第2話「ホブゴブリンとの死闘」

  

「そうか……!!」


 恐らくはゴブリンのリーダーであろう。レーダの知識ではゴブリンの王か、またはホブゴブリンと呼ばれる巨漢のゴブリンであろうと見当をつける。


「いくぞ、ラディ」

「おう!!」


 先の広間までには罠はない、その事を確かめたレーダは一気に勝負をつけるべく、その足を早める。


「広間に入ったら、俺はどうしたらいい、レーダ!?」

「まずは敵の数の確認だ」

「はいよ!!」

「それほど多くはないと思うがな……」


 光が見える、広間の灯りだ。


「別な場所に出入り口があって、そこから逃げてくれればいいが……!!」


 だが、そのレーダの希望は外れ。


「ホブゴブリンか……!?」


 棍棒を構えた白い膚をした大柄なゴブリン、それを先頭にして手負いのゴブリンを含めた連中が、憎しみに満ちた視線でレーダ達を睨み付ける。部屋の灯りは明るい。


「ホブゴブリンは俺が相手をする」

「大丈夫か、レーダ……?」

「それはこっちの台詞だ、ラディ」


 その言葉が意味する所、それは残りの敵をラディに全て任せるという意味だ。


「……」


 レーダはそのまま、その身体から肉の腐ったような悪臭を放つホブゴブリンと静かに間合いをとる。彼レーダの口の中に唾の香りが染みる。


「……!!」


 先に攻撃を仕掛けたのはホブゴブリンの方だった、咆哮を上げながら降り下ろしたその棍棒の一撃をレーダは剣によって受け流す。重い一撃だ。


――シャア!!――


 それと同時にラディにと襲いかかるゴブリン達、どうやら連中もレーダは「親玉」であるホブゴブリンに任せる様子だ。


「何の!!」


 錆びた小剣による一撃を、ラディもまた自らの剣によって受け流し、そのまま返す剣でゴブリンの腕を傷つける。そのラディのすぐ脇を、手負いのゴブリンを含めた二匹のゴブリンが通り抜ける。


「甘いよ……」


 洞窟、この炭鉱の外には依頼主である村人達が待機している。いくら大した訓練を受けていない村人といえど、二匹のゴブリンならば何とか討伐出来るはずだ。


「ちっ……」


 ホブゴブリンと対峙しているレーダ、彼の本心から言えば盾が欲しい所であるが、その盾は洞窟の見張りとの戦いで留め革の部分が切れてしまったのだ。そう思うほどホブゴブリンの攻撃そのものの一撃は、狙いこそ甘いが重い。


「まあ、いい……」


 片手半剣を片手で使いたい、そう頭の片隅で思っても埒が開かないことは当然であると思っているレーダは、そのまま剣を両手に構えてホブゴブリンの隙を狙う。


「そら!!」


 ホブゴブリンが棍棒を持ち上げた瞬間、レーダはバスタードソードの切っ先をその大柄なゴブリンの顔にと向けた。それに怯んだのか、僅かに引いたホブゴブリンに出来た大きな隙。


 ザ、シャ!!


 ラディが最後に残ったゴブリンの胸にとショートソードを突き立てた瞬間、レーダもそのホブゴブリンの隙を狙い、軽いフェイントを仕掛けた後。


「レーダ!!」


 ラディ少年が声をかけ、ホブゴブリンの気を僅かに引いてくれたその瞬間に、レーダは一気にフェイントからの連続攻撃をホブゴブリンにと行う。ホブゴブリンもその攻撃を二撃までは棍棒で受け止めていたが。


 バキィ!!


