第779話 トーナメント戦『グリーズ・リベルテ』 その5


 ベスタと十六夜さんによるトーナメント戦の決勝が行われているけども、想像よりも遥かに十六夜さんが強かった。ベスタも引けをとってはいないけど、今まで見た中では一番苦戦しているような気もする。

 今はベスタは地面にいて、十六夜さんは岩を纏って浮かんでいて、その状況からお互いに次の一手を狙っているという感じか。……これは先に動けば、そこから対応を変えられてお互いに下手に動けないみたいだね。


 それにしても十六夜さんの操作種という発言がびっくりだった。操作に特化した進化先は支配進化の前提条件だと思ってたけど、そこをメインにした構成があったとはね。

 操作系スキルは一応単体では物理ダメージで、魔法産のものを使えば魔法ダメージが加算される形ではあるから……実用的には意外と支配進化で総合的なステータスが全体的に高いのは相性は良いのかもしれない。

 あー、だからこそ十六夜さんは並列制御をLv2に上げるという選択をしたのか。操作難度は跳ね上がるけど、扱いきれるのであれば遠近両用、攻防自在の手数が手に入るもんな。……十六夜さん、この辺の情報はまとめに上げてるんだろうか?


「……十六夜さんって、もしかしてケイよりも操作の精度は上かな?」

「多分なー。あ、桜花さん、十六夜さんってこの手の情報は?」

「……俺も十六夜が同調操作種ってのは初耳だ。ヤドカリが物理型だとは知ってたが、あのヨモギは魔法型ではなかったとはな……」


 ふむ、桜花さんも地味に知らなかったのか。っていうか、そういや十六夜さんの1stってどっちだ? ……十六夜さんとヨッシさんが俺らの中では一番初めに接触していたし、その時は共生進化に関する情報を教えてくれた時のはず。

 あ、でも今はPT会話でイブキに聞こえる可能性があるから、俺らのPTメンバーは迂闊に話さない方が良いか。うーん、なんとか身振り手振りで知ってそうな気もする桜花さんに伝わらないものかな?


「ん? ケイさん、何か聞きたそうだが……あぁ、イブキに警戒してるんだな。……当てずっぽうだが、十六夜の俺への普段の情報の持ち込み方か? それなら発見したものがあれば必要最低限の言葉を残して行くくらいで……これは今聞きたい事とは違いそうだな」


 あ、身振り手振りでそれは違うと訴えていたら、ちゃんと伝わった! まぁ普段十六夜さんが桜花さんにどういう風に情報提供をしてたかは気にはなるけど、この感じだと何もかも全てを伝えている訳ではないっぽいね。

 まぁ新発見情報ではなく、十六夜さん自身の戦い方の情報だから公開しなくてもいいという判断だったのかもしれない。……手の内を全てバラさなきゃいけない訳でもないし、どう考えても簡単には真似出来ない類だしね。


「そうなると……どっちが1stかとかそんなとこか?」


 お、桜花さんナイス! とりあえずロブスターの頭を頷くように動かして同意して……これなら伝わるよな!?


「お、当たりみたいだな。十六夜は知り合った時には既に支配進化にはなってたが、1stが突撃主体のヤドカリで、2ndがヨモギだな。少し興味があったから聞いてみたんだが、色々な操作系スキルの情報を1stの時に目にして、2ndでそっちの方向性に決めたとは聞いたぜ」


 ほうほう、元々はヤドカリという事は開始エリアは海エリアだった訳か。そこから操作系スキルに興味を持って……って、そのきっかけって俺らやシアンさんとかじゃね!? あ、だから海エリアでヨッシさんに俺らへの礼として共生進化の情報を教えてくれたのか。

 そっか、ランダムで決まった1stの育成の際に得た情報で、2ndの方向性を決めるという事もあるんだね。そしてそれが今の十六夜さんの戦法に繋がっていると……。


「あ、みんな、動きがありそうです!」


 他に集まっているプレイヤー達も一緒に桜花さんが知っている十六夜さんの情報を静かに聞いていたけども、そのハーレさんの一言でみんなは中継画面へと意識を戻していく。さぁ、どっちが先に動いた?


「睨み合っていても埒が明かんな。まずはもう1つの移動操作制御を破壊するか」

「……ふん、させるものか」


 そう言いながらベスタが銀光を放ち始めた爪と共に再び空を駆けて十六夜さんへと近付いていき、十六夜さんはそれを防ぐ様に大量の砂を生成して自分自身を覆い隠していく。ベスタの狙いは銀光の様子的にLv2でチャージを行いつつ、十六夜さんの対応を見ることか?

