第3話
何かが顔に当たる感覚でふと、我に返る。
体を起こし、顔を触ると何かの液体でぐっしょり濡れている。
(なんだこれ……)匂いを嗅いでみる。
「臭っさ!!!!!」
嗅いだ瞬間に戻った意識がまた暗転するところだった。
(なんだこの、某グルメ漫画の食材のようなものは!)
「臭っせぇぇぇ!マジで、なんだよこれ!」手や体、全身にまとわりついている液体を必死に振り払う。
なんとか、耐えられるレベルまで液体を落とす。
一通り落としたあと、一旦冷静になり辺りを見回す。
近くにさっきの臭い液体の水溜りがある。他にも、洞窟なのにやけに明るいと思っていたら、そこらじゅうに光る岩?みたいなものがある。
「ここ何処だ?」(臭っさ……)
今まで生活していた日本とはかけ離れた場所に戸惑う。
すると突然、さっきの出来事の記憶がいっきに頭に流れ込んでくる。
(そうだった……俺死んだんだ……けど、全然死んだ実感ないな。まだ生身だしちゃんと制服も着てるし。ここがあの世ってやつなのか?そういえば、さっきの女子どこいった?)
記憶が突然戻ったことで、先程の女子を思い出したので、すぐに探す。が、ある疑問が頭に現れる。
「それ以前に一緒にここに来てるのか……?」
「ねぇ……」
「ふ、おうぉ!!??」
唐突に後ろから声をかけられ、思わず奇声をあげる。
「あ、ごめんなさい……」
恐る恐る振り返ると、一緒に落ちた女の子が申し訳なさそうな表情をして立っていた。
「君も一緒に来たのか。」
素直な疑問を口にすると、皮肉や嫌味な意味だと捉えてしまったのか、
「スイマセン……生きててごめんなさい……」と言ってますます申し訳なさそうに体を縮みこませた。
「多分捉えた意味が違うぞ?!言葉の意味以上のことはないから!!しかも、結果的に生きてるんだから大丈夫だぞ。」
必死になって説明すると、誤解が解けたのか、女の子の表情が少しだが緩んだ。
(これは生きてるのか?けど、彼女が安心したならいいか……)
「とりあえず、ここから出ようか。あ、俺は出口わからないんだけどね……歩けそう?」
「大丈夫です……」
「そしたら、ゆっくり行こうか。」
彼女の意思を確認してから洞窟から出るために歩きだそうと足を踏み出す。その瞬間。
「パキパキ……」なにか割れているようなどこからともなく音が響く。
(なにか踏んだかな?……)足元を確認しても何も踏んでいない。
すると突然、後ろを歩く女の子が悲鳴をあげる。
「きゃあぁぁ!!!!」
「ふ、おうぉ!!??」
先程と同じリアクションで女の子の声に驚く。
「どうした?!」女の子の方に振り向いて周囲を確認するが、何もない。
「あ、あれ……」女の子が恐る恐るゆびを指した方向は俺の真上だった。
女の子のただならなぬ様子からすぐに上を向くと、光る岩だと思っていたものの破片が少しずつ降ってきていた。割れたところから何かの触手?みたいなものが出てきていた。
「なんだあれ……」岩だと思っていたものはすぐにどんどん割れて、大きさ2メートル強程もあるものが、ズルリと頭上に落ちてきた。
「危ねえぇ!!」咄嗟に後ろにいた女の子を抱き寄せ前に跳び退く。背中をクッションに、なんとか怪我をさせないように倒れ込む。
「大丈夫か?!」背中に走った激痛に顔を歪ませながらも女の子の状態を確認する。
「大丈夫ですけど……あ、頭から血が……」
女の子に言われ、後頭部の辺りを触ると手に鮮血がついてきた。背中の痛みが強すぎて気づかなかったらしい。
「これくらい大丈夫……ただ、悪いけど少し走ってもらうよ。」
上から降ってきた謎の生物は日本でみたことのある、タコのような生物だった。ただし、体躯はタコと比較にならないくらい大きく、触手の吸盤のようなものからは紫の瘴気が出ている。さらに目も触手も数は日本のタコの数倍の数はある。
よく見ると、触手の節々から先程顔にかかっていた液体が染み出していた。
産まれたてのタコのような生物はこちらに無数の目をこちらにいっせいに向けると、ペタペタと触手をうねらせ、滑るようにこちらに向かってくる。
「走るぞ!!!立って!!!」女の子の手を引っ張りあげ立たせる。
(折角、二人ともなく生きていたと思ったのにこんなところで死ねるか!!)
