第1286話 作戦の動機


 ジェイさんが岩の操作を推進力にして、斬雨さんが危険そうなリスの『彼岸花』を刺し貫こうと迫っていく。いつの間にか岩に乗っていたハーレさんが、それを阻止しに動いたコトネらしき禍々しい瘴気を纏ったタカとの距離を離した! ここがチャンス!


「彼岸花! 自分で自分の身を守れ!」


 ちょ、誰だ、この大声!? 聞き覚えがない声だけど……どう考えても、インクアイリーの誰かか! その声に反応したのか、彼岸花がビクッと跳ねて……これは嫌な予感!


「っ!? 上の霧が晴れていくかな!?」


 ちっ、この状況でも少し冷静さを取り戻したのか、頭を抱えて蹲っていた状態からでもジェイさん達を見据えている。怯えた雰囲気は変わらないけども……魔力視に白い反応があり! これは――


「ハーレさん! 剥奪しろ!」

「……ここは任せますよ!」

「了解なのさー! 『略:傘展開』『略:ウィンドボール』! 『黒の刻印:剥奪』! わっ!? わわっー!?」

「はっ! よくやった、ハーレさん! おらよ!」

「……え? ぐふっ……!」


 よし、氷の操作で防御しようとしたみたいだけど、その直後にハーレさんが黒の刻印の剥奪で消し飛ばすのに成功! そのまま勢い余って吹っ飛んでいったけど……まぁ、HPが少し減って、朦朧になってる程度みたいだから、問題なし!

 しっかりと彼岸花に斬雨さんの攻撃が突き刺さっているし、その状態でまだ加速するか! 完全にここで仕留め切る気だな、ジェイさん。


「厄介そうな方は、ここで退場していただきます。戦い慣れはしていないようですが……戦場に出てきた以上、容赦はしませんので!」

「……待っ――」

「待ちませんよ。『アースクリエイト』『土の操作』!」

「くたばりやがれ! 『突撃』!」


 おぉ、斬雨さんの推進力にしていた岩を消して、進行方向に尖った石を4つほど展開。そこへ刺さったままの斬雨さんが突っ込んでいき、小石が次々に突き刺さり……赤いリス、彼岸花のHPが全て無くなって砕け散っていった。


「おや? ジェイさんと斬雨さんが彼岸花さんを倒したのかい?」

「……シュウさんですか。今の方、ご存知でしょうか?」

「まぁ、一応はね」


 そういえば、それっぽい事をシュウさんか弥生さんが口にしてたような気もする? あー、それどころじゃない状況が続いてたから、その辺の細かい話が出来る状況じゃ――


「でも、それを話している状況ではないだろうね」

「……それはどういう事で――」

「ちょ、おい!? なんか出てきやがったぞ!」


 ちょ!? なんか湖底の土の下から、ヤドカリが飛び出てきたんだけど……これって、一体!? 白いカーソルで、名前は『ラジアータ』か。……まだインクアイリーには隠し球がいたのかよ! さっきの声は、この人か!


「あぁ、やっぱり来ていたのかい。まぁ1人でもいれば、君達も一緒にいるよね」

「……誰かと思えば、シュウさんか。まぁ今は後回しだ。彼岸花をやったのは……そっちのカニ、いや、コケとタチウオだな」

「……それが何か? 戦場に出てきている以上、仕留められた事に文句を言われる筋合いはありませんよ?」

「あぁ、そんなもんは承知の上だ。だから、テメェらが全滅して、俺らが勝とうが……文句は言わせねぇぜ?」

「大して自信だな、おい! 『連閃』!」

「……ふん、その程度か」

「「なっ!?」」


 げっ!? 今の斬雨さんの攻撃を、鋏で挟んで止めた!? この『ラジアータ』ってヤドカリの人は自己強化は発動してるみたいだけど、応用スキルをそんな簡単に!?


