第3話「港の街」

  

「俺達は慈善事業じゃない」

「しかしな、あんたら……」


 正直、逃がしたゴブリン二匹を村人達の手で仕留めなくてはならなくなった事、それを先程からこの村の村長にレーダ達は責められているのだ。


「全てあんた達で片付ける、それが最初の約束じゃなかったかね?」

「だったら、逃げたゴブリンをそのまま逃がせばよかったんだ……」


 村長の魂胆は目に見えている、依頼料を少しでも値引きしようとする考えなのだ。


「俺達は、最初の契約通りの仕事をした」


 レーダはこの手の相手のあしらいには慣れている、伊達に傭兵をやっていない。


「全く、だから傭兵はならず者だと……」

「……」


 自警団の団長らしい、その壮年の男の声にもレーダは眉一つ動かさず。


「そう言うなら、奥に転がっているホブゴブリンの死体を見て、勝てそうだと判断してから言うんだな」

「チッ……!!」


 そのレーダの言葉を聴いて、しかめ面をしつつ土にと唾を吐く団長。もちろんそんな態度をとられてもレーダの表情はその金髪の毛一筋程も動かない。


「ゴブリンって強かったんだろ!?」

「いや、俺達にかかれば大した相手じゃない」

「すごいなぁ!!」


 レーダと村長たちのやり取りを他所に、ラディはこの炭鉱近くに興味本位でやって来た村の子供たちとなごやかな会話をしている。


「テッツ、ラッチ、その男から離れなさい!!」

「えー」

「ただの流れ者なのよ、そいつは!!」


 その村長の妻と思われる女の叫び声、それに少しムッとした気分になったラディではあったが。


「報酬は頂くぞ、きっかり」


 一瞬にして見せたレーダの鋭い視線に、ラディは開きかけたその口を閉ざす。


「フン……」


 それでも村長は何だかんだ言ってきたが、レーダはもう相手にしなかった。




――――――




「これが今月の仕送りだ」

「へえ……」


 レーダによって手渡された小さなチェスト、陽光に照らされた宝箱の中身を覗いた魔術師アンナは、感嘆の声をあげつつ。


「結構、儲けたもんねぇ……」


 やや、皮肉げにレーダの顔を見やる。彼女が付けている香水の匂いがレーダの鼻につく。


「それよりも、早く封をしてくれ」

「わかった、わかった……」


 そう言い、アンナは一つ咳払いをした後に懐から二枚貝の欠片を取り出し。


「シールズ……!!」


 その手に握るワンドを振って、そのチェストにと「封」の魔法を掛ける。


「そして、これが今回の依頼料だ」

「毎度あり、レーダ」

「少し、色をつけておいた」

「あら」


 レーダのその言葉、それを聞いた時アンナは驚いた顔をし、自らの頭にと被っている三角帽子のつばにと手をやる。


「嬉しい事いってくれるじゃない」

「世話になっているからな」

「だったら」


 口紅をつけた唇、それを尖らせながらアンナは微かに息を吐き出した後。


「仕送りに、妹さんにでもプレゼントを付けたらいいのに」

「不要、だろう……」

「フフ……」


 そのレーダのそっけない言葉にアンナは艶っぽく笑った後、よく晴れた空を見上げ。


「じゃあ、行ってくるわね」

「今度、お前も俺達の仕事に付き合わないか?」

「どうしようかしら……」

「ま、まあお前は傭兵ではないけどな」

「そうねぇ……」


 しばしの間、その人差し指を唇に付けて考えていた風のアンナであったが。


「おい、ダンナもういいか!?」

「ああ、すまないな……」


 女魔術師アンナが所属するキャラバンのリーダーからの声が掛かり、その考えを中断する。


「じゃあ、またねレーダ」

「よろしく頼む」

「ラディちゃんにもよろしく」

「ああ」


 と、無愛想に呟いた後、彼レーダは港町の船着き場の方向にその足を運ばせる。そこにラディがいるはずだ。




――――――




「それを俺、ラディがこの剣を振るってバッタバッタと……」

「……」

「……あれ」


 カモメが鳴いている船着き場で、ラディは、潮の匂いを感じながらも片足をそこらの木箱に立てて、紅い光を放つ剣を振るっている。


「この話、つまらない?」

「い、いやそんな事ないです、ラディさん」


 そのラディの自慢話を聴いていた赤髪の少年、ラディ少年と同じ髪の色をし、その身に付けている神官着から聖職者だと解る少年は、そのラディの不満げな声に慌てて首を振る。


「ただ、怖いなと……」

「全く……」


 正直、ラディにしてみればこのアデルの臆病さは少し腹立たしい。


「今度、お前も俺達に付いてくればいい」

「い、いやですよそんな!!」

「ちぇ……」


 それでも、彼ラディはどこかこの少年の事が気に入り、この港町に「帰る」ごとに彼へその時の「冒険」の話を聞かせている。


「それで、そのホブゴブリンをこの剣で……」

「何をやっているんだ、ラディ!!」


 その声、それを聞いた途端ラディのみならず、アデル少年もまたその身を竦ませる。


「あ、ああレーダ早かったね……」

「誤魔化すな、馬鹿」


 肩を怒らせ、スタスタとラディの近くへとやって来たレーダはアデルに軽く頭を下げてから、ラディの持っている剣を奪おうとする、だが。


「お、重い……」

「だ、大丈夫かレーダ!?」

「いや、大丈夫だが……」


 見たところショートソード並の長さである両刃の剣、しかしその外見に似合わぬ、彼レーダが得物にしている片手半剣重さを持つ剣に彼は驚きつつも、剣を石畳にと置き軽く呼吸を整える。


「お前、いつの間にこんな剣を軽々と……?」

「いや、そんなに重くはないけど」


 そうラディは言いながら、その紅い剣を左手で持ち上げ、軽く振るう。


「ラ、ラディさん危ないですよ……」

「そ、そうだ」


 息を整えたレーダは、そのアデルの言葉にその顔をひきつらせ、ラディの事を睨み付ける。


「剣に呪いでもかかっていたら、どうするんだ……」

「だから大丈夫だったじゃないかよ、レーダ」

「そういう問題じゃないって言うのに、全く……」


 レーダにしてみれば彼ラディのそういう所を何度も注意しているのだが、いっこうに直る気配がない。レーダの悩みの種だ。

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