第7話「デュランダル」

  

「ファドリアの者だって?」


 その国の名を聞いたレーダは、何かに呆れたような声を出す。


「レーダ、ファドリアって?」

「海を越えた先、東にある遠い異国だよ、ラディ」

「へえ……」


 そのレーダの言葉に魔術師アンナは頷いている所を見ると、彼女はその国の事を知っている様子だ。


「その、ファドリア帝国の者が俺達に何の用だよ?」

「……」


 シグルドと名乗った男はそのラディの言葉にはすぐに答えない、整髪料を使っているのか、しっかりと固められたその彼の黒髪が、神殿の天井から差し入れられている夕の陽光に微かに輝く。


「デュランダル」

「……?」

「それが、その剣の名前だ」


 軽く自らの髪に手を起きながら、シグルドはラディの腰に下げられている剣、両刃のショートソードをじっと見つめている。


「君はデュランダルを扱えるのか?」


 彼シグルドの付けているであろう香水の匂いが少し鼻についたラディ、その鼻をひくつかせながら、ラディはレーダの顔にその視線を向けた。


「この剣は俺達が見つけたものだ、シグルドさんとやら」

「ダインから奪ったのか、傭兵よ?」

「違う、ゴブリンの洞窟にあった」

「フム……」


 その言葉を聞いた途端、シグルドはその首を僅かに傾げてみせ、何かを考えているようだ。


「あのダイン達がゴブリンに殺されるとは、考えづらいのだが……」

「あんたが何者で、何が目的だか知らないが」


 そこまで言ってレーダは軽く言葉を切った。その目はシグルド配下と思われる騎士達にと向けられている。


「……もしかして、ラディの奴の剣が目的か?」

「その通りだ、傭兵」

「……」

「元々は我が国の秘宝だ」


 シグルドのその、静かな声にはレーダは無言を貫く。やはりその目はシグルド配下の騎士達にと注がれる。


「私と一対一の戦いをしろ、傭兵」

「レーダだ」

「解った、レーダよ」

「しかし……」


 その言葉を聞いたレーダは、表情を僅かに弛め皮肉げな笑みを浮かべた。


「てっきり、あんたの配下全員とまともにやりあうかと思ったぞ」

「それがお望みか?」

「いや……」


 レーダの視界に入るその騎士達の数は六人、その内二人は何か紋様が施された胸鎧、ブレストプレートを身に付け短仗を携えている。


「魔法騎士かしらね?」


 そうレーダに耳打ちするアンナの声には力が無い。恐らく彼女もレーダと同じくこのシグルド達が一斉に自分達に襲いかかったら、勝ち目が無いことを悟っているのだ。身のこなしからしても彼らが熟練の戦士であることが窺える。


「誰が相手になる、傭兵たちよ?」

「ラディ、お前が行け」


 レーダのその言葉、それを受けたラディはその目を。


「ええ!?」


 丸くしながら、驚いたような表情を見せた。


「私もそれを所望する」


 彼らのやり取りにシグルドはその口の端を軽く歪めながら、その腰から。


 スゥ……


 蒼い輝きを放つ、一振りの長剣を抜き出した。




――――――




 最初に剣を一合あわせるのは、よく騎士や貴族同士が決闘を行う時にする「作法」であるが。


「くぅ!!」


 長剣、ロングソードとラディの小剣では重さや長さが違うとはいえ、その一合でラディの身体は大きく揺らぐ。


「デュランダルの適性はあるようだな、重量を軽減させている」


 シャ……


 天井から注がれる夕陽に紅く染まる神殿の広間、しかしシグルドが持つ剣はその色に染まらず、青とも白とも言えない光を付近に舞う埃へと放ち続ける。


「どうした、かかってこい」

「クソ……!!」


 ラディは身を震わせ呻きながら小剣を、シグルドが言うには「デュランダル」という名らしきその剣先をシグルドにと向けた。


「この!!」


 しかし、そのラディの斬撃はシグルドの剣によって防がれ、続いて放った刺突もまた、シグルドはその身を捻って寸前でかわす。


 ザァ!!


 だが、ここからがラディがレーダから習った連続攻撃の始まりだ、三度目の刃はまたしてもシグルドに防がれたが、四度目に返した刃に。


「ほう!?」


 シグルドの何も持たない左手の甲を薄く切り、僅かに赤い血が神殿の床にと散る。


「シグルド様!!」

「構うな」


 その様子に色をなした配下の騎士達の声をその手で制し、彼シグルドは自らの得物を正眼にと構える。


「悪くないな」


 感心したような言葉を放つシグルド、しかしラディはそれには構わずに追撃をあたえようとしたが。


「ガッ!?」


 一太刀目を犠牲、フェイントとしたシグルドが放った回し蹴り、それを予測していなかったラディはそのキックをまともに食らい、背中を強く床に打ちつける。


「ひ、卑怯だぞ」

「すまんな、小僧」


 ラディのその罵声にシグルドはその表情を変えずに、ただ肩だけを竦めてみせた。


「何ぶん、ファヴニールの力に取りつかれていてな」


 その言葉の意味は無論、ラディには理解出来ないものであるが。


「まあ、いい……」


 輝くロングソードを鞘に納めたシグルドの姿を見て、ラディはその顔に困惑の気持ちを浮かべた。


「しばらく、その剣を預けておくぞ」

「……」

「ファヴニールの歪みの障壁、それを直進の力をもって抑えることが出来るくらいだからな」


 彼ら二人の様子を見ていた神官見習いであるアデルが、シグルドの事を軽く睨み付けながらラディの打撲傷を治癒しようと駆け寄っていく姿を見やりつつ。


「俺達に何を期待している、シグルドさん?」


 シグルドの事をじっと見つめるレーダ、その彼の顔にも戸惑いの表情が窺える。


「一つ面白い事を教えてやろう、レーダ殿」

「何だ?」

「早晩、この大陸は」


 ひび割れた天井から見える空はすでに日が落ち、太陽はその姿を消している。その闇の中に浮かぶ「デュランダル」の光。


「かつてない戦乱に見舞われる」

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