第776話 トーナメント戦『グリーズ・リベルテ』 その2


 十六夜さんとフーリエさんの対戦が終わり、次のトーナメント2戦目の承諾はベスタとイブキのどちらからも終わっている。というか、イブキは選択できるようになった瞬間に承諾になっていた。……あまりにも早かったから、選択出来ない時から連打でもしてそうだ。

 とはいえ、即座に連戦が出来るようになっておらず3分ほど開始まで待たないといけないけど……この3分ってのも微妙なとこだな。既に負けた人が観戦しに動けるようにとかの配慮なんだろうけど、待つと微妙に長く感じるんだよね。


「そういや2戦目っていつからやるんだ? 待ってる理由ってなんだ?」


 ん? あー、特に直接の交流はないけど、桜花さんのとこで中継をしている時によく見かけるイノシシの人が質問をしてきたね。

 ふむ、この辺はトーナメント戦を開催している共同体でないと見れない情報みたいだし、まだ実装初日という事もあるから説明はいるよな。


「えー、第1回戦の2戦目の開始についてはもうしばらくお待ちください。仕様上の都合で、3分間は次の試合が開始出来ないようになっているのです!」

「なるほど、そういう仕様か。サンキュー」

「いえいえ、何か疑問があれば空いてる時間で聞いてくださいねー!」

「おう、そうさせてもらうわ」


 うん、俺が説明しようかと思ったらハーレさんが先に説明をしてくれた。この感じだと操作が可能な範囲は違うけど、開催している共同体のメンバーであれば同じ画面は見れているっぽい。ま、同じ共同体だし見れて当然だな。

 あ、管理画面をよく見てみたら管理権を他の共同体のメンバーに切り替えるって項目もある。どうやら強制ログアウト時には自動で他のメンバーに管理権が移るとも書いているし、こういう任意での管理権の切り替えも必須機能だね。


 あ、そんな事を考えながら3分が経つのを待っていると、もうすぐ3分という所でフーリエさんが樹洞の中に飛び込むように入ってきた。おー、コケ単体だけでは出来ないヘビ型のコケでの動き方だな。

 ふむふむ、コケをメインにした融合種ってのも結構面白そうではあるね。……まぁ必ずしも良い事ばかりではないのはさっきの一戦を見れば分かるか。

 コケが塊になってヘビの姿を形成していて生存条件がHPではない以上、どうしても一気に仕留められる危険性は増すもんな。まぁ周囲のコケを先に狙われてたのも痛いけど。


「ま、間に合いましたか!?」

「フーリエさん、ぎりぎりセーフだぞ」

「それなら良かったです……。近くで良かった!」

「お疲れさん」

「はい!」


 とりあえずフーリエさんは滑り込みセーフという事で、3分は経ったしトーナメント戦の2戦目をやっていこうじゃないか。

 えーと、今のこの状態だとPT会話は通じないから呼びかけ機能で……あ、個別にか、何人か選択してか、全員まとめて話しかけるかが選択出来るんだな。よし、それじゃベスタとイブキに呼びかけ設定にして……。


「ベスタ、イブキ、待機時間が過ぎたから始めるけどいいか?」

「あぁ、問題ない」

「おうよ!」

「んじゃ開始していくぞ」


 さて、中継の画面がトーナメント表から対戦エリアへと切り替わっていき、模擬戦の時と同様に試合開始のカウントダウンが始まっていく。……この対戦画面に無所属のイブキが映っているっていうのがちょっと不思議な気分だね。


「トーナメント戦『グリーズ・リベルテ』、第1回戦、2戦目の開始のカウントダウンが始まったー! それではまず出場選手の紹介をしていきましょう! まずは我らが灰の群集のリーダー、オオカミのベスタ選手ー! そしてそれに対するのは、無所属の龍のイブキ選手だー! 解説のケイさん、この1戦はどう見ますか?」

「あー、ベスタが勝つんじゃない? ……ぶっちゃけ、イブキがベスタに勝つイメージが全然ない」

「情け容赦無く、イブキ選手の勝利はないと一刀両断だー! ゲストの桜花さんはいかがでしょうか?」

「……俺は戦闘はからっきしだが、このイブキって奴に奇襲されたって話は聞いたことはあるし、それで負けたとは聞いてないからな。ベスタの方が強いんじゃねぇの?」

「桜花さんもケイさんと同じ意見でしたかー! これはイブキ選手の健闘に期待ですね!」


 なんというかイブキに奇襲されたのって紅焔さんと俺達の筈だけど、ハーレさんは実況という立場から出来るだけ公平に扱おうとしている感じがするね。……流石にさっきの俺のは率直に言い過ぎたか。