 うーん、あの生成された砂はチャージを使うベスタなら強行突破をしそうではあるけど、十六夜さんは当たり前の様に思考操作で発生なしでの発動だから何か仕込みがあっても不思議じゃない。


「どうした、ベスタ? チャージが終わらなければ突っ込んで来れないのか?」

「なに、単純に突っ込むだけが手段じゃねぇよ」

「……ふん」


 おっ!? ベスタがそう言うと同時に草原エリアの地面に転がっている土が十六夜さんの真下に向けて放たれていく。これはベスタが並列制御で土の操作を同時にぶっ放したっぽいけど、あっさりと十六夜さんの砂の操作に迎撃されていた。

 ん? 今の十六夜さんの砂の操作に少し違和感があったけど……あ、さっきのベスタの土の操作だけでは何の脅威でもないだろうけど、十六夜さんが何かを仕組んでいるのを確認する為か?


「……やはり、か」

「……つくづく目敏いな。だが、それに気付いた所でどうする?」

「こうするまでだ!」

「くっ!?」


 うお!? ベスタが空中で十六夜さんの周囲を縦横無尽に駆けながら、チャージをしていない側の爪の通常攻撃で守りに使っている十六夜さんの砂を削り取っていく。

 あー、今のベスタは自己強化で風属性を付与しているから、通常攻撃に風属性があって少しずつだけど砂の総量は削れて……いや、十六夜さんが追加生成をしているっぽいね。でも、ベスタの移動速度や軌道に対応をし切れず防戦一方になっていく。


「ちっ!」

「既に気付かれてるのが通用すると思うのか?」

「……だろうな!」


 その攻防の間にチャージを終えたベスタが砂の操作を破ろうと眩い銀光を放つ爪を振り下ろせば、砂の操作の中から分離した4つの砂の塊がベスタの爪を受け止めていた。まぁ流石に耐え切れずに砂の塊はは消滅したけど、まだ大量の砂は残っている。

 さっきのベスタが土をぶつけた時に少しだけ動きが違う砂があったように見えたけど、やっぱり砂の操作の中に、土の操作で操作した砂も混じってたか。そうじゃないと完全に独立した砂の塊は用意出来ないしね。


 ははっ、十六夜さんはアースクリエイトで砂の操作用の砂と土の操作用の砂を別々に生成してそれを悟られないように混ぜていて、ベスタは些細な違和感……というよりはただの砂の操作だけであるはずが無いと判断して確認をしてたんだな。

 よく十六夜さんは昇華魔法にならないようにした上で、気付かれないように同時生成をしたもんだな。あ、でもヤドカリとヨモギの視界を素早く切り替えれば……いや、ちょっと待て。それをするなら同調である十六夜さんにはもっと良い手段があるぞ!? 


「ほう? このタイミングで降りてくるか、十六夜」

「……流石にその機動力相手に全方位への警戒は出来ないからな」

「……どうだかな?」

「どうなるか、試してみるがいい!」

「あぁ、そうさせてもらおうか!」


 おっと、今度は十六夜さんは周囲に漂わせていた砂をベスタに向けて加速させて動かしていく。そしてベスタは真っ向からその砂を銀光を放つ爪での連撃で……って、爪刃双閃舞の再使用時間は経過してたのか。

 そこまで計算に入れての睨み合いでの時間稼ぎだったのかもしれないけど、この状況で真っ向から打ち合う必要があるのか? まるで十六夜さんは闇雲にベスタの邪魔をする為だけに砂をぶつけて……って、ちょっと待った!? あれ、十六夜さんのヤドカリの貝殻にいたヨモギはどこに行った!?


 さっき遠隔同調による2つの視界の同時使用を連想していたけど、視界を同時に2つにするだけでなく、同時に操作していく事も狙っていたっぽいね。そして今のベスタに向けての砂の操作での強襲はヨモギを遠隔同調で動かしているのを誤魔化す為か。


「十六夜、俺が気付いてないと思ったか?」

「……何? くっ!?」


 そして、さっきまで爪刃双閃舞で砂の操作を相殺していたベスタはまだ襲いかかってくる砂を放置した。そこから即座に十六夜さんのヤドカリに向かって一気に距離を詰め、銀光が最大まで眩い光を放った状態で爪を振り降ろしていく。

 だが、その状況に十六夜さんも即座に反応して後方へと一気に下がっていた。ただし、完全には避けきれずに移動操作制御による岩の鎧は破壊され、ヤドカリの貝殻に亀裂が入り2割ほどHPが減っていく。これ、今回の1戦で初めてまともに入ったダメージじゃね?


