第8話「港の視線」
「しばらく会えなくなるな」
「ええ……」
キャラバンの都合により、このローラナの端の方まで行かなくてならなくなったアンナ、その馬車上の彼女に向かってレーダは微かに微笑んでみせる。
「でも、この前のゴブリン退治の報酬はなかなかの物だったわよ」
「またしても貯金に回すのか?」
「化粧品も買いたいけど……」
そう言ってククッと笑うアンナは、自らがお気に入りの三角帽子にとその手を起きながら空を見上げる。彼女の長い黒髪が強く風になびいた。
「ラディちゃんにもよろしくね」
「ああ」
「それと、あのアデルちゃん……」
天なお高し、雲が見える空をレーダも見上げる。もうすぐ田植えの季節だ。
「内緒にしておくって言っておいてね」
「ん、何をだ?」
「着替えを手伝ったとき、見ちゃったということ」
「フゥン……」
何を見たのかは知らないが、彼女にしては気にしすぎだなと、その言葉を聞いてレーダは思う。
――――――
「あれ……?」
「どうなさいました、ラディ殿?」
「いや……」
冒険者ギルドで鎧の品定めをしているラディ、そのラディは何か妙な気配を感じたが。
「まあ、いいか」
気を取り直して、再びその手を店の売り物であるチェインシャツにと置く。
「はあ……」
結局そのチェイン、軽量型チェインメイルはこの前の報酬を合わせても無理な値段だったため、ラディは買うことを諦めた。
「それで、俺に用事だって?」
「はい、あなたかレーダどのに」
「依頼、ですか?」
「はい」
人目見ただけでは職業が解らないその小男、彼は先程までラディが手にしていたチェインシャツにとその指を向けると。
「もしご所望ならば、前金を多額でお支払しますが?」
「いや……」
もちろんその男の言葉は冗談だろう、何がなんでも内容も聞かずに依頼を受ける事は出来ない。
「それで、俺達に依頼とは……」
「冒険者の方としての依頼です」
「傭兵ではなくて?」
「はい……」
と、いうことはもしかすると単純に切ったはったの話ではない可能性もある。
「ならば、なおさらレーダに聞かないとな」
「内容だけでもお話しさせて下さい」
「受けるという保証はありませんよ?」
「はい」
そのまま彼ら二人は冒険者ギルド、そこの片隅にと置かれているテーブルへと向かう。その依頼人の小男はススッと音もなく椅子にと腰を掛けた。
「盗賊かな、この人……」
ラディのその独り言は店のカウンター、まだ昼だと言うのに酒を飲んでいるらしき大男の歌声によってかき消される。
「冒険者ギルドと傭兵ギルド、両方のギルドに加わっているあなた方を見込んでの依頼です」
「まあ、あの子の治療費を稼がなくてはいけないしな……」
そう口ごもりながらラディが彼、小男の前に座ると男はおもむろにその口を開き、やや声を潜め始めた。
――――――
「ん……?」
「どうした、アデル君」
「いや……」
強い風の中、降り注ぐ太陽の光にその目を細めていたアデルは、何か妙な視線のような者を感じたが。
「誰もいない、気のせいか」
気を取り直して、教会の神父から受け取った追加報酬をレーダにと手渡す。
「有り難い、新しい剣が欲しかった所だ」
「少し、手をとらせたようだったと神父様はおっしゃっておりました」
「うん……」
その言葉を聞いたレーダの頭には、先の依頼で遭遇した男、シグルドの顔が浮かぶ。
「ああ、アデル君」
「はい、何でしょうレーダさん」
「アンナの奴がな、君に」
「はい」
「内緒にしておくと言っていたな」
その言葉を言った途端にその顔を軽く赤らめるアデルの様子に、レーダは悪いことをいったかとも思ったが。
「見てしまったという事を、らしい」
結局、最後まで言ってしまった。すこし意地が悪かったかもしれない。
「……で、ではレーダさん」
「お、おう」
少し不味かったかな、そう思いがらもレーダはアデルの前から立ち去り、その足でラディがいると思われる冒険者ギルドへと向かう。昼の光に照らされた空が海からの潮風を運び、その磯の匂いが今のレーダには心地よい。普段着であるため、その強い風が彼の麻服を軽くなびかせる。
「えーと、ラディの奴はいるかな……」
丘の上の教会からは海が一面に展望できる、その海に接する港に程近い場所に、彼らが日用品等を整える冒険者ギルドや宿、そして傭兵ギルドがある。
「よお、レーダ」
「ん?」
辺りに草地が拡がっている坂を下っているレーダに、彼と同じ金髪の男が気さくそうな声を掛ける。
「何だ、クレインか」
「何だはないだろう?」
「何か用か?」
クレイン、この街の傭兵ギルドでよく顔を見る戦士に軽く挨拶を返しながら、レーダは無愛想とも受け取れる表情を浮かべた。
「いや、特には用はないけどよ」
「そうか、今急いでるんだ」
「じゃあ、悪かったな」
とは言いつつも、彼クレインは何かやはり用でもあるのか、レーダ行く方向に自らの足を合わせる。
「今、新しい依頼が入ってな」
「なら、よかったじゃないかよ、クレイン」
「お前もどうかと思ったが?」
「さて……」
誘ってくるということは頭数が欲しいのかなと、その疑惑に自身の首を軽く捻るレーダの挙動に、クレインは気が付いたのか気が付かないのか。
「まあ、興味があったら傭兵ギルドの方まで来てくれ」
「ああ、そうするよ」
「金払いがいい客みたいだからな」
一方的にそう言い放つと、クレインはそのまま早足で坂を駆け降りていく。
「ん……?」
その時、レーダは遠くで自分の事をじっと見つめている人影。
「何だ、女か?」
女と思われる人影をその目にしたが、彼がその女へと視線を向けた途端。
スゥ……
坂の下にいたその女、その影は街中へとその姿を消す。
「何なんだ、一体……」
そのレーダの溢した言葉には、強き潮風は音を鳴らしたまま答えない。
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