 レーダの三撃目の剣によって棍棒が砕かれ、そのまま勢いを増したバスタードソードによって、その締まりのない脂肪に覆われた首を切り落とされた。




――――――




「レーダ、早く出ようよ」

「まあ、待て……」

「臭くて堪らないよ、こんなところ」


 一応、ゴブリン達もこの部屋の小脇にトイレ位は作ってある様子であったが、食べ残しか何かの臭いがこの部屋には充満している。松明の獣油の臭いも酷く、換気の為の小穴が外にと通じてなければ、ゴブリン共の血の匂いと混じって窒息する前にその臭いで参ってしまう所だ。


「あれ、どう思う?」

「あれって?」


 そのレーダの指差した先には、赤い色をした箱。何かを入れる為の宝箱だとラディは思った。


「そこの台車や麦などと同じように、村人から盗んだものか?」

「さあ、解らないよ」

「気になるな……」


 レーダがその宝箱の事を気にするのは、恐らくこの部屋に幾つか宝石があった為であろう。確かに村人が持っている品物とは考えづらい。


「ラディ、開けられるか?」

「無理だよ、俺盗賊じゃないもん」

「そうか、無理か……」


 しかし、口ではそう言いながらもレーダはその宝箱の前で膝をつき、じっとその箱を眺めている。


「ラディ、そこにロープがあっただろう?」

「何をする気だよ、レーダ?」

「まあ、見てろ……」


 そう、囁きながらレーダはラディから受け取ったロープの先端に腰のダガーを結び付け、そして。


「あ、危ないよレーダ……」

「鍵は掛かっていないようだ」

「もう……」


 宝箱の蓋に見つけた隙間、そこにダガーを差し込む。そしてそのまま。


「ロープの長さは充分だな」


 一つ呼吸を整えてから、宝箱を持ち上げる。万が一の為に顔を背けたままレーダは宝箱にとロープを巻き付け始めた。ダガーは宝箱から抜かないように慎重にだ。


「少し部屋の外に出ていろ、ラディ」

「あ、ああ……」


 言われるがままに部屋、広間の外に出たラディ。その姿を確認したレーダは、大きく息を吸い込んだ後。


「ふん!!」


 あらかじめ余分な長さを残していたロープ、その端を握りしめて思いっきり引っ張る。


「むっ!?」


 何か、赤い光が宝箱から発せられるのを見たレーダはあわてて部屋の外にと出る。ロープは握り締めたままだ。


「……レーダ?」

「ああ……」


 その光は直ぐに収まり、再び松明の灯りのみが部屋の中の照明となる。おそるおそる宝箱を見に行ったレーダの視線の先には。


「剣、か?」


 色が赤から白にと変わった宝箱、蓋が開いたその箱からは一振りの剣。


「な、なんだろうレーダ!?」

「さて……」


 ちょうどショートソードと思われる剣がこぼれ出ていた。


「もしかすると、魔法の剣かもしれん」

「魔法の剣か……」


 何か奇妙な紋様が施された鞘、それから見てもこの剣が、恐らくは特別な物であると推測出来る。


「依頼主の村人、村長は何か言っていたか、ラディ?」

「いいや、こんなのがあるなんて聞いてなかったよ」

「なるほど……」


 その言葉を聞いて、レーダは僅かな間視線を上げ、何かを考えていたが。


「もしも、依頼主達がこの剣の事に何も言ってこなければ、俺達がいただこう」

「いいのかい、レーダ?」

「特別報酬ってことでな」


 レーダはそう言ってニカと笑う。その時だけ、彼も年相応の青年の顔になる。


「つまり、この事は秘密にしておけって事だ」

「わ、解ったよレーダ……」


 その言葉に、少しラディ少年は口ごもりながらも。


「しかし、魔法の剣か……」


 レーダが開けた箱から出てきた剣、それにと触れる。


「あ、抜くなよラディ」

「え、どうして?」

「あ……!!」


 そのレーダの注意の言葉は少し遅かった様子だ。ラディはすでにその剣を鞘から抜き。


「へえ、綺麗な剣だな……」

「まったく……」

「光ってら……」


 その刀身、紅い光を放つその刃に魅入っていた。


「で、何で抜いちゃだめだったんだ、レーダ?」

「呪いの剣かもしれないだろ……」

「あ、そうか」


 レーダは昔馴染みのこのラディ少年の事は認めている。しかしこの無鉄砲さと無知は。


「どうにかしなくてはな……」


 とも、彼は思う。

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