「何を驚いてやがる? 出始めの1撃なんざ、勢いに合わせて威力を殺せば出来る程度のもんだろ」

「いやいや、言うのは簡単だけど、実際やるのは難しいでしょ、ラジアータ?」

「そんなもんか、リコリス?」

「そんなもんだって! まぁどんどんやっちゃってくれていいけどさ」

「くっ! 離しやがれ!」

「離す訳ないじゃん。これから安全圏に戻ってもらうんだし? 『アクアクリエイト』『並列制御』『水流の操作』『ウォーターハンマー』!」


 なんか『リコリス』って呼ばれた青いトカゲの人がさっき『ラジアータ』が出てきた湖底の下の穴から現れて、自分達ごと斬雨さんとジェイを流し始めた!? 同時に応用魔法の準備も始めてるし、止めないとマズいか!?


「ジェイ、離れろ! このままじゃ2人とも――」

「はい、そうですかと引き下がれる訳がないでしょう!」


 相手が水魔法と清水魔法の両方だから、俺のアブソーブ・アクアで無効化は出来る。でも、俺単独で行けば……他にも周囲には敵がいるんだから、隙だらけになりかねないな。

 それに、『ラジアータ』ってヤドカリの人の近接攻撃も、『リコリス』ってトカゲの人の操作の水準も……どう見てもやばい水準!?


「アル、距離を詰めてくれ! みんなで一気に――」

「……リコリスとラジアータ……それに彼岸花だと?」

「……アル? それがどうかしたのか?」

「彼岸花の学名が『リコリス・ラジアータ』なんだよ! シュウさん! その3人、ゲーム外での元々の知り合いだな!? 偶然で済ますには不自然過ぎる!」

「え、マジ!?」


 名前に共通点があるのか、『彼岸花』と『ラジアータ』と『リコリス』の3人って!?


「はいはい、大正解! 他のゲームから一緒に始めた3人組でーす。彼岸花が珍しく大々的な動きを希望したから見守ってたけど……氷花さん、何やってんのー?」

「文句があるなら、倒される前に出てきたらどうなんです!? リコリスさん! 守るのは私達に押し付けましたよね!? 作戦の要だから守らない訳にはいきませんでしたし……!」

「えー、だって彼岸花に手出し無用って言われてたからさー。動いていいの、彼岸花が仕留められる事があったらだし?」

「まぁそういう事だ。群集相手に勝負を挑むという発想は面白かったが、敵を甘く見積もり過ぎていたようだな。流石はそれぞれの群集をまとめている連中という事か」

「発案者の3人の割に、自由過ぎませんか!? 赤の群集以外が大きく動き出した時点でお二人は参戦を控えめにしましたよね!?」

「え、今更? そこは同意は得たじゃん?」

「今更過ぎやしないか? むしろ、一部の奴には俺らは出てくるなとすら言われたんだが……」

「……確かに今更な話ですし、そういう声もありましたけども!」


 なんか内輪揉めをしてるけど……これって、今が攻撃のチャンスだよな? あー、でも斬雨さんとジェイさんが一緒に流されてるから、攻撃するにもやりにくいわ!

 彼岸花を倒した事で上を塞いでいた霧は消えた。トンネル側から入ってきたベスタ達が暴れているから、それでダイヤモンドダストの発動もまともに出来なくなってきてる。


 それで上から大量の人が雪崩れ込んでいるんだけど……その中で、新たに現れたこの2人の動きが、異質さを放ち過ぎているわ! 斬雨さんとジェイさんが抜け出せない状況はヤバい!


「……ケイ、この状況はどうするかな?」

「あー、正直困ってる。上から人がどんどん入ってきてるからこっちが有利なはずなのに……余裕があり過ぎない?」

「まぁあの3人は、相当強いからねー! はい、ハーレさんのお届け」

「「弥生さん!?」」

「たっだいまー!」


 あ、そういやハーレさんを放置したままだった。まさか弥生さんが回収してきてくれるとは想定外だったけど、まぁここは普通にありがたいな。って、シュウさんまでやってきてるね。