「ハーレ、今日のここはそこまで公平性に拘らなくていいよ?」

「私もそれは思うかな。今回のトーナメント戦はイブキさんが強引な方法でやってきたってのもあるしね」

「という事なのですが、桜花さん、その辺はどうでしょうか?」

「あー、悪口大会になる訳じゃないなら別にそれでもいいぞ。……ハーレさん達が奇襲されたのも聞いてるしな」

「了解です! では、改めまして……ベスタ選手、イブキ選手をボロボロにぶっ飛ばして下さいねー!」

「思いっきり手のひらを返したな、ハーレさん!?」

「だって、今日のこの時間は実況の予定じゃなかったもん!」

「あー、まぁ確かに……」

「……俺にとっても急な話だったが、ケイさん達にとっても急な話だもんな」


 別にイブキが嫌いとかそういう訳ではないし、特別やるべき内容を決めていた訳でもないし、断るという選択肢が無かった訳でもない。……でもまぁ過去に奇襲されたのも事実なら、唐突にやってきて無所属のプレイヤーを交えたトーナメント戦を検証する事になったのもイブキが理由である。

 この状況でどちらを応援したいかといえば、どう考えてもベスタだよな。というか、十六夜さんとベスタの対決を是非とも見てみたいので、言い方は悪いけどイブキにはベスタが疲れない程度にアッサリと負けて欲しいところ。……流石にこれは言わないけど。


「絶対に倒してやるからな、ベスタ!」

「……俺としては少し予定が狂っているんだがな。まぁこれはこれで、追加されたものを試すにはいいか」


 あ、そうしているうちにカウントダウンが0になった。てか、まだ対戦エリアと天候の説明が出来てないけど……まぁみんな中継画面は見てるし、ハーレさんもここから実況していくだろう。


「ごほん! 脱線しましたので手早く――」


「『夜目』『自己強化』『高速飛翔』『回鱗刃乱舞』!」

「『夜目』『魔力集中』『強爪撃』!」

「うぉ!?」


 あ、手早く対戦エリアの説明をする前に既にベスタの無茶苦茶な挙動が始まってるし……。こりゃベスタとしても本当に手早く終わらせるつもりだな。


「おーっと! 荒れ狂う雷雨に見舞われた高原エリアで雷雲を背にするように飛び上がったイブキ選手が鋭くなった龍の鱗を舞うように飛ばしていくー! そして、その攻撃をなんでもないただの足場としてベスタ選手が空中へと飛び掛かるが、辛うじてイブキ選手は回避成功したー! 当たってて欲しかったー!」


 おい、ハーレさん、公平性はいらないとは言ったけど、それは直球過ぎだろう。まぁ別に良いけど、今のを避けるとはイブキも決して弱くはないか……。あ、流石にあの鱗の攻撃を足場にしたベスタは無傷ではないんだな。


「『飛翔疾走』『爪刃乱舞』!」

「ちょ、待っ!? 『ウィンドボム』!」


「更にベスタ選手が空を駆けて追撃を放っていくー! これは開幕から急展開だー!」

「あー、でもイブキもウィンドボムを自分にぶつけて、上手く回避はしたみたいだな」

「……いきなり無茶苦茶じゃねぇか」


 うん、まぁ雷雲の中で雷鳴が響いている上に大雨な高原エリアという状況でどっちも躊躇いなく上空へと飛び上がったもんな。そういや思いっきり雷雨で暗いけど、一応は昼の設定か。……この天候設定なら、昼である意味はほぼないなー。

 今の一連の動きはイブキとしては空中に移動してベスタから距離を取って攻撃しようと思ったんだろうけど、ベスタがそれを即座に潰しにかかるどころかイブキの攻撃を利用して距離を詰める為に利用するとはなー。


「イブキ選手、ベスタ選手の攻撃を避ける、避ける、避けるー!」

「……イブキが龍の空中での機動性の方が上なのと自己強化で移動速度を上げてるのが大きいのか」


 でもそれ以上にベスタの攻撃が当たらなさ過ぎる気もする。……雷雨のせいで普段より少し動きにくそうというのはあるけど、それはイブキも同じはず。他の人ならまだしも、あのベスタは1撃も入れられないとかあるのか?


「……ちっ、意外と素早いな」

「うへぇ……、ぎりぎりだけど何とか避けれたぜ」


「おっと、ベスタ選手が攻撃を止めて地上に降りたー! これはどう見ますか、解説のケイさん?」

「うーん、これは様子見か……? いや、そんな単純な話とも思えないな」

「……戦闘はよく分からんが、ベスタに限って考えなしって訳じゃねぇよな?」

「確かにベスタ選手は何を狙っているのか気になるところですね!」


 うーん、桜花さんも言ってるけどベスタが何も考えずに動いているとは到底思えないし、今の追撃が爪刃乱舞だったのも気になるとこだな。……今の一連の攻撃はイブキにわざと躱させた? でも、自分が鱗の攻撃を足場にしてダメージを受けてまで何の為にそんな事を……?