「……ちっ、小手先の技は通じないか」

「……十六夜、それだけの実力があるのに何故ソロに拘る?」

「それは逆だ、ベスタ。お前が通常時にソロで動いている理由と同じようなもんだ。大きな違いは俺はお前ほど、周りに対して寛容じゃないくらいか」

「……そういう事か。まぁそれは分からなくはないが――」

「面白い奴もいる……だろう?」

「……なるほど、それは承知の上か。今回の参戦の動機がイマイチ掴みきれていなかったが、ようやく理解した」


 えーと、今の会話的にベスタと十六夜さんが普段はソロで動いている理由は同じもの? この2人の共通点といえば他の追随を許さないほどの圧倒的な強さな気がするけど……あぁ、それがソロで動いている理由か。

 初めてベスタと会った時は今よりも遥かに弱い感じのオオカミ組達と氷狼戦をしていたけども、ベスタ以外は生き残ってなかったしな。ベスタも十六夜さんも強過ぎるが故に、ソロで動いた方が効率が良いという話なんだろう。


 ベスタはその力量差があったとしても必要に応じてPTを組むし、まとめ役としての資質もありリーダーとして君臨している。それに対して十六夜さんはリーダー的な行動は苦手な感じだし、無理に他の人に合わせて行動する気がないんだな。

 ただ、十六夜さんとしてもそれでも少なからず関わりを持ってもいいという気持ちも出てきて、トーナメント戦の報酬が欲しいという事もあって今回ような状況になったんだろう。……まぁあくまで俺の推測でしかないけどさ。


「……まぁこれまで通り、基本方針を変える気はないがな」

「それについてはどうこう言う気はねぇよ」


 そして、再びお互いの出方を伺うように睨み合っていく。2人とも既に行動値は結構消耗してきているだろうけど、並列制御を多用していた十六夜さんの方が消耗してそうではあるね。

 それに同調だからこそ使える2つの移動操作制御のどちらも破られて、使用は不可になっている。……遠隔同調で離れているヨモギが今どこにいるのかが分からないけど、行動値が少なければあまり意味はないもんな。


「……ここまで出す気は無かったが、そうも言ってられないか」

「……何をする気だ?」

「それは自分の身で確かめてみろ!」

「あぁ、良いだろう」


 そのやり取りが終わると同時に十六夜さんのヤドカリの前方に巨大な岩の剣が生成され、ヤドカリの全身から銀光を放ち始めていく。この感じだと突撃系のチャージと岩の操作っぽいけど、まだそんなに十六夜さんの行動値に余裕があったのか!?

 あ、違う。これってナイフの動きが妙に乱れてる……けど、十六夜さんがそんな乱し方をするはずがないだろうし……そうか、暴発で強引に行動値を回復させたのか。そういや十六夜さんってドラゴン戦をしてた時に盛大に暴発を使ってたっけ。


「……それが奥の手か。随分と不安定な手を使うものだな」

「俺は味方への巻き添えを気にする必要がないソロだからな!」

「……ちっ」


 そしてベスタに目掛けてどこからともなく根が伸びて襲いかかっていき、ベスタは慌てて距離を取るが岩の大剣での追撃が襲い掛かり着実にHPを削っていく。十六夜さんはそうやってベスタにダメージを与えた上で、即座にチャージを完了させる為の防衛に戻していた。

 岩の大剣を意識させつつ、遠隔同調にしているヨモギを草原エリアのどこかに隠して、そこから根の操作で拘束や牽制を狙ってくるのか。……この複数方向からの攻撃は厄介だな。


 流石にベスタとしても十六夜さんが暴発を切り札として使ってくるとは思っていなかったようだし、操作精度も高い事もあって避け切れなかったんだろうね。

 不発や無差別ダメージや制御が困難になるという大きなデメリットがあるとはいえ、行動値の最大値を2倍にした上で全快しているとなれば相当に厄介だもんな。


「……良いだろう。その戦い方、俺もさせてもらおうか!」

「なに!?」


 そうベスタが宣言すると同時に、チャージを行っている十六夜さんに向けて空中を駆けながら一気に距離を詰めていく。

 そのベスタの動きに合わせて十六夜さんが岩の大剣で迎撃を行うが、ベスタは前脚の両方の爪を振り下ろした。そして右側の爪が暴発して無差別ダメージがベスタ自身のHPを少し削り、十六夜さんの岩の大剣を少し砕いていた。


「……ふむ、ただの爪撃ではそれほど無差別ダメージは大きくはないし、スキルなしでは暴発判定もなしか。この辺は積極的に確認はしていなかったからな」

「ドサクサに紛れて、狙いはチャージのキャンセルか……」

「チャージの妨害は当たり前だろう?」

「……違いないな」


 あ、言われて気付いたけども、十六夜さんのチャージがキャンセルになってるね。俺自身が十六夜さんの岩の大剣とベスタの爪での攻撃に意識を集中していたけど、どうやらベスタは並列制御を使って十六夜のチャージのキャンセルを狙っていて、それが成功したようである。

 ぶっちゃけ見落としてしまっていたからはっきりとは分からないけど、この状況なら地面の土を操作してぶつけたか、風の操作で風をぶつけたか、そんなとこだろう。


 それにしてもベスタと十六夜さんの対戦が暴発合戦になるとは思わなかった。……暴発は運要素が絡むから、これはどっちが勝つか分からなくなってきたぞ。

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