ものがたり
晴澄
0
走りたくない。このまま走り続けたところで何があるわけ? そうしなきゃならない、しないと駄目になるだけ、そんなの、そんなのは分かってる。それで良くなって、いっときは解かれて、でも何か引きずってて――ちびちびした揺れの繰り返し、ずっと閉じてる中のずっと軽く重いままの、不幸でもなく追い詰められつつある感じ、そこに戻るだけじゃなくて?
人はいつ追い詰められるんだろう? 逃げ場がもうないとき? 足が動かなくなったときのほうが多いんじゃないのかな。とにかくそのときが来るまでは走ろう、そのときが来てしまったら手でも足でも上げてすっかり諦めてしまおう、そう決心したはずだった。けどせめて気を楽にと思ってつくりあげたその観念は、もうそうしてしまえよと何度も語りかけてくる声に変わって、むしろそのときを早めようとして――
ほんとうのことを言えば、どうしてこんなことになってるかなんて分からないに決まってる。それに目をつむって分かるとこだけ見つけて、走んなきゃって血眼になってるだけだ。
電柱に付けられたライト、あのはっきりとした光まで、いや次の次ぐらいの光まで行ったら、やめよう。どうなってもいいからやめてしまおう。そんな思いの一方で、光に着いたら結局まだ走り続けることになるのだろう、そうしたら今度またやめる地点を新しく決めて、また過ぎて、また走り続けていくことになるのだろう、そんな無限の苦しみが続いていくのだろう、とも考え始めている。
一つ目の電柱を過ぎたとき、前面に影が現れた。影は伸びて、薄くなって、それから消えてしまった。なつかしい感じがする。夢を思い出した。子どもの頃の夢。
向かい合う影はこんなことを言った。「これから世界の裏側に行く。そうしたらそっちに向かって動き出す。
交渉すべきだった。一年でも長く交渉すべきだったし、影もある程度は分かってくれるはずだった。でも二十歳で決まってしまった。
二つ目の電柱が近づいてくる。いまきっと影に追われている形なのだろう。二十歳、あと一年ちょっとある、あと一年で死ぬんだ。
電柱を過ぎた。後ろの影は前に移って、伸びていく。それならあと一年ある、あと一年は死ねない。死ぬべきじゃない気がする、影と約束したんだ。影? そうだ影を、影を追いかけてやる!
走らなきゃ、止まるべきじゃない、限界なんか知ったことか! このまま走りきってやる! 走りきってやる! 走りきって――
でも誰が?
私が?
*
――四年前
遠い向こうに
高笑いするかのようなこの黒いうねりのなかを、しかし光が入りこむ。発光ダイオードのヘッドライト。平行に浮くようにして、前方の道路とガードレールを照らしながらこの車は進んでいく。
すずな 眠たいよ~う、ねぇ寝ていい? まだ着かないんでしょどうせ
すずな そうだよ生活習慣だよー、だって眠たかったんだからしょうがないじゃん
佳代 あぁあれ録っといたそういえば
すずな 動画で見ちゃったよー、お母さん残念~
佳代 そう、私見るからいいや
すずな ふふふっ
佳代 どしたん急に?
すずな え、あー、れいちゃんって子いるじゃんうちんとこに
佳代 あのすっごい可愛い子でしょ、バレー部なんだっけ?
すずな そうバレー部、でね、その子がね、裏アカで本アカの悪口めっちゃ言ってて、で、本アカのほう見たら裏アカの悪口言ってんの、ずーっと
佳代 ぐるぐるしてるんだ
すずな そう、馬鹿だわこの子、ほんと馬鹿だわ~
頬を照らす光を落とさないように操作する右手、ロングパンツのウエストゴムを引っぱったり放したりする左手。後部座席に寝そべる岩永すずなは少し寒かったから、白と茶色のシンプルなトライバル柄のタオルケットにくるまっていた。
必要な情報だけが明るくなっているこの車内には、一定のタイミングで大きく振動する走行音とクーラーの規則音、それからゴムが腹まわりをバンッと叩きつける音がたまに重なるようにして鳴り続けている。
すずな てかさ、この格好やっぱまずくない? 白ティーだよ? ラフすぎだよね
佳代 あんたが電話でてそれでいいって聞いたんでしょう?
すずな 普段着でいいって、黒いのはやめたほうがいいってしか言われてない
佳代 で私が言ってもそれ着てくって聞かなかったんじゃん、そうでしょう?
すずな うーんう~ん、まぁいいや、しょうがないっしょ、はぁ~、もう寝ま~す
すずながふてくされているのは、手先を動かす以外にやることがないからだ。もっと言えば、車がせっかく東海道を東に走ったのに、都心には入らず北上し続けたからだ。しかしそれ以上に、これから祖父の葬式に付き合わなきゃならないのが
そしてとどめの一撃はこれからの葬式とすずなの十五の誕生日が重なったことによって振り下ろされる。それもこれも後部座席で隣に座るべき姉がいま居ないせいだと、冷える車内ですずなは感じ始めていた。
佳代 ねぇすず、向こうに着いたらね・・・すず? あれほんとに寝ちゃった
母の声はすずなに
暗い空間に輝くものが見えてくる。水色の波だ。波はゆらめいて、それから穏やかになって、輪郭を解いた。平行に進む車は前方を照らしながら、黒い山を登りきろうとしていた。
*
「あなたはこの先に何があると思います?」 一人の声が後ろからこだまする。
「さぁ、なんだろうな、なーんにもないんじゃないか、少なくとも、俺は何かあると思ったことはないね、まぁあったとしてだ、なんの役にも立たないものなのは、確かだろうな」 もう一人の声が前からこだまする。
二人は頭上の岩に注意しながら、少しずつ
「お前さんはどうなんだい、ずっと意味深なことばかり、言ってるようだが」 前者が聞く。
「私は外に出たいんです」 後者が答える。
「ほらまた、どしどし中に入っておいて、外に出たいときた、はっ、するとなんだ、こっちは脱獄の手伝いでもしてるってか・・・まぁなんとなく分かってきたかも、しれんなぁ、俺もお前さんと、大して違わんのかもしれんな」
暗闇、緊張、すると勘は
「いまどきこんなことをするやつは、誰もおらんのによくやるよ、で、お楽しみのそのお外には、何があるんだい?」
「さぁ、あってもなんの役にも立たないものなんでしょうね」
「あぁそう、でもな、無意味だったしても、そんな馬鹿なことをするお前さんを、俺だけは誉めてやるよ、うん誉めてやる・・・お、さぁここまで来たぞ、さぁさぁ」
前者は立ち上がって歩き出す。後者もすぐそれに続く。
どこまでひろいか分からない空間が風もなく
「いまお前さんの顔を見ちまうと情が湧いちまうかもしれんからね、俺はここで引き返そう、あとはお前さん一人でおゆきなさい」
後者はそこにあるであろう顔のほうを見つめる。勢いの弱くなっていく三度の呼吸。それから後者は言った。
「それじゃあ、ここで」
前者も力を抜くような
後者は進んだ。洞穴は相変わらず何も見せてはくれない。音も匂いもしない。分かるものはもう、何もない。
*
光、両足、葉っぱ。邪魔くさい葉っぱ。足上げて進まなきゃいけない。
すずなは心の声を喋らせて、なぞっていく。頭がぼんやりしているとき、こうやって整理しようとする癖があった。しかし今回はうまくまとまってこない。というより、ひとつの現象から親しみのある全体が連想されてこないので、いくらそうしたところで今回ばかりはうまくいきようがない。意味が
同級生の机のほうまでこぼしてしまったサラダ、中学の裏庭にあった
今度はすずなと同じスピードで真横を歩く、二匹の青緑色のカッパがやってきた。つぶらな瞳だけは真っすぐに、短い手足をせわしく回している。シロゾウもやってきた。一歩が鈍い、というよりテンポがゆっくりしているのに、しっかり併走している。イリエワニも息を切らし、よだれをまき散らしながら歩いている。規則正しい鱗の並びを見せるその背中には、胴体よりも長いしっぽをぶらぶらさせるカマギッチョが付着していて、イリエワニは彼を迷惑だと感じているわけでもなければ特段配慮しているわけでもないそうだ。ただ無関心かと言われればそうでもないらしい。空にはヤマガラスがわざとらしく大声で鳴きながら飛んでいるが、後ろからその上空を
歩き続けるだけの現実が押し寄せる。また一から理解を始めなければならない。今度は冷静にやろうとすずなは気を持ち直した。
辛うじて分かることは、前を歩く背の高い女が普通じゃないということ。ぶらぶら揺れ動く袴姿はさておき、まず手に持ったライトはすずなたちに位置を分からせるためだけに使って、自分が前を確認するためには明らかに使っていなかった。慣れていればどうにかなるのかもしれないが、それにしたって
風涼しい、虫うるさい、見づらいなぁ、虫うるさいなぁ、いつまで続くのこれ・・・。茂みが地を膨らませている、そんなふうにも見える。その茂みの
風が強く吹いて、すずなの黒髪が目に入る。直そうと頭を振ると、黒く見える樹の上に空がひろがっていた。音が止んだ気がした。
しかしすぐまた下を向いて
すずなは空を眺めたいと願うだけになった。右も左も分からない、どれほど歩き続けなきゃならないのかも分からない。けれどもただ上をもっと見ることができたなら、それでもうすべて心に叶う気がする。そう思いつつも前を歩く女の足元に意識を戻したら、願いの締めつけられる感覚はゆるまって、すぅーっと前のほうへやわらいでいった。
女が止まった。
――― あっ休憩にしましょう、休憩休憩! 休憩でーすっ
振り返った女はライトの先端を回して焦点をひろげていった。はっきりセンター分けのミディアムシャギーに囲まれた顔が、薄い光越しに見てとれる。目を線にして
――― ごめんごめん、ちょっと急ぎすぎちゃったぁ、すずなちゃん疲れてない? 大丈夫? お腹すいてない? あともうちょっとでいっぱい食べれるから、ごめんね、お二方も平気ですか?
佳代 いい運動になってます、子どもに戻ったみたいで楽しいですよ、のははははっ
すずな 私はちょっとっていうかめっちゃ疲れたよ
――― そうだよね、ごめんごめん、あ、初めまして、でもないんだけど、あ、電話したの私だよ覚えてる? 宮本って呼ばれてます、よろしくね! あとちょっとだからね、休みましょーふぅー、あ、やっぱりお姉ちゃんにそっくりだねー、あ、
休ませろよと内心でつぶやきながら、すずなは前髪を残して後ろに結んでいく。うるさい虫の声を押し
立っているだけで膝に固いもので細かく叩きつけられるような痛みがしてくる。やや折り曲げてみたり、小刻みに揺れてみたり。
あ、とすずなは思い出した。
上を見よう。
星々が静止したまま流れている。白い星、青い星、騒がしい星、静かな星、近い星、離れている星。ひとつひとつの星は違っていながら、どの星もいつ輝き尽きるか分からない。そう感じながら、すずなは星々を腹のなかに落としていくように眺めていった。
果てしない向こうの
黒い大地から虫たちの声が降ってくる。初めて聴く声だった。もう一度上を向くと、星空がやわらかく泣いている。つややかに泣いている。やっと通じているということが分かった。通じていながら存在は
ある一点のほうから胸に迫ってくる音がする。どーんどん、どーんどん、どんどん、どーん・・・。すずなは我に返って女を見直すと、目が合った。
宮本 やばっ、再開しちゃった・・・そろそろ行かないと、行きますよ皆さん!
*
樹海に入ってからは
すずなはもう音が太鼓のものだと分かったし、人のざわついているのも聴きとれている。それもかなりの人の。奥の明かりもひとつではない。進めば進むほど、すべてがはっきりしていく気がする。赤がだんだんと大きくなる。
いよいよ樹海を抜ける。自ずと駆け足、残りの樹木の数が分かり、あと四本、三本、二本、そして最後の樹木を駆け抜けた。
宮本 とうちゃーく! ちゃーんと特等席!
人影がたくさん動いている。火の近くに次々に人が現れては消える、そんな箇所が四つ離れてあった。その火は
太鼓の音が胸から
燃え立つ円が見事に完成した。太鼓は三回の強音を尻に鳴りやみ、人々のざわめきも徐々に収まっていった。虫たちの声だけが響き渡る。すずなも息をのんで待った。
すると四点の松明の内側にひとつずつ、火が上がった。両手に持った松明、それに照らされる
火は炎を生んだ。最も高く大きく。そのとき太鼓が一勢に打ち鳴らされ、続けて円周の人々が歓声をあげる。その勢いにすずなの
炎は円に逆巻き笑う。火の粉は観衆をからかうように不規則に踊り散っている。生まれる前から、そしてこれからも従うことが決められている主のように、その中心は誰にも構わず禁止された遊びを一人遊んでいた。
――― 迅さん迅さん、ちょっとこちらへ・・・
後ろから男がほとんど
太鼓はどこから聴こえてくるかと見渡してみると、四点の火の前にそれぞれ
はっきりとしたフレーズが
すずなは左隣の人の歌声に気を凝らしてみた。
こんな歌だった。
どうせ死ぬなら
どうせ死ぬなら陽の下で
一をつくれば二に
解けば解くほど心は巻かれて
お前の姿に
どちらが眠ってどちらが覚めて
どちらが転んでどちらが起きて
鎖は回って地に落ちる
どうせ死ぬなら陽の下で
どうせ死ぬなら陽の下で
いつの間にか真ん中の炎の近くに二人の影が現れて、円の中を対極に走り回って煽り立てていく。立ち止まっては片足で回転したり、両手を上げ下げしてまた走り回る。そうして歌はますます大きくなっていく。どこかで見たモノクロのアニメがこんな動きをしていたのをすずなは思い浮かべた。しかし今動いているのは生身の人間で、片方がすずなの前に来たとき、一気に頭に跳ね上がるような恐れがやってきたけれど、両手の動きを見ているうちに自分たちがここにいるのは変なんじゃないかという胸を
すずなはなんだか楽しくなって、いつまでもここにいられるような気がしてきた。リズムに合わせて
すずな 痛い、痛いよお姉ちゃん~
――― お、よく分かったな、でも反応遅すぎじゃない? ほらほらいつもスマホばっか見てんだろ、首が前に浮き出てんぞ
すずな だから痛いってばっ、息できないぃ
――― 顎下げてケツ前に出してみな、楽になるから
すずな あほんとだ、じゃなくて放してってば! ・・・ふぅ~
首を回して焦点を戻すと見慣れた目がそこにあった。こちらを鋭くまなざす綺麗な二重、けれども目尻はまるみを帯びて、その矛盾に
意外だったのは自分よりも背が低くなっていたことだった。そう思った瞬間に目の前の顔がニヤリと笑って、すずなの
―――
すずな え、え、痛そうだからやめて、名前が
――― 痛くないよ?
すずな ちょっ、やめて、こわいこわいこわいこわいこわい
佳代
夂 お母さん~、来るのだいぶ遅かったね、もうおじい燃えちゃってるよ
夂が円の奥で横長になっている火を指差す。
佳代 あれお
夂 まんまバーベキューだから後で見るといいよ、あでももう焼き上がっちゃったかもしれない、結構経ってるから、今洗ってるところかも
夂の振る舞いを眺めているうちにすずなは複雑な気分になってきていた。
二年前の
いま喋っている姉の姿は苦しむ以前よりも深く
すずな ああ腹いてぇ・・・トイレ行きたい・・・
佳代 夂ちゃんトイレだって
夂 あ? あぁそう、ちょっと待ってな
が、特に何もしない夂。そして佳代と喋り直す。
すずなは周りを見渡すが、歌と太鼓の鳴り響くこの空間に、意識を越えて目が回り始めてしまう。やっぱり姉を許すべきでないとすずなは結論づけた、とそこに宮本が現れる。
宮本 はいはいどうしましたー? あトイレ! はいじゃあこっち来てねーそうそうこっちこっち
足早に火の元から去る二人、喋り続ける二人。
佳代 そっちの生活はどう? ちゃんと食べてる? お金大丈夫?
夂 そりゃたんまりよ、見てこれ、これも自前なんだよ
佳代 へぇーそうなの、それ剣道やってる人みたいね、下なんかしっかりしてて高そうだけど、決まってるのそれ着るの? それ綿?
夂 綿、ほかのよりも軽くできてるって言ってた、後で大活躍してもらう予定、な?
佳代 へぇー、でさ、あの燃えちゃってるのって大丈夫なの? その、法律的な話で、いや分かんないよね
夂 あれはねー、身内に燃やすとこで働いてる人がいて 、その人がごちゃごちゃしてくれるんだって、まぁ前もああやってたしたぶん大丈夫なんじゃない? 知らんけど、あとうちら的にもそういう人いたほうが合理的じゃん? すぐかい・・・処理できるわけだし、あ! おばーちゃんに会ってないっしょ、会ったほうが、あでも後でがいいのかな、ん~後でいっか
佳代 パパには会えた?
夂 ・・・会うわけないでしょ
佳代 そう、あのね。パパも言い出さないけど、相当悔やんでるみたいだよ、もうそろそろ連絡だけでもしてあげたら?
夂 そーゆうことを言うこと自体がおかしいの、なんで被害者から歩み寄らなきゃならないわけ? だいたいそーゆう変な重いのも誰も言い出さなきゃ無いに等しいんだから、だからもう無が無で万事解決! 無っ無っ無~っ! 分かったかこのやろう!
佳代 あははははっ、安心した・・・それでお
*
すずな あぁ~
それから辺りを見渡してみたが、また宮本がいない。なんとなくそのうち来るんだろうという気がしたので、興味本位で火の円とは反対側に歩みだして観察してみる。
暗い。
――― ねぇ、ねぇ
すずな あはい、私?
――― そう、あなたはお孫さん?
すずな 孫? ・・・あ~はいはい孫です、すずなって言います、どうもどうも
――― そう
すずな え?
すずなの手が浮き出して受け皿をつくる。親指に挟むように茎の長い花が乗せられる、それをすずなは見るしかない。
紫の花、青白い花。
茎は長短ふたつに大きく分かれていって、短いほうにはアジサイのように細やかな青白の花が四輪、長いほうには花びらのもっと大きい紫が茎の分かれ目からすぐ、そして先端まで
イルミネーションよりたった一つのキャンドルの美しさに近い、透明にきらめくこの花に、すずなの胸は甘く澄みきっていく。それから花は散って、舞い上がって、溶けて、消えた。
暗い。
すずな あ、幽霊か・・・綺麗な人
*
佳代 それでお
夂 いやぁ
佳代 そうだったの・・・私たちも最後にあいさつできたらよかったんだけど
夂 なんで残らなったかは分かる気がするけどね、てかあれじゃね、あいつがもみ消したに違いない、だって絶対連絡いってるはずでしょ
佳代 ありえるかもねーふふっ
夂 あの年で反抗期とかやばくない? 霊見えないからって、いやまぁそれは関係ないだろうけど、だって私がこーんなちっちゃいときにおじいと会ったっきり会ってないってことでしょ? まじないわー
佳代 あれぇ夂ちゃん、無じゃなかったのぉ?
夂 無だよ~
佳代 ちょっと、あははっははは
夂 じゃそろそろ行ってくるわ、ばいばい
佳代 どっか行っちゃうの?
夂 まあまあ、んじゃ
夂はそそくさと外周を駆けていった。入れ替わりですずなが戻ってくる。宮本はどこかに消えていた。
すずな ういーすっ、なんか宮本さんとめっちゃ喋ってきたぁ、あれぇお姉ちゃんは?
佳代 いまちょうどそっち行っちゃったよ、なんかあるみたい、へぇーなに喋ったの?
すずな さっきさぁ、トイレんとこで幽霊見たんだけどさぁ、それ伝えたらさ、なんかめっちゃ喜びだして! みんなに伝えちゃいましょーとか言って
佳代 いいなぁ、一回でいいから見てみたいなぁ、どんな幽霊だったの?
すずな んー内緒、あそうだ、あとね、食べものあっちのほうにあっていくらでも食べていいんだってさ
佳代 ほんと? じゃ行ってみる? もうお腹すいちゃって
すずな なんかこれ終わってからのほうがいいんじゃない? なんとなくだけど、雰囲気的に
伸びたり
いつの間にかすずなも膝を小刻みに揺らしている。ただ隣で真っすぐ跳ね続ける男のようになってみる意気はなかった。ここでは巻き込んでいくということが罪に問われないようで、いつ自分に何かやれと要求されてもおかしくない。すずなはそれが怖かった。
円の秩序は辛うじて保たれているようだった。真ん中の炎には抱えられるほどの大きさの
目の前に背の高い人が煽り役として近づいてきて、すずなの
宮本がまた離れていったところで、歌の中から
抜けて 捨てろ またとらえたいのなら
落として 拾え 再び起きるために
締めて 上げろ そのまま昇りきり
聴いて 触れろ 我々は辿り着く
世界を脱いで血を飛ばし 傷を
円が持ち直す。内側にいた人は炎の管理人を残して円周へと戻っていく。対して何人かが素早く内側に入って、真ん中の炎と円周の松明の間にある陰へと潜り込んだ。
出どころの分からないきんと鳴る打音は三回、二回の連続するリズムをゆっくり刻み続け、さらに今度は手拍子のアクセントがそこに加わる。その下では重低音が細かく規則的に、あるいはランダムに打ち鳴らされていく。円周の人々は弱火の松明の側で手を叩きながら身をかがめたりしゃがんだり、そして歌い続ける。
歌と太鼓が強まり速くなると、炎へと関心が緊張感を
ついに炎の
その
若い坊主頭の男は円側の火に照らされて、裸足で何かを払うようにして前進する。姿勢を正したかと思えば手を回しながら前に飛び、しゃがむ形で着地した。両手を前に伸ばしている。顔を上げるとその姿勢のままリズムに合わせて小さく跳ねだした。地の感触を確かめているようだった。
曲がまた強く早くなりだすと、手を腰につけて少しずつ立ち上がり、体を反ってわざとらしく
曲が弱まり遅くなってしばらくすると、三人の男女が陰から飛びだし、さっきの男と合わせて四角の配置につく。そこから似たような踊りを始めたが、今度は低い姿勢を保つ時間が長い。両端に火のついた松明が円から投げ渡され、四人は器用に前に振ったり背中で回したりして、そういう生き物がいるかのようにすずなには思われた。
曲が強まり速くなると、火の回転は目で追いきれないほどの速さになった。そしてピークを過ぎて曲が落ち着くと、太鼓の打音が分かりやすく小刻みになり、合わせて松明も一定の位置で回り続ける。
陰から一人が飛び出す。円からあぁと感嘆の声が
地を向いた手のひらはやわらかく、その両腕は上へ上へとひろげられていって白い
すべてが流れるようだった。どこから見られても構わないとでも言いたげな
曲が強まり速くなる。気づけば太鼓を横腹につけている人間たちが、円の外周を軍楽隊のように左回りに歩き出していた。四つの部隊に分かれて間隔を保って打ち鳴らすから、音が小さくなるということがない。夂も合わせて両手を自由に運ばせて身体の回転を多くしていった。けれども曲のリズムにとらわれすぎてはいないかのように、連続している踊りの流れを切りはしない。すると夂こそ曲を指揮している、それか曲も夂のすぐ側で踊っている、そんな感じがしだした。両手の右から左へのウェーブを何度か繰り返した後、腰から順に背中を反って頭が空を見上げた瞬間、前方斜めに入れるように一、二、三と回転し、力強く地を踏んだ。
すずなは間違っていた。夂との関係を元に戻すことなんてできやしない。すずなが意地を張っていた二年の間に夂は自分の生き尽くす場所を見つけ、それか創りだして、そしてすずなは取り残された。――遠い。夂が輝く星々のどれかなら、自分はそのどれでもない。曲がピークに達しようとしている円のなかですずなはそう思い知らされた。
曲が弱まり遅くなる。夂は仕切り直すかのように肩を揺らして袖を伸ばしづかむとぴたっと止まる。首かしげに下がり目、口元はよく見えない。かすかにその先からまた汗が一滴、流れ落ちた。
曲が強まり速くなる。火がまた高速に回転する。満を
打音も歌も火の回転もゆるまり落ちて、地に着く弾みも過ぎればなだらかな道のりになっていく。円がかすかに不安になる。中心の夂は空を見上げたまま動かない。夜がやってきた。胸の下に青い火が灯ってこぼれ落ちていく。背中に風が通る。地面に
夂 すずな!
円の曲が駆け上がって燃え立つ。ひろがる波は激流へ。両手が横にゆらめきながら足踏み、次第にすずなは身体の行きたがっているところが分かってきた。右に
円の曲がなだらかな道のりとなって、
円の曲が狂騒して自分という一切を燃やし尽くそうとしている。ひろがる波は銀と水色に輝いて、
*
イリエワニ で、誰が開けるの?
暗い木造の部屋の中に小さな火が灯った。少し離れてもう一つ灯った。封の切られた大箱を、動物たちが囲んでいる。
カマギッチョ 手がでかいやつでしょうよそりゃ
ヤマガラス じゃ俺はここから眺めるしかないわけだな、お手上げだもんな、残念だな
カマギッチョ そんなに言うならその減らず口使って開けてみればいいじゃない
ヤマガラス これは大事な消耗品なんだよ、気安く――
ばんっ、と部屋の外からシロゾウの鼻が床に叩きつけられた。
シロゾウ これ壊していい?
雄ガッパ やめときましょうか、外で待っててください
ヤマガラス ざまぁないね
シロゾウは反転してから足を折り曲げて腕を組んだ。
イリエワニ で、誰が開けるの?
静寂。
すずな 私が開けます
雌ガッパ いいの? すずなちゃん、ほんとにいいの? 無理はしないで
すずな 私やります
カマギッチョ 威勢がいいのは結構だけれども、勢いにまかせっきりってのも良くないんじゃない? まさかとは思うが、コノハズクのことを気にしてるんじゃないでしょうね?
ヤマガラス 人間様がやるって言ってんだからやらせればいいだろ、そもそもこいつらがしでかしたことなんだから、てめぇのケツはてめぇで
雌ガッパ ほんとにいいの?
すずな はい
雄ガッパ ・・・ではお任せします、繰り返しますが、まず少しずつ開けて様子を見て、大丈夫そうなら一気に開けます、それからつかみ取るだけ、そうしたらおさらばしましょう、よいですね?
頷くすずな。
シロゾウ ねぇ?
ヤマガラス なんだ! いいとこで
シロゾウ 私来た意味なくない?
カマギッチョ 確かに
ヤマガラス 数合わせだよ数合わせ
雄ガッパ ここに来るまで何があるか分からなかったんですから、言いっこなしですよ、それにそれはこれからも同じです、伝承は
カマギッチョ 伝承なんでんしょうね
ヤマガラス 食い殺すぞ
カマギッチョ まあまあヤマガラスさん、伝承なんでんしょうね、うふふ
シロゾウ はぁ、無駄死にだけは勘弁だなぁ
ヤマガラス 不吉なこと言うな、シロゾウのくせに
イリエワニ そろそろいいかな?
静寂。
ヤマガラス
雄ガッパ では、お願いします
すずなは皆に注視されながら、恐る恐る大箱のなかに手を入れて、小箱を取り出した。そして指四本でその上部に、一本で正面に張り付いた。
すずな ・・・開けます
ヤマガラス さぁ、どうなるか、さぁ
すずな 開けますよ、開けますよ
カマギッチョ 来る、来ちゃう~
すずな 開けますよ、開けるよ、開けるよ・・・開けるよぉ!
――― はよ開けんかい!
シロゾウの横を通って夂が部屋に入ってきた。
すずな お姉ちゃん、だってやっぱこわいよー
夂 じゃ私が開けるから、そこどいて
すずなの前に割り込んで、即座に夂は小箱に手を置いた。
すずな えっ、ちょっと
夂は一気に小箱を開けた。中からぴかっと閃光が走って、夂はとっさに顔を横に向けて、両手で両目を覆った。
すずな え? え? お姉ちゃん?
小箱からちょろちょろと細い水が吹き出している。
ヤマガラス なんだこれ、お前大丈夫か?
夂 いいから中を・・・
夂が力いっぱい目をつむったまま、小箱に再び手を伸ばそうとした瞬間、小箱から大量の水が部屋に流れてきた。他の皆はぎょっとしてその様を眺めるばかり、夂は水流をもろに食らって吹き飛ばされて、部屋の片隅に背中を強打した。
ヤマガラス あ、あぁ~逃げろぉ!
ヤマガラスは飛び去った。すでに部屋は水で一杯で、カマギッチョはイリエワニの背中をつかみ、イリエワニは床の合間をつかんで耐えている。シロゾウも外で踏ん張っていたが、ついに沈没船のように横転してから流れていった。ヤマガラスも追いつかれて呑み込まれて、羽を必死にばたつかせている。
イリエワニ あー深海にするつもりだねぇ、どうしようもないねぇ
カマギッチョがその上でなにかもごもご言っているが、イリエワニに乗ったまま流されていった。両ガッパは両手を繋いで水流にうまく乗っている。
すずなは気づけば片手で小箱をつかんで耐えていた。夂を探す。夂は身体を壁に押しつけられたまま、小箱のほうへ指をさし、それから力が抜けていった。
すずなは逆流のなか小箱へ向かってもう一方の手を伸ばし、中に入れた。水流のない空洞があった、しかしそこには何もなかった。すずなはヤケクソに手を握った。静止した何かをつかんだ。腕が二重三重四重と捻じ曲がって、全身は部分部分の原型だけ残してぐにゃぐにゃになって、ぐるぐる回り始めた。
すずなも水流になってしまったとき、つかんだものを可哀そうだと思った。そっと起こしてあげようと、指先を当ててみると、想像以上に強く叩いてしまった。
つかみ先は目を覚ました。小刻みに揺れてから、急にすずなの顔を確かめるように迫ってきた。すると夂のほうへ行って、丸呑みにした。またすずなのほうへ戻って来て、左目にするすると入りこむ。満足して右目から出ていくと、そのまま深海を駆け上っていった。
すずなはそれを見送ってから、深海の底に眠り落ちていった。
*
虫と夜鳥の声だけの静寂が人間たちを永遠に澄ませている。白く輝く
急に足腰の力が抜けて崩れ落ちる。すぐに夂と誰かが駆け寄ってすずなを支えた。
夂 ほら
円周のほうまで運ばれて座り込んだけれど、気分は悪くなかった。靴も戻ってきた。同じように座り込んだり移動したり、円は気をゆるめたようだった。
しばらくすると、太鼓が間を空けながら叩かれて、周りの人たちも立ち上がっていった。
夂 立てる?
すずな 大丈夫
男たちの掛け声と打音のなかにばりばりと鳴る音が混ざる。火の円が分断されると、その外側から十数人が何かを担いでやってくる。火に照らされて現れたのは木造船だった。
担がれた船は炎を中心に回り始める。すずなは儀式めいたそれをどう受け取っていいか戸惑った、というよりまだ頭がぼんやりしていた。ひとつひとつ言葉にしてみて分かったのは、屋形のなかに
船は三周すると祖父の火葬場のほうへ向かい出す。進路の松明が外されていく。担ぎ手も爆竹も静かになった。人々は松明を持ったりしながら船の両側に寄り添っていく。
遺体はとうに焼き上がっていたようで、八つの
すずなはその河の存在に今更ながら驚いた。河辺はまるい小石とアシの葉を始まりに盆地のほうへひらけていて、河はゆらめいてはいたが静かだった。
両側の人々は立ち止まって、船は火葬場と竹の囲いの横を過ぎていく。先に八人、河の浅瀬に浸かっていって、
火葬場前から男が
――― おおおおいっ、やめっ、やめんか!
――― だって焼いた後は好きにしていいって言ってたもん!
ざわつき始める。横にいる夂が溜め息をつく。
夂 やってくれましたねー占いの連中が
すずな 占い?
夂 そういう趣味なんだよあいつらは、あの中よく見てみ、綺麗になったおじいがいるから、で骨は占いに使う気なんでしょ、ちっとも当たらない占いにね
すずな へー例えば?
夂 んーとまず、正月にいつおじい逝くか占ったんだけど、来年って言ってたし、しかもやっぱり五年後! とか言いなおしてたし、私にもてきとうなこと言いやがったし
――― 何やってんだ馬鹿野郎!
――― おいアホ! キチガイ! いい加減にせんか! この
――― よく見えないよ!
――― お前も取られそうになってんじゃねーぞどもりが!
夂 ほんとだよ、ほらぁーすずなも引いちゃってんじゃん! なんか言ってやれよ!
すずな え、えぇ~、が、がんばれ~
場がどっと沸く。野次も煽りも本気で怒っているわけではないようで、それなりに怒っているようでもあった。それが唐突に静まり返る。争点に向かって男が詰め寄っていく。
――― 迅さん・・・
*
淡い暖色の飾りつけに満ちた室内、天井はそう高くない。ひとつの名がもうどれだけこの部屋のなかで、いつも優しく、ときにおどかすように呼びかけられただろうかと、男は思い返していた。事件があるごとに出来上がる記念日はそろそろ四周し始める。記念日は「重複したっていいじゃない」と不敵に笑いながら言った女に、どこまで本気なのかとは男は尋ねなかった。言葉を返す気力も起きないぐらい、特に脳幹のあたりが眠気に襲われていた。
四か月前に始まった新しい習慣はもうしばらく続きそうだった。朝も夜も唐突に起こされて、打って変わって音ひとつ立ててはならない静けさが部屋を浸す。足りなものは足していって、過剰なものは取り払う。ときに他者にもあからさまにか気づかれないようにか手伝ってもらいながら、この新しい習慣に慣れていった。異和感もいつの間にかなくなっていった。
恋人が母と父になるとはこういうことだな、と男は前に抱えた赤ん坊を上下に揺らしながら実感しなおしていた。女は男にまるで配慮せず、あれやこれや、次から次へと注文、訂正、注文を繰り返していく一方で、ときには恋人であることを恋しがっているかように男にゆっくり顔を着ける。どちらにしたって男は嬉しかった。
抱えているのは中心だった。生えかけの髪も産毛も腕もお尻も表情も雰囲気も、何もかもが甘くやわらかく夕日に映えている。笑うか泣くか黙るかの単純な表情が、奇跡のように男の感情をどこまでも転がしていく。赤ん坊に動かされる、こっちの表情や気を使って元気にさせる。男は中心であることの心地よさを、中心から離れることでようやく知った。
これがあるべき姿だと、どこからか声がした。
男はもう何も抱えてはいなかった。外はやけに静かだった。「
*
船の上には姉妹と両親、祖母、黒猫と白猫、さっき
祖母の髪は黒でも白でもなく銀に染められ
黒猫は姉の膝元で寝転がり、白猫が退屈そうにしていたので妹が撫でようとすると気だるそうに姉のほうへ逃げていった。姉が鼻で笑う。
この船の横には百に届かないぐらいの小舟と
大船が加速する。小舟と灯篭たちを置き去りにすると、河のなかに孤立した。船は反転すると、そこで停止する。流されないように漕ぎ手が器用に調整している。もう一人のほうの男が父に向かって頷く。
父は屋形から竹籠を取り出して、
父は骨を見つめ終えると水面へ手を伸ばし、放した。しぶきの音は僅かだった。船には明かりがあったが、水面は陰になっていてやや暗かった。河底はもう全く見えない。父はまた骨をつかみ、落とす。骨は闇のなかへと消えていく。ただ、ゆらめく水面にほんの少しの波紋がひろがっていった。それからさっきと同じ水面に戻る。また波紋が水面に逆らうようにひろがり、元に戻る。骨は波紋を通して何かを伝えているようだった。やさしく歌っているようだった。
竹籠の中は半分ぐらいになった。父は
迅 お父さん・・・お父さん・・・
静寂のなかにすすり泣く音が渡っていく。母はもらい泣いて、祖母は悲しげに見守っている。妹は頭蓋に流れる涙を目で追って、姉は二つの頭をまっすぐ見つめている。白猫があくびをすれば黒猫はとうに眠っていた。
月の光が水面にぼんやり映っている。そこに小舟と灯篭が追いついて、明かりが色とりどりにゆらめいていく。強調されたり混ざり合ったり、月の光はもう分からない。けれども上を向けば月が白くはっきり照っている。月は星々より明るく大きいために孤立しているが、明るく大きく孤立するという仕方で星々と通じているようだった。
船はたくさんの光に囲まれて浮いている。自分の光と小舟たちの光、水面の光に星々の光、そして月の光。八月の夜は明るく賑やかだった。
*
夂 やっぱお母さんが一番ぶっとんでるんだよ、おじい燃えてるの見ていきなり笑ってたんだよ?
佳代 だって皆さん方、もう何でもありじゃない、しゅうちゃんはまともでいなきゃね
夂 そのいかれた皆さん方にいかれた遺伝子でまともに育つわけないでしょ、おばあちゃんぐらいだよ正常なのは
佳代 お義母さんお世話になりました、どうかこの子をこれからもお願いしますね
夂 ひーおっかねぇ~
京子 任された、こっち来なさい
夂 おっとぉ、そろそろ帰るんでしょ、すずなんとこ行ってくるわ、んじゃまたね、ほら宮本あげる
宮本 わぁー
佳代 あちょっと! もぉー宮本さんすみません、夂! 電話ね!
夂の駆けていった反対側から迅と男がやってくる。
――― 最後にこちらが先生の霊石となりますが
迅 いやそれは受け取れない、そっちで保管してくれたほうが父も良いと思うでしょう
――― ではこちらで・・・しばらくお預かりいたします
迅 うん頼んだ
宮本 迅くん帰っちゃうのー?
迅 あぁ
――― この時期にもですか・・・じゃ私が車まで車で案内しますんで、車もってきますんで少々
佳代 え? 車で?
迅 やっぱりなぁ、ここ来たことあったからなぁ、ふはははははっ、たぶん向こうからふつうに来れちゃうんだよ
佳代 やだぁ~言ってよそれならぁ
迅 言わないほうが雰囲気でるだろ、な?
宮本 ・・・提灯ごめん、ほんとごめん・・・
すずな 石川さん、おじいちゃんってどんな人だったの? だったんですか?
周りから最高齢と呼ばれる中肉中背の姿勢の良い古老は、エプロンを着けてせっせと動き回っているが喋りはゆっくりだった。
石川 いやぁ、もうそりゃ、ねぇー、なんと言いましょうか、
すずな なんかみんな答えてくれないんですけど
石川 いやいやぁ、勘弁してくださいねぇ、ほらお肉追加ですよ
無駄に多い二、三百の長机の側にはシートが敷かれ、大勢の大人と子どもが休んだり寝ていたり気を失っていたりしている。踊りの最中にも何人か運ばれていたらしい。円のほうでは女の人が心地良い独唱を聴かせていて、炎もいまは座る人間たちを癒している。
夂 すずな、お母さんがそろそろ帰るだって
すずなは最後に急いで焼き鳥を口に入れておく。
すずな まだ食べたいのにぃー・・・石川さん!ごちそうさまでした
石川 はーい、すずなちゃん、我々はいつでもお待ちしておりますからね、あーそうそう、ご飯は十八時半ですからね、お忘れなく
すずなは愛想良く一礼してから夂のほうへ歩み寄った。
すずな お姉ちゃんは帰んないの?
夂 行かないし、まだ踊るし
すずな まだ踊るんだ、てか私もほんとは・・・ねぇそのうちそっち行ってもいいのかなぁ、私も・・・私も霊術師になりたくなったかも
夂 ん~霊さえ見えてりゃいつでも、てゆうか今来ちゃいなよ、ちょうど一人減ったんだし
すずな え~今? 今かぁ、どうなんだろ、どうしたらいいかなぁ、お母さんたちもいるし、ん~大学生ぐらいになったら、とか?
夂 それは自分で決めなきゃ、まぁ連絡するわ、とりあえず
すずな え? 私の連絡先知ってったけ?
夂 電話は知らんけど、あれだろ、あい、だぶりゅー、えぬ、じー、えす・・・
すずな それ知ってるんかい・・・
佳代 すずー?
すずな 分かったぁ! じゃ連絡しといて、頼んだよ、んぁ~なんか今日めっちゃ楽しかったなぁ~
夂 そういや誕生日になったんじゃない?
すずな そうだったぁ、お葬式とダブった誕生日で~す、そうだこれお葬式なんだよね、てっきりお祭りかと思ったよ
佳代 すず!
すずな 分かったってば! じゃあねお姉ちゃん! また向こうに――
頬をつねられ、目の前にニヤリと笑う顔。
夂 いや、お祭りだよ
ものがたり 晴澄 @seityo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ものがたりの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。