第613話 丘にいるもの
アルのクジラの上にみんなで乗って、上風の丘の移動を開始していく。目的地は結構距離はあるけども、先に見えている岩山エリア!
改めて移動をしつつ地面の方を眺めてみると、チラホラと他のプレイヤーの姿は見えるんだな。まぁそれほど多くの人がいる訳じゃないけど、フィールドボスっぽいイタチと戦っているPTとかもいるね。
「おー! みんな、あっちを見てー! あ、サヤは見ない方がいいかも!?」
「え、どうしたのかな? ……あ」
「あはは、クモの人がいるんだね」
「そりゃサヤはクモが苦手だもんな」
「……うん、とりあえず私は引っ込んでおくかな」
そう言いながらアルのクジラの背の上から乗り出して下を見に行っていたサヤはアルの木にもたれかかるようにしていた。ま、苦手生物フィルタがあるとはいえ、無理に苦手なものを見る必要もないか。
ふむ、どうやらいるのはイカの人とクモの人の2人組のようだね。移動する様子もなく、戦闘をする気配もない。……休憩中かな?
「……クモのプレイヤーって初めて見た気がする」
「ケイ、それはそうでもないぞ? あれだ、前にネス湖の探索に行った時に赤のサファリ同盟のカバのディーさんの背中にいたろ?」
「あー! そういや、そのクモの人はいたな!」
言われてみれば、確かに50センチくらいの大きなクモの人がディーさんの背中の上で蜘蛛の糸を湖に垂らしていた覚えがあるような……?
その時の人って、今見えているクモの人と大きさは同じくらいだったよな。それに今ここから見えているカーソルの色は青だし、あの時も地味に青の群集だったような気がしないでもない……。
「……いや、そもそもあのイカはディーだろう」
「……え? ベスタ、マジか? てか、また声に出てた!?」
「あぁ、思いっきり声に出ていたぞ。それにここで嘘をついてどうする……。望遠の小技で見てみろ」
「スキル発動中だからそれは無理!」
「……そういえばそうだったな」
あのスキルの発動位置や支配対象の指定時にLvによって倍率を変えられる望遠の小技は、スキル発動時の指定範囲を変えるものだから既にスキルの発動中では使えないだよな。手動で水の風除けを展開している今の状態では使いようがない。
「って事で、ハーレさん、確認よろしく」
「了解です! おー、イカの人の名前が『ディー2nd』になってるよー!」
「ディーさんの2ndってイカなんだ」
「ま、そりゃいいんだが、赤のサファリ同盟のメンバーと青の群集の奴が2人でこんなとこで何やってんだ?」
「聞きに行ってみる? あ、でも赤のサファリ同盟のディーさんと今話すのは危ない?」
「その辺は気にはなるけど、今はドラゴンが優先さー! それにサヤが苦手だもんね!」
「ハーレ、気遣いをありがとうかな」
まぁ聞きに行ってみるというヨッシさんの提案自体は別に良いんだけど、サヤが苦手なクモの人もいる事や、赤のサファリ同盟のメンバーに今の時点で接触する事は避けておいた方が良いか。
幸いな事に反対側を向いていてこっちに気付いている気配もないし、このままスルーしていこう。
「アル、気付かれないように移動しよう」
「……それもそうだな。ベスタ、気付かれにくい方向はあるか?」
「……そうだな、少し前の左の方にちょっとした木々があるだろう? そっちに行って、一旦姿を隠すか。目立つからといって、わざわざ特に目立ちに行く必要もないしな」
「そうりゃそうだ。よし、左の方だな。ハーレさん、ディーさんの動きに注意しててくれ」
「了解です!」
そうしてイカとクモのコンビから距離を取るように進行方向の左側……方角的には南側へと迂回していく。他に明確な目的がなければ、ちょっと話をしてみたかった気もするけど今日のところは仕方ないね。
非常にディーさんと青の群集のクモの人との関係性が気になるけど、ドラゴン戦の競合相手になり得る赤のサファリ同盟との接触は現時点では避けておきたいもんな。……いくらアルのクジラが目立つからと言って、わざわざ近くを通って行く必要もないしね。
それから慎重に気付かれないように、少し先の木々を目指して移動をしていく。……それにしてもあの2人は何かを待ってるように、微動だにしてないな。一体何をやってるんだろ?
「はっ!? クモの人がディーさんのイカの触手と胴体に糸を巻き付けました!」
「……マジで何をやるんだ?」
「……ほう? ディーのイカが大きくなって、平べったくなったな」
「あ、ホントだね」
「望遠が使えない状況だと見えないんだけど!?」
「ケイさん、ディーさんが大きくなったから、今なら普通に見えるよ?」
「あ、マジだ」
自分で目視する前にツッコミを入れてしまったけど、ヨッシさんの言うように普通に見える大きさになっている。……っていうか、イカが干したイカみたいに平べったくなってるけど、あんなスキルもあるのか。
それにしても一体何をする気……いや、待て。ここは強い風の吹くエリアで、平べったい大きなイカに、それに巻き付くクモの糸か……。
「あ、これって凧か!」
「タコじゃなくてイカだよ!?」
「……ハーレさん、それはわざとか? それとも天然?」
「ケイさん、どういう事ですか!?」
あ、どうやら今のは天然だったっぽい。……まぁ漢字で書けば分かるけど、話した時には分かりにくいから、今回は俺の言い方も悪かったな。日本語ってこういう時、難しいよね。
「あ、ケイが言いたいのは凧揚げかな?」
「おう、サヤ、正解だ!」
「あ、そっか。言われてみればそれっぽいね」
「……どうやら大当たりのようだが、悠長な事は言ってられそうにないぞ」
「げっ!?」
何かを待っていた様子だったのは、ディーさんのイカの追い風になる強風が発生するのを待っていたみたいである。そしてその風が今吹いたようで、大空へと一気にディーさんが揚がっていく。
くっ、北から南に向けての強風か! ディーさんのイカはうまく風に乗ってかなり上空まで揚がっていってるし、その方向が俺らの方になっているのでこれは見つかりかねない!?
「……ベスタ、どうする? 今はまだ不安定で気付いてないかもしれないけど、安定したら確実に気付かれるぞ」
「それは分かっている……。よし、アルマース、木陰に急いで小型化して着陸しろ。ケイは全員が振り落とされないように気を配れ。他はアルマースの木にしがみついて振り落とされるなよ」
「ははっ、このタイミングで見つからずに済むのかね! まぁやるけどよ! 『上限発動指示:登録2』!」
「ヨッシ、大丈夫かな!?」
「あ、うん、サヤ、ありがと」
よし、まだ気付かれてないっぽい今のうちに身を隠せる場所に移動しておこう。ディーさんから俺らの動きに勘付かれたくはない。
赤のサファリ同盟がドラゴンを狙っているというのは確定事項じゃないけど、その手前のエリアにディーさんが居たという事も気になる点ではあるもんな。……まぁ敢えて急に隠れるという状況を楽しんでいる面も少なからずあるけどね!
「みんな、後方から危機察知です!」
「え、このタイミングで? あ、小鳥か!」
このタイミングで背後から風に乗った小鳥の奇襲かよ! とりあえず一番こういう咄嗟の急激な動きが苦手なヨッシさんはサヤが受け止めてくれたので、そこは一安心だけどさ。
それにして風に乗って敵が飛んでくるとは聞いたけど、結構無茶苦茶なエリアだな!? あー、でも後方から風が来るなら好都合……か?
「いや、ちょうどいい! ヨッシ、アイスプロテクションを発動しろ。突風をそのまま推進力に利用する。ケイはアイスプロテクションを受け止める形で水の風除けを変形させろ」
「了解! 『並列制御』『アイスウォール』『アイスウォール』!」
「ほいよ!」
どうやらベスタも同じような事を考えていたらしい。急激に小さくなったアルから落ちないようにハサミで木の根に掴まりながら、言われたように調整していく。
そしてヨッシさんの発動したアイスプロテクションに強風が叩きつけられていき、それが推力へと変わり、一気に加速していく。これで……よし、うまく風を受けられているっぽい。
うおっ、こりゃ強烈な勢いだけど、一気に木々のとこまで距離を縮められた。変な邪魔が入ったと思うべきか、咄嗟の加速手段を得られたと思うべきか、なんとも微妙なとこだな。……さて、それはそれで良いとして、悠長な事を考えてる場合でもないな。
「ケイ!」
「分かってる!」
でもこのままだと地面に衝突しそうなので、水の風除けの形を変えてマット状に前方へと展開。それでヨッシさんのアイスプロテクションを支えていた水も無くなって、アルの木に氷が衝突してたけどまぁダメージは発生しないし大丈夫な範囲だろ。……ふぅ、無事に不時着成功っと。
何はともあれ隠れようとしていた木々のとこには到着したし、アルのクジラが小型化したので地上にいる限りでは距離もあるし、俺らだとは分かりにくいはず。
「さて、ディーに見つかったかどうかは分からないが……まず、このツバメを始末するぞ」
ベスタがその宣言と共にアルのクジラ……というよりは小型化した時から木の枝に乗ってたけど、そこから飛び降りていく。その前にいるのは風に乗って攻撃をしてきたツバメが少し距離を取って飛んでいる様子が伺える。風に乗って来たのがツバメとは、まぁ結構順当なとこではあるか。
……ちょっと思ったけど、俺が水流で味方を流して攻撃する時って、受ける側はこういう感じなのかもしれないね。
「ケイ、ヨッシさん、とりあえず2人ともスキルは解除してくれ」
「了解!」
「ほいよっと」
「そんでもって、おらよっと!」
空を飛んでいる敵のツバメはアルの背後にいる形になるので、それに合わせてアルが後方へと方向転換をしていく。俺とヨッシさんは現状では必要がなくなった生成した水と氷の防壁を解除していった。
「とりあえずツバメを片付けるかな!」
「ドラゴン戦前の肩慣らしさー!」
「まだ結構距離があるから、何戦かはありそうだけどね」
そしてその俺らの様子を確認し終えた後にアルの上から飛び降りたサヤと、位置は変わらないもののヨッシさんとハーレさんが戦闘態勢になっていく。さて、ツバメ退治といきますか!
「……ちょっとこのツバメは移動が早いかな?」
「……だな。あー、ベスタ、指示は誰が出す?」
「俺はあくまで臨時メンバーだ。このメンバーならケイに任せるぞ」
「ほいよ、そういう事なら任された」
さっきは咄嗟の判断で事前情報を持っていたベスタに任せたけども、基本的には俺らに任せてくれるつもりみたいだね。
さて、ここからあの移動の早いツバメを仕留めるなら……下手に攻撃をぶっ放しまくるよりは、移動を制限して確実に捕まえて一気に攻撃を叩き込むのがいいか。下手に追いかけ回すより、オーバーキルでも良いから短期決戦の方が良いだろう。
「サヤとベスタは、空を移動出来る状態にしてチャージ開始。俺が水の攻勢付与で威力も上げるから、魔力集中で発動待機!」
「分かったかな! 『上限発動指示:登録1』『魔力集中』『重硬爪撃』!」
「あぁ、了解だ。『飛翔疾走』『魔力集中』『重硬爪撃』!」
「ハーレさんは識別をしてから、貫通狙撃の準備。こっちも俺が攻勢付与をかけるからな」
「了解です! 『識別』!」
よし、とりあえず指示出しをしてるけど、ツバメの動きが気になるとこだな。……どうにも少し離れたとこから近付いて来る気配がないんだよね。
「はっ、危機察知に反応です!」
「ちっ、こいつは遠距離系か! アル!」
「おうよ! 『アクアウォール』!」
そのツバメの放った風の弾がアルの展開した水の防壁へと着弾して爆風を撒き散らしていく。……今のは通常発動のウィンドボムっぽいな。
「アル、少しの間防御は任せた!」
「おう、任せとけ」
まだ指示出しが途中だけど、あのツバメがそれを待ってくれる訳ではない。役割分担を手早く済ませていかないと。ハーレさんから識別の情報を聞く必要もあるけど、まずは水の攻勢付与をしていこう。
<行動値7と魔力値21消費して『水魔法Lv7:アクアエンチャント』を発動します> 行動値 49/72(上限値使用:1): 魔力値 182/206
<行動値7と魔力値21消費して『水魔法Lv7:アクアエンチャント』を発動します> 行動値 42/72(上限値使用:1): 魔力値 161/206
よし、これでサヤとベスタへの水の攻勢付与は完了して、それぞれに3つの水球が周囲を漂っている。よし、次!
「識別情報です! 名前は『俊風ツバメ』でLv15の黒の瘴気強化種の未成体、属性は風、特性は操作と俊敏です!」
「思ったよりLvは高めだな。……ベスタ、特性の操作ってなんだ?」
「それは操作特化型の特性だ。その特性持ちの魔法の軌道は読みにくいから、読もうとせずに相殺を勧める」
「……なるほど。他に特徴は何かあったりはしない?」
「特徴という程ではないが、操作の特性持ちの敵はかなり少ないな」
「ふむふむ」
つまり俺が選ぶ事のなかった、操作特化型の進化形態のツバメって事か。属性に風があるから魔法もありだし、風の操作も当たり前のように使ってくるんだな。
そして、操作の特性持ちは敵は少ないんだね。まぁ俺は今回のツバメで初めて見たしなー。
よし、これでツバメの大体の特徴は一応把握した。移動速度が早く、風を操作し、魔法も使う、今まで戦った事のない敵なのは確定だな。
移動速度が早いのは見てて分かったし、基本方針はこのままで問題なしだろう。動きを制限して、捕獲して、サヤとベスタの同時攻撃で一気に仕留めきる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます