第778話 トーナメント戦『グリーズ・リベルテ』 その4


 ベスタとイブキの対戦が終わり、決勝戦の開催までの待機時間となった。既にベスタと十六夜さんの対戦の承諾は可能になったと同時に終わっているので、単純に待つだけだな。


「おーい、ケイさん! 俺はそっちに入れるのかー?」


 おっと、イブキがPT会話で呼びかけてきたけど桜花さんはフレンド登録している俺らの連結PTには許可にしてくれたから入れ……あれ? 無所属って入れるのか?


「ちょっと確認するから待っててくれ」

「おうよ!」


 よく考えてみたら連結PTであってもイブキは無所属だから、群集どころかフレンドに限定している今の桜花の樹洞へは入れるのか? 桜花さんはフレンドでも灰の群集に限定してると言ってたはずだから、そこに引っかかって弾くようになりそうな気がする。


「桜花さん、今って樹洞の中に無所属の人は入れる?」

「あー、群集の条件とフレンドでの条件を同時使用した事がないからなんとも言えないが……多分入れないと思うぞ?」

「どっちかの除外条件に該当したらアウトじゃないかな?」

「……そうかもね。そうじゃないと弾きたいのにすり抜けて入ってくる人が出てきちゃうし……」

「……だよなー」

「ということなので、イブキさんは諦めて欲しいのさー!」

「えっ、マジで!? 俺、閉め出し!?」


 うん、どうやらイブキは思いっきり入れてもらうつもりでいたようである。……ぶっちゃけ次の1戦は他の群集には見せたくないし、俺らにも検証するメリットがあったとはいえ既にかなりイブキの我が儘には付き合ってるんだよな。


「イブキさん! 既に散々、急な我が儘を聞いているのを忘れないで欲しいのさー!」

「あー、そういやそうだよな。……これ以上無茶を言ったら羅刹に報告されそうだし、引き下がっとくか」

「ん? それならどっちにしても報告しとくぞ?」

「ちょ!? ……よし、どうせ怒られるなら……って、普通に敗退してからでもエンの樹洞の中に入ればトーナメント戦の管理画面から対戦が見れるじゃねぇか!」


 あ、そういう見方も出来るんだな。というか、これが無所属のプレイヤーをトーナメント戦に参加させる時のデメリットか。ふむ、敗退してからでもトーナメント戦が全部終わるまではエンの樹洞の中には入れるんだね。

 一応トーナメント戦の開催の責任者である俺には参戦者の強制除外の権限はあるにはあるけど、流石にイブキが敗退したからといって追い出して機能として可能になっている観戦を禁じるというのは横暴過ぎるよな……。って、もうすぐ3分経ちそうじゃん!? これは今回は仕方ないか……。


「おっしゃ、これならPT会話で実況を聞きながら――」

「……ハーレさん、どうしても次の1戦は実況はしたいか?」

「うーん、今、ものすごく葛藤中なのです!」

「ちょ、実況はやんねぇの!? 次の1戦こそ解説を聞かせてくれよ!?」

「ケイさん、やらない方が良い気がしてきました!」

「よし、それじゃその方向で。正直、次の1戦は俺も解説が出来るか怪しいし、みんなそれでもいいか?」

「私は問題ないかな」

「……まぁ、その方が良さそうだよね」

「ハーレさんとケイさんがそう判断するなら俺もそれで良いぜ」

「俺は良くねぇよ!?」


 うん、実況しない理由の一部はイブキにあるのでここはスルーで問題ない。他に集まっているみんなは同意するように頷いているし、嫌がらせでも何でもなく冗談抜きでベスタと十六夜さんの戦闘の解説が出来る気がしないんだよな。

 正確に言えば、分析をしながら即座に言葉にするのが難しい気がする。ベスタは疑問の余地なく強いし、十六夜さんもかなりの実力はあるのは確実だ。イブキの件が無くても、本心として見る事だけに集中しておきたい1戦ではある。……そろそろ待機時間も終了か。


「ハーレさん、試合開始の部分だけは頼めるか?」

「はーい! 終了の部分も一応やるよー?」

「あ、それもそうだな。じゃ、それで」

「了解なのさー!」

「ちょ!? 俺はこのままマジでスルー!?」

「……イブキ、大真面目に見るのに集中したいから、悪いけど黙っててくれ」

「急に声が怖っ!? あー、俺への嫌がらせって訳じゃねぇのか」

「まぁほんの僅かにその要素がないとは言わないけど、見ながら分析しつつ解説出来る気がしないのは本当だからな」

「……気になるとこもあるけど、そういう事なら大人しくしとくか」

「そうしてくれー」

「おう!」


 とりあえずイブキがベスタと十六夜さんの対戦を見ていく事にはなるけど、まぁそれを阻止しようとするのは横暴過ぎるから仕方ない。

 検証はそういう失敗も含めて検証だし、ある意味では羅刹と共にちゃんと予定を組んで来た場合より、暴走しがちなイブキのみで良かったかもね。


 ぶっちゃけ好戦的ではあっても言動は冷静でしっかりとした分析が出来そうな羅刹がこの場に居なかったのは、逆に運が良かったのかもしれない。……まぁその辺も含めて、夜辺りにでも羅刹に怒られてきてくれ、イブキ!


