第4話「神殿のゴブリン」

  

「また、ゴブリン退治か……」

「そう愚痴るな、ラディ」

「だってよ、レーダ……」


 キィン!!


 その振るったラディの両刃剣、紅い光を放つショートソードはレーダの片手半剣を受け止める。本来なら小剣でそんな芸当は出来ないはずなのにだ。


「何か、今もゴブリンに昔ほどの特別な恨みがあるわけじゃないし……」

「以前、俺達の村に襲ってきた事があっただろう?」

「そ、そうだったね」


 ラディはその小剣に右手も沿え、力を込めてレーダのバスタードソードを押し返す。その力は強い。


「良い剣だな、これは……」

「一応、魔術師ギルドで鑑定をした結果が出ているぞ、ラディ」

「何て言っていた?」

「解析不能、だとよ……」


 その言葉を受けてラディは自らの手に携えている剣、今なお天に昇っている太陽の光にも負けない位に輝く紅き剣の刀身をじっと見やる。


「でも、すげぇやこの剣……」


 何でも、たとえ不明な点があっても単純に表面だけで物事を考えてしまうラディの楽天さには、レーダは苦笑いを浮かべるしかない。


「今度のゴブリン退治」

「うん、レーダ?」

「アンナも付いてくるぞ」

「ふーん」


 何かぼんやりとしたラディのその生返事、それには構わずにレーダはその口を開き続け。


「それと、あのアデルという奴もだ」

「えっ!?」


 今度はラディもその言葉には食いついた。レーダの、常にあまり表情を動かさないその顔をじっと見つめ。


「ああ、確か教会からの依頼とか言っていたな、ウン……」

「何だ、解っているじゃないか」

「でも……」


 合点がいったように頷いたは良いが、その後彼ラディは顔を曇らせる。


「アイツ、戦いなんて出来るのか?」

「戦わなくても、治癒の魔法なら使えるだろう?」

「どんなもんだか……」


 臆病者、神官見習いであるアデルの事をそう認識しているラディにしてみれば、いくら支援役とはいえ彼がゴブリン退治に参加している姿は想像が出来ない物である。




――――――




「あの、ラディさん……」

「何だよ、今度は……」


 このやり取りはこの古びた神殿跡、そこに入ってからもう五回目である。レーダも、魔術師アンナもその目は笑っている。


「ゴブリンの話か?」

「は、はい……」


 先の戦闘で一度、ラディ達がゴブリンを蹴散らす姿を見て「吐いて」しまった彼の姿に、ラディは失望の色を隠せない。


「こ、ここのゴブリン達は何か悪い事をしたのでしょうか?」

「いや、恐らくはしていない」


 そのアデルの質問に答えたのはレーダである。彼のその答えに、アデルはおっかなびっくりといった表情を見せながら。


「じゃあ、なぜ……」

「してからじゃ遅いからだ、アデル君」

「……」


 それでも言葉を続けたアデルに、レーダは言い聞かせるような口調で静かに語る。


「この神殿跡から、半日もすれば付近の村々へとたどり着けるのよ」

「は、はい……」

「それに、キャラバンも襲うかも知れない」


 今回、この黒髪の女魔術師がゴブリン退治に加わったのはその可能性を懸念しての事だ。何でも教会からキャラバンの長へと加勢をしてくれと打診があったらしい。


「まあ、もしも運悪くゴブリンの数が多ければ」


 彼アデルの気持ちをほぐそうとしているのか、レーダは軽い口調の声を放ちながら。


「撤退してキャラバンなり、教会なりに伝えればいい、それだけの話だよ」


 その目を周囲へと配る。神殿には石造りの天井の割れ目から日が差し込むため、灯りはアンナが唱えた「灯火」の魔法だけでいい。


「は、はあ……」

「傭兵は命を無駄にしないものさ」

「ぼ、僕が言っているのはそういう事ではなく……」


 脇でその話を聴いていたラディには、いやレーダもアンナもアデル少年が言外に言っている意味は解っている、だが。


「アデル、それを言っちゃ俺やレーダの仕事が出来ないんだよ、馬鹿……」




――――――




「役に立たねぇな……」

「す、すみません!!」

「いや、いいけどよ……」


 またしても「吐いた」彼アデルを気遣ってレーダが小中止を入れたは良いが、ゴブリンからの剣をまともに胴にと食らったラディがアデルに治癒の魔法をお願いしたところ。


「何で、教会はお前みたいな奴をこんな仕事に……」


 ラディの革鎧、レザージャケットを脱がせ、その下に出来た痣を見せた途端、彼の手が震えだして回復する所では無くなったのだ。


「あんまり苛めちゃ可愛そうよ、ラディちゃん」

「フン……」


 結局その傷はアンナが慣れない治癒の魔法、本来なら魔術師にとって管轄外であるその魔法によって治してもらったはいいのだが。


「ほら、アデル君ゆっくりと飲め……」


 レーダに介抱されているアデル、振るえる手で果物の味が付いた水を飲んでいる彼にと、ラディはジト目の視線を向ける。


「なあ、レーダ」

「何だ、ラディ?」

「一旦、引かないか……」

「……」

「今はまだいいけどよ」


 そのラディの言葉、それはアデルの存在を意識してだ。


「何か、大物が来たら……」


 その時、まさにその時ラディの耳と感覚に。


――……ズゥン――


「おい、レーダ……」

「どうした、ラディ?」

「おいでになったようだぜ……」

「何……?」


 今回、レーダもラディも頭には革兜を被っている、それにも関わらずラディの耳には、何者かが強く石の床を踏み鳴らす音が聴こえたのだ。


「ラディちゃんのいう通りよ」


 どうやら手短に省略魔法を使ったと思われるアンナ、彼女がその顔を険しくしながら。


「ホブゴブリン、それが二匹いる」

「ちっ……」

「もちろんゴブリンもよ、レーダ」


 この神殿の通路の幅は広い、この広さが逆に巨体を誇るホブゴブリンにとっては吉とでるかもしれないと、レーダは想像する。


「ラディ」

「ン……」

「アデルを頼む」

「解った」

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