「てか、こりゃ雨が邪魔だな。どう思うよ、ベスタ」

「そうでもないぞ。『闇纏い』」

「闇で雨まで隠れて、位置が丸わかりだっての! 『ウィンドボム』!」

「ちっ! 『群体同化』『コケ渡り』」

「逃げても分かるってんだ! 『並列制御』『風の操作』『ウィンドボール』!」

「『双爪撃』『強爪撃』!」


「ここでベスタ選手が闇を纏って、暗闇へと同化していったー! しかし、闇纏いは雨との相性が悪いようでイブキ選手が魔法で仕掛けていくー!」

「まぁベスタは物理型だから、狙うなら魔法攻撃でだろうな。てか、雨まで闇で隠してしまって逆に位置が丸わかりになるとはなー。闇纏い雨の時には使い辛いのか」

「……なぁ、ケイさん。イブキは何で初手は物理攻撃にしたんだ?」

「多分だけどイブキの初手の鱗は牽制のつもりだけだったんだろ。ベスタが空中まで来るにしても飛翔疾走をすれば良いだけだし」

「あー、なるほどな」

「そうしている間にも、ベスタ選手とイブキ選手の攻防が繰り広げられていくー!」


 あれ? やっぱりなんか妙な感じがするぞ。今の戦闘ってベスタらしくない防戦寄りになっているし、全然応用スキルを使おうとする気配がない。最小限の行動値で魔法の相殺のみをして……もしかして何かを待っている?


「『コケ渡り』!」

「それは丸わかりだってんだ! 『ウィンドインパ――」

「いくらなんでも俺を甘く見すぎだ。『雷の操作』!」

「なっ!? ぎゃー!?」


 あ、ベスタが狙っていたのはこれか! 今までの動きは雷の操作を発動出来るタイミングを見計らっていたんだな。てか、ベスタも雷の操作を持ってたのか。


「ここでベスタ選手が雷雲の中で放電が起きたタイミングで雷の操作を発動したー! そしてイブキ選手に直撃し、地面へと落下していくー!」

「イブキに地味に麻痺が入ってるな。あー、そういう事か」

「ケイさん、どういう事だ?」

「龍って種族として少し魔法への耐性があるじゃん? だから魔法での麻痺は狙いにくいとは思うんだけど、天然の雷なら魔法の要素がないから純粋な物理攻撃になるはず」

「……って事は、麻痺狙いで雷の操作を使えるタイミングを待ってた?」

「後は物理攻撃としても相当な威力みたいだしな」

「そうですね! 今の一撃でイブキ選手のHPは3割ほど削られていますからね!」


 ふむふむ、ベスタはこの対戦エリアに決まった時点でこの戦略を構築していた訳か。それに風属性の龍に有効な状態異常についても把握していたんだろう。そうじゃなきゃ麻痺が通らない可能性もあるのに、こんなにピンポイントに狙うのは危険過ぎる。


「あっ、がっ!?」

「俺の攻撃を躱せて有頂天になっていたか? 俺が防戦一方になっていると油断したか? イブキ、お前には駆け引きってものが足りないな。『氷化』『アイスクリエイト』『操作属性付与』『並列制御』『断刀・氷』『連閃・氷』」

「ちょ!? Lv2のチャージ!?」


 あー、ベスタは完全にここで一気にイブキのHPを削る気だな。風属性であるイブキには氷属性は弱点属性だし、氷化でオオカミの爪自体も氷の爪へと変化させている。……これ、凍結とか凍傷の状態異常も狙ってない?

 てか、これだけのスキルを使って行動値は……って、俺よりベスタの方がLvは高いんだから俺より行動値は多いがな! 当たり前の事を忘れてどうする!


「ベスタ選手、ここに来て大攻勢へと移っていくー! 状態異常は特化させる特性がなければ確率は劇的には変化はしませんが、手数で押す作戦のようです!」

「みたいだなー。ベスタがイブキの油断を誘って、それに乗せられたのが敗因か」

「いやいや、まだ決着はついてないぞ!?」

「麻痺の間は何も出来ないので、もう無理だと思います!」

「ハーレさんに同意っと」

「……そういうもんか」


 ま、麻痺になってなければベスタの行動値は残り少ないはずだから、イブキが昇華魔法を使って距離を取って立て直すという可能性もあるにはあるけど、現時点ではそれはかなり厳しいな。

 さて、この1戦は大詰めと考えてもいいだろうけど、逆転劇が無いとは言えないからしっかりと見ていこう。とりあえずベスタと十六夜さんの対戦を見たいから、イブキは逆転劇を起こさなくてもいいからなー! やっちまえ、ベスタ!

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