「作戦立案の『彼岸花』、実働担当の『ラジアータ』、支援担当の『リコリス』ってところだね。まぁ他のゲームでの知り合いだから、名前は今とは違うけども……彼岸花さんがインクアイリーにいた時点で、残り2人もいるとは思っていたよ」

「彼岸花さん、戦闘は絶望的に不向きなんだけどねー。まさか、こんなとこで戦う事になるとは思ってなかったよ。作戦立案って言っても、あくまで3人で戦う時だけでの話だったしさー? ねぇ、どういう心変わりなの?」


 なんか、想像以上にかなりお互いの事を知ってるっぽいんだけど!? シュウさんと弥生さんの他のゲームでの知り合いで、相当な実力者? ……あー、なんとなく理由が分かってきたかも。


「それはこちらが聞きたいところだがな、弥生さん。対人戦は封印したんじゃなかったか?」

「……事情、絶対知ってるでしょ?」

「ははっ、まぁな。俺ら……いや、正確には彼岸花の動機は『勝ち逃げは許さない』だ! 灰の群集や青の群集……無所属の連中にも悪かったが、リベンジの為に巻き込ませてもらったぜ。つっても、他のインクアイリーの連中は、単純に黒の統率種での占拠に興味があるみたいだがな」


 なるほど、作戦立案の動機は弥生さんとシュウさんのリベンジで、それに乗っかって黒の統率種での占拠を実行しようとしてた人達も同時に動いたって流れか。……それ以外の思惑で動いてる人もいそうだけど、それぞれの動機がバラバラってのはややこしいな!?


「って事で、ここで邪魔者も含めて全員殺っちゃ――」

「戦闘中に余所見とお喋りをし過ぎなんですよ! 斬雨、大型化!」

「おうよ!」

「くっ、この流れの中で!?」

「わっ!? 何やってんの、ラジアータ!?」

「あなたも、舐め過ぎです! 『アースクリエイト』『砂の操作』!」

「え、砂を混ぜて!? わっ!? わわっ!?」


 あ、今の一連の流れで、斬雨さんとジェイさんが水流の操作から抜け出したか! よし、これなら俺らが攻撃しても大丈夫な状況になったし、攻撃チャンス! 水流は他のプレイヤーには繋がっていないしな!


「サヤ、ヨッシさん、サンダーボルト! あの2人、ここで潰す!」

「分かったかな! 『略:エレクトロクリエイト』!」

「了解! 『エレクトロクリエイト』!」


 これで一気に削って……って、水流が消えた!? いや、それでもそのまま直撃の位置! 空中に投げ出されてるし、回避行動は間に合わな――


「『アブソーブ・エレクトロ』! 完全には防げんが、まぁある程度は仕方あるまい」

「今のは焦ったー! あー、流石に久々な対人戦過ぎて、鈍っちゃってる?」

「げっ、凌がれた!?」

「……アブソーブ・エレクトロに、岩の操作で体表を全て覆っての防御ですか」


 ラジアータってヤドカリの人はてっきり物理型かと思ったけど……もしかして、支配種か同調種か? リコリスってトカゲの人は、属性は持っていなくても土属性の水準は高い可能性ありか……。

 話しまくってて油断してるように見えて、あの一瞬での判断が早い。……ヤバいな、流石に過剰魔力値を与えるつもりなんかなかったんだけど、この状況は想定外だ。


「……リコリス、ラジアータ、ここは終わりにしてくれ」

「え、いいの? 丁度いいのがあるといえばあるけどさー」

「グレン、いいんだな?」

「グレン!? このまま敗走する気ですか!?」

「……もう勝ち目はない。……氷花も分かっているだろう?」

「それは……そうですね。ならば、最後に一泡吹かせるくらいはしても構いませんか。お二人共、お願いします!」


 待て、待て、待て!? これから、一体何をする気だ!? ここから最後に一泡吹かせる方法って――


「それじゃ最後は、盛大にいこっか! 『並列制御』『アクアクリエイト』『アクアクリエイト』『アクアクリエイト』『並列制御』『水の操作』『水の操作』『水の操作』!」

「あぁ、そうしよう。『白の刻印:増幅』『エレクトロクラスター』『エレクトロクラスター』『エレクトロクラスター』『エレクトロクラスター』『エレクトロクラスター』!」


 げっ!? とんでもない量の水が生成されて、湖を満たしていくんだけど……あ、なんで今まで考えてなかった!? ここがこれだけ魔改造されてる湖なのに、普通の湖に偽装をするならそれ相応の水が必要じゃん!?

 このリコリスって人は、水の操作Lv10持ちかよ! ヤバい、3方向からやられてるから、俺のアブソーブ・アクアじゃ浮いてる今は対処し切れないぞ!? かといって、浸かりにいけば感電は避けられない!? てか、浮かせた岩で湖の上部へと移動してやがる!?


「生成された水に触れた奴で、黒の刻印の剥奪が使える奴は即座に使え! この場にいる全員を巻き込む気だ! 上の連中は降りてくるな!」


 ベスタの言う通りの狙いだろうね、これ! 俺が急いでアブソーブ・アクアを展開しても、どうやっても間に合わない!

 

「これ、味方ごと仕留める気か!?」

「剥奪を使える奴、急いで使え! これは悠長にしてるとヤバいぞ!」

「おうよ! 『黒の刻印……ぐふっ!」

「やらせませんよ! 死なば諸共、この場にいる全員、巻き添えになってもらいます!」

「……剥奪は使わせん! ……全員、かかれ!」

「あー、もう! 勝ちは無くなっても、意地だけは見せてやろうじゃねぇか! 『アースクリエイト』『岩の操作』!」

「ちょ、トンネルを塞ぎやがった!?」


 なんか酷い乱戦状態になってるっぽいけど、下は下で任せるしかないか! 大量に降り注いでくる電気の球の対処をしないと!

 待てよ? ここでいっそ何もせず数を減らすという選択肢……いや、駄目だ! それを選んだら、おそらく誰も対処に動かなくなる! そうなれば、得をするのはこの場に味方の群集支援種のいない青の群集だ!


「アル、当たらないように水と海水で電気を誘導するぞ! ジェイさんとシュウさんは、防ぎ切れなかったやつを頼む!」

「おうよ! 『並列制御』『シーウォータークリエイト』『シーウォータークリエイト』『並列制御』『海水の操作』『海水の操作』!」


 急げ、急げ、急げー! もう既に何発かは、湖を満たしていく水に落ちて、広範囲に電気が伝わっていってるんだよ! しかも、過剰魔力値と白の刻印で強化されてるやつ!


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』は並列発動の待機になります> 行動値 121/122 (上限値使用:1): 魔力値 303/306

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値2と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』は並列発動の待機になります> 行動値 119/122 (上限値使用:1): 魔力値 300/306

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


 ここで昇華魔法にしたら台無しだから、少し距離を離して生成! くっそ、どんどん大ダメージを受けて麻痺していってる人が増えてる!?


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値を3消費して『水の操作Lv7』は並列発動の待機になります>  行動値 116/122(上限値使用:1)

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値を6消費して『水の操作Lv7』は並列発動の待機になります>  行動値 110/122(上限値使用:1)

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


 ともかく、これで薄く水の膜を広げて、湖の端の地面に繋げる! この水を伝って地面に電気が逃げていくはずだから、多少は凌げるはずだ!


「余裕はないんですけどね! 『並列制御』『アースクリエイト』『アースクリエイト』『並列制御』『土の操作』『土の操作』!」

「……正直、防ぎ切れるか怪しいけどね。『並列制御』『アースクリエイト』『アースクリエイト』『並列制御』『岩の操作』『岩の操作』!」


 よし、俺の水とアルの海水で大半は下に落ちないようには出来ているし、誘導し切れなかったのはジェイさんとシュウさんが防いでくれている。

 流石に操作時間の削られ方が凄まじいけど、行動値も魔力値もあるし、過剰魔力値は既に使われた後なら凌ぎ切れる範囲! リコリスって人の水の操作も何とか剥奪は出来ているし、ここから反撃開始だ! 

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