女の子の手を握り、必死の勢いで走り出す。幸い、洞窟の中は広く、逃げやすくなっていた。
だが、逃げやすいと言っても、足場は悪く、さらに女の子一人を連れてとなると逃げ切れるか怪しかった。
しかも、走れど走れど出口の光は見えてこない。
「ハァハァ……」後ろを走る女の子の息が荒くなってくる。
かれこれ、2分ほど走ってる。かく言う、俺自身も息が切れてきている。
少し振り向き、後ろにいるタコを見るとペタペタと不気味な音を洞窟内に響きわたらせながらつかず離れず、一定のペースで追ってきている。
後ろを見たとき、タコと目があった。気のせいかもしれないが、その時、タコは目だけで表情は分からないのに笑った気がした。
そこで、俺は確信する。
こいつは俺らをわざと捕まえないで追ってきていると。
疲れさせ、絶望を感じさせ、そこを捕食するために。
全身の毛穴が締まる。
俺はこのままじゃ逃げられないと悟った。
女の子に声をかける。
「俺が時間を稼ぐから、逃げてくれ。あいつは俺らに絶望を与えるためにわざと捕まえないでいる。それなら俺が囮になれば君だけなら逃げれるはずだ。」
走りながら、女の子に必死に声をかける。
「それなら、私が囮になります。どうせ死ぬつもりだったんだし……ここで死にます。」
俺は思わず声を荒げる。
「まだ、そんなこと言ってんのか!俺は君を助けたから弟達に会えなくなったんだぞ!確かに君は助けて欲しくなかったかもしれない。でも、君の死ぬ理由はこの場所にはないだろ!!」俺は今更、弟達のことを思い出す。
もう二度と会えないであろう、弟達のことを。
「頼む!逃げてくれ……もし俺が生き抜けたらまた会おう。もし、生きて会えたらその時は名前を教えてれ。」女の子はゆっくりと頷く。
俺は女の子を先に走るよう促し、タコの怪物の前に立ちはだかる。道は一本道で俺が死ねばあの子が危ない。
洞窟の中はところどころ、鍾乳洞のようになっており、俺はつららのようになった結晶の塊を折る。長さは70センチ程ある。それを片手にタコと対峙する。
そこで、またタコが嗤った気がした。限りないほど邪悪な嗤いでだ。
またも全身の毛穴が締まる。
だが、今は後ろに守るべき人がいる。気を奮い起こすと同時に、タコの触手が俺の頭上めがけて振り下ろされる。
間一髪、手に持った結晶で触手をいなす。中学生の頃一年だけ習っていた剣道がこんなところで役に立つとは。
だが、その一撃だけで結晶が半分ほど折られてしまう。
「マジかよ……くそ。」思いの外、強力な攻撃に悪態をつく。
しかも、よく見ると触手に叩きつけられた地面から煙が出ている。その煙からはあの液体と同じ匂いが漂ってくる。
「臭っさ!!!やっぱりキツイなこの匂いは……」
俺は半分になった結晶をタコの目をめがけて投げつける。それは回転しながら何個もある目の内の一つに突き刺さる。
その攻撃が案外効いたのか、タコが激しくのたうち回る。俺は続けて攻撃しようとその場に無数にある結晶のつららを再び折って手に取る。が、それに気付いたタコは突然、紫の瘴気を吹き出しそれで洞窟を満たし始めた。
咄嗟に袖で鼻と口を覆うが、少し瘴気を吸ってしまう。
すると、目眩と全身を痺れが襲ってきた。
そこを狙ったように、触手が横薙される。咄嗟にガードするが、強度のない結晶の塊はバラバラに砕け散り、俺自身も吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられる。意識が飛びそうになる。だが、なんとか繋ぎ止める。が、それが限界だった。もはや体は動かず戦う気力も残っていない。タコが迫ってくる音が聴こえる。
追いかけてきていた先程とは違ってゆっくりとだが、ズルズルと不気味な音はより一層響きわたらせながら。
俺は目をつむり覚悟を決めるが、ふと、あの女の子のことを思い出す。
(俺が死んだら誰が守る?名前を聞くと言った。死ぬ覚悟じゃなく、守る覚悟を決めろ!)
振り下ろされた、触手を転がりながら避けて、壁に手を付き、なんとか立ち上がる。
三度、タコと向き合う。
その時、タコからは余裕は無くなり、代わりに怒りを感じ取ることができた。
なんだ、この虫ケラは!と。
俺は一気に間合いを詰める。手を開く。さらに指と指の間を閉じ、それをそのままタコの目に突き刺してやる。
「ブチュリ……」気持ち悪い音を立てて、タコの目を深く穿った。
それを視界に入ったタコの目にどんどん食らわす。タコは俺を捕まえようと激しく抵抗したが、俺は奴自身の懐の中にいるため中々補足できない。
結局、8個程目を潰したが激しく身を振られ、吹っ飛んだ。今度は受け身を取り、またなんとか意識を保つ。
それでも、今度こそは絶体絶命だ。先程よりも激しく体は痺れ、頭を打ったところから血が流れ出し、意識もほとんど無い。
(ここまで時間を稼げればなんとか、逃げ切れただろう……ごめん……名前聞けなかった。また死ぬのか笑っちまうな。フ……)
壁に追い詰められ、四方八方から触手が振られる。
(クソッタレが……)
俺の意識はまたも暗転した。
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