第5話「紅の剣士」

   

「エル・サンドラ!!」


 その姿を表したゴブリン達に向かって、先手必勝とばかりに雷撃の魔法を飛ばすアンナ。完全な不意打ちとなったのか、その一撃によって前衛のゴブリン数匹が肉の焼ける悪臭を放ちつつ、赤い皮膚の身体をひきつらせて床へと倒れ伏す。


「そっちにいったわ、レーダ!!」

「おう!!」


 キィン!!


 レーダのスケイルメイルが乾いた音を立ててゴブリンの手斧の一撃を跳ね返す。その体勢を崩したゴブリンに対して、すかさず一撃を叩き込むレーダ。


「うっ……」


 その光景、恐らくはメスだと思われるゴブリンが血飛沫を上げながら地面へと沈む光景を見て、再びアデルはその口を片手で押さえる。


「ザンダ!!」


 自らの方へと疾走してきたゴブリン、それに対して的確に雷撃を叩き込むアンナもまた。アデルにとっては「戦人」であると映ってしまう。


 ブォフ!!


「ちぃ!!」


 またしても盾がこの神殿での最初の戦いで破損してしまったレーダ、その安物の盾を捨ててしまった事に舌打ちをしつつも、レーダはホブゴブリンが振るった戦斧の一撃を剣によって受け流す。彼の手が強い衝撃によって痺れに似た感覚が疾る。


「ふん!!」


 通常のゴブリンを蹴散らしたアンナ、仲間の焦げる匂いに恐慌をきたしたらしく逃げていくゴブリンを彼女は追わず、レーダとラディのそれぞれに向かったホブゴブリンにと、今度は「困惑」の魔法を掛けようとしたが。


 ジャ!!


「うっ!!」


 突如として彼女アンナの脳裏に疾る雑念、慌てて彼女が視線を向けた先には杖を構えたゴブリンの姿。おそらくは。


「シャーマン……!!」


 ゴブリンシャーマン、魔法を使うゴブリンの上位種により逆に困惑の魔法を掛けられた彼女は、激しく頭を振りながらそのシャーマンにと向かって雷撃を飛ばす。その傍ら。


「う、うわっ!!」


 ホブゴブリンの内、ラディを相手に定めた一匹がその手に握る棍棒をラディにと続けざまに降り下ろす。それを彼は魔法のショートソードを使って何とかラディは防いでいる。


「うっ!!」


 今のラディには吐き気を堪えているアデルに構っている暇はない。一撃でも受けたらバックラーも革鎧も役には立たない。はっきり言って魔法の小剣によって助けられている。


「はぁ!!」


 レーダを狙った戦斧が石の床にと大きく食い込んだ、その好機を見逃すレーダでない。


 ダッ!!


 一気にそのホブゴブリンの懐へと飛び込んでの連続攻撃、レーダのその得意技を受けて防戦一方になったホブゴブリンであるが、簡単には負けない。


「ちぃ!!」


 そのホブゴブリンは粗末ではあるが革の鎧を身に付けている、その鎧に剣を防がれ、ホブゴブリンからの反撃を受けまいとレーダは半歩引いた。そのレーダの脇をアンナが放った雷撃の魔法が飛ぶ。どうやらシャーマンは仕留めたようだ。


「っくしょう!!」


 ホブゴブリンの棍棒にとラディのショートソードが、紅い光を放ちながら深く食い込む。他の小剣であれば今頃は剣が折れている所だ。


 ガッ!!


 だが、そのラディをホブゴブリンは前蹴りを繰り出して吹き飛ばした。神殿の柱にとその背を強く打ち付けられるラディ。


「ア、アデル……!!」


 ホブゴブリンのその顔に醜い笑みのような物が浮かぶ、頭を押さえたまま震えているアデルを次の獲物にでも定めたのだろうか。


「もう、お前達には勝ち目はないぞ!!」

――グゥ、ル――


 だが、たとえホブゴブリンにラディの言葉が通じたとしても、その魔物は耳を貸さないであろう。


「いい加減に!!」


 戦斧とまともに刃を合わせてしまったレーダ、その彼のバスタードソードが大きく欠け、アンナの魔法も打ち止めの様子だ。状況はどちらにも有利不利はない。


「うわっ!?」


 震えるアデルを大きく片手で持ち上げたホブゴブリン、股間を濡らすアデルのその身体を大きく振り、それを床にと叩きつける。


「アデル!!」


 ドク、ン……


 その時、ラディの身体を何かが強く木霊した。


――母さん!!――


 それは、ゴブリンによって殺された母の姿。その無惨に潰された母の姿をラディが思い浮かべた時。


「この!!」


 神速、まさにその言葉が相応しい勢いでラディの細い身体が跳ねる。


 グゥ、ア……!!


 その剣を腰だめに構えたラディは目にも止まらない速さでホブゴブリンの脚へと小剣を突き刺し。


「これで!!」


 そのままの勢いに任せたまま、床にと倒れたホブゴブリンの心臓にと自らの小剣を凄まじい力で突き刺した。


「ラ、ラディさん……」

「アデル!!」

「レ、レーダ……」


 地面を這いつくばっているアデル、彼は震える脚を押さえながら立ち上がり、レーダの方へとその指を向ける。


「レーダさんと、アンナさんが!!」

「レーダ!!」


 戦斧の一撃を食らい、スケイルの鱗片を撒き散らしながら壁にと打ち付けられるレーダ、苦痛の呻きを上げる彼の隣にはグッタリとしているアンナの姿がある。


「レーダぁ!!」


 そして、またしてもラディな一陣の紅き疾風となる。




――――――




 アデルの怪我が大した事ではなくて、レーダ達には幸いだったであろう。


「すみませんレーダさん、僕が不甲斐ないばかりに……」

「いや、傭兵の仕事とはこんなもんだ」

「すみません、すみません……」


 で、なければ治癒の魔法は使えなかったはずだ。


「全く、参ったわよ……」


 レーダと同じくアデルの治癒魔法によって怪我を治してもらったアンナ、その彼女はいとおしそうに。


「や、止めてください!!」


 彼アデルの身体を軽く抱き締める。


「あら、アデルあなた……」

「な、何ですか……」

「何か、臭いが……」

「こ、これはゴブリン達の……」


 そう言って、アデルはゴブリン、ホブゴブリン達の死体を見てしまい。通路の隅に行ってその肩を上下させる。


「いや、しかし……」


 そのアデルの背をさすってやるラディの後ろ姿を見やりながら、レーダは。


「魔法の剣の、力だろうな……」


 不可思議な紋様が刻まれた鞘にと収まる小剣、それを携えているラディに何とも言えない視線を向けていた。

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