第608話 スクショの下準備 中


 さて、ラックさんの生成した岩の上に乗せられた大量の薪を崖上に持っていかないとね。その後に崖の一部を加工してそこに薪を置いて着火させて焚き火を……って、あれ?


「……ラックさん、今更なんだけどインベントリから直接やり取りした方が――」

「ケイさん、それ以上は言わないで……。私もそれは絶賛後悔中だから……」

「……ほいよっと」


 どうやらラックさん自身も同じ事を考えているようだし、今更手遅れでもある。これ、肉食獣さんから直接インベントリを介して取引をして、崖の加工を終わらせてからの方が絶対に楽だった。


「うん、失敗はくよくよしない! それじゃ上に行くよー!」

「まぁそれが良いだろう。『飛翔疾走』!」

「上の様子がどうなったかも気にはなるしね」


<行動値上限を2使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します>  行動値 73/73 → 71/71(上限値使用:2)


 とりあえずラックさんが大量の薪を乗せた岩に自分も飛び乗ってから、崖上に向けて操作をし始めている。ベスタは空を駆けるスキルで、俺は水のカーペットを生成して一緒に登っていく。


「そういや、ベスタ。その飛翔疾走ってどんな仕様なんだ?」

「これは一定時間、空中を足場に出来るってスキルだが、効果自体は模擬戦で見ただろう?」

「あーまぁそうなんだけど、使用感とか弱点とかその辺を知りたくてさ」

「あぁ、そういう事か。……そうだな、便利ではあるが欠点としては立ち止まれないところか」

「……ん? もしかして空中で静止出来ないのか?」

「まぁそうなるな。精々、方向転換の時に少し踏み止まるのが限界だ」

「ほほう、それは良い事を聞いた」


 ふむふむ、この飛翔疾走での空中移動の弱点が止まれないという内容なのはかなり重要だ。……よっぽどの無茶な回避の挙動が出来ない人なら、誘導して狙い撃ちって手段も取れそうだね。


「後はスキルLvによって効果時間が変わるが、切れたふりをして地面に降りる事は出来るからそこは気をつけろ」

「……それは確かに危ないな」

「ベスタさん、ランダムマッチングでそのフェイントを使って結構仕留めてなかったっけ?」

「え、マジで?」

「……あぁ、まぁそうだ。対人戦はそういう駆け引きが重要だしな」

「まぁそりゃそうか」


 普通の敵どころかボスでもそんなフェイントみたいな事はしてこないし、そういうのは模擬戦とはいえ対人戦だからこその要素ではあるもんな。

 そういう意味では新たに実装された模擬戦は本当に対人戦の模擬戦として機能するんだな。他の群集相手ではこうやって後から手の内を教えるという事はしにくいし、模擬戦でなければ死に過ぎるとデスペナもあるからね。うん、初めに実装された模擬戦は一対一の形式で良かったのかもしれない。


「さて、到着ー! って、何事!?」

「……えーと、ライムさん、これはどういう状況?」

「……キノコ軍団とタケノコ軍団に挟まれて、両方から狙われてるな」

「分析してないでヘルプー!?」


 崖上まで登ってきた光景としては、えーと、一応は草原みたいに短い草が生えているんだな。草原エリアというよりは高原エリアに近い感じだね。うん、雰囲気的には結構好きな感じ。


 さて、現実逃避はこれくらいにしておいて目の前の状況を正しく把握していこう。確かにライムさんが中心にはなっているけども、共通の敵として睨まれているような様子である。

 でも、一応はキノコ軍団とタケノコ軍団が向かい合うようにはなってはいるね。まぁその間に睨まれているライムさんがいるというのが問題なんだけど……。


「あ、ラック、ケイさん、ベスタさん! 折角なのでこの光景もスクショで撮っておきました!」

「スクショを撮ってないで止めろって、この状況!?」

「え、だってねー?」

「まぁ、うん、さっきのはね……」

「火に油を注いだからなぁ……」


 いやまぁ対決の構図としては演出こそないけど、キノコ軍団とタケノコ軍団に同時に追い詰められて、孤軍奮闘中のメジロって状況ではあるから割とインパクトはあるだろう。まぁ俺はハーレさんとは逆方向から見てるので、多少の違いはあるだろうけど大きくは外れてないはず。

 っていうか、ライムさんは本当に何を言ったんだ? 何というか演出としての対決の雰囲気ではなく、本当に怒らせてない?


「……ライム、お前は何を言ったんだ?」

「いやーその……中々手間がかかりそうだったから……つい、その……」

「そこのきのこ派のタケノコは『俺はきのこ派ではあるけど、他のチョコ菓子の方が良いけどな! たっぷり中にチョコが詰まってるあれとか!』って言い出したんだよ!」

「……ほう? このスクショの撮影でその発言は良い度胸だな」


 ライムさん、お菓子の派閥対立がきっかけになったスクショの撮影で、なんでそんな別派閥の主張を突っ込んだ!? でも、この状況が発生した理由はよく分かった。……普通の時なら別に問題にはならないけど、今この場において言ってはならない事を言って、今のこの状況を作り上げた訳か。

 とりあえず、対立の配置は成功しているけど、どう収めたもんかな。……ベスタは一応冷静のようには見えるけど、また昼間みたいになっても困る。


<行動値6と魔力値18消費して『水魔法Lv6:アクアインパクト』を発動します> 行動値 65/71(上限値使用:2): 魔力値 188/206


 という事で、ベスタの頭の上から水を叩きつける! 本当に冷静ならこのくらいは簡単に回避出来るはず! あ、普通に避けられたか。


「……何の真似だ、ケイ?」

「いや、昼間の件もあるし、水でも被せて冷静になってもらおうかと」

「……それを言われると返す言葉もないが、今は冷静だから心配いらねぇよ」

「まー、そうみたいだな」


 ふー、俺がいきなりベスタに攻撃を仕掛けた事で周囲がざわめき出したけども、まぁ意識を逸らす事には成功したようである。それにベスタについてはただの杞憂だったみたいだしね。


「はい、みんな注目! それぞれにこだわりがあるのも分かるし、それを元にスクショを撮ろうって企画だから意見のぶつかり合いがあるのは分かるけど、これ以上続けるなら中止にするからね! それで良いなら、このまま争ってて良いよ。あ、その場合は雪山のスクショの撮影の参加も許可しないからね」

「え、それは困る!?」

「……くっ、ここは一時休戦か」

「……元々、一時休戦って話じゃなかったっけ?」

「とにかく落ち着こう。話はそれからだ」

「……そうだな。ライムについては後で考えよう」

「そだな。ライムについては後回しか」

「だからそれを止めなさいって言ってるんだけどー? やっぱり中止がいいの?」

「「「「「すみませんでしたー!」」」」」


 あー、うん、なんだかんだでラックさんは灰のサファリ同盟の中でも結構な発言力があるんだな。まぁ公式の宣伝に使われてるスクショの1枚を撮ったのがラックさんなんだし、そういう意味でも灰のサファリ同盟では一目置かれているのかもしれない。


 とりあえず沈静化し始めたようだし、俺はアル達の方へ一旦移動しよう。スクショの撮影をしようにも完全に落ち着いてからでないと無理だろうしね。


「ケイ、薪の運搬はお疲れ様かな」

「まぁそれに関してはほぼラックさんがやったし、まだ崖下にも薪は残ってるけどな。それにしても、予想外の状況でびっくりしたぞ」

「あはは、まぁそうなるよね」

「……で、アルは今回は何もしなかったのか?」


 昼間にはベスタと同様にアルも筆頭となって対立していた訳だけど、その割には普通にしているんだよな。PT会話でも特に変な様子は無かったけど、アルは何も反応はしてなかったのかもね。


「あー、いや……」

「私達で抑えたかな」

「そうなのです!」

「あはは、まぁそうなるね」

「……ちなみに具体的には何を?」

「サヤには爪を突きつけられ、ハーレさんは投げる構えをして、ヨッシさんは無言で氷を生成していたぜ……。一応は冷静ではあったんだがな……」

「サヤ、ハーレさん、ヨッシさん、グッジョブだ!」

「「「うん!」」」

「……ま、昼間の事があるから俺の自業自得か」


 それについては間違いなくアルの自業自得だし、直接攻撃をする事なく収めてくれた3人がよくやってくれた。昼間は桜花さんが抑えてくれたけど、ここで乱闘騒ぎになったらスクショの撮影どころじゃなくなるしね。


「さて、みんなはスクショの撮影を再開したいって事で良いんだよね? もう争わないよね?」


 そして事態が収まってきたタイミングを見計らってラックさんがそのように呼びかけていく。まぁみんなもわざわざ2ndでキャラを作って参加してきているくらいだから、中止だけは避けたいようでその言葉に頷いていた。


「それなら撮影を始めていくよー! えーと、対立の位置自体は今の状態で良いからキノコ軍団とタケノコ軍団で代表者1人ずつ出してもらって纏雷を使ってもらっていい? 代表者2人で火花を散らしつつ、その後ろにそれぞれの軍団が待機するような感じね」

「よし、それなら俺が立候補するぜ!」

「私もやる!」

「あらま、あっさりとどっちも立候補が出てきたね。えっと、他にやりたい人はいる?」

「あー、やりたいといえばやりたいけど、そこで時間かけても仕方ないから今回は引き下がっとくわ」

「そだね。妙に脱線しちゃったし、サクサクやろう」

「賛成ー!」

「おう、それでいいぞ!」

「それじゃキノコの代表者とタケノコの代表者には進化の軌跡を渡すね。えっと、2人とも成長体?」

「おう!」

「うん!」

「それじゃ雷の欠片をどうぞ」

「おっしゃ! 『纏属進化・纏雷』!」

「いくよー! 『纏属進化・纏雷』!」


 ラックさんから雷属性の進化の軌跡を受け取ったキノコの人とタケノコの人がぞれぞれに纏雷を行っていく。あ、この2人とも、共同体には未所属の2ndなんだな。

 てっきりこういう役目は灰のサファリ同盟の方で決めるのかと思ったけど、脱線し過ぎてた事もあって早い者勝ちの立候補になったか。ま、その方がスムーズに話が進んでいいけどね。


「さてとそれじゃ背景の演出に使う火の準備をしてくるから、ハーレとライムでスクショの良い角度を調整しててくれる?」

「了解です! ライムさん、とりあえず上空から良い構図を探していくよー! 『略:傘展開』『略:ウィンドクリエイト』『略:風の操作』!」

「お、おう! 今度こそしっかりやるぜ!」


 そしてラックさんの指示を受けたハーレさんとライムさんが飛び立っていった。高い所からや真横からなど、色んな位置から良さそうなスクショの撮影角度を探っていくんだろうね。その辺はサファリ系プレイヤーの得意分野だもんな。


「サヤさんとヨッシさんとアルマースさんは日光の隠れ具合の調整もお願いねー!」

「うん、任せてかな!」

「了解! それじゃいくよ、アルさん。『ポイズンクリエイト』!」

「おうよ! 『アクアクリエイト』!」

「……このくらいかな? 『略:ウィンドボム』!」

「ちょっと散らし過ぎだね。サヤ、風を生成して手動で分割操作して散らすのは出来る?」

「……自信はないけど、やるだけやってみるかな! 『略:ウィンドクリエイト』『略:風の操作』!」


 お、アルとヨッシさんによって空中に展開された毒霧をサヤが色々と悪戦苦闘しながらも、適度に散らそうと頑張っている。ふむふむ、ウィンドボムだと全体的に吹き飛ばしてしまうけど、手動操作の風だとサヤにはまだ厳しそうだな。

 でもまぁ以前よりは確実に操作系スキルも上達してるし、明確な目標があった方が上達もしやすいだろう。……この場合だと、ウィンドボムで上空に毒霧を薄くなり過ぎない程度に広げつつ、手動操作の風で所々を薄くして光が射し込むようにするのが良さそうだね。


「サヤ、ウィンドボムの手動操作で指向性を変えて撃ち込んだ後に、ウィンドボールの連射はいけるか?」

「え、あ、うん。多分出来ると思うかな」

「よし、それじゃ俺とヨッシさんでもう少し下の方に毒霧を生成するから、それを上空に散らし過ぎないように加減をしてくれ」

「うん、分かったかな!」

「サヤ、特訓の成果を出していこうね」

「頑張るかな!」


 どうやらアルが微妙に違う所はあるけども、似たような発想でサヤに指示を出しているのでここは任せていこうじゃないか。サヤは苦手な操作系スキルの特訓も頑張ってたし、ここで上手く出来るといいね。


「さて、私とケイさんとベスタさんで炎の準備だねー!」

「……そうだな。ラック、どういう手順でやるつもりだ?」

「うーん、ベスタさんが崖を適度に斬り崩して、私とケイさんの岩の操作で大雑把に瓦礫を取り除いていくのでどう?」

「あー、それが良いかも。その後に土の操作で整えて、そこで火を起こすって感じ?」

「……俺が力加減を間違えたら失敗しそうな手段だな」

「え、ベスタなら大丈夫だろ?」

「ベスタさんならその辺は心配はしてないね?」

「……迷いのない信頼はありがたいというべきか。まぁやるだけはやってみよう」

「それでこそベスタさんだね! ……とりあえず邪魔になる薪は一旦ここに置いておくとして、崖を削って焚き火場所の確保をやっていくよー!」

「おー!」

「あぁ、やるからには手は抜かんぞ」


 そうしてそれぞれにスクショの撮影での演出の準備が始まった。さて、それじゃ頑張ってやっていきますか!

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