 あ、中継画面がトーナメント表から対戦エリアへと切り替わって開始のカウントダウンが始まった。ふむふむ、トーナメント戦『グリーズ・リベルテ』決勝という表示がしっかりと出てるんだな。


「なるほど、今回は特に変哲もないエリアか」

「……そのようだな」

「十六夜は模擬戦に出てくるのは今回の一件が初めてか?」

「……そうなるな。まさかこういう形で戦うとは俺自身も思っていなかったが……」

「だが、出てきた以上は相手をしてもらうぞ」

「……ふん、元よりそのつもりだ」


 おぉ、ベスタも十六夜さんも互いに睨み合い、対戦の開始を待っている。お互いに距離を取るつもりはないようで、初期位置から動く気配はない。

 対戦エリアは昼の晴れの草原エリアになり、特に変わった特徴はないね。エリアとして使えそうなものは、ちょっとした水場やちょいちょいある岩くらいだな。


「それでは皆様お待ちかねの決勝戦が間もなく始まろうとしています! 決勝戦の対戦カードは、我らがリーダーであるベスタ選手と、知る人ぞ知る影の実力者の十六夜選手だー! さぁ、対戦エリアは昼間の草原という、比較的には地形を利用しにくい場所となりました! この草原エリアでどのような激戦が繰り広げられるのか、皆で中継を見ていきましょうー! それでは対戦、開始です!」


 そのハーレさんの対戦開始の宣言と同時にカウントダウンが終わり、ベスタと十六夜さんがそれぞれに動き出していく。


「……無所属に手の内を正確に教えたくはないな」

「それは同感だ」

「……だが、ベスタを相手に手を抜く気はない!」

「……それも同感だな、十六夜!」


 そんな事を言いながら、十六夜さんが水を生成して水流……だけじゃない!? 同時に俺が使うのと同じ石のナイフを4本生成……って事は土の操作Lv7!? え、いや、それだけじゃない。ヤドカリの貝殻に植わっているヨモギの根がその石のナイフを掴んで、ヤドカリ自体が水流の中へと飛び込んでいった!?

 ちょっと待って、初手から十六夜さんはとんでもない事をしている気がする。……まず水と石の生成を並列制御で2つ発動してから、その後に土の操作、水流の操作、根の操作の3つを並列制御で同時発動して操作している? 十六夜さんは並列制御はLv2になってたはずだもんな。……しかも全部、無発声での思考操作発動か。


 それに対するベスタもまた無発声で色々と同時に発動しているっぽいね。全身に緑色のオーラを纏っているようになって、十六夜さんが水流を叩きつけて来るのを避けている。風属性を付与して移動速度を上げて……お、ベスタの爪が緑色を帯びた銀光を放ち始め、それと同時に空を駆けだした。


「……ふん」

「なに……?」


 おぉ、ベスタに向けて水流の中を流れて移動していた十六夜さんが、自身を水流の中から撃ち出すように動いた!? え、今のって十六夜さんはどうやったんだ!?


 今の十六夜さんの動きはベスタも意外だったようだけど、十六夜さんの動きとしては直線的だったから迎え討つつもりで待ち構えているみたいだね。

 しかしそこで十六夜さんの前方にある石のナイフの動きが鈍り、それを追い越すようにヤドカリ本体が突っ込んでいった。え、十六夜さんは何を……? 

 先行していた石のナイフを止めるなんて……って、さっきの水流から撃ち出すように見えたのは、ヨモギの根で掴んでいた石のナイフで強引にヤドカリを引っ張ったのか。石のナイフを水流に乗せ、瞬発的に石のナイフを加速させる事で全体的な速度を上げて突っ込んだ状態だな。


「なっ!?」

「……ほう? 今のを対応するか」

「無茶な挙動をしてくれる!」


 うわっ、今ので十六夜さん本体の後方に位置していた石のナイフをヨモギの根で強引に引っ張るようにしてベスタに向かって投げ放っていた。……しかも同時に下から水流もぶつけてくるというオマケ付きで。

 ベスタも今の予想外の動きだったようで迎撃はしきれず、一気にジャンプをするようにして距離を取って回避をしていた。……それでも迫り来る水流のいくらかは斬り刻んで、爪の銀光が眩くなっているのは流石だな。左右の両方の爪を同時に使う事があったから、今のは連閃ではなくて爪刃双閃舞か。


 その間に十六夜さんは石のナイフを再びヨモギの根で掴み、空中にぶら下がっているような状態となっている。……なるほど、石の上に乗るのではなく、そういう風に根でぶら下がるという使い方もあるのか。


 あれ? よく見てみたら十六夜さんの水流が当たった草原の草が萎れているし、さっきベスタが回避しながら迎撃した際に触れた部分の融合しているコケが枯れている。

 これ、普通の水の昇華かと思ってたけど、十六夜さんが今使っているのは水流の操作じゃなくて海流の操作か。そうなると必然的に十六夜さんは海水の昇華を持っているという事に……。


「ちっ、この水は淡水じゃなくて海水か」

「……コケに限らず、植物系にはこれが有効だからな。それにしても……その程度か、ベスタ?」


 なんというか十六夜さんが強いのは分かってたけども、ここまでベスタが後手に回る光景は予想していなかった。十六夜さんの操作の精度は今のをパッと見た感じだけでも俺と引けを取らない……いや、スキルLvや今のが全力とは限らないから、俺よりも上の可能性もあるぞ。

 少なくとも操作が非常に高水準なのは間違いないけど、そうだとしても気になる部分はある。海流の勢いを利用した部分はあるんだろうけど、あれだけ石のナイフを加速と急減速を使えばそう長くは保たないはず。

 可能性としては一緒に使っている根の操作で補った? いや、投げる際の加速には有効でも急減速した時にはそれは何の役にも立たない。……ん? あ、もしかすると、あの石のナイフって……!


「決して甘く見ていたつもりはなかったが、どうやら相当上方修正が必要そうだな……!」

「ほう? な……に!?」


 おぉ、ベスタが地面に降りて眩い銀光を放つ爪で地面を抉るように振り上げて、十六夜さんへと抉った土砂をぶつけていた。即座に十六夜さんが海流で相殺しに動いたけども、ベスタは再び空を駆け銀光を放つ爪で海流を切り裂き消滅させていく。

 そこに更に駄目押しとばかりに土砂へと尻尾を叩きつけ、それと同時に十六夜さんの石のナイフが消滅していった。


 あー、さっきの無茶な挙動のからくりはそういう事か。十六夜さんは無発声で通常発動に見せかけて移動操作制御で石のナイフを生成し、攻撃ではなく移動と囮に利用してたんだな。

 石のナイフの形状にしているのは攻撃に使うと思わせる為であり、実際にベスタに投げつけたのは回避されるのを大前提とした、海流の操作をぶつけるのが本命の作戦。……ベスタはコケと融合しているから、具体的にどの程度までかは分からないけど、海水を浴びれば少なからず悪影響は受けてるだろうしね。


 ヨモギの根でぶら下がっていた移動操作制御の石のナイフを失った十六夜さんは、今度は俺の飛行鎧と同じような形で飛び始めていく。海流は既にベスタが消滅させ……いや、あの感じだと追加生成は出来るけどキャンセルしたって感じはするね。

 なんというか十六夜さんが使う手段って地味に俺と似ている部分はある。……それにしても行動値の消費がいきなり激しいような……あ、石のナイフは移動操作制御だったんだから、3つ同時の並列制御はまだ使ってないのか。それなら思ってるほどの消費でもないか。


「……よく気付いたな」

「その精度があって、追撃に使わない違和感を俺が気付かないとでも思ったか」

「……ふん、甘く見ていたのは俺もという訳か」

 

 うん、これは冗談抜きで解説なしにしておいて良かった気がする。今は見て考えるのに集中しているからなんとか何をやっているのかを把握出来ているけど、喋りながらだと絶対に無理! しかもベスタも十六夜さんも思考操作のみで無発声だから、余計難易度が上がってるよ!

 それに、みんなもこのベスタと十六夜さんの戦闘に魅入っているのか、誰も何も言葉を話そうとはしていない。……これ、ベスタも十六夜さんもまだ全力を出し切ってるとは思えないんだけど、想像してた以上に水準がヤバ過ぎる。


「それにしても十六夜は支配進化からの同調なのに、戦法が意外だな」

「……当たり前だ。俺は同調だが、厳密には同調操作種だからな」

「……ほう、そういう事か」


 え、ちょっと待って。十六夜さんは俺と一緒で魔法型と物理型での同調かと思ってたんだけど、実はそれは違ってた!?


 えーと、操作種って今の俺で言えばコケの進化先に出ている『自在操作ゴケ』が多分それだよな。物理型と魔法型で上がりやすいステータスに違いはあるけど、ステータスの器用がスキルの操作性に影響があったはずだから操作種はそこが秀でている……? 

 そこから考えるとヤドカリとヨモギがそれぞれどの型になるかは分からないけど、同じ同調種である俺の2キャラ分の優先される参照ステータスとはバランスが違いそうな気がする。操作系スキルは基本的に物理攻撃判定になるはずだから、十六夜さんは魔力が少し低めになるか……?

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