薫りがした。
「……」
呼吸が苦しい、剣を抜いた女が街路を走り去って行く音をその耳で聴いたラディは女、何か冷たい雰囲気の漂うフードの中のその女の顔を覗き込んだが。
「あ、あれ……」
何か、急激な眠気がラディを襲い彼はそのまま。
スゥ……
絹で出来た小袋、それを懐から抜き出す女の顔を見つめながら、その意識を。
「ま、まさかそれは財布……」
何かが頭の中を閃きつつ、意識を失っていった。
「捕獲完了」
陰の中にと歩む女の背は高い、彼女はラディの身体を軽々と抱えつつ、彼の腰に吊るされている「デュランダル」を確かめつつ。
「帰還する」
そのまま、少年を抱えたまま闇の中にと消えていく。
――――――
「全く!!」
「どうされました、姫様?」
「どうもこうもないわよ!!」
王宮にと戻ってきたエリアは、腰のレイピアを乱暴にお付きの騎士へと手渡し、その長い金色の髪を止めている髪飾りを振りほどく。
「この私にスリなどと!!」
「そんな事があったので?」
「どこの者だか、あの小僧は……!!」
エリアのその手で払われた髪が魔法の照明を反射し淡く輝く中で、彼女はその愚痴を言う事を止めない。
「いま思っても腹立たしい!!」
「落ち着きなさいませ、姫様」
「もう……!!」
「明日はホーリーベアラーの訓練を積まなくてはならない日ですので」
「解っているわよ、早めに横になれって事でしょう、サド?」
まだ不服げに彼女はその口を開いていたが、騎士の宥めるような言葉を受け続けて。
「……まあ、大したお金は入っていなかったけど」
ようやく、その気が静まったようだ。
よろず剣語り 早起き三文 @hayaoki_